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第二章~⑩
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「あれから何度も転勤しているからな。当時は京都にいた時か。そこから引っ越しする度に、いらない荷物はどんどん捨てたよ。残っているとは思えない。少なくとも札幌に持っていった記憶がないし、この部屋にも残っていないのは確かだ」
「お葬式の喪主はお父さんだったの。それともお祖母ちゃんなの」
「私だ。でもそう言われれば、当時京都にいたから、お義母さんには相当手伝って貰った。受付も磯村不動産の人がやっていたな」
「だったら芳名帳は、お祖母ちゃんが持っていたんじゃない。だって香典返しとかするでしょ。お父さんはそんな余裕、無かったよね」
「思い出した。お義母さんがやっておくと、言った気がする」
「残っているとしたら、東京かあの村の家ってことになるよね」
「だけどその後、楓達は東京の家を処分して引っ越したじゃないか。私が名古屋に転勤した年だから、もう十年になる。真由が亡くなってから十八年も経つし、さすがに処分しているだろう」
父の言う通りかもしれない。もし芳名帳を手に入れ泊に渡せば、調査の手助けになると考えていた。だが捨てられている確率は高そうだ。それに例えあったとしても、あの村の家の中なら、所有者である祖父の許可なしで立ち入ることはできない。
そう気付き、楓は深い溜息をついた。手掛かりが得られないのなら、彼らに用はない。
「だったらもうお話する必要がないので、私達は行きますね。今後お会いする機会は無いと思います。ではお元気で」
「お邪魔しました」
絵美も頭を下げ、楓の後ろをついて来た。
「おい、本当に出て行くのか」
呼び止める父を振り切るように、玄関へ向かいながら言った。
「お世話になりました。一応言っておくけど、私の部屋に入って余計なものに触ったりしないでね。もし何か無くなっていたら、警察を呼びます。被害届だって、成人の私ならすんなり受け取ってもらえるし。親が犯人かもしれないなんて言ったら、警察が札幌の会社まで追いかけて行くかもね。まあ大事な物はここにないから、無駄な行為はしない方が良いと思うけど。ではさようなら」
「ちょっと待ちなさい! そんな勝手な真似をさせる訳がないでしょ。あなたに話があるから、わざわざ札幌から飛んで来たのよ」
鬼のような表情をした梨花が前に回り、立ち塞がった。
「どいて下さい。邪魔です」
「行かせない。話をすると言うまで、動かないから」
しかしこれくらいは想定内だった。絵美が切り出す。
「すみません。私も出たいのですが。ここから出さないと言うのなら、軟禁と同じになりますよ。警察に電話していいですか」
「あなたは邪魔だから、勝手に出て行きなさい。でも楓は駄目よ」
「楓なんて呼び捨てしないで。私も出て行きます。本当に警察を呼びますよ。困るのは、そっちですからね」
そう叫びながら、大貴の出番が来るかもしれないと考えていた。もし玄関前で揉めるようなら彼に合図を送れば、駆け付けてくる。そこで力づくでも、家から連れ出して貰う計画を立てていたのだ。
しかし一旦考え直し、梨花の目を睨み返して言った。
「じゃあ手短に言って。話があるのならここで聞くから」
「こんな所では話せないよ。リビングに戻って、一旦落ち着こうじゃないか」
父が間に入ったけれど、首を振った。
「お断りします。言いたいことがあるのなら、ここでしか聞かない」
突き放すように告げたからだろう。梨花は腰に手を当て口火を切った。
「だったら言わせて貰うわ。親子の縁を切るのなら、これまであなたに払ってきた養育費と学費を全額返して。あとこの部屋を出て行くと言うのなら、去年の分を含めた家賃も払ってから行きなさい」
一瞬沈黙した後、楓は一転して声を和らげ、穏やかに尋ねた。
「家賃は月々、いくらで計算すればいいですか」
下手に出たからか、彼女は表情を一転させて言った。
「あら、払ってくれるの。そうね。ここの相場だと月二十五万位かな。五月一杯なら、三百五十万円ってとこかしら」
