あなたに伝えたいこと

しまおか

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第二章

一日目~②

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 しばらくすると公園内地図があり、原宿駅の方向が判るとそちらに向かって二人は歩きだした。空は真っ青で日差しが強く照りつける。何気なく左腕に巻かれている時計を見ると、もう時間は十時をまわっていた。集合時間は朝八時で、バスが出発してガイドから説明があったりして、清達が意識を失うまで約三十分はかかったはずだ。それからも一時間以上経っているようだ。公園で一時間も二人で話しこんでいたことになる。そんなことはここ何十年もなかった体験だ。
「あら、時計もそのままね。さすがにそこまでは借りてこなかったわ」
 和子は清の左腕を覗きこみながら、時間より腕時計が若者用でなかったことを気にしている。自分の腕時計をみながら
「若い人のする時計ってどんなのかしら」
「さすがに時計は俺達がしているものの方がいいだろう」
 和子が身につけている時計はエルメスの時計だ。十数万円はする。清は会社に通っていた時に買ったロレックスの時計で当時でも三十数万円はした。
 こんな時計を十代ではめていたら嫌みだし、似合うものでもないと思った清は急に恥ずかしくなり、時計を外して無造作にポケットの中に突っ込んだ。
「そうね。たしかに似合わないわね」
 和子も腕から外して時計をバッグの中にしまった。
 清は足元を見ると、靴は少し汚れたスニーカーだった。和子の足元には低いヒールの可愛い靴を履いている。その視線に気づいた和子は
「靴は借りてきたのよ。この一足だけですけど」
 恵子と誠からは借りていないようだ。人の靴を履くのには少し抵抗感があった清は、
「靴は買ったほうがいいかもな」
 というと、和子は大喜びをしている。女性というものはいくつになっても買い物というものを喜ぶものなのかもしれないなあ、と清は感心していた。
 清達は森をぬけると、神宮橋にでた。表参道口は平日というのにすごい人混みだ。やはり圧倒的に若い人が多い。
 清達は持っている荷物が大きいので一度どこかに預けようとコインロッカーを探したが近くには見当たらなかった。公番でロッカーのある場所を聞いた清達は、渋谷方面に向い、コンサートなどが行われる建物にあるロッカーに荷物を放り込み、あらためて原宿方面に向かって竹下口に向かうことにする。
 この間、日が照りつける中、清達はかなりの距離を歩いたはずで、普段ならならもうげっそりしてしまっているはずなのに、今は体が若いせいか元気だ。若さというのは素晴らしい。あっちこっちと歩いても全く苦にならない体を利用して、同じような年頃の人達が多く集まる街を清は和子と二人で闊歩した。
 歩いているうちに清は、平日の昼間だと言うのにここにいる子達は一体学校などをどうしているのだろう、と不思議に思った。制服を着た子も結構多い。学校がこれだけ休みなのだろうか、そんな訳はないだろうなどと考えていたが、周りからみれば清達も平日の昼間からぶらぶらしている若者達の仲間なのだ、と思うと清はだんだんそんなことはどうでもよくなっていった。とにかく今を楽しむことに意識を変えてみる。
 途中、ものすごい人混みで和子を見失いそうになったため、何十年振りかに清は和子の手をひっぱり、歩いた。清は妙に照れくさく、和子も最初は俯いていたが、すぐに周りに溶け込み、あっちへこっちへと、今度は清が和子に手をひかれながら、様々な店に連れまわされることになった。
 すぐに飽きるだろうと思っていた清だが、思いのほか、初めて見るものが多く、物珍しさも手伝ってか時間が経つのも忘れてしまった。ハンカチも買った。汗を良く吸い取るタオル地の物を二人で選んだ。天気が良くて気温が高いからなのか体が若くなったからか、良く歩いたからなのかはわからないが、二人とも良く汗が出た。そのために良く汗を吸うものにしたのだ。これなら翔太や美咲にあげなくても清達でも十分使えると和子との意見も一致した。
