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第十六章
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亜美はグレードアップしたVIPルームの豪華さを見て、これ程違いがあるのかと驚いた。同時にもっと上のランクではどれほどのものになるかなど、想像もつかなかった。
客の質や雰囲気も変わった。日本人を見かける機会は少なくなり、外国人が大半だ。チップの最低額は十万円と同じだが、賭けられる金額は一人平均一日で数百万以上とまさしく桁が違うらしい。
意外だったのは、同僚である元CAの子がいなかったことだ。亜美がここへ呼ばれたのなら、客から貰うチップの総額がトップだった彼女も絶対にいると思っていた。
そのことをリーダーに尋ねると、意外な答えが返って来た。
「お客様から頂くチップの多さも評価対象にはなるけれど、ランクアップする条件はそれだけじゃないの。私はその女性がどういう人か知らないけれど、恐らく客に媚びて喜ばせることが上手なだけだったんじゃないかな。それと品を欠いていたのかもしれない。ここから上にいる女性は、気配りが特に長けた女性でないと駄目なの。あの部屋なら女の色気だけで多少は誤魔化せたでしょうけど、そういうタイプは上のVIP客には余り好かれないから。ただその手の女性が好きな客も、いることはいるけれどね。だからこの部屋でも、夜のお誘いを受ける場合があるわよ。でもそこを上手に受け流すことが出来ないと、これより先には行けないでしょうね」
「そうなんですか?」
「それはそうよ。年間百億以上使うような最上級のVIP客となら、男女の関係になっていいかもしれないけれど、ここのようなせいぜい年間数億使うレベルの客に枕営業をかけていたら、体がいくつあっても足りないし、上では通用しないと思うわ」
「ここから最上級クラスまでは、いくつのランクがあるんですか?」
「それは私も知らされていない。全体を把握しているのは、上の人や一部の幹部クラスの従業員だけ。このカジノの全貌を理解したければ、トップに行くことね」
この部屋にいる女性スタッフのリーダーでさえ教えて貰えないほど、情報管理が徹底されていることに驚愕した。亜美はいくつかの注意事項を受け、他のメンバーとの間で軽い自己紹介を終える。その後は勤務時間の交代の為に簡単な引継ぎが行われた。
現在の所、VIPルームには五人の外国人客がいるという。夜中からぶっ通しでゲームに勤しんでいる人達だ。今日は平日の為少ないが、以前の部屋でも休前日となればごった返す程の客がいた。恐らくここもそう変わらないのかもしれない。
亜美は最初にバカラの部屋へと案内された。そこには二人の客がいた。何時間程遊びいくらつぎ込んだのか知らないが、共に特別はしゃいでいる様子はない。ハイクラスに上がれば、少々の勝ち負けで一喜一憂するような客は少ないのだろう。既に横へ付いている女性とお酒を飲みながら、穏やかに話をしているようだ。
声がかかるまでは、いくつかの雑用をこなさなければならない。亜美も食器やグラスを洗ったり拭いたり、汚れたテーブルはないかを確認する。その間とても緊張をしていた。
基本的な接客方法は以前と変わらないとの説明を受けている。しかし相手はこれまで以上のお金持ちだ。決して粗相があってはならない。実際に問題があると判断された女性が一人ランクダウンした為、亜美はその補充として呼ばれたようだ。
しかも客はほぼ外国人ばかりである。ただ当初英語など話せなかった亜美も、ここで働くうちに少しずつ聞き取れるようにはなった。拙いけれど、こちらから喋りかける言葉もいくつか覚えた。
もちろん流ちょうに話せる方が、客にとっても楽なのだろう。しかし中には意思の疎通に難のある日本人女性と、何とかコミュニケーションすること自体を楽しみにしている客もいた。
それにいざとなれば、AI機能が搭載された高性能の翻訳アプリがある。どうしようもない場合はそれを使い、会話の内容を理解することが出来た。
そのような機器の使用を煩わしく思う客もいる。だが事前の説明によると、上のクラスに行けば行くほどそういうVIPは少ないという。恐らく懐に余裕があるせいか、性格も比較的寛容な人が多いのかもしれない。
カジノでの接客の仕事に就くまでは、目が血走って必死になっているイメージを持っていた。もちろん中には大負けをしたのか、声をかけづらいほど落ち込んでいる客や、大酒を飲んで暴れる人もいる。しかしVIPルームではごく少数派だ。多くは純粋に大金が動くスリルと興奮を楽しみ、次いで日本という国における“おもてなし”の文化を味わう目的で来ていた。
その為語学が堪能でない亜美でも、これまで培ってきた経験が功を奏したのだろう。高齢者に対する接し方で学んだ、相手の目を見ながら根気よく相手の話に真摯な態度で耳を傾ける姿勢が気に入られたらしい。
