豪華客船から脱出せよ!

しまおか

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吉良達と船内の動きー①ー2

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 まだそれまで時間がある。よって梅野は再度ヨハンに話しかけた。
「君もずっと、ここでレーダーの監視をしているのか」
 彼は正直に言った。
「ずっとではないですよ。先程船長室へ私も行きましたが、時々席は外しています。まず衝突するような船はいないでしょうから」
「こちらが動いている時ならそうはいかないが、今の状況なら少しくらい目を離したって、問題ないだろう。なんならスイッチを切っちまってもいいくらいだ」
 冗談と受け取った彼は、笑った。
「そうですね。こんな馬鹿な事をやらずに、他の仕事をした方がマシかもしれません」
「といって、舵を取ることも必要ないからな。そうだ。PCR検査は受けたのか」
「受けました。この操舵室にいる者は皆、陰性だと判ったものばかりです。といっても今の所は私達甲板部の者で、陽性が出た者は一人もいないと聞いています」
「そうだった。少し前に船長から、乗客乗員の検査が九割終わったと報告があったよ。既に確認されている感染者以外、陽性者はまだいないらしい」
「そうなんですね。それは良かった」
「本来なら全員の検査結果が出たら、船内放送で知らせるべきだろうが、この時間だ。既に検査を終えた乗客は、寝ているだろう。だから明日の朝、告げる予定らしい」
「夜の十時を回ったところですから、しょうがないですね」
 レーダーには、怪しげな物体はまだ何も映っていない。先程依頼したばかりだから、当然だろう。しかもこの闇夜の中で接近するには、相当時間がかかるに違いない。
 そうは言っても、この時期の日の出は五時頃だ。恐らくそれまでにヘリか何かで近づき、小さなゴムボート等を使って乗船を試みるのだろう。
 このレーダーを遮断するのは、もう少し後で良い。まずはニールの動きを封じなければならなかった。決してイリジウム装置を、オンにさせてはいけない。だがそうした時、犯人側はどうでるだろうか。
 表向きは、犯人の意向に沿った行動だ。しかし実際は裏の計画を阻止する動きでもある。そこで梅野を排除しようとする者が彼以外に現れれば、それは犯人の仲間と考えていい。それでも強く抵抗した時、彼らは何をしてくるだろう。
 色んな雑談を他の航海士達と交わしている内に、時間が近づいてきた。そこで梅野はヨハンと別れ、ゆっくりとニールに向かって歩いた。正確には、彼の近くにあるイリジウム装置を目指していた。
 怪訝な顔でこちらを見つめていたが、梅野が装置に視線を向けた途端警戒を強めた。徐々に表情が強張っていく。構わずあと数歩の所で立ち止まり、にこやかに話しかけた。
「やあ、ニール。お疲れ様。ところで今の君の役目は何かな」
 若干の間を置いて、彼は答えた。
「船長からの要望もあり、十三階の待機室との連絡係のついでに、操舵室にいる乗組員全体の様子を確認しております」
「不審な動きをする者はいないか、見張っているということかな。だけどここにも防犯カメラは設置されている。君達の待機室からでも、監視は可能だろう」
「ですがここは船の運航において、重要な機器が揃っています。それにカメラでは捉えきれない死角もあるので、直接見張った方が良いとリーダーからも指示がありました」
「重要な機器、か。外部との通信装置等もここには揃っているからな。例えば今君の横にあるイリジウムもそうだ。今は犯人側の指示で遮断しているが、万が一誰かが動かし助けを呼ぼうとすれば、大変な事になる」
「おっしゃる通りです」
 顔を引き攣らせ頷いた様子から、梅野が言わんとする意味を理解したようだ。それでも話を続けた。
「彼らとの約束に背けば、警告通り爆弾を爆破させるかもしれない。そんな事態になれば、俺達を含めた乗員乗客全員の命に危険が及ぶ。向こうにはインマルサットもある。間違っても誰かが作動させないよう、見張っておくように」
 すると再び沈黙した後、彼は鋭い目で問い返してきた。
「梅野副船長は、何か企んでいるようですね」
「企む? おかしなことを言うね。犯人達との交渉は本社に任せ、私達は言われた通り安易に刺激しないよう、不審な行動を慎むよう見張ってくれと指示しただけじゃないか」
 口角を上げて答えると、彼の表情はますます曇り更に言った。
「先程も不審な行動を取った乗客二人と控室に籠り、長い間何かされていたようですが」
「ほう。先程訪ねて来た別の隊員から、君にそう連絡があったのかな」
 内心は自分だけでなく、あの二人も引き続き警戒されている点に不安を持った。これから何かあれば梅野だけでなく彼女達もが、拘束されるかもしれないからだ。
 それでもやるべきことは、やり遂げなければならない。既に外部へ救援要請を出しているのだ。後には引けなかった。
「はい。一体何をこそこそとされていたのですか」
 ニールの追及に、梅野は笑顔で返した。
「人聞きの悪い事を言わないでくれ。彼らの行動の意味は、船長に説明していた通りだ。君も聞いていただろう。私は念の為に彼らを部屋へ呼んで、今後は六階の部屋に戻ってこちらの指示があるまで、外へは出ないよう改めて注意しただけだ」
「本当にそれだけですか。控室への入室を頑なに拒んだようですね。先程船長室でも私達に席を外させ、何やら話していました。良からぬ相談をしていたのではないですか」
「そんなことはしていない。あの後、船長からは何も聞いていないのかな。彼女は単に騒ぎが起こる前から指示されていた、城之内様の資産運用が出来るよう一時的にでも通信を解除してくれないかと、お願いしていただけだ。もちろんそれは無理だと私も説明したよ。だが直接船長にお願いしたいと言って聞かなかったから、無理を承知でお連れしたんだ。当然駄目だと断られ、渋々諦めていたよ。どうやら大きな取引になるようで、このタイミングを逃せば、見込んでた利益が得られないと嘆いてはいたが」
「本当にそういう指示があったか城之内様に確認したところ、覚えが無いとの回答を得たと聞いています。嘘ですよね。本当は何をしようとしているのですか」
 彼は相当苛ついていた。真相を問い詰めたい気持ちとは裏腹に、計画の時間が迫っているからだろう。そこまで裏取りをしていたなら、相当疑っているらしい。しかしこれも彼女との間では想定済みだ。時間稼ぎにも有効な為、梅野は惚けて言った。
「そうなのか? だけど私が控室で聞いた話では、かなり具体的だったぞ。良く知らないが、プライベートバンカーというのは、顧客の資産を動かす権限が相当あるようだね。その分ハイリスクハイリターンらしい。だから顧客による具体的な指示が無くても、このタイミングなら大きな利益を得られる、と情報を掴めば売買できるそうだ。いつでもどこでもチャンスがあれば、彼女の判断で運用する仕事のようだからね。その為各種パスワードも把握しているらしい。かなりの信頼が厚く無ければ、できない事だ」
 実際に運用すべき案件があると言った事は嘘だが、その他は本当だ。よって彼女が何をしようとしていたかなど、本人しか知りようがない。よって彼らもそれ以上確認することは不可能だ。
 世界の経済は今も動いている。どこでどんな投機