 靴も買った。清は汚れたスニーカーから新しいスニーカーに変えて、和子も歩きやすいカジュアルな靴に変えていた。これなら元の姿に戻ってもちょっと近所を歩くのにもはけるなあ、と思っていたらどうも足のサイズが違う。清の今のサイズは翔太の足のサイズ、26.5センチ。しかし八十九歳の清のサイズは25.5センチだ。この点は不思議だった。やはり用意した服装に合わせて体や足も調節されているように思える。
 和子はたまたま美咲と同じサイズの二十四センチ。これなら元の姿に戻っても使えるわよ、と和子は喜んでいる。清の買ったものは元の体に戻ったら翔太にプレゼントするほかないようだ。
「ちょっとお腹すかない?」
 和子に言われ、清はポケットに入れた腕時計を取り出してみると、もう十二時過ぎになっていた。もうこんな時間か。そういわれるとお腹も急にすいてきた。
「何を食べようか」
「私あれ、食べたいんだけど」
 和子の指さす方を見ると、クレープと書かれたお店が見える。クレープというものは、翔太や美咲が小さい頃に一緒に食べたことがあるが、
「お昼ごはんにクレープか?」
 清が眉間にしわを寄せると
「いろいろ食べればいいじゃない。他にもいっぱいあるし。今までと同じような考えじゃ駄目よ。若い人の感覚にならなきゃ」
 もうすでに和子は完全に十代の女の子になってしまったようだ。食事はこうじゃなくちゃいけないと決めなくても、お腹がすいたら好きな物を食べればいいのか。なるほど。栄養のバランスや健康には悪そうだな、と思いつつ、今更健康に気遣ってもしょうがない、と割り切った清に、和子は急に顔をしかめて
「あ、胃は調子悪くない? 無理して消化の悪いものを食べると駄目かもしれないわね」
 と清の体を気遣い始めた。清が二か月前に吐血して胃潰瘍の手術をしたばかりだった事をやっと思い出したかのようだ。
「大丈夫だよ。今、体は十代後半の調子になっているようだから」
 清はそう言って和子の心配を打ち消した。
「あら、そう? だったらいいわね。せっかくだから」
 和子はそう言うと、もう小走りにクレープ屋に向かっていった。本当に大丈夫かは食べてみなければわからなかったが、今更健康に気遣わなくてもいいだろう、少なくともこの旅行中は楽しもう、と清は心の中で誓っていた。
 清はゆっくりと和子の後を追う。すでに和子は注文するものを決めているようだった。清が近づくと和子は振り向き、
「あなた、何にする?」
 と聞いてきたが、その時一斉に周りにいた若い子達が和子と清の方を見た。え? と驚く二人に周りがぼそぼそと喋りながら騒ぎだしている。
「いま、あなたっていったよね」
「何かもう結婚してるみたい」
「結婚してるには若くね~?」
 なるほど。和子が言った、あなた、という言葉に反応したようだ。確かにこの年齢の恋人同士であればおかしいかもしれない。
「あ、あの清さん、何にする?」
 和子は顔を真っ赤にしながら名前で清を呼び直した。名前で清さんなんてこれも何十年と聞いたことが無い。清は恥ずかしくなったが、ここは思い切って、
「カズちゃんと同じのでいいよ」
 とこれも結婚当初の呼び方で和子のことを呼んでみた。和子は目を丸くした後、俯いて小さな声で、うん、と頷き、自分の選んだものと同じものを店の人に注文していた。
 二人は店を出て手をつなぎ、片方の空いた手でクレープを持って食べながら歩いた。
「こんな行儀の悪いこと、久しぶりにしたわ」
 和子が微笑みながら、ほっぺにクリームをつけて美味しそうに食べている。歩きながら物を食べるなんて自分達の時代ではなかなかできなかったことだ。縁日のような祭りの時にやった覚えがあるくらいかもしれない。