それと美人過ぎない素朴な容姿も、彼らが持つ勝手な日本人女性像に近かったようだ。おかげで勤務初日から、徐々に増え始めた客から声がかかるようになった。
休前日の夜間勤務になると、相変わらず部屋に来ないかと誘う客がいた。それでも上手くはぐらかせば、しつこく言い寄ってくる人はそれ程多くない。後に判ったが、最初からそういう目的を持って訪れている客はカジノ側も把握しており、別途案内をしていたようだ。つまりは裏で風俗店と結託し、部屋へ女性を斡旋するサービスが存在していたらしい。いわゆるデリヘルだ。
もちろん日本でも売春、買春行為は法律で禁じられている。しかしそれは表向きの話であり、実際には客同士の自由恋愛の結果という建前の元、当たり前のように存在していた。パチンコの換金行為が黙認されている事と大差はない。
特にO県にはK地という長い歴史を持つ遊郭がある。カジノ側はVIPルームに訪れるハイローラー達の為、一部の店舗と提携しているとの噂もあった。
そのおかげもあってか、日本での性的サービスは他国より質が高いと評判となり、多くのVIP客を呼び込む大きな武器になっているらしい。そうしたプロがいるおかげで、今のところ亜美は体を売らずに済んでいる。
また当初クラブやキャバクラのような接客など出来るはずもないと思っていた亜美も、慣れてくると今まで汗水働いて稼いだお金が、こうも簡単に稼げると知って味をしめた。時には嫌な事やお酒を多めに飲まされることもある。
しかしそんな苦労も、介護施設の利用者やその親族による理不尽なクレーム、さらには施設側の冷遇に比べれば、たいしたことはない。
亜美は徐々に抵抗感なく働き、楽しめるまでになっていた。そんなある日、突然体に不調をきたす出来事が起こったのである。
新たなVIPルームで働き始めて一カ月ほど経った頃だろうか。その日はルーレットの部屋で待機していた。そこで良く声をかけられる常連の外国人客に休憩スペースへ呼ばれ、席に付いて談笑していた時だ。
そこへ先程から珍しくゲームを楽しんでいた日本人客が、休憩スペースへと移動して来たのである。その様子を視界の端で捉えていた。普段ならそのまま気付かない振りをして、目の前の客に集中するのだが、その時だけは何故かできなかった。少ないとはいえ日本人の常連客はいる。
だが大体はこれまで一度くらい目にしたことがある人ばかりだ。しかしその客は亜美が初めて見かけただけでなく、三人という集団でいたからだろう。
VIP客は基本的に一人が多かった。中には常連同士で仲良くなり、連れ立ってギャンブルを楽しみながら懇親を深めている人もいるが、そう頻繁にはない。客達の話によると、ゲームを純粋に楽しもうとすれば、自ずと一人になるものだからだという。お金に余裕があるとはいえ、賭ける金額は大金だ。客も真剣になるため、和気あいあいなどといったムードにはなりにくいらしい。
しかしその日本人達は、これまで見て来た客とは様子が違った。常連客同志で意気投合したというより三人共が同じ集団で、上司に二人の部下が付き添っているように見える。ここがカジノでは無く、クラブやキャバクラならよく見かける光景だろう。しかし休憩スペースでの三人は、明らかに場違いな空気を醸し出していた。
亜美が座っている席とは少し離れた場所に彼らは腰を下ろし、四人の女性達が付いた。その為目線は逸らしたまま耳を澄まして、様子を伺っていたのだ。聞こえてくる会話によれば、どうやら三人の中で一番上司に見える人物がVIP会員らしい。その他の二人は単なる付添いのようだ。
ごく稀にそういう人達が出入りすることは知っている。しかし身分をしっかりと確認されている会員でない人物がVIPルームに入るのだ。確実に問題がないと証明することは、会員の口利きだけでは不十分なため、そう簡単には認められないと聞いている。
しかし先方の話が進むにつれて、何故彼らが高い障壁を超えてここにいるかが分かってきた。VIP会員は、カジノにシステムを導入している会社の社長で、同行している者達も同じ会社の社員らしい。しかも一人はシステムエンジニアで、普段から何か問題があればカジノに呼ばれて対応する社員だという。
だからといって、カジノでゲームができるような身分では無い。もう一人の男性はいつも腰巾着のように、社長の後ろをついて回る秘書的役割をする社員のようだ。その証拠に彼は先程から一生懸命場を盛り上げようと、社長の機嫌を取る為のお世辞ばかりを言っていた。どうやら今日は勝っているようだ。
「今日の皆宮社長は持っていますね! もちろんどこに賭けるかの目利きが素晴らしい事は当然ですけど、それにしてもすごい!」
社長と呼ばれた男は、満更でもない様子で言った。
「土方はギャンブルのセンスがないな」
