豪華客船から脱出せよ!

しまおか

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犯人達と外部の動きー①ー1

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「どうなっている。通信に問題はないのだろう。なのに何故振り込みができないんだ」
 千葉の房総半島の先端付近で待機している仲間が、無線でハリスに同じ質問を繰り返していた。その為頭に血が上り、激しい口調で言い返した。
「こっちが聞きたい位だ。そっちが指示した宛先にメールは届いたから、通信の問題じゃない。取引市場自体で、何かシステムトラブルが起こっているんじゃないのか。そういう情報があるかどうかは、そっちで調べてくれ」
 しかし向こうも譲らない。
「そんなものは無い。念の為こっちでも資産を動かし、仮想通貨市場で売買できるか、事前に確認している。そっちが出来ないと言い出してからも試したが、トラブルは起こっていない。そっちのVIP達が、おかしなことをしたんじゃないだろうな」
「全員揃って、そんな事などできるはずがないだろう。こっちは顔出ししない予定だったのに、奴らの首にナイフを突き付けて何度も試してみたんだ。それでも口座が凍結されているのか、作動しない。一人だけじゃなく全員がそうなるなんて、おかしいだろう」
 こうしたやり取りを繰り返していたが、一向にらちが明かない。計画では自分達がシージャック犯だと悟られないよう、行動をしてきた。VIP達を十三階にあるビジネスセンターの予備室まで誘導させたのは、船長の指示を受けた何も知らない客室係達だ。
 ハリス達セキュリティ部門は、あくまで彼らが連れて来た客の安全を守る為に配置され、ここにいるだけとの理由付けをしていた。客室係は自分達の役目を終えると、それぞれの部署に戻っていった。
 後は時間になったら、犯人から指示を受けた船長の言う通り、既に立ち上がっているパソコン画面を操作するのを、ハリス達はただ見守るだけのはずだった。
 あくまで自分達は、外部へ救援を求めるような操作をしないよう見張る役目をしていると告げ、それが彼らの身を護ることに繋がるからと説明していた。よって後から駆け付けたニールを含め、ここにいるセキュリティ部門の隊員五人全員が、犯人の仲間だとは誰にも気づかれぬように振舞っていた。
 五階にいる別会社から雇われた奴らは、信用できないと船長に文句をつけたのも作戦の一つだった。混合チームを解散してそれぞれの所属毎に戻したのは、こちらの動きを悟られない為だ。
 しかも五階の待機室の防犯カメラは事前に細工しており、こちらの都合で繰り返し同じ映像が映るよう切り替えできる。よって今行動している動きは、向こうのチームには全く気付かれてないよう操作していた。
 先程試運転をする為にこの部屋を訪れた際と、その間念の為にと副船長の控室隊員を向かわせた時、仕掛けを作動していたのだ。
 しかし途中で異常に気付いた彼らが、直接十三階まで上がって来た時は焦った。だから慌てて元に戻し、画像に不具合があっただけだと誤魔化すことが出来たのだ。
 五階にいる奴らは、防犯カメラで常に監視している。あの階には予備コントロール室があり、インマルサットやイリジウム装置もあるからだ。本当は人員を配置したかったが、忍び込ませる人数には限りがあった為、これが限界だった。
 それでも計画の時間となり、運営会社が限界までかき集めた一千万ドルの入金が確認された。それを見たVIP達がキーボードを打ち、自分達の口座画面を開いて売買を始めるまで問題はなかったのだ。
 集まった各部屋の代表者二十四人の背後にハリス達四人が立ち、画面を監視して余計な操作をしていないか、ずっと見張っていた。
 それまでの船長による説得と脅しが功を奏したのか、全員素直に従っていた。だがいざ暗証番号を入力し金を動かそうとした途端、全員の画面でエラー表示が出たのだ。 
 誰もが驚き、入力誤りをしたのかと再度打ち直したが、何故か全員の画面で資産の移動を一時停止しているとのメッセージが現れた。それが何故起こるのかなど、ここにいる四人に理解出来るはずがない。