 新鮮な感覚に陥っている清は、クレープを頬張りながら頷いて小指で和子の頬についたクリームを取ってやり、そのクリームを舐めた。二人はゆでダコの様になりながら、しばらく黙々とクレープを食べながら歩いていた。 
 若いというのは、それだけ食べる、という事でもあるのだろうか。クレープ一つでは全くお腹が膨れない清は、イタリアンレストランが目に付いた。ピザやパスタが食べ放題と書いてあり、一人千五百円ほどの値段だ。
 今までならそんなものを見ても全く興味を持たなかった清も、若くなった体が欲するのだろうか、急にピザを食べたくなった。ピザもまたここ何年も食べていない。恵子と誠が夫婦二人で出かける時に、翔太や美咲を預かっていた時に孫にせがまれて宅配ピザを注文したことがあるが、一ピース食べただけで胃もたれがした覚えがあり、清はそれ以来食べていない。
「ここに入ろうか。まだお腹すいてるだろう?」
 清がそう言うと、和子は案の定聞いてきた。
「ピザなんて大丈夫? パスタならいいけど、清さんってあまりこういうところ好きじゃなかったでしょ」
 いつの間にか名前で呼ぶことが抵抗なくなった和子に
「いや、今なら食べられそうな気がする。お腹が減ってるんだ。これこそ今じゃなきゃできないことだろう?」
 と清が言うと、店の入り口に置いてあるメニューをじっと見ていた和子は
「ここ、デザートも美味しそうね。いいわ、ここに入りましょう」
 と甘いものに魅かれたのか、和子は先頭になって店に入っていった。
 二人はサラダと前菜がついた、パスタとピザの食べ放題を注文することにした。清は食べ放題、というものすら注文したのは初めてだった。旅行先で泊まったホテルの朝食でバイキング形式になっているところは多いが、わざわざ食べ放題を目的としている訳ではない。そんな制度がお店にできた頃には清達はもういい年齢になっていたし、食も細くなっていたからそれほど恩恵にあずかったことはなかった。
 最初は用意されたサラダと前菜を食べ、一皿ずつパスタとピザを頼んで清と和子は二人で分けて食べていたが、まだお腹が満足しない。幸い胃の具合も調子はいい。もう一皿ずつ、先ほどのものとは違う種類のパスタとピザを頼んで二人で食べたが
「まだいけそうね」
 という和子の誘いに乗り、清達はさらにもう一皿ずつパスタとピザを食べた。
 さすがにお腹がいっぱいになってきたと思ったが、和子は更に別メニューでデザートとコーヒーを飲みたいと言うので清も付き合って注文してみる。和子はパフェ、清はティラミスを注文し、これも二人で半分ずつシェアをしたのだ。これが予想以上に旨かった。
 最近は若い男の人でも甘いものを良く食べるらしいと聞くが、清の時代では男が女子供の食べるようなものに手を出すなんて恥ずかしい、という風潮があったが、そんなものなど無い、美味しいものは美味しいと誰もが自由に食べられる若者もいいもんだ、と清は感心してしまった。
「美味しかった~! もう食べられない」
 そう言いながらお腹をさすっている和子に普段なら清は、はしたない、と叱るところだが、今の和子はその仕草すら可愛く見える。若いって得なんだとここでも妙に納得してしまう。
「次はどこに行こうか?」
 和子はテーブルに両肘をつき、両手で顎を抑えながら頬を覆い、また上目づかいで清を見る。か、かわいい。こいつ、わざとやってるんじゃないか、と訝しく思いながら清は和子から目をそらし、
「渋谷の方までまた歩いていこうか」
 というと、パッと明るい顔をした和子が、
「そうしましょう」
 といって席を立って今にも店から出そうになる。和子ってこんなにフットワークがよかったかな。清は今回の旅行で和子の色んな面を発見している。
 線路沿いの道を代々木公園沿いに和子と手をつないで歩く清は、並木路からビルの谷間を歩いている間、ずっと和子の話をふんふんと聞いて、時折相槌を打っていた。