土方と呼ばれた太鼓持ちは、貶されたことをものともせず、満面の笑みを浮かべて対応していた。
「当然ですよ! 私のようなものが一枚十万円もするチップで賭け事をするなんて、とても無理です。社長が勝たれた分を少し恵んで頂いてやってみましたが、怖くて、怖くて」
「自分の金じゃないんだからもっと気楽にやればいいのに、赤か黒かにしか置けない様な根性なしだから駄目なんだ。しかも負けているし、運が無さすぎる。それに引き換え寺西は、少しばかりだが勝っていたじゃないか」
それまで静かに飲んでいた男性は、急に話を振られてびくりとしながら首を振った。
「いえいえ、ビギナーズラックもいいところです。社長が賭けられた数字の近辺に置いたら、たまたま当たっただけです」
話の内容からすると、ルーレットで調子よく勝っていた皆宮という社長が何枚かのチップを部下達に渡し、他の二人にも少しばかり遊ばせたようだ。
何枚渡したのか定かではないけれど、ここは普通のサラリーマンが出入りできるような場所ではない。貰ったチップ以上に増やした寺西という男はまだいいが、負けた土方と呼ばれた社員は冷や冷やしただろう。
そこまで聞いて関心を失った亜美は、盗み聞きをやめて自分が付いた客への接待に集中しようとした。
そんな時、どこから入って来たのか突然黒服を着た二人の男が数人の大男を引き連れ、三人のいるテーブルへと近づいてくるのが分かった。しかも彼らが来たことで従業員達が急に緊張し始め、部屋の空気が変わったのである。
亜美は何気ない振りをして再び聞き耳を立てると、先頭にいた二人の内で細見の方の男が皆宮に話しかけていた。声のトーンからどうやらトラブルが起こったらしい。その為同席していた寺西を連れて行きたいと申し出ているようだ。システムに問題が起こったのだろう。
そうした事態に備え、皆宮がカジノに通う際はいつもエンジニアを同席させているという。他社が鵜の目鷹の目で彼らの会社のポジションを狙っているらしく、万全を期しているそうだ。
「では、お借りしますよ」
今度は大柄な男の声がした。そこで亜美は初めて振り返り、二人の男達の顔をはっきりと見た。実は最初に細見の男の声を聞いた時、体に電流が走ったような衝撃を受けたからだ。
そして中心にいる二人が醸し出す嫌な威圧感を強く感じていた所に、かつて聞き覚えのある声がしたため、反射的に体が動いたのだろう。時間にしてはほんの一分足らずの事だった。
しかし彼らが登場し寺西を連れて部屋を出て行くまでの間、亜美の体の震えは止まらなかったのである。
「ねえ、大丈夫? 気分が悪い?」
片言の日本語を使い、心配そうに覗き込む客の声でようやく我に返ることができたが、これ以上接客は無理だと判断して彼に謝った。
「ごめんなさい。急に調子が悪くなったので席を外します」
自分でも顔から血の気が引いていることが分かった程だ。客も無理しない様気遣ってくれた。さらには席を立って奥の控室に戻る際にも、他の従業員達から声をかけられた。
「どうしたの? 貧血?」
「少し横になってなさい」
と心配された亜美は、頭を下げながらまずトイレの個室へと入り、
動悸が止まない胸を抑えた。そこで何度も深呼吸をして落ち着かせようとしたが、足までガタガタ震えだした。
そして確信した。あの男達だ。かつて亜美が強姦されそうになった時、あいつらと会っている。
助けに入った父が暴行を受け、その後犯人達は警察に出頭し裁判が行われて刑も確定し賠償金も支払われた。だがずっと亜美は違和感を持っていた。それが何か今の今まで分からなかったけれど、今日初めて理解することが出来たのだ。
亜美や父が襲われた場所は暗闇で、相手は十数人もいて全員が頭から黒い眼ざし帽を被っていた為、顔は全く見えなかった。兄も遠くから見ていただけだから良く分らなかったという。
そこで後に犯人だと名乗る主犯格の男達とその仲間達が警察に出頭し、証言をしたのだ。そして自白内容におかしな点が無かった事と、現場に残っていた足跡等もほぼ一致した為、彼らは逮捕された。
男達は皆未成年だったが、父は後遺障害が残るほどの深い傷を負ったことから、主犯格の二人の男は実刑判決を受け少年院ではなく刑務所に入ったはずだ。しかしあれから十年以上経つ今、すでに出所しているだろう。
亜美も未遂とはいえ襲われた被害者だった為、裁判に出た。そして傍聴席や被告人席からは見えない様、ブラインドに囲まれて証言もした。その際に犯人と名乗り出た男達の姿や声を、ちらりと見聞きしたのだ。
けれども当時の現場が暗かったこともあり、彼らが襲った犯人かどうかなど、亜美には判断が付かなかった。ただ警察が調べ本人達の残した物証や証言に矛盾が無かったため、あの人達がそうなのかと思っただけである。もう一人いた後輩も同じだった。