 一人や二人なら、何らかの不具合が起こっただけだと思っただろう。しかしそうではない。全員が口座を凍結されていたのだ。そんなことがあるのかと、我が目を疑った。
 その時外部にいる仲間から無線が入り、約束の時間を過ぎても入金が確認されない。どうなっているのか報告しろとの督促があったのだ。そこで起こっている状況を説明したところ、大騒ぎとなったのだ。
 通信状態がおかしいのかと、使われていない端末を使ってメールを送るなどの確認もさせられた。それぞれが動き回り、何故計画通りに進まないのか原因を探り始めた。
 それでも判明しない為、しまいにはVIP達が口裏を合わせ、わざとそうするように仕組んだのではないかと疑惑が持ち上がりまでしたのだ。
 そこで外部の連中は、誰かの首にナイフを突きつけ、白状させろと指示してきた。それは当初の計画に無いと突っぱねたが、先方はなんとかしろの一点張りだった。
 その為止む無く部下の一人に命じ、護身用のサバイバルナイフを取り出して彼らを脅し始めたのだ。最初は保険をかけ、ハリスを含めた三人は無関係を装った。彼一人が犯人の仲間だと思わせる為である。
 しかし計画は進まず、時間だけが過ぎるばかりだった。この階だけとはいえ、外部との通信を解除し続けるのは、リスクを伴う行為だ。よって少しでも早く遮断したかった。
 けれどもそれが許されず、振り込みも終わらない。原因も不明なまま今後どうするのか、決断されない状況が続いた。
 そこで業を煮やした内陸にいる仲間が、船内潜入者の中でリーダーを任されているハリスに、状況の説明と問題解決するよう責任を押し付けて来たのだ。
 その為止む無く仲間だけでやり取りできるトランシーバーを使い、罵り合いとなった。おかげでVIP達には、ハリスも犯人の仲間である事がばれた。
 またその後の動きも見られた為、他の二人も全員仲間だと悟ったらしい。加えて通信を切って操舵室から戻って来たニールもまた、協力者だと知れてしまった。
 しかも身代金は、運営会社から振り込まれた一千万ドルしか手にしていない。これでは、そのまま乗客達を解放する訳にはいかなかった。彼らが陸に降りて安全が確保された時点で、我々が関わっている事を警察に報告するに違いないからだ。
 ただでさえ予定外の事態が起こり、警察がこの船が港に着くのを待っている。それも皆あの安西が、勝手に余計なヒントを残した結果らしい。だからこそ早々に始末する事態になったのだ。
 最終決断は、ハリスも知らない今回の計画を立てた裏のボスがするだろう。その指示次第で、自分達の運命は大きく変わる。現時点で既に船から逃走する際の予定は、最悪の事態を想定した行動を取らざるを得なくなっていた。
 上手くいけば暗闇に乗じて海に潜水し、水中ジェットスキーを使って陸地に戻るだけで良かったのだ。それなのに海上保安庁の監視船等から追われても、逃げ切れるよう一旦沖へ出て小笠原諸島にある、無人島の一つに身を隠さなければならない。
 その後仲間に救助されれば良いが、期待できない可能性がある。あくまでハリス達は金で雇われた、使い走りにしか過ぎない。よっていつ切られてもおかしくないのだ。
 それでも前払いで、決して安くない金額の手付金を受け取っていた。このピンチを脱することさえできれば偽造パスポートを使って逃亡し、しばらく身を隠していれば十分な生活はできるだろう。
 ハリスは今の民間警備会社に入るまで、傭兵として数々の戦場を渡り歩いてきた。命を落としそうになった事だって、何度もある。そう考えればこの程度の試練など、どうってことは無い。
 計画は中止して一旦撤退しろとの指示を聞いた瞬間、そう思い込むしかなかった。


「救援部隊の方は、どうなっているんですか」
 松ヶ根の尖った声が、車内に響く。吉良は横で静かに成り行きを見守っていた。サイバー対策課が、無事身代金の振込阻止に成功したとの報告はあった。だがその後の動きが、全くこちらに伝わってこない。
 問題なのは、計画通りに行かなかった犯人達がどういう行動に出るかだ。よって船の中に入る三郷達を含め、乗員乗客の命を守ることがこれからの優先事項になる。その先陣が、彼女達が求めた救援部隊だった。