 普段の清ならそろそろ和子のおしゃべりも煩わしくなってくるのだが、不思議と今日は気にならない。それどころか良く聞くと、声も少し若返って高く響く和子の声が、清の耳に心地よくさえあったのだ。
 気づくと二人は渋谷駅前の繁華街に着いていた。右手に109が見える。道玄坂を若い人達がこんなに世の中にいるのかといわんばかりに通りを横切っていく。若いと言っても若干、原宿より年齢層が上がったようだ。
 人混みの流れに沿って清達も道玄坂を登る。清が時計を見るともう二時過ぎになっていた。体は全く疲れておらず、先ほどお腹いっぱい食べた胃の調子も全く問題ない。清は完全に十代後半の体になっているようだった。
「少し喉が渇かない?」
 清は頷き、和子に誘われて109のビルの上層階まで上がり、喫茶店の中に入った。そこにも甘い物がたくさんあるようだ。周りは女性がほとんどだったが、中には若い男の子もいた。
 先程の店で食べたばかりなのに、また和子は飲み物と一緒にケーキを注文している。そういう清も小腹がすいていたため、同じようにケーキセットを注文する。
 また二人で分け合って食べていると、清達をじっと見ている女の子ばかりの集団がいた。自分の顔に何かついているのかとも思い、清は手で顔をぬぐっていると、女の子達に笑われてしまった。
「どうしたの?」
 和子は不思議そうにしていたため、清が理由を説明すると、チラッとその女の子達を見た和子は、また清の顔を眺めて笑った。
「清さんがカッコイイから見てるんじゃない?」
 和子がからかうため
「バカいうな」
 と清は顔を赤らめて怒ると、和子は楽しそうに笑っている。
「清さんって若くなっても口数少ないわね」
「お前は相変わらずだな」
「何よ、お喋りだって言うわけ?」
 和子は微笑みながら
「でも、普段より喋ってるかも。だって清さん、いつもより聞き上手になってる」
「ん? 聞き上手?」
「うん。いつものように、ふん、とかそう、とか相槌は同じなんだけど、なんとなく、そう、ちゃんと話を聞いていてくれている、って感じ」
「へぇ~、そうか?」
 清はそう言いながらも和子の言っていることは自分でも気づいていたことだ。照れくさくなって清は目線をそらすと、また先ほどの女性達と目があった。
 和子もその視線の先を追うように、もう一度女の子達のいる方を振り向くと急に固まった。
「どうした?」
 不自然な動きをする和子に清が尋ねると、ゆっくり顔を戻した和子が今度は真剣な顔で、清に小声でささやく。
「あそこにいるの、美咲じゃない?」
「なに?」
 驚いて清は和子が見ていた女の子をもう一度見ると、確かに数人固まっている中に、美咲らしい子がいる。その子がじっと清の方を見ているがその視線はどうやら清の着ている服を見ているようだ。そして和子の服と交互に見ている。
 確か、この服は和子が美咲に見繕ってもらった、と和子は言っていた。それに和子の場合はまさしく美咲の持ち物そのものである。
「あいつ、二人の服を不思議そうに見ているぞ」
 清が身を乗り出して小声で和子にそう言うと
「そりゃあそうよね。あの子の持っている服と、あの子が翔太の部屋から持ち出して来た服と全く同じものを着ている人がここに二人いるわけだから。それより何であの子がこんな所にいるの?」
 と和子もまた清と内緒話をするようにテーブルの上に身を乗り出した。
「友達と遊びにきただけじゃないのか?」
「もう学校って終わってる時間なの?」
 そういえば、と清が時計を見ると三時近くだった。
「テストか何かで早く終わったんじゃないか?」
「ああ、そうかも。それにしてもこんな所であの子ったら学校帰りに遊んでいるのね」
 清は美咲のいる方を見ないようにして和子と話をしていたが、まだ痛いほど美咲の視線を感じる。おそらく不思議でしょうがないのだろう。こんな偶然ってあるだろうか、と一生懸命考えているようだ。
「妙な感じがするから、店を出ようか」
