パンドラは二度闇に眠る

しまおか

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美樹とシンの交流~①

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  職員室に顔を出した美樹は、すでに出勤していた早坂や他の教師達に昨日早退したお詫びとお礼とその後の経緯を説明した。本来学園は休みだが、中間テストの採点作業がある教師達はほぼ皆、休日出勤しているのだ。
「その程度で済んで助かったね。それにしてもあの女将にはいつも感心させられる。段取りが早い。和多津さんも駒亭でお世話になっていて良かったね。お疲れ様」
 ほとんどの教師達の口から同じような慰めと労いの言葉をもらい、一通り挨拶をしてから自分の席へと戻った。陸上部の部活が始まるにはまだ少し早いが、やることはある。机に向かい、教科書とノートを取り出して授業の予習を始めた。
 その後部活が始まり、陸上部の子達が美樹の周りに集まったのは午前中の練習を終え、お昼休憩に入った時だった。そこで昨日の騒ぎで部屋の見学が中止になったことを詫び、事故が起こった経緯とその後を簡単に説明した。
「工事が終わるまで部屋に戻れないの。最低一カ月かかるから、駒亭の見学は中止ね」
 延期という言葉をわざと使わなかった。心の中では永遠に中止したかったが、それを口には出せない。そんなことが言えたら、彼女達を招くような事態にはならなかっただろう。
「え~、超楽しみにしていたのに」
「残念だよね」
「一カ月も先になるのか」
 口々にそう話す彼女達の最後の言葉にドキリとした。駒亭に戻ったら再び見学を実行するつもりらしい。一カ月余り後には期末テストが始まる。そうすれば今回と同様に部活が休みに入るし、テスト最終日は昨日と同じ条件が揃う。
 その時を狙ってまた部屋に行きたいと言い出すかもしれない。そこで思わず口走った。
「下宿がどんな様子か早く知りたいなら、同じ一年の釜田さんにお願いしてみようか」
 自分でも無茶なことを言っていると思っていたら案の定、食い気味で却下された。
「そんなの意味無い。私達は和多津さんの部屋へ行きたいの。これからは部活もあるし」
「そうだよね。部活があるからね」
 そう言うと、想定外の意見が飛び出た。
「引っ越した先の部屋は遊びに行っちゃ駄目なの?」
「そうだ、そっちへ行こうよ」
 それは良い案だと騒ぎ出す彼女達を、慌てて落ち着かせようとした。
「ちょっと待って。今は間借りだから、他の子達もいないし共同スペースや共同浴場も無いよ。皆は私の部屋にも興味あるだろうけど、まず下宿屋って面白そうって話だったよね」
「そ、それはそうだけど」
 しまった、という顔を彼女達の一人がした。その表情を見て妙な違和感が頭を掠める。
「それにさっきも言ったけど部活があるし。試験終わりの放課後だったら休みだし時間もあるからって話だったよね。だから無理だよ。中止ね。申し訳ないけど」
 そう告げると彼女達は一斉に苦い顔をした。そこで言い訳をし場を離れる事にした。
「ごめんね。私も車が突っ込むなんて想像してなかったから。あっ、顧問の北上さんに相談することがあるの。それに皆も急いで食事しないと、休憩が終わっちゃうよ。早く午後からの練習に備えなきゃ。じゃあ後でね」
 逃げるように立ち去ったが、北上との話は嘘だ。部活が始まり彼に何の用があったのかを彼女達が探れば、すぐにばれてしまう。ならば嘘を本当にすれば良い。そこで彼がいるだろう体育教官室へ向かった。
 しかし朝一で顔を合わせた時、昨日の件は説明済だ。少し考えて用件は変更された住所報告に決めた。話せなかったことを補足するのなら不自然では無い。むしろ必要なことだと言い聞かせ、午後の練習が始まるまでに間に合うだろうかと時間を確認しながら、廊下を早足で歩き教官室へと急ぐ。後で辻褄が合わなくなると面倒だ。