そして裁判中にあの人達に襲われましたかと尋ねられた時素直に頷けなかったのは、見ていないからだけでは無かった。なんとなくだが、纏っている空気やあの時にかけられた声とは少し違う気がしていたのだ。
それでも十数人の男達に囲まれ混乱した状況でしっかりした記憶があるはずもなく自信も無かったため、良く分りませんと答えたに過ぎない。だが十年以上経った今でも耳と体が覚えていたのである。
あの時に投げかけられた「お前が亜美だな」という声は、間違いなく先程いた大柄の男が発した声だ。
しかも十数人いた中で、中心となって襲い掛かってきた二人の男が放つオーラは彼らだと、亜美自身の体が教えてくれていた。そう考えると、逮捕された男達は身代わりで、本当の犯人はあいつらだということになる。
しかし警察に出頭した奴らは刑務所にまで入り、多額の賠償金まで支払ったのだ。そこまでして他人の罪を被るだろうか。第一冷静になってみれば、そんな事が有り得るだろうかと疑問が湧いてきた。
そうしている間に亜美は、少しずつ落ち着きを取り戻していった。そして決意したのだ。あの二人の男は何者なのかを調べ、もう一度近くで会って確かめようと考えたのである。
長い休憩を終えようやく部屋に戻った時には、あの二人はもちろん皆宮社長達や亜美に声をかけてくれた客もいなくなっていた。その為テーブルに座っている他の客の様子を眺めながら待機していると、亜美の体を気遣ってくれた男性従業員の一人が声をかけて来た。
「大丈夫? 急に顔色が悪くなったようだけど、具合はどう?」
「すみません。少し貧血を起こしたみたいです。でも少し休んだら落ち着きました。もう大丈夫です」
「そう。それなら良かった」
亜美はこれを機会に、情報を聞き出すことを試みた。
「あの後、他のお客様は特に変わりはなかったですか?」
「何もないよ。君を指名してくれていた客は心配していたけど、もう部屋に戻ったんじゃないかな」
「そうですか。申し訳ないことをしました。後、他のテーブルで何かトラブルがあったのかお客様が席を立たれていましたけど、あれはどうなりました?」
「トラブル? そんなことがあったかな?」
「三人で来られている日本人のお客様がいらっしゃったでしょ。一人はどこかの社長さんらしくて、確か皆宮と呼ばれていたと思いますけど。珍しいお名前だったので印象に残っていたのですが」
亜美の説明に、男性従業員もようやく理解したらしい。
「ああ。うちのシステムを手掛けている会社の社長さんね。そうそう、チップを換金する機械に少し不具合がでたらしくて、丁度エンジニアの方がいたから途中退席したんだった」
「そうでしたか。その方を呼びに来られた方は、どちらの部署の人ですか? 私は初めて見ましたが、こちらの従業員さんですか?」
するとその男性は顔を引き攣らせて、小声になった。
「あの方達はただの従業員じゃない。このカジノ部門のお偉いさんだ。今度もし会ったら絶対に粗相するんじゃないぞ。まあ、滅多に顔を会わす機会もないだろうけど」
「そうですか。気を付けます。ところでなんというお名前ですか?」
「体の大きな方が足助天馬さんだ。細身の方はその弟さんで大地さん。怒らせるとめちゃくちゃ恐ろしい人達だから、絶対逆らっちゃいけないよ。それどころかこんな噂話をしていることがばれただけで叱られる。これ以上はやめよう」
男性従業員は本当に怖がって亜美から離れた。しかし重要な事が知れた。足助なんて名前は、そうあるものじゃない。しかも兄弟で厄介な奴と言えば、この地域で知らない奴はいない程有名だ。
確か親が不動産業を営んでおり、このIR施設の建設にも携わったと聞いている。色々な黒い噂もありながら、政治家達と繋がりがあるともいう足助不動産には、悪名を轟かせた三兄弟がいたはずだ。
昔の記憶では、一番下の学人という男が二人の兄達の威を借りて好き放題に暴れていた気がする。かつて亜美の兄や直樹達も苛められた経験があったはずだ。
そこで合点が言った。足助兄弟の二人が亜美や父を襲った犯人なら、身代わりを立てるくらいの事はできただろう。足助不動産は暴力団ではないが、金は唸るほど持っている。将来の跡継ぎとなる子供達を守るためなら、多額の賠償金と口止め料を支払うことなど容易いはずだ。
彼らが抱える企業や店子達の中には、経済的に貧窮している家庭もあっただろう。そういう中から、未成年の身代わりを立てることができるとすれば、彼らしかいない。つまり亜美が感じ取った違和感は、限りなく真実に近かったことになる。
だが先程の従業員が言ったように、彼らを刺激することは危険だ。しかもこのカジノの上層部にいるのなら尚更である。権力と財力を持っている奴らに、もし亜美が昔の真相に気付いたと知られれば、下手をすると口を封じられるかもしれない。
