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第三章
二日目~②
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神田夫妻と喫茶店で別れ、清と和子はまた銀座の街を並んで歩いていた。
「このツアーもすごいことしてくれるわよね」
和子が清に話しかける。清も同感だった。黙っている清に和子は
「私、最初はもしかして幸子さんってあなたの昔の浮気相手かしらって思っていたのよ。でも全く違ってホッとしたというのかちょっとがっかりしたというのか、良く判らなくなったわ」
清はドキッとしながら
「なんだよ。浮気なんかするわけないだろ。それにホッとしたならわかるががっかりって何だ」
と、強気で答えると
「ちょっとぐらい、あなたにそういう色気みたいなのがあってもいいのかなって思ったんだけど無かったみたいね」
和子は清の手を握って機嫌がいいんだか悪いんだか、腕をぶんぶん振り出した。
先ほど、喫茶店で和子と幸子が一緒にトイレに立った時、清はこっそり神田さんから教わった。
「奥様がいらっしゃったから言いませんでしたが、あの日は何にもなかったんですよ」
驚く清に神田さんは説明してくれた。珍しく酔っ払った清が幸子に部屋で目を覚ましたのは、あの時店にいた神田さんが、店に近い幸子の部屋に幸子と二人で清を運んだ、というのだ。当然その部屋には幸子も神田さんも泊まっていたという。神田さんは前から清のことを幸子から聞いていたので、二人が結婚する時には仲人まで頼むつもりだったという。
しかし清が酔っ払って幸子の部屋に来た次の日の朝、目を覚ました清が幸子や神田さんのことなど全く目もくれず、一目散に出て行ってから清は店にも顔を出さなくなったため、諦めたのだというのだ。おそらく清は勘違いしているだろうと思っていたが、変に清の家庭に波風を立てるのも悪いと思い、その時は無理に清と連絡を取ることをやめたようだ。
清はその話を聞いて胸をなでおろした。自分の中では全く身に覚えが無かったが、酔っ払っていたからもしかして、という恐れを抱いていたのは確かだ。和子を裏切ってしまったかもしれないという心の小さな棘がやっと今清の胸からポトリと落ちた気がした。
ただ、後ろめたい行動をした気分が抜けなかった清は、銀座エルメスの店に入り、和子にケリー・バッグを買ってやった。ハリウッド女優からモナコ王妃になり、悲運の事故で亡くなったグレース・ケリーは和子にとって憧れの人であった。そのグレース・ケリーが妊娠中に今でいうパパラッチから大きくなったお腹を隠すために使ったバッグ、というのがその名の由来だ。
前から和子が口には出さないが欲しがっているのを知っていた清だが、たかがバッグに百万円近く出すのも馬鹿らしいと無視していた。もっと早く買ってやれば良かった、と清は今では後悔している。
エルメスショップの奥にある喫茶店でまたコーヒーを飲み、興奮しながら和子はグレース・ケリーがいかに素晴らしいかをとうとうと語っていた。そんな話は昔にも散々聞いたことがある。だから完全に会社を辞めて二人で旅行を計画した時に、モナコもその中に入っていたのだ。
ただあまりにも嬉しくて興奮していたのか、長い飛行機での旅が負担だったのか、和子はモナコを旅行中に体調を崩してしまったのだ。その時に行けなかった観光スポットのことなどを悔しそうに語る和子を見ていると、またモナコに連れて行ってやりたくなるが、それはもう叶わないことだと清は諦めていた。だからせめてバッグでも、と清は思ったのだ。
次はどこ行こう、上野でも行こうか、と荷物の置いてある銀座三越のほうに歩いて行くと、百貨店の入り口で、和子が先に気がついた。
「あれ、もしかして誠さんかしら?」
和子の指さす先には誠らしき男の姿が確かにいた。ぼんやりと一人でいる。なんとなしに気になった清達は誠の後を追った。誠はエスカレーターに乗り、一階、また一階と登っていく。
「何処に行くのかしら」