 そこまでしなくても、とは思う。その一方で頭の片隅に危機を知らせる信号が鳴り止まない。嫌な予感は今までの経験上、良く当たる。生徒が北上に探りを入れたら言い訳という厄介事がさらに増える。
ほんの小さな綻びから問題は大きくなるものだ。井畑中学で経験した過ちを、再度繰り返すことだけは避けなければならない。
 体育館の二階の教官室前に着くと鉄製の扉をノックし、頭を下げて入室した。
「失礼します!」
 すると中の何人かの鋭い視線が、美樹に対して向けられた。ここには何度も来ているが、その度に緊張する。なぜならここは他の職員室と違い、体育の授業を専門に持つ教師達全てが集まっているからだろう。ただそうでない教師が運動部の顧問をしている場合もある。そんな教師達が部活中に使用する部屋としても利用されていた。
 しかし体育専門の教師達に囲まれアウェー感が強いこの環境は、決して居心地のいい場所ではない。それほどここは異質な空気を持っていた。陸上部顧問の北上は普段からここにいる。彼は基本的に三年制と六年制の体育授業の一部を担当していた。
 数学や英語など他の教師よりもずっと体育教師達は横と縦の連携が必要だ。他とは別でこの場所に教官室が用意されているのはそうした理由もあった。連帯感が強いため、部活以外でここを使わない教師にとって居づらくなるのも理解できる。
 体育教官室から外側の窓を見れば校庭が、内側の窓からは体育館の中の様子がほぼ全て見渡せる構造になっていた。自分の授業が無く待機している時でも、他の教師達が行っている授業や、放課後の部活動の状況を複数の目で監視できるよう工夫されている。
 生徒達の中でふざけているものはいないか、真面目にやっているかを見るだけではない。他の教師の指導が正しく行われているかも、常にチエックする。それは生徒の大きな怪我や命に関わることへと繋がるからだ。
 他の科目では起こり得ないことが、体育の時間や部活動では発生する可能性が高い。近年問題になっている体罰などもその一つだ。
 ほとんどの教師は皆、様々なスポーツを経験してきている。だからその怖さを最もよく知る人達なのだ。その為かここにいるほとんどの教師達の目は真剣で怖い。といっても眼つきの悪い人ばかりではない。その中の一人、北上の姿を発見した。
 もう一度、失礼しますと声をかけて近づく。彼はこちらを見て言った。
「どうした。何かあった?」
「いえ、たいしたことではありませんが」
 言葉を濁しながら思わず振り向き扉を見た。陸上部の誰かが入って来ないかを確認し、事前に用意していたもっともらしい用件を口にする。
「昨日の事故で引っ越しましたが、新しい住所を伝え忘れてましたので」
「そうだったな。でも駒亭のすぐ近くだろ。別に慌てることではないけど、一応聞いておこうか。ここの紙に書いておいてくれ」
 そう言われて連絡先は変更無いが、緊急連絡先が今までの駒亭に加え渡辺家の電話番号も必要だろうと気付き、新住所と連絡先を記入した。内容を覗きこんでいた北上は、
「そっちへかけることはまず無いと思うが、念のためにあった方がいいからな」
 そう言って記入した用紙を受け取り、確認しながら机上に置かれたノートパソコンを操作し早速入力し始めた。最近はこうした情報も紙だけでなく、教師間で確認できる共有ファイルにデータ保存するようになった。その為パソコンは教師に一人一台支給されている。
 入力し終えた彼は席を立ち、用紙を既定のバインダーに閉じるため保管庫へと向かった。近年はこうしたアナログとデジタルの両方の管理が必要だ。おかげで教師は仕事量が増えたとぼやいているが、今回の件などまさしくそうだった。