そこでどうすれば良いのかを必死で考えた。早くここから逃げ出した方が良いだろうか。いや、まだ全ての真実が明らかになっていない。うやむやのままで終わらせて良いのか。ただ知ったからといって、自分に何ができるというのだろう。
客の質や雰囲気も変わった。日本人を見かける機会は少なくなり、外国人が大半だ。チップの最低額は十万円と同じだが、賭けられる金額は一人平均一日で数百万以上とまさしく桁が違うらしい。
意外だったのは、同僚である元CAの子がいなかったことだ。亜美がここへ呼ばれたのなら、客から貰うチップの総額がトップだった彼女も絶対にいると思っていた。
そのことをリーダーに尋ねると、意外な答えが返って来た。
「お客様から頂くチップの多さも評価対象にはなるけれど、ランクアップする条件はそれだけじゃないの。私はその女性がどういう人か知らないけれど、恐らく客に媚びて喜ばせることが上手なだけだったんじゃないかな。それと品を欠いていたのかもしれない。ここから上にいる女性は、気配りが特に長けた女性でないと駄目なの。あの部屋なら女の色気だけで多少は誤魔化せたでしょうけど、そういうタイプは上のVIP客には余り好かれないから。ただその手の女性が好きな客も、いることはいるけれどね。だからこの部屋でも、夜のお誘いを受ける場合があるわよ。でもそこを上手に受け流すことが出来ないと、これより先には行けないでしょうね」
「そうなんですか?」
「それはそうよ。年間百億以上使うような最上級のVIP客となら、男女の関係になっていいかもしれないけれど、ここのようなせいぜい年間数億使うレベルの客に枕営業をかけていたら、体がいくつあっても足りないし、上では通用しないと思うわ」
「ここから最上級クラスまでは、いくつのランクがあるんですか?」
「それは私も知らされていない。全体を把握しているのは、上の人や一部の幹部クラスの従業員だけ。このカジノの全貌を理解したければ、トップに行くことね」
この部屋にいる女性スタッフのリーダーでさえ教えて貰えないほど、情報管理が徹底されていることに驚愕した。亜美はいくつかの注意事項を受け、他のメンバーとの間で軽い自己紹介を終える。その後は勤務時間の交代の為に簡単な引継ぎが行われた。
現在の所、VIPルームには五人の外国人客がいるという。夜中からぶっ通しでゲームに勤しんでいる人達だ。今日は平日の為少ないが、以前の部屋でも休前日となればごった返す程の客がいた。恐らくここもそう変わらないのかもしれない。
亜美は最初にバカラの部屋へと案内された。そこには二人の客がいた。何時間程遊びいくらつぎ込んだのか知らないが、共に特別はしゃいでいる様子はない。ハイクラスに上がれば、少々の勝ち負けで一喜一憂するような客は少ないのだろう。既に横へ付いている女性とお酒を飲みながら、穏やかに話をしているようだ。
声がかかるまでは、いくつかの雑用をこなさなければならない。亜美も食器やグラスを洗ったり拭いたり、汚れたテーブルはないかを確認する。その間とても緊張をしていた。
基本的な接客方法は以前と変わらないとの説明を受けている。しかし相手はこれまで以上のお金持ちだ。決して粗相があってはならない。実際に問題があると判断された女性が一人ランクダウンした為、亜美はその補充として呼ばれたようだ。
しかも客はほぼ外国人ばかりである。ただ当初英語など話せなかった亜美も、ここで働くうちに少しずつ聞き取れるようにはなった。拙いけれど、こちらから喋りかける言葉もいくつか覚えた。
もちろん流ちょうに話せる方が、客にとっても楽なのだろう。しかし中には意思の疎通に難のある日本人女性と、何とかコミュニケーションすること自体を楽しみにしている客もいた。
それにいざとなれば、AI機能が搭載された高性能の翻訳アプリがある。どうしようもない場合はそれを使い、会話の内容を理解することが出来た。
そのような機器の使用を煩わしく思う客もいる。だが事前の説明によると、上のクラスに行けば行くほどそういうVIPは少ないという。恐らく懐に余裕があるせいか、性格も比較的寛容な人が多いのかもしれない。
カジノでの接客の仕事に就くまでは、目が血走って必死になっているイメージを持っていた。もちろん中には大負けをしたのか、声をかけづらいほど落ち込んでいる客や、大酒を飲んで暴れる人もいる。しかしVIPルームではごく少数派だ。多くは純粋に大金が動くスリルと興奮を楽しみ、次いで日本という国における“おもてなし”の文化を味わう目的で来ていた。
その為語学が堪能でない亜美でも、これまで培ってきた経験が功を奏したのだろう。高齢者に対する接し方で学んだ、相手の目を見ながら根気よく相手の話に真摯な態度で耳を傾ける姿勢が気に入られたらしい。
それと美人過ぎない素朴な容姿も、彼らが持つ勝手な日本人女性像に近かったようだ。おかげで勤務初日から、徐々に増え始めた客から声がかかるようになった。