「つまりこれまでお父さんには、約四千万の養育費と入学金が約二十八万、授業料は年間五十四万円弱払って貰ったけど、それに家賃を加えて回収するつもりですか。他には何がありますか。どういう難癖をつけて、お祖母ちゃんの遺産を手にするつもりでしょう」
「難癖なんて人聞きの悪いことを言うな。楓が縁を切るだの、部屋を出て行くだの我儘を言い出したから、梨花だって売り言葉に買い言葉で口にしただけだ」
「別にどっちでもいいけど、他に条件は無いの。私が卒業するまで待っていれば、家賃だけで千二百万は回収できると目論んでいたようですね。それでも五千二百万円程度にしかなりませんけど」
「まあ。聞き分けの良い子ね。だったらこれまでの私に対する数々の暴言や、失礼な態度を取ってきた慰謝料でも頂こうかしら」
楓は敢えて挑発に乗った。
「それはどういう意味でしょう」
すると彼女はこれまでの鬱憤を晴らすかのように、すらすらと話し始めた。
「子供を引き取る覚悟で健一さんと結婚したのに、あなたは私を拒絶した。そのおかげで、どんなに私が傷ついたか分かるかしら。それでどれだけ肩身の狭い思いをしたか。健一さんには幼い子供がいたのに、結婚して引き取りもしなかったのは、子供を育てたくないからだろうって色んな人に言われたわ。もし私が健一さんとの間に子供が出来ていたら、それはそれで血の繋がらない子はいらないと言われていたでしょうね。でもできなかった。高いお金を支払って、辛い不妊治療を続けても無理だったの。その間私がどんなに心を痛めたか、あなたには分からないでしょう。お医者さんには、どこも悪くないと診断されて、精神的なストレスが原因かもって言われたわ。それってあなたが、私達を拒絶したからよ」
「なるほど。その慰謝料も払えと言うのですね。年換算でいくら、合計どれくらいをご希望でしょうか」
「それはあなたが決めてくれればいいわよ。但し健一さんと結婚してから今までの、十五年間だけじゃないからね。楓さんが今までと同じように私達と接するおつもりなら、これからもストレスを受け続けることになる。その分も必要ね。それと今日の暴言は、今までにないほど私を傷つけたわ。それも上乗せして欲しいくらいよ」
彼女の戯言を、楓は素直に受け取った。
「だったら年間で三百万、十五年だと四千五百万と仮定しましょう。お父さんが今年四十八歳だから、あと四十年生きるとなれば将来に渡って一億二千万円払えばいいのかな。今日の暴言を合わせて一億七千万円、切りのいいところで二億円先払いすれば、納得して頂けるでしょうか」
「いいわね。でも年間三百万円が妥当かは分からないなあ。五百万だと二億七千五百万になるから、ざっと三億円になるかしら」
調子の乗った梨花に対し、ここで一気に口調を変え激しく罵った。
「大人しく聞いていればいい気になって、本当に馬鹿な事を言いますね。呆れました。そんなお金を私が払う道理も無いし、出すはずがないでしょう。やっぱりそういう難癖をつけ、お祖母ちゃんの遺産を少しでも手に入れようとしていたんじゃない。本気で言っているのなら、連城先生を通して正式に請求してみればいいわ。もちろんそんな要望は通らないと、突っぱねられるだけでしょうけどね」
ようやく意図を理解したらしい彼女は、大声で反撃し始めた。
「あなた、私をからかったのね。いい加減にしなさい! 絶対ここから外に出してなんかやらないから」
「だったら警察を呼ぶわ。これまで話していた内容は、全て録音しているの。ついでにずっと聞き続けている人がいてね。こちらから合図をすれば、助けに来てくれる手筈になっているし。あなたがここを開けないと言うのなら、その人が管理人やら近所の人に声をかけて大騒ぎする予定なの。私達が軟禁されていると言えば、本当かどうか確かめる為に、ここを開けざるを得なくなるでしょう」
聞き捨てならないと思ったのだろう。父が口を挟んだ。
「何、録音だと。そんな事をしていたのか。誰が聞いているんだ」
「電話に出てみれば分かるよ。私のスマホは、お父さん達が入って来てからずっと、通話しっぱなしなの。こんな時にかけ放題だと便利ね。あと録音は向こうがしてくれているので、私から何か奪おうとしても無駄だからね」
楓はスマホを取り出し、二人に見せた。彼らは絶句し黙ってしまったので、さらに畳みかけた。