デパートの本館八階までエスカレーターで上がった誠は、八階からさらに上に上がろうとバッグと靴売り場の間を通り、エレベーター乗り場に向かった。
「屋上に行く気のようだ」
エレベーターが開くと誠はそれに乗った。誠が乗ったエレベーターが屋上に止まったのを確認して清達もエレベーターを待つことにする。胸騒ぎが収まらない。
「誠さん、変なこと考えてなんかないわよね? ね?」
和子は清に同意を求めるようにすがる。清は和子の腕をさすりながら
「大丈夫だ、大丈夫」
と言い聞かせ、エレベーターを待った。一回下がってしまったエレベーターがなかなか上がってこない。
上にはエレベーターでしか行けない。北階段という階段で普段は登れるようにもなっているらしいが、張り紙が張ってあり、今の時間は一時的に使えないようだ。焦る気持ちを抑えながら清は和子をさすり続けた。たった一階登るだけなのに、十分ほどの待ち時間が永遠かと思われるほど長く感じた。
やっと来たエレベーターに乗り、清達が屋上に上がると、そこには広場が広がり、道路を挟んで向かい側にある和光の時計が大きく目の前に見える。清はその反対側の端にある神社でしゃがんでいる誠を見つけた。そこで彼は何かをお祈りしているようだった。
誠の無事な姿を見て安心した清達は、少し離れた所で彼の様子を見守ることにする。神社の前で祈り終わった誠は、今度はふわっと立ち上がり、広場の方にゆっくりと歩きはじめ、屋上の端まで行くと、そこにある金網に手をかけ、遠くの景色を眺めていた。
長い間、誠は金網に手をかけながらじっとしている。すると和子は我慢をし切れなくなったのか、すたすたと誠に歩み寄っていく。清もその後を追った。和子は誠のそばまで来ると背後から声をかけた。
「良い天気ですよね。今日は素晴らしい景色だわ」
和子の声に驚いた誠は振り向いた。和子は、さらに後ろにいる清の方に目を移し、ねえ? とばかりに振り向く。清もそれに合わせて、ああ、と答える。
誠は近づいてくる和子と清の姿を見比べるように交互に視線を動かすと、清の着ている服に目がとまった。じっと清のジャケットを見つめていた誠が視線を上げると
「それと同じ服を私も持っていますよ」
と誠が笑って清に話しかけてきた。清は驚いた。誠にすれば見も知らぬ自分より若い男女が近づいてきたのに、自分の方から話題を振ってきた行動が信じられなかった。
誠が心の病にかかってからは、どこかびくびくしている彼の姿ばかりを見てきた清にとっては意外なことだった。また誠の清に向けられる笑顔がとても気持ちのいい、今まで見たことのない優しい顔をしていた。
「あ、ああそうですか。家内が見立ててくれたものですよ」
清がかろうじてそう答えると、誠は
「僕もそうでした。カミさんが買ってきてくれたんです。もう十年以上前だったかな」
清は和子の顔を見た。和子も驚いた顔をしている。そういう事は全く知らずに勝手に借りてきたのであろう。
「ご夫婦で買い物ですか?」
誠がさらに話しかけてくる。
「そうなの。あなたはおひとりで?」
和子が誠に聞き返す。誠は少し俯いた後、
「そうなんです。ちょっと体を壊しているものですから、気晴らしに一人でここまで来たんですよ。この場所はカミさんとよく昔、デートをした場所でしてね」
誠はそう言って金網から離れ、長椅子を指差した。
「天気のいい日にここに上がってきて、ああいう長椅子に座って二人でよく話をしていました。子供ができてからもここに連れてきたこともあります。ただ子供達にとってここは何にもなくてつまらない場所だったかもしれませんけど」
誠は苦笑いしながら長椅子のほうに歩いて行く。ここの屋上は先ほどの神社と有名な出世地蔵がある他にはただ何もない空間が広がっている、遊園地の様な遊具もなく、お店もない。喫煙場所として、またちょっとした休憩のための長椅子がいくつか置いているだけだ。
誠はその長椅子の一つに腰かけた。なんとなしに清も和子もその後に続き、誠の隣に清が、その隣に和子が腰をおろした。長い沈黙が続く。誠はぼんやりと青空を見上げている。
「なにかあったの?」
三人の間に漂う重い空気にたまりかねて、和子が誠に声をかけた。誠はゆっくりと顔を下ろし、正面を見据えながら