休前日の夜間勤務になると、相変わらず部屋に来ないかと誘う客がいた。それでも上手くはぐらかせば、しつこく言い寄ってくる人はそれ程多くない。後に判ったが、最初からそういう目的を持って訪れている客はカジノ側も把握しており、別途案内をしていたようだ。つまりは裏で風俗店と結託し、部屋へ女性を斡旋するサービスが存在していたらしい。いわゆるデリヘルだ。
もちろん日本でも売春、買春行為は法律で禁じられている。しかしそれは表向きの話であり、実際には客同士の自由恋愛の結果という建前の元、当たり前のように存在していた。パチンコの換金行為が黙認されている事と大差はない。
特にO県にはK地という長い歴史を持つ遊郭がある。カジノ側はVIPルームに訪れるハイローラー達の為、一部の店舗と提携しているとの噂もあった。
そのおかげもあってか、日本での性的サービスは他国より質が高いと評判となり、多くのVIP客を呼び込む大きな武器になっているらしい。そうしたプロがいるおかげで、今のところ亜美は体を売らずに済んでいる。
また当初クラブやキャバクラのような接客など出来るはずもないと思っていた亜美も、慣れてくると今まで汗水働いて稼いだお金が、こうも簡単に稼げると知って味をしめた。時には嫌な事やお酒を多めに飲まされることもある。
しかしそんな苦労も、介護施設の利用者やその親族による理不尽なクレーム、さらには施設側の冷遇に比べれば、たいしたことはない。
亜美は徐々に抵抗感なく働き、楽しめるまでになっていた。そんなある日、突然体に不調をきたす出来事が起こったのである。
新たなVIPルームで働き始めて一カ月ほど経った頃だろうか。その日はルーレットの部屋で待機していた。そこで良く声をかけられる常連の外国人客に休憩スペースへ呼ばれ、席に付いて談笑していた時だ。
そこへ先程から珍しくゲームを楽しんでいた日本人客が、休憩スペースへと移動して来たのである。その様子を視界の端で捉えていた。普段ならそのまま気付かない振りをして、目の前の客に集中するのだが、その時だけは何故かできなかった。少ないとはいえ日本人の常連客はいる。
だが大体はこれまで一度くらい目にしたことがある人ばかりだ。しかしその客は亜美が初めて見かけただけでなく、三人という集団でいたからだろう。
VIP客は基本的に一人が多かった。中には常連同士で仲良くなり、連れ立ってギャンブルを楽しみながら懇親を深めている人もいるが、そう頻繁にはない。客達の話によると、ゲームを純粋に楽しもうとすれば、自ずと一人になるものだからだという。お金に余裕があるとはいえ、賭ける金額は大金だ。客も真剣になるため、和気あいあいなどといったムードにはなりにくいらしい。
しかしその日本人達は、これまで見て来た客とは様子が違った。常連客同志で意気投合したというより三人共が同じ集団で、上司に二人の部下が付き添っているように見える。ここがカジノでは無く、クラブやキャバクラならよく見かける光景だろう。しかし休憩スペースでの三人は、明らかに場違いな空気を醸し出していた。
亜美が座っている席とは少し離れた場所に彼らは腰を下ろし、四人の女性達が付いた。その為目線は逸らしたまま耳を澄まして、様子を伺っていたのだ。聞こえてくる会話によれば、どうやら三人の中で一番上司に見える人物がVIP会員らしい。その他の二人は単なる付添いのようだ。
ごく稀にそういう人達が出入りすることは知っている。しかし身分をしっかりと確認されている会員でない人物がVIPルームに入るのだ。確実に問題がないと証明することは、会員の口利きだけでは不十分なため、そう簡単には認められないと聞いている。
しかし先方の話が進むにつれて、何故彼らが高い障壁を超えてここにいるかが分かってきた。VIP会員は、カジノにシステムを導入している会社の社長で、同行している者達も同じ会社の社員らしい。しかも一人はシステムエンジニアで、普段から何か問題があればカジノに呼ばれて対応する社員だという。
だからといって、カジノでゲームができるような身分では無い。もう一人の男性はいつも腰巾着のように、社長の後ろをついて回る秘書的役割をする社員のようだ。その証拠に彼は先程から一生懸命場を盛り上げようと、社長の機嫌を取る為のお世辞ばかりを言っていた。どうやら今日は勝っているようだ。
「今日の皆宮社長は持っていますね! もちろんどこに賭けるかの目利きが素晴らしい事は当然ですけど、それにしてもすごい!」
社長と呼ばれた男は、満更でもない様子で言った。
「土方はギャンブルのセンスがないな」
土方と呼ばれた太鼓持ちは、貶されたことをものともせず、満面の笑みを浮かべて対応していた。
「当然ですよ! 私のようなものが一枚十万円もするチップで賭け事をするなんて、とても無理です。社長が勝たれた分を少し恵んで頂いてやってみましたが、怖くて、怖くて」