 清が和子の耳に囁くと、和子も首を小さく縦に振った。
「お~! 待った? ごめん、ごめん」
 何人かの男の子の大きな声が急に店の中に響くと、数人の高校生がどやどやと美咲達のグループに合流していった。
 その声に思わず振り向いてしまった和子は
「あれ? あの子翔太じゃないの?」
「え?」
 清もつられて男達の方を見ると、確かにその中に翔太がいた。すると美咲がこっちの方を向いたまま、翔太に何やら話しかけている。翔太も清の方を向いた。
「おい、早く店を出よう」
 慌てて眼を反らした清が席を立とうとすると、何と翔太と美咲がこちらに歩いてくる。腰を浮かしかけた清は席を立つタイミングを失い、俯いたまま席でじっと座っていた。
 和子も首をすくめたまま、ストローでアイスコーヒーを飲んでいる。
「ああ、ホントだ。俺の持ってるシャツと一緒じゃん。ジーンズとベルトまでそっくりだ」
「そうでしょ。でも靴は違うのよね。こっちの子の服も、私の持ってたやつとまるっきり一緒でしょ。こっちも靴は違うけど」
「ああ、そういえばこんな服、まえに美咲が着てたの見たことあるな」
 翔太と美咲が二人に近づき、清と和子の着ている服を指差して話をしている。そりゃあそうだ、お前らから借りたんだからな、と心の中で清が呟いていると
「何? 何か用なの? 私達が着ている服に文句でもあるの?」
 和子が急に振り向いて、翔太と美咲に食ってかかった。
 あまりの和子の剣幕に誠と美咲は驚いたのか、大人しくなった翔太が、
「い、いや、俺達の持っている服と全く同じだったもんでつい」
と言い淀んでいると
「こんなのどこだって売っているじゃない。だから何なの?」
 和子は更に翔太を睨む。完全に迫力負けした翔太の代わりに美咲が
「その服どこで買ったんですか?」
と和子に尋ねたため、一瞬言葉に詰まった和子は、苦し紛れに、
「このビルで買ったんだけど、何か?」
と開き直った。
「ああ、そうなんだ。私もここで買ったの。だから同じのなんだ」
美咲は納得したようだ。
「そうなんだ。偶然ね。でも同じセンスをしているって嬉しいわ」
 和子は急に声のトーンを変えて、仲良しモードに切り替える。
「ホント、そうよね。この人あなたの彼氏? こっちは私の兄貴なの。あなたの彼氏が兄貴と一緒の趣味だなんてびっくりしちゃって」
「あら、あなた達兄妹なの? 恋人同士かと思った」
「やめてくれよ、こんなブス」
「私だってあんたみたいなブサイク、冗談じゃないわよ」
 今度は翔太と美咲が喧嘩をし出した。妙な具合になってきた。和子の話術に舌を巻いた清は、呆然として三人のやり取りを黙って聞いているしかない。
「二人とも可愛いしカッコいいわよ。うらやましいわ、こんな兄妹がいて」
 和子のお世辞に翔太は思いっきり照れてまんざらではなさそうに鼻の下を伸ばしている。
「あなたの彼氏もカッコいいじゃない。同じ服でも翔太なんかよりずっとうまく着こなしているし」
 今度は美咲がお世辞を言いだした。女って怖い。清が固まっていると、和子はペチャクチャと美咲と話しだし、翔太とも笑いながら話しだした。もともと和子は普段から翔太や美咲と友達のように会話をしているが、その話術が今生かされているようだ。
 十分後、和子は清も含めて勝手に孫達と同級生、名前はマナブとケイという設定まで作り、完全に打ち解けていた。
 翔太達の友達が戻ってこいよオーラを翔太と美咲に出し始めたため、自分達の席に戻りかけた美咲が、清達に携帯電話の番号を聞いてきた時はどうしようかと思ったが、
「今携帯、二人とも親に取り上げられちゃったんだ」
 と和子がかわして事なきを得た。携帯は和子も清も持っている。しかしその番号は美咲達も知っている、お爺ちゃんお婆ちゃんの番号である。まさかそんな番号は教えられない。
 孫達が離れていったのをきっかけに、清達は逃げるように店を出た。もう一度顔を合わせるのもどうかと思い、109の中の店を見ることをあきらめ、二人はビルを出た。