「何もないんです。もう何もない。だからこれから何があるか考えているんです」
と自分に言い聞かせるように呟く。
「悩まず、考えるんです。悩んでいても先に進まないから、前に進むためにひたすら考えるんです」
誠の言葉に清達は何も言えなくなった。ただ、このまま誠を一人にするには心配で、清達はどうしようかと迷っていた。そうしているうちに時間は夕方も五時過ぎになっている。
突然誠が立ちあがり、ゆっくりと歩き出してエレベーターの方に向かった。清達も慌てて立ち上がり、誠の後追って一緒に階下へ降りた。途中
「これから何処に行くんですか?」
と和子が誠に聞くと、一言返事があった。
「帰ります」
そこで清は和子と耳打ちして、心配だから家まであとをつけようと話し合い、和子が誠の後をつけている間に清はコインロッカーに荷物を取りに行くことになった。
荷物を取り出した清は和子の携帯に連絡をすると、和子は誠について行き、有楽町駅のホームにいるというので急いで向かった。なんとか和子と合流して誠の乗る電車の一両離れた車両に乗り込んだ清達は、結局誠の家、清達の家の最寄り駅まで来てしまった。
「本当に家に帰るだけだったようだな」
清が和子に言うと、和子も少し安心した顔で清に言った。
「そうね。でもここまで来たんだから、一応誠さんが家の中に入るまでは心配だからついて行きましょうよ」
「そうだな」
清達はゆっくりと歩く誠の後ろをついて歩いた。清は妙な気分だった。いつも利用している駅からの街並みが違って見える。五十年程若返った姿で歩いているからだろうか。和子に聞くと和子もまた同じ感想を答えた。不思議なものだ。同じ景色も違う時間軸で感じることは異なるようだ。普段気にならなかった看板やお店が目に付くようになる。こんな店あったかな、こんな看板初めて見たな、という新しい発見があった。そんな風に周りに気を取られていると清は一瞬誠の姿を見失っていた。
「おい、誠くんはどこに行った?」
慌てて和子に確認すると、
「あのお店に入っていったわよ」
和子の視線の先はチェーン店の居酒屋の看板が光っている。清は和子と目を合わせた。
「このツアーもすごいことしてくれるわよね」
和子が清に話しかける。清も同感だった。黙っている清に和子は
「私、最初はもしかして幸子さんってあなたの昔の浮気相手かしらって思っていたのよ。でも全く違ってホッとしたというのかちょっとがっかりしたというのか、良く判らなくなったわ」
清はドキッとしながら
「なんだよ。浮気なんかするわけないだろ。それにホッとしたならわかるががっかりって何だ」
と、強気で答えると
「ちょっとぐらい、あなたにそういう色気みたいなのがあってもいいのかなって思ったんだけど無かったみたいね」
和子は清の手を握って機嫌がいいんだか悪いんだか、腕をぶんぶん振り出した。
先ほど、喫茶店で和子と幸子が一緒にトイレに立った時、清はこっそり神田さんから教わった。
「奥様がいらっしゃったから言いませんでしたが、あの日は何にもなかったんですよ」
驚く清に神田さんは説明してくれた。珍しく酔っ払った清が幸子に部屋で目を覚ましたのは、あの時店にいた神田さんが、店に近い幸子の部屋に幸子と二人で清を運んだ、というのだ。当然その部屋には幸子も神田さんも泊まっていたという。神田さんは前から清のことを幸子から聞いていたので、二人が結婚する時には仲人まで頼むつもりだったという。
しかし清が酔っ払って幸子の部屋に来た次の日の朝、目を覚ました清が幸子や神田さんのことなど全く目もくれず、一目散に出て行ってから清は店にも顔を出さなくなったため、諦めたのだというのだ。おそらく清は勘違いしているだろうと思っていたが、変に清の家庭に波風を立てるのも悪いと思い、その時は無理に清と連絡を取ることをやめたようだ。
清はその話を聞いて胸をなでおろした。自分の中では全く身に覚えが無かったが、酔っ払っていたからもしかして、という恐れを抱いていたのは確かだ。和子を裏切ってしまったかもしれないという心の小さな棘がやっと今清の胸からポトリと落ちた気がした。