 共有のデータ管理も二度手間だ。というのも今朝、別の職員室に昨日の経緯を報告した際同じく新住所を用紙に記入し、正担任の早坂に渡している。おそらく彼も北上と同様共有ファイルに入力し、用紙はバインダーに閉じたはずだ。
 実はパソコン上の共有ファイルは、体育教官室と早坂達がいる教師達の持つパソコンとは繋がっていない。体育教師とその他の科目を担当している教師とは行き交う情報も共有したい情報も大きく異なるという建前のせいか、別のシステムを使用しているからだ。
 しかし今回のような住所変更の情報は、本来全ての教師達で一括共有するべきものだと思うが、優先順位が低いのか別々のままだった。そこにきて用紙というアナログな管理も、早坂のいる職員室と北上のいる体育教官室とで同じ物が二重に存在する。
 こういう無駄な事務処理の例一つとってもIT化という名の元で、本来効率化されるはずのデスクワークが減らずに増えていくのだ。よって最近の教師は報告や情報の通達等がパソコンを通じて行われる為机に向かう時間が増え、生徒に目が届かなくなっていると問題視されるのだ。といってもこれがなかなか改善されない。
 システム変更にお金がかかるなど様々な理由が付けられ、問題だと判っていながら解決されない事例は多い。それは教育現場だけでなく民間の会社でも同じことが多々あることだろう。そのツケは全て現場にいる末端の労働者、ここでは教師達が払うことになる。
 席へと戻った北上に、美樹は時間を気にしながら声をかけた。
「お昼は食べられましたか? 私はまだなのでここで食べてもいいですか?」
彼は俺もまだだからいいよと頷いた後、思い出したように顔を上げた。
「そういえば、昨日は一年が下宿見学に行く予定だったよな。確かみなみさんや沢田さわださんとか」
「はい。基本的に下校時の寄り道は禁止ですから、北上さんの許可を得る為そうお伝えしましたけど、もちろん中止になりました。事故が下宿へ向かう前だったので。もし彼女達がいる時だったらと想像したらゾッとします。それがどうかしましたか?」
「そうか。で、今後はどうするって」
「といいますと?」
 眉間に皺を寄せながら彼は、何か言い難そうにしながら言葉を続けた。
「ほら、駒亭での下宿見学とか和多津さんの家へ遊びに行く話さ」
「工事が最低一カ月かかるので中止です。一応私の部屋では無く、駒亭の下宿見学なら他の子に頼もうかと先ほど提案しましたが、彼女達に却下されました」
「そうか。そうだろうなあ」
 頷きながら何か考えるような仕草をした彼の様子に、違和感を持った。
「何かありましたか?」
 思わず尋ねると彼は周りを見渡し、他の教師達が何人かいることを確認すると、
「ちょっと外に出るか」
 顎で扉の方を指し、彼は弁当が入っているらしいバッグに加えて机上のノートPCを専用の鞄に入れ、それらを持って出て行こうとした。頷いた美樹は、その後ろを大人しくついて行く。
 扉を開けて廊下を挟んだ向かい側には、いくつかの会議室がある。その一つを開けて中に誰もいないことを確認した北上は、使用中という札に切り替えて美樹に中へ入れと促した。
 廊下側の窓はブラインドカーテンがかかっているけれど、外からは中の様子が判るようになっている。彼は長机が置かれた奥の中央のパイプ椅子を引いて座ったので、机を挟んだ彼の反対側の正面から一つ横の椅子に座った。
 彼は弁当とパソコンを机の上に置き、一度両腕を組んで背を逸らしてから外に聞こえない程度の低い声で話しかけてきた。そうすれば外から誰かが覗いていたとしても、陸上部の顧問が補佐の美樹を会議室に呼び、何か指導しているようにしか見えない。
「和多津、お前、あいつらと何かあったのか?」
 二人きりになったことで、“さん”が取れ、口調がくだける。しかしその目は何かを心配しているように見えた。彼の気遣いを理解した美樹は、自分の荷物から弁当を取り出し、机の上に置きながら返事をした。