 もちろん彼らの動きが、相手側に知られてはいけない。だから吉良達を含めた捜査員にさえ情報が伝わらないよう、極秘で動いている事は理解できる。だがそれにしても、何の音沙汰も無いのは、待つ身としては辛い。
 しかも船には、松ヶ根に助けを求めた三郷が乗っている。だからこそ彼は無理を承知で、本部から情報を聞き出そうとしているのだろう。しかし大きな情報をもたらした捜査員といえども、今の段階では教えられないに違いない。
 案の定何も告げられず、もう少し待てとだけ告げられ通信を切られていた。松ヶ根も頭では理解しているはずだ。それでも落ち着かないのだろう。珍しく貧乏ゆすりをし始めたかと思えば、吉良に向かって怒りをぶつけて来た。
「誰のおかげで、う~、シージャックの情報が得られたと思っているんだ。これで上の指示の不手際で乗客達に何かあって見ろ。俺は絶対に許さないからな」
 苛立つ彼に、吉良は別の提案をした。
「じっとしていられないのなら、ここじゃなく千葉の方へ移動しますか。今から向かえば、あっちへ着く頃には奴らの仲間の捜索が始まっているかもしれません。港にいたって、船が到着するまでは何もできませんからね。船内への乗船が認められても、私達が三郷さん達の保護をする役目は、しばらくまわってこないでしょう」
 救援部隊の動き次第だが、船がここへ着く頃だと全てが終わっている確率は高い。肝心の安西は死体となって、霊安室にいるのだ。取調べすることも叶わない。そうなると吉良達の役目はかなり限られる。
 松ヶ根もそれを懸念していたからこそ、じっと待っているだけの今の状況に我慢できなくなっていたのだろう。
 とはいっても、それぞれ刑事達には持ち場がある。そもそも神奈川県警に捜査協力を願い出て、その窓口になってくれた田井沢と合同で動いていたのは松ヶ根達だ。
 その後三郷から得た情報を元に、千葉県警へも捜査協力の輪を広げた。しかしそちらは、既に別の班が動いている。今更そこへ割って入り、犯人の仲間の捜索に加わる事が許されるかといえば難しい。
 どういう形であれ船が到着すれば、三郷達を迎えて事情聴取する役目を与えられるはずだ。しかしそれは、彼女達が無事生きて帰って来ることが前提となる。最悪の場合、外部に助けを求めた事がばれ、犯人達に殺されている可能性もあった。
 救援部隊の活躍、または自分達の力でなんとか身を守ることが出来たとしよう。それでも彼女達と会う頃には、事件の大半に片が付いているはずだ。そんな状態になって彼女達と会い、事情を聞く程度の仕事なら誰だってできる。
 もちろん大変な目に遭い、貴重な情報を流してくれた彼女と面会し、労いと感謝の言葉をかける事も大切だ。けれども松ヶ根はそれを良しとしない。そう吉良は思った。そこでまだ残っている活躍の場があるなら動いてみないかと、無理を承知で提案したのだ。
 すると彼は乗って来た。深く頷いた後、再び本部へ無線を入れて交渉を始めた。
「船での動きを教えてくれないなら、千葉へ向かわせてください。元々この情報は、私達が提供したものです。港で待ちぼうけさせられるくらいなら、そっちで動きます」
 無線の向こうでは、既に別の班が動いているからと予想していた言葉を発していた為、彼は噛みつき抵抗している。吉良は心の中で苦笑いしながらも、おそらく本部は折れざるを得ないだろうと読んでいた。
 そこで正式な許可が出る前に車を発進させ、千葉方面へと向かったのだった。


 一度全員が待機室に戻った後、ハリスにようやく指示が出た。だがそれは、予定外の行動が含まれた内容だった。しかもその理由を告げられた際、驚きが半分と怒り半分が混在した。不審な動きをしていた乗客については、特に注視していたつもりだ。
 途中で副船長の梅野と合流し、長い間六階の部屋に滞在していた件は確認している。だがその後十三階の医務室と操舵室に寄り話を聞き、問題ないと判断されたはずだ。
 気になると言えば、ニール達を席から外して船長と話しをしていた点と、梅野の部屋でしばらく籠っていたことだ。
 確かにあの時間帯、船長を通しての指示で、ニールが短時間だけ通信の遮断を解除していた。だから念の為にと、梅野の部屋に部下を一人行かせたのだ。