ただ、後ろめたい行動をした気分が抜けなかった清は、銀座エルメスの店に入り、和子にケリー・バッグを買ってやった。ハリウッド女優からモナコ王妃になり、悲運の事故で亡くなったグレース・ケリーは和子にとって憧れの人であった。そのグレース・ケリーが妊娠中に今でいうパパラッチから大きくなったお腹を隠すために使ったバッグ、というのがその名の由来だ。
前から和子が口には出さないが欲しがっているのを知っていた清だが、たかがバッグに百万円近く出すのも馬鹿らしいと無視していた。もっと早く買ってやれば良かった、と清は今では後悔している。
エルメスショップの奥にある喫茶店でまたコーヒーを飲み、興奮しながら和子はグレース・ケリーがいかに素晴らしいかをとうとうと語っていた。そんな話は昔にも散々聞いたことがある。だから完全に会社を辞めて二人で旅行を計画した時に、モナコもその中に入っていたのだ。
ただあまりにも嬉しくて興奮していたのか、長い飛行機での旅が負担だったのか、和子はモナコを旅行中に体調を崩してしまったのだ。その時に行けなかった観光スポットのことなどを悔しそうに語る和子を見ていると、またモナコに連れて行ってやりたくなるが、それはもう叶わないことだと清は諦めていた。だからせめてバッグでも、と清は思ったのだ。
次はどこ行こう、上野でも行こうか、と荷物の置いてある銀座三越のほうに歩いて行くと、百貨店の入り口で、和子が先に気がついた。
「あれ、もしかして誠さんかしら?」
和子の指さす先には誠らしき男の姿が確かにいた。ぼんやりと一人でいる。なんとなしに気になった清達は誠の後を追った。誠はエスカレーターに乗り、一階、また一階と登っていく。
「何処に行くのかしら」
デパートの本館八階までエスカレーターで上がった誠は、八階からさらに上に上がろうとバッグと靴売り場の間を通り、エレベーター乗り場に向かった。
「屋上に行く気のようだ」
エレベーターが開くと誠はそれに乗った。誠が乗ったエレベーターが屋上に止まったのを確認して清達もエレベーターを待つことにする。胸騒ぎが収まらない。
「誠さん、変なこと考えてなんかないわよね? ね?」
和子は清に同意を求めるようにすがる。清は和子の腕をさすりながら
「大丈夫だ、大丈夫」
と言い聞かせ、エレベーターを待った。一回下がってしまったエレベーターがなかなか上がってこない。
上にはエレベーターでしか行けない。北階段という階段で普段は登れるようにもなっているらしいが、張り紙が張ってあり、今の時間は一時的に使えないようだ。焦る気持ちを抑えながら清は和子をさすり続けた。たった一階登るだけなのに、十分ほどの待ち時間が永遠かと思われるほど長く感じた。
やっと来たエレベーターに乗り、清達が屋上に上がると、そこには広場が広がり、道路を挟んで向かい側にある和光の時計が大きく目の前に見える。清はその反対側の端にある神社でしゃがんでいる誠を見つけた。そこで彼は何かをお祈りしているようだった。
誠の無事な姿を見て安心した清達は、少し離れた所で彼の様子を見守ることにする。神社の前で祈り終わった誠は、今度はふわっと立ち上がり、広場の方にゆっくりと歩きはじめ、屋上の端まで行くと、そこにある金網に手をかけ、遠くの景色を眺めていた。
長い間、誠は金網に手をかけながらじっとしている。すると和子は我慢をし切れなくなったのか、すたすたと誠に歩み寄っていく。清もその後を追った。和子は誠のそばまで来ると背後から声をかけた。
「良い天気ですよね。今日は素晴らしい景色だわ」
和子の声に驚いた誠は振り向いた。和子は、さらに後ろにいる清の方に目を移し、ねえ? とばかりに振り向く。清もそれに合わせて、ああ、と答える。
誠は近づいてくる和子と清の姿を見比べるように交互に視線を動かすと、清の着ている服に目がとまった。じっと清のジャケットを見つめていた誠が視線を上げると
「それと同じ服を私も持っていますよ」
と誠が笑って清に話しかけてきた。清は驚いた。誠にすれば見も知らぬ自分より若い男女が近づいてきたのに、自分の方から話題を振ってきた行動が信じられなかった。