「いえ、何かあったということは無いですけど」
 確かにまだ何もない。彼女達は下宿見学を兼ねて部屋に遊びに来たいと言っただけで、それは中止になった。ただ今のところは、である。口ごもる美樹に感ずるところがあったのか、彼は自分の弁当箱を開けて食べ始め、そのまま話を続けた。
「けど、とは今のところ無いが気になることはあるってことだな。そうじゃないのか」
 鋭い指摘だった。まだ知りあって間もないが、教師生活三十年は超えているベテランだ。美樹が何かを抱えていることなどお見通しなのだろう。いやもしかして井畑中学時代のことを耳にし、注視していたのかもしれない。彼に合わせて美樹も弁当を食べながら話した。
 まず彼女達はもっともらしい理由をつけているが、何故美樹に興味を持ち見学したいと言い出しているかが疑問で不安だということ。中止になった後、今日の彼女達の反応に違和感を持ったこと。その為北上に呼ばれていると嘘をつき、その場から逃げたこと。その後辻褄合わせの為に彼の元を訪れたことなどを正直に説明する。
 その間彼は口を挟まず静かに頷き聞いていた。話すことで徐々に不安だった気持ちが落ち着いた。不安は一人だけで抱えていると、さらにネガティブな思考へと陥りやすい。誰かに喋るだけで自分の頭の中が整理され、何を心配していたのか分かってくる。それだけで気分が楽になった。しかし彼が続けた言葉により、一時の安心感が一気に吹っ飛んだ。
「実は部活後に話をしようと思っていたが、和多津から相談があったことだし今話すよ。実は昨日の件で俺も嫌な話を耳にしたし、見た。それが昨日のお昼だ」
「嫌な話って何ですか」
 恐る恐る尋ねると、頭を掻きながら言い難そうに喋りだした。
「元々南達が和多津の下宿へ遊びに行くという話を聞いた時から、不安は感じていた」
 先ほどまで生徒も“さん”付けして呼んでいたが、今度は呼び捨てだった。体育教師達にはよくある。普段の授業でも怒るとすぐに呼び捨てする癖が抜けない。体育会系の教師達には生徒に“さん”付けするなど、元々慣れていないからしょうがないのだろう。
 だが規則は規則だから止む無く本人達の前では“さん”付けで呼んでいるが、今は本人が目の前にいない為セーフとしておく。問題はそこではない。美樹と二人だから気が緩んだのかと思ったが、呼び捨てした言葉からは嫌悪感が滲み出ていた。
「どうしてですか」
「和多津さんは以前いた井畑中学の陸上部の子達と問題が、その、あっただろ?」
「え?」
 一瞬心臓を鷲掴みされたかと思うほど息苦しくなる。今度は美樹を“さん”付けで呼んだ所に遠慮がちな態度が表れ、それが気持ちを逆なでし思わずムッとした。
「話は聞いている。井畑の陸上部で活躍していた和多津さんに、補佐をやってくれと声をかけた手前、顧問としては上から色々な注意をいただく訳だ。その理由も耳にしたが、その内容は詳しく聞かないでくれ」
「はい。私も余り聞きたくありません」
「そうか。それで君が人と距離を置きたがっていることも分かる。それなのに一年の子達が距離を縮めたがっていたから、気にはしていた。でも仲良くする事は悪くない。そうやって徐々に立ち直ることができたら、と思うからだ。それにあの子達が下宿に興味を持って見学したがっていると聞いた時もそれくらいだったら良いか、特に駒亭はあの名物女将がいるから大丈夫だろ、とね」
「女将の事をご存知なのですか?」
「この界隈では有名人だ。うちの学園もかなり世話になっている。今まで多くの生徒を見てくれているだろ。あの人に任せておけば大丈夫、女将が絡んでいれば学園の規則から少し外れたってお目こぼしする、というのが暗黙のルールみたいなものだから」
 そこまで彼女は信頼されているのかと驚いたが、昨日の一件でその一端を垣間見た身としては、妙に納得してしまった。
「だけどな。昨日の放課後、気になるものを見てしまった」