「自分の金じゃないんだからもっと気楽にやればいいのに、赤か黒かにしか置けない様な根性なしだから駄目なんだ。しかも負けているし、運が無さすぎる。それに引き換え寺西は、少しばかりだが勝っていたじゃないか」
それまで静かに飲んでいた男性は、急に話を振られてびくりとしながら首を振った。
「いえいえ、ビギナーズラックもいいところです。社長が賭けられた数字の近辺に置いたら、たまたま当たっただけです」
話の内容からすると、ルーレットで調子よく勝っていた皆宮という社長が何枚かのチップを部下達に渡し、他の二人にも少しばかり遊ばせたようだ。
何枚渡したのか定かではないけれど、ここは普通のサラリーマンが出入りできるような場所ではない。貰ったチップ以上に増やした寺西という男はまだいいが、負けた土方と呼ばれた社員は冷や冷やしただろう。
そこまで聞いて関心を失った亜美は、盗み聞きをやめて自分が付いた客への接待に集中しようとした。
そんな時、どこから入って来たのか突然黒服を着た二人の男が数人の大男を引き連れ、三人のいるテーブルへと近づいてくるのが分かった。しかも彼らが来たことで従業員達が急に緊張し始め、部屋の空気が変わったのである。
亜美は何気ない振りをして再び聞き耳を立てると、先頭にいた二人の内で細見の方の男が皆宮に話しかけていた。声のトーンからどうやらトラブルが起こったらしい。その為同席していた寺西を連れて行きたいと申し出ているようだ。システムに問題が起こったのだろう。
そうした事態に備え、皆宮がカジノに通う際はいつもエンジニアを同席させているという。他社が鵜の目鷹の目で彼らの会社のポジションを狙っているらしく、万全を期しているそうだ。
「では、お借りしますよ」
今度は大柄な男の声がした。そこで亜美は初めて振り返り、二人の男達の顔をはっきりと見た。実は最初に細見の男の声を聞いた時、体に電流が走ったような衝撃を受けたからだ。
そして中心にいる二人が醸し出す嫌な威圧感を強く感じていた所に、かつて聞き覚えのある声がしたため、反射的に体が動いたのだろう。時間にしてはほんの一分足らずの事だった。
しかし彼らが登場し寺西を連れて部屋を出て行くまでの間、亜美の体の震えは止まらなかったのである。
「ねえ、大丈夫? 気分が悪い?」
片言の日本語を使い、心配そうに覗き込む客の声でようやく我に返ることができたが、これ以上接客は無理だと判断して彼に謝った。
「ごめんなさい。急に調子が悪くなったので席を外します」
自分でも顔から血の気が引いていることが分かった程だ。客も無理しない様気遣ってくれた。さらには席を立って奥の控室に戻る際にも、他の従業員達から声をかけられた。
「どうしたの? 貧血?」
「少し横になってなさい」
と心配された亜美は、頭を下げながらまずトイレの個室へと入り、
動悸が止まない胸を抑えた。そこで何度も深呼吸をして落ち着かせようとしたが、足までガタガタ震えだした。
そして確信した。あの男達だ。かつて亜美が強姦されそうになった時、あいつらと会っている。
助けに入った父が暴行を受け、その後犯人達は警察に出頭し裁判が行われて刑も確定し賠償金も支払われた。だがずっと亜美は違和感を持っていた。それが何か今の今まで分からなかったけれど、今日初めて理解することが出来たのだ。
亜美や父が襲われた場所は暗闇で、相手は十数人もいて全員が頭から黒い眼ざし帽を被っていた為、顔は全く見えなかった。兄も遠くから見ていただけだから良く分らなかったという。
そこで後に犯人だと名乗る主犯格の男達とその仲間達が警察に出頭し、証言をしたのだ。そして自白内容におかしな点が無かった事と、現場に残っていた足跡等もほぼ一致した為、彼らは逮捕された。
男達は皆未成年だったが、父は後遺障害が残るほどの深い傷を負ったことから、主犯格の二人の男は実刑判決を受け少年院ではなく刑務所に入ったはずだ。しかしあれから十年以上経つ今、すでに出所しているだろう。
亜美も未遂とはいえ襲われた被害者だった為、裁判に出た。そして傍聴席や被告人席からは見えない様、ブラインドに囲まれて証言もした。その際に犯人と名乗り出た男達の姿や声を、ちらりと見聞きしたのだ。
けれども当時の現場が暗かったこともあり、彼らが襲った犯人かどうかなど、亜美には判断が付かなかった。ただ警察が調べ本人達の残した物証や証言に矛盾が無かったため、あの人達がそうなのかと思っただけである。もう一人いた後輩も同じだった。
そして裁判中にあの人達に襲われましたかと尋ねられた時素直に頷けなかったのは、見ていないからだけでは無かった。なんとなくだが、纏っている空気やあの時にかけられた声とは少し違う気がしていたのだ。