誠が心の病にかかってからは、どこかびくびくしている彼の姿ばかりを見てきた清にとっては意外なことだった。また誠の清に向けられる笑顔がとても気持ちのいい、今まで見たことのない優しい顔をしていた。
「あ、ああそうですか。家内が見立ててくれたものですよ」
清がかろうじてそう答えると、誠は
「僕もそうでした。カミさんが買ってきてくれたんです。もう十年以上前だったかな」
清は和子の顔を見た。和子も驚いた顔をしている。そういう事は全く知らずに勝手に借りてきたのであろう。
「ご夫婦で買い物ですか?」
誠がさらに話しかけてくる。
「そうなの。あなたはおひとりで?」
和子が誠に聞き返す。誠は少し俯いた後、
「そうなんです。ちょっと体を壊しているものですから、気晴らしに一人でここまで来たんですよ。この場所はカミさんとよく昔、デートをした場所でしてね」
誠はそう言って金網から離れ、長椅子を指差した。
「天気のいい日にここに上がってきて、ああいう長椅子に座って二人でよく話をしていました。子供ができてからもここに連れてきたこともあります。ただ子供達にとってここは何にもなくてつまらない場所だったかもしれませんけど」
誠は苦笑いしながら長椅子のほうに歩いて行く。ここの屋上は先ほどの神社と有名な出世地蔵がある他にはただ何もない空間が広がっている、遊園地の様な遊具もなく、お店もない。喫煙場所として、またちょっとした休憩のための長椅子がいくつか置いているだけだ。
誠はその長椅子の一つに腰かけた。なんとなしに清も和子もその後に続き、誠の隣に清が、その隣に和子が腰をおろした。長い沈黙が続く。誠はぼんやりと青空を見上げている。
「なにかあったの?」
三人の間に漂う重い空気にたまりかねて、和子が誠に声をかけた。誠はゆっくりと顔を下ろし、正面を見据えながら
「何もないんです。もう何もない。だからこれから何があるか考えているんです」
と自分に言い聞かせるように呟く。
「悩まず、考えるんです。悩んでいても先に進まないから、前に進むためにひたすら考えるんです」
誠の言葉に清達は何も言えなくなった。ただ、このまま誠を一人にするには心配で、清達はどうしようかと迷っていた。そうしているうちに時間は夕方も五時過ぎになっている。
突然誠が立ちあがり、ゆっくりと歩き出してエレベーターの方に向かった。清達も慌てて立ち上がり、誠の後追って一緒に階下へ降りた。途中
「これから何処に行くんですか?」
と和子が誠に聞くと、一言返事があった。
「帰ります」
そこで清は和子と耳打ちして、心配だから家まであとをつけようと話し合い、和子が誠の後をつけている間に清はコインロッカーに荷物を取りに行くことになった。
荷物を取り出した清は和子の携帯に連絡をすると、和子は誠について行き、有楽町駅のホームにいるというので急いで向かった。なんとか和子と合流して誠の乗る電車の一両離れた車両に乗り込んだ清達は、結局誠の家、清達の家の最寄り駅まで来てしまった。
「本当に家に帰るだけだったようだな」
清が和子に言うと、和子も少し安心した顔で清に言った。
「そうね。でもここまで来たんだから、一応誠さんが家の中に入るまでは心配だからついて行きましょうよ」
「そうだな」
清達はゆっくりと歩く誠の後ろをついて歩いた。清は妙な気分だった。いつも利用している駅からの街並みが違って見える。五十年程若返った姿で歩いているからだろうか。和子に聞くと和子もまた同じ感想を答えた。不思議なものだ。同じ景色も違う時間軸で感じることは異なるようだ。普段気にならなかった看板やお店が目に付くようになる。こんな店あったかな、こんな看板初めて見たな、という新しい発見があった。そんな風に周りに気を取られていると清は一瞬誠の姿を見失っていた。
「おい、誠くんはどこに行った?」
慌てて和子に確認すると、
「あのお店に入っていったわよ」
和子の視線の先はチェーン店の居酒屋の看板が光っている。清は和子と目を合わせた。
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