 しかし途中で邪魔が入り、部屋の中で何が行われていたかは確認できずじまいだった。どうやらあの時彼らは外部と接触し、救援を求めた可能性が高いと聞かされたのだ。
 その上VIP達に身代金を支払わせる計画を知り、それを阻止する為の細工を外部に依頼していた形跡があるという。だからあの時、通信状態は全く問題がないのに、振り込みが出来なかったらしい。
 そんなことが本当に可能だったのか。もしできたとしても、あんな短時間でどこへ助けを求め、どのように告げればできるのかと首を傾げた。しかし彼らが言うのだから間違いないのだろう。よって今回の計画は中止するとの事だった。
 だがもちろんこのまま何もなかったかのように、船を動かし港へ戻ることはできない。そこで最悪の事態を想定したパターンGを実行し、かつ計画の邪魔をした梅野達三人の口を封じろと命じてきたのだ。
 現在ハリス達の正体を知るVIP達は、ビジネスセンターの予備室に監禁している。当然外部と連絡が出来ないよう、内線電話のケーブルも切ってから部屋の外に出ていた。
 ハリスは任務をこなせなかった悔しさと、梅野の部屋に部下を行かせた判断が、大きな間違いだった点に腹を立てていた。あの時自分が行けば、こんな失態を犯すことはなかったはずだ。
 だがそうした感情を表には出さず、冷静な表情でニール達四人に指示を出した。
「計画は失敗だ。外部に救援を求めた奴がいるらしい。ニールは一人連れて、操舵室にいる梅野と船長を刺し殺してこい。残りの二人は、医務室にいるあいつらの口を封じろ。終わったら待機室に一旦戻り、この船から脱出する」
 驚きを隠せなかったのだろう。彼らの一人が言った。
「パターンFに加えて、情報を知る人間や邪魔した奴を消すのですか。だったら六階の二人も関係しているんじゃないですか」
「ああ。だがあっちは素人だから、俺一人で十分だ」
「了解です」
 各自が散らばり、ハリスは六階へ向かう振りをして一人で待機室に戻る。少し経つと、まず医務室に向かった二人が戻ってきた。彼らはハリスがいる事に驚きつつも言った。
「任務完了です」
 その言葉を聞いた瞬間、隠し持っていたボーガン二丁で彼らの頭に一発ずつ撃った。至近距離だった為に外すことなく命中し、彼らはその場に崩れ落ちた。もちろん即死だ。 
 次に入って来る二人の邪魔にならないよう、彼らの死体を扉の脇にどかせてビニールシートを被せ、再び椅子に座りボーガンの矢を装備してニール達を待った。
 銃を持ち込めれば良かったのだが、さすがにこの船のセキュリティは厳しかった。その為に護身用ナイフや、小型のボーガンを持ち込むのが精一杯だったのだ。液体爆弾すら、ヘリの尾翼を爆破させられる程度の、ごく少量に限られてしまった。
 それでも今回のシージャック計画は可能だと、ハリスも信じて協力をしていたのだが、結果は散々な結果に終わった。一千万ドルのみでは成功報酬の支払いは期待できない。
 だからこそ役立たずの仲間達を抹殺する仕事は、ハリスにとって最後の矜持だと考えていた。
 操舵室は一番端にあるので、やや時間がかかったのだろう。しばらくして彼らが部屋に入ってきた。先程と同様にハリスの姿を見て、ニールが目を丸くして尋ねてきた。
「もう六階の二人の処刑を、終えたのですか」
 質問には答えず、逆に聞いた。
「そっちはどうなった?」
「すみません。船長は始末しましたが、梅野の姿が消えました。操舵室にはいません」
「何?」
 そこでもう一人が、ビニールシートに視線を向けた事に気付く。そこから血が流れ出ているのが見えたのだろう。その瞬間にハリスは呟いた。
「使えないな」
 先程と同じくボーガンで、彼らの脳天を打ちぬく。彼らは驚愕の表情をしたまま、床に倒れ込んだ。これが命令されたパターンGである。ハリス以外の船に潜入していた仲間を処分し、一人で船から脱出しろという指示だった。
 しかし面倒な事に、全てのやり取りを知る船長に加え、梅野と六階の二人も殺せとの命令がそれに加わったのだ。せめて二人はこいつらに任せたかったが、止むを得ない。いつまでも船内を逃げ回られては困る。
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