「本当かどうか、試してみようか。今、スピーカーに切り替えたから、向こうの声が聞こえるはずよ。じゃあ須藤さん。何か話して」
予定していた合図とは違ったが、大貴は打ち合わせ通り、意図的に低い声を出して答えてくれた。
「お葬式の喪主はお父さんだったの。それともお祖母ちゃんなの」
「私だ。でもそう言われれば、当時京都にいたから、お義母さんには相当手伝って貰った。受付も磯村不動産の人がやっていたな」
「だったら芳名帳は、お祖母ちゃんが持っていたんじゃない。だって香典返しとかするでしょ。お父さんはそんな余裕、無かったよね」
「思い出した。お義母さんがやっておくと、言った気がする」
「残っているとしたら、東京かあの村の家ってことになるよね」
「だけどその後、楓達は東京の家を処分して引っ越したじゃないか。私が名古屋に転勤した年だから、もう十年になる。真由が亡くなってから十八年も経つし、さすがに処分しているだろう」
父の言う通りかもしれない。もし芳名帳を手に入れ泊に渡せば、調査の手助けになると考えていた。だが捨てられている確率は高そうだ。それに例えあったとしても、あの村の家の中なら、所有者である祖父の許可なしで立ち入ることはできない。
そう気付き、楓は深い溜息をついた。手掛かりが得られないのなら、彼らに用はない。
「だったらもうお話する必要がないので、私達は行きますね。今後お会いする機会は無いと思います。ではお元気で」
「お邪魔しました」
絵美も頭を下げ、楓の後ろをついて来た。
「おい、本当に出て行くのか」
呼び止める父を振り切るように、玄関へ向かいながら言った。
「お世話になりました。一応言っておくけど、私の部屋に入って余計なものに触ったりしないでね。もし何か無くなっていたら、警察を呼びます。被害届だって、成人の私ならすんなり受け取ってもらえるし。親が犯人かもしれないなんて言ったら、警察が札幌の会社まで追いかけて行くかもね。まあ大事な物はここにないから、無駄な行為はしない方が良いと思うけど。ではさようなら」
「ちょっと待ちなさい! そんな勝手な真似をさせる訳がないでしょ。あなたに話があるから、わざわざ札幌から飛んで来たのよ」
鬼のような表情をした梨花が前に回り、立ち塞がった。
「どいて下さい。邪魔です」
「行かせない。話をすると言うまで、動かないから」
しかしこれくらいは想定内だった。絵美が切り出す。
「すみません。私も出たいのですが。ここから出さないと言うのなら、軟禁と同じになりますよ。警察に電話していいですか」
「あなたは邪魔だから、勝手に出て行きなさい。でも楓は駄目よ」
「楓なんて呼び捨てしないで。私も出て行きます。本当に警察を呼びますよ。困るのは、そっちですからね」
そう叫びながら、大貴の出番が来るかもしれないと考えていた。もし玄関前で揉めるようなら彼に合図を送れば、駆け付けてくる。そこで力づくでも、家から連れ出して貰う計画を立てていたのだ。
しかし一旦考え直し、梨花の目を睨み返して言った。
「じゃあ手短に言って。話があるのならここで聞くから」
「こんな所では話せないよ。リビングに戻って、一旦落ち着こうじゃないか」
父が間に入ったけれど、首を振った。
「お断りします。言いたいことがあるのなら、ここでしか聞かない」
突き放すように告げたからだろう。梨花は腰に手を当て口火を切った。
「だったら言わせて貰うわ。親子の縁を切るのなら、これまであなたに払ってきた養育費と学費を全額返して。あとこの部屋を出て行くと言うのなら、去年の分を含めた家賃も払ってから行きなさい」
一瞬沈黙した後、楓は一転して声を和らげ、穏やかに尋ねた。
「家賃は月々、いくらで計算すればいいですか」
下手に出たからか、彼女は表情を一転させて言った。
「あら、払ってくれるの。そうね。ここの相場だと月二十五万位かな。五月一杯なら、三百五十万円ってとこかしら」
「つまりこれまでお父さんには、約四千万の養育費と入学金が約二十八万、授業料は年間五十四万円弱払って貰ったけど、それに家賃を加えて回収するつもりですか。他には何がありますか。どういう難癖をつけて、お祖母ちゃんの遺産を手にするつもりでしょう」
「難癖なんて人聞きの悪いことを言うな。楓が縁を切るだの、部屋を出て行くだの我儘を言い出したから、梨花だって売り言葉に買い言葉で口にしただけだ」