「気になるものですか」
「学校の裏サイトってあるだろ。この学園にもあることを知っているか」
「え? 知りませんでした」
 そう答えはしたが、あっても別に不思議ではない。これだけのネット社会だ。学園の生徒数も多い為、そのようなサイトを作って色々と書きこむ者も少なくないだろう。
だがここ最近は特に井畑時代を思い出すので、意図的にそういう類と関わらないよう心掛けていた。北上もまたその辺りの事情を知っているからか、美樹が学園の裏サイトについて全く無知な事に納得したようだ。
「もちろんこんな時代だから、学園でも専門のネットセキュリティ会社と契約して、内部の情報管理もやっている。だからそういう裏サイトの監視も契約の一つになっている訳だ」
「よくご存じですね。北上さん自身がそんなネットに詳しいなんて知りませんでした」
「俺自身が別に詳しい訳じゃない。基本、専門的な事はプロに任せている。ただそんなサイトがあって、変な書き込みがないか見ることぐらいは誰だってできるだろ」
「北上さんはそんなこともしているのですか」
「しているよ。というか、学園側からやらされている」
「やらされている? でも監視は専門の会社に依頼していますよね」
「もちろん。でも外部の人間だけでは限界がある。苛めや犯罪に関わる単語、計画している話、死ね、とか死にたい等の直接的な書き込みならすぐに反応できる。だがそうじゃないものは判別できないし、対応できない」
「そうなのですか?」
「そりゃそうだ。そういう会社だって、うちの学校だけを担当している訳じゃない。裏サイト等を中心に、苛めや犯罪に繋がる書き込みがあるかどうかを見ているだけだ。事が起こり始めると、ある一点でそういう書き込みが集中するらしい。そうなって初めてプロの目に引っかかり、その動きによって何が起きているのかを分析し始める」
「誰が書きこんでいるとか、特定できるものなのですか?」
「余程悪質で巧妙な奴じゃなければ、大抵は判るみたいだ。所詮学生の書き込みだから、使っているツールは家のPCとか自分のスマホだろ。他にはせいぜい学校のPCとかネット喫茶ぐらいだから、プロの犯罪集団じゃない限りネットの住民票であるIPアドレスくらい、すぐ把握してしまうらしいよ」
「そうなんですね」
「それで情報を手繰って集めたものを、プロ達が学校側にご注進する訳だ。逆にはっきりした証拠がないと、監視する側も報告なんてしない。ある一部の生徒らしき奴が、ある教師らしき奴の悪口を一回、二回と書き込んだ程度では、いちいち報告しないだろ」
「そうでしょうね。それで報告していたら数も膨大でしょうし、学園側も困るでしょう」
「そこだよ。あと外部の人間では判り得ない動きや、隠語でも学園ならではの特殊なものだと、内部の人間が見ればすぐに判るものが、外部からだと察知しづらいこともでてくる」
「それはあるかもしれませんね」
「事前にこういう言葉とかこういう事例があるので、と検索ワードや注意事項を監視会社へ事前に連絡していればいいよ。だけど問題なのは、わざわざ報告するには及ばないとか忍びないってものがあるだろ。例えば井畑中学で起こったこととか、さ」
「あっ」
 ここでようやく彼の言いたいことが見えてきた。
「わざわざ関係するかどうか判らないけど、今後起きる可能性が無いとは言えない。でも外部の業者に今の時点で、学園に来て一カ月そこらしか経っていない和多津さんのことを、検索ワードや注意事項として報告するのもどうか、と考えれば悩ましいだろ」
「え、ええ」
「もちろん和多津さんのことばかりじゃない。そういうことをさ、学園内部のまだ些細な個別事情で、でも大事になる前にチエックするのが俺達、体育教師の仕事でもあるのさ」
「体育教師の? 北上さんとか一部の教師が、じゃなくて?」