それでも十数人の男達に囲まれ混乱した状況でしっかりした記憶があるはずもなく自信も無かったため、良く分りませんと答えたに過ぎない。だが十年以上経った今でも耳と体が覚えていたのである。
あの時に投げかけられた「お前が亜美だな」という声は、間違いなく先程いた大柄の男が発した声だ。
しかも十数人いた中で、中心となって襲い掛かってきた二人の男が放つオーラは彼らだと、亜美自身の体が教えてくれていた。そう考えると、逮捕された男達は身代わりで、本当の犯人はあいつらだということになる。
しかし警察に出頭した奴らは刑務所にまで入り、多額の賠償金まで支払ったのだ。そこまでして他人の罪を被るだろうか。第一冷静になってみれば、そんな事が有り得るだろうかと疑問が湧いてきた。
そうしている間に亜美は、少しずつ落ち着きを取り戻していった。そして決意したのだ。あの二人の男は何者なのかを調べ、もう一度近くで会って確かめようと考えたのである。
長い休憩を終えようやく部屋に戻った時には、あの二人はもちろん皆宮社長達や亜美に声をかけてくれた客もいなくなっていた。その為テーブルに座っている他の客の様子を眺めながら待機していると、亜美の体を気遣ってくれた男性従業員の一人が声をかけて来た。
「大丈夫? 急に顔色が悪くなったようだけど、具合はどう?」
「すみません。少し貧血を起こしたみたいです。でも少し休んだら落ち着きました。もう大丈夫です」
「そう。それなら良かった」
亜美はこれを機会に、情報を聞き出すことを試みた。
「あの後、他のお客様は特に変わりはなかったですか?」
「何もないよ。君を指名してくれていた客は心配していたけど、もう部屋に戻ったんじゃないかな」
「そうですか。申し訳ないことをしました。後、他のテーブルで何かトラブルがあったのかお客様が席を立たれていましたけど、あれはどうなりました?」
「トラブル? そんなことがあったかな?」
「三人で来られている日本人のお客様がいらっしゃったでしょ。一人はどこかの社長さんらしくて、確か皆宮と呼ばれていたと思いますけど。珍しいお名前だったので印象に残っていたのですが」
亜美の説明に、男性従業員もようやく理解したらしい。
「ああ。うちのシステムを手掛けている会社の社長さんね。そうそう、チップを換金する機械に少し不具合がでたらしくて、丁度エンジニアの方がいたから途中退席したんだった」
「そうでしたか。その方を呼びに来られた方は、どちらの部署の人ですか? 私は初めて見ましたが、こちらの従業員さんですか?」
するとその男性は顔を引き攣らせて、小声になった。
「あの方達はただの従業員じゃない。このカジノ部門のお偉いさんだ。今度もし会ったら絶対に粗相するんじゃないぞ。まあ、滅多に顔を会わす機会もないだろうけど」
「そうですか。気を付けます。ところでなんというお名前ですか?」
「体の大きな方が足助天馬さんだ。細身の方はその弟さんで大地さん。怒らせるとめちゃくちゃ恐ろしい人達だから、絶対逆らっちゃいけないよ。それどころかこんな噂話をしていることがばれただけで叱られる。これ以上はやめよう」
男性従業員は本当に怖がって亜美から離れた。しかし重要な事が知れた。足助なんて名前は、そうあるものじゃない。しかも兄弟で厄介な奴と言えば、この地域で知らない奴はいない程有名だ。
確か親が不動産業を営んでおり、このIR施設の建設にも携わったと聞いている。色々な黒い噂もありながら、政治家達と繋がりがあるともいう足助不動産には、悪名を轟かせた三兄弟がいたはずだ。
昔の記憶では、一番下の学人という男が二人の兄達の威を借りて好き放題に暴れていた気がする。かつて亜美の兄や直樹達も苛められた経験があったはずだ。
そこで合点が言った。足助兄弟の二人が亜美や父を襲った犯人なら、身代わりを立てるくらいの事はできただろう。足助不動産は暴力団ではないが、金は唸るほど持っている。将来の跡継ぎとなる子供達を守るためなら、多額の賠償金と口止め料を支払うことなど容易いはずだ。
彼らが抱える企業や店子達の中には、経済的に貧窮している家庭もあっただろう。そういう中から、未成年の身代わりを立てることができるとすれば、彼らしかいない。つまり亜美が感じ取った違和感は、限りなく真実に近かったことになる。
だが先程の従業員が言ったように、彼らを刺激することは危険だ。しかもこのカジノの上層部にいるのなら尚更である。権力と財力を持っている奴らに、もし亜美が昔の真相に気付いたと知られれば、下手をすると口を封じられるかもしれない。
そこでどうすれば良いのかを必死で考えた。早くここから逃げ出した方が良いだろうか。いや、まだ全ての真実が明らかになっていない。うやむやのままで終わらせて良いのか。ただ知ったからといって、自分に何ができるというのだろう。
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