「別にどっちでもいいけど、他に条件は無いの。私が卒業するまで待っていれば、家賃だけで千二百万は回収できると目論んでいたようですね。それでも五千二百万円程度にしかなりませんけど」
「まあ。聞き分けの良い子ね。だったらこれまでの私に対する数々の暴言や、失礼な態度を取ってきた慰謝料でも頂こうかしら」
楓は敢えて挑発に乗った。
「それはどういう意味でしょう」
すると彼女はこれまでの鬱憤を晴らすかのように、すらすらと話し始めた。
「子供を引き取る覚悟で健一さんと結婚したのに、あなたは私を拒絶した。そのおかげで、どんなに私が傷ついたか分かるかしら。それでどれだけ肩身の狭い思いをしたか。健一さんには幼い子供がいたのに、結婚して引き取りもしなかったのは、子供を育てたくないからだろうって色んな人に言われたわ。もし私が健一さんとの間に子供が出来ていたら、それはそれで血の繋がらない子はいらないと言われていたでしょうね。でもできなかった。高いお金を支払って、辛い不妊治療を続けても無理だったの。その間私がどんなに心を痛めたか、あなたには分からないでしょう。お医者さんには、どこも悪くないと診断されて、精神的なストレスが原因かもって言われたわ。それってあなたが、私達を拒絶したからよ」
「なるほど。その慰謝料も払えと言うのですね。年換算でいくら、合計どれくらいをご希望でしょうか」
「それはあなたが決めてくれればいいわよ。但し健一さんと結婚してから今までの、十五年間だけじゃないからね。楓さんが今までと同じように私達と接するおつもりなら、これからもストレスを受け続けることになる。その分も必要ね。それと今日の暴言は、今までにないほど私を傷つけたわ。それも上乗せして欲しいくらいよ」
彼女の戯言を、楓は素直に受け取った。
「だったら年間で三百万、十五年だと四千五百万と仮定しましょう。お父さんが今年四十八歳だから、あと四十年生きるとなれば将来に渡って一億二千万円払えばいいのかな。今日の暴言を合わせて一億七千万円、切りのいいところで二億円先払いすれば、納得して頂けるでしょうか」
「いいわね。でも年間三百万円が妥当かは分からないなあ。五百万だと二億七千五百万になるから、ざっと三億円になるかしら」
調子の乗った梨花に対し、ここで一気に口調を変え激しく罵った。
「大人しく聞いていればいい気になって、本当に馬鹿な事を言いますね。呆れました。そんなお金を私が払う道理も無いし、出すはずがないでしょう。やっぱりそういう難癖をつけ、お祖母ちゃんの遺産を少しでも手に入れようとしていたんじゃない。本気で言っているのなら、連城先生を通して正式に請求してみればいいわ。もちろんそんな要望は通らないと、突っぱねられるだけでしょうけどね」
ようやく意図を理解したらしい彼女は、大声で反撃し始めた。
「あなた、私をからかったのね。いい加減にしなさい! 絶対ここから外に出してなんかやらないから」
「だったら警察を呼ぶわ。これまで話していた内容は、全て録音しているの。ついでにずっと聞き続けている人がいてね。こちらから合図をすれば、助けに来てくれる手筈になっているし。あなたがここを開けないと言うのなら、その人が管理人やら近所の人に声をかけて大騒ぎする予定なの。私達が軟禁されていると言えば、本当かどうか確かめる為に、ここを開けざるを得なくなるでしょう」
聞き捨てならないと思ったのだろう。父が口を挟んだ。
「何、録音だと。そんな事をしていたのか。誰が聞いているんだ」
「電話に出てみれば分かるよ。私のスマホは、お父さん達が入って来てからずっと、通話しっぱなしなの。こんな時にかけ放題だと便利ね。あと録音は向こうがしてくれているので、私から何か奪おうとしても無駄だからね」
楓はスマホを取り出し、二人に見せた。彼らは絶句し黙ってしまったので、さらに畳みかけた。
「本当かどうか、試してみようか。今、スピーカーに切り替えたから、向こうの声が聞こえるはずよ。じゃあ須藤さん。何か話して」
予定していた合図とは違ったが、大貴は打ち合わせ通り、意図的に低い声を出して答えてくれた。
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