「もちろんIT指導している教師も監視チームに入っている。だけど特に英語や数学等、この進学校で受験科目を担当している教師様達には、そのような仕事をさせるのはどうかって話でね。差別だろ? まあ、そういう仕事が俺達にはあるのよ。現場の教師だからこそ見逃さない、小さな動きを事前に察知できますよね、って訳でさ」
「そんなに沢山の教師が監視しているなら、外部に委託するまでも無いじゃないですか。それこそプロ集団より先に見つけられると思いますけど」
「いや餅は餅屋ってね。動きを察知できても、それを他の情報と関連付けて発信している人間達へ辿りつくのは難しい。詳しく調べるとなれば素人だと無理だ。逆にそこまでやれと言われたら、体育教師なんかやっていられないさ。特別手当だけじゃ済まなくなるよ」
「特別手当が付くのですか」
「付く。部活の顧問だって、時間外の特別手当という別枠があるのは知っているだろ。 微々たる金額だけどな。まあそんな話はいい。それでだ。動きがあったらある程度情報をまとめて上に報告しておく。そうすれば後は専門家に任せることになるが、今から話すのはまだそこまでいってない、気づいたのは多分俺だけだろうというような話だ」
「それが私に関することですか」
「ああ。陸上部の奴らが、裏サイト上でコソコソしているのを見つけちまった。昨日テストが終わって昼休みに入っただろ。クラス担任を持たない体育教師は部活もテストの採点作業もない。だから時間もあったし今みたいに弁当を食いながら画面を眺めていた時だよ」
 そう言って彼は机に出していたノートPCを開いた。すでに立ち上がっている。ワイヤレスではなく、会議室にある学校専用のネットワークコードに繋げていた。
 学園には職員室や教官室、IT教室だけでなく、会議室でも使えるように各所でネットが繋げる環境は整えられている。無線LANではセキュリティ上危険と考え、外部とは別に学園内だけでやり取りできる専用LANを設定しているかららしい。 
 美樹ももちろん使ったことがある。しっかりセキュリティがかかっていて、例えば生徒がアダルトサイト等にアクセスしようとしても、特殊なパスワードをいれない限り繋がらないよう制限されていた。
 彼はしばらく操作した後ノートPCを九十度動かして、二人で画面が見えるよう角度を変える。席から体を乗り出し覗き込むと話題にしていた学園の裏サイトが現れ、いくつかの書き込みが目に入った。その中で気になる文章を見つけ、思わず息を飲む。
「見つけたか」
「はい」
「ここに、中止になったとか、どうする? とかチャットのようなやりとりがあるだろ」
「あります」
「ここに書き込まれた時間と内容で引っかかった。このサイトを見る前に、他の教師から駒亭で事故があったと聞いていたからな。それで今日は一年の奴らを連れて駒亭へ行くって聞いていたけど、中止になっただろうなあ、程度に思っていたよ。でもこれを見ろ」
 そこには中止になったことを悔しがる書き込みと、その後に絶対実行しろ、中止になんかさせるなという指示コメントが続いていた。それに対して判った、必ずやるという返答がある。その後いつ計画が実行できるかを確認しろという強い調子の書き込みが続いた。
「タイミング的に、君の部屋へあいつらが行く話にしか思えなかったよ。そうだろ」
 画面を見たまま固まる美樹を見て、彼は労わるような声で話しかけてきた。同様の印象を持ったため黙って頷く。
「それでさ。この後はどうでもいい会話が続く。内容から見ると陸上の話や大会のことを書いているだろ。だから気になってこれと似たやりとりがないか遡ってみた。それから察するに、だ。どうも和多津さんの部屋に遊びに行こうとしていた陸上部の内の誰かと、他校の陸上部の奴らがやりとりしていると推測できる書き込みが見つかった」
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