「あせったわね」
 東急百貨店の本店に向かって歩きながら、和子は買ったばかりのハンカチで汗をぬぐった。
「そうだな」
 清もどっと汗が吹き出し、同じく汗をぬぐう。
 渋谷東急の本店なら翔太達のような若い子は客層として来ないだろうと話し合い、二人は百貨店を目指した。
 予想通り、店内は渋谷の街なかとは違う落ち着いた雰囲気で客層もぐっと高齢になる。しばらく歩いていると
「周りからジロジロ見られている気がするわ」
 和子は不機嫌な声で清に話しかける。
「そうだな」
 清もそう思っていた。本来ならこういう店が清達には合っているはずなのだが、若い格好をしている今は、逆に浮いているような気がして居心地が悪いものになっていた。年相応というものがやはりあるのだ。早々に清達は退散し、外に出てハンズに行くことにする。
 まだ二人とも体は疲れていなかった。若い時はそうだったかもしれない。昔は電車など交通機関なんてそれほど発達していなかった。その為、いろんな所に行くのにも人は良く歩いたものだ。走ったものだ。その分行動範囲も今の時代より狭かったが、それでも十分だった。
 この健康な体が元の体に戻った時にも維持できたら、などという思いが頭をよぎったが、すぐに清は考えるのを止めた。人間には避けなれないものがある。生老病死、だ。これらはすべて受け入れなければならない。逃げられないものから逃げようと考えるのは無駄だ。
「どうしたの? 怖い顔しているけど」
 和子がまた心配そうに清の顔を覗いている。いつも思うが和子は本当にするどい女房だ。六十年以上連れ添っているからかもしれないが、清の気持ちの変化を素早く感じている。この和子をもってしても吐血した時の清の体の変調には気付かなかった。いや実を言えば和子は気づいていた。それなのに清が大丈夫だ、なんでもない、と言い続けていたから和子も黙って見ているしかなかったのだ。
「大丈夫だ。逆にこんなに歩いても疲れない体が不思議でね。昔はよく歩いていたからかなって考えていただけだ」
 清が笑って答えると、ホッとした表情で和子は
「そう、そう。私も全然疲れてないの。若いってホント、すごいわね」
 と喜んでいる。その和子の顔を見て清も安心していた。
 二人がハンズの近くまで来ると、何やら騒いでいる高校生の集団を見かけた。
「なんだ? なにかあるのか?」
 清がいぶかしげに見ていると、和子が立ち止まり
「あれ、あそこに翔太達がいるわよ」
 と教えてくれた。清がその集団をよく見ると確かにいた。美咲もいる。
「でもさっき店の中にいた友達より人数が多くなってないか?」
 翔太達に合わないように、二人は離れたところの角に隠れて様子を見ていると、どうやら翔太達は同じ高校の別の集団と何やら揉めているようだ。
 清達は心配になり、一つ、また一つとビルの陰に入りながら翔太達に近づいて行った。
「うるせえんだよ」
「やめなよ」
「親父がプーの奴がカッコつけてんじゃねえよ」
「テメエ!」
「いいよ、相手にしなくていいから」
「何だ、仲がいいな、兄妹で。お前らやっぱりできてんじゃないのか?」
 高校生の集団の笑い声が聞こえた。どうも翔太が絡まれて美咲がそれを止めている声が聞こえる。翔太が熱くなり、相手に掴みかかろうとしているのを周りの友人達が引きとめていた。美咲も顔を真っ赤にしながらも必死に我慢をして翔太のことを宥めている。
「あの子たち、もしかし苛められてるの?」
 和子が清に話しかけて横を向くと、そこには清はいなかった。いつの間にか清は足早に翔太達に近づいている。和子がその後を追いかけた。
「なんだよ、やんのかよ」
 翔太を挑発している男子高校生が一歩前に出た。翔太が今にもその男に掴みかかろうとしているのを美咲が止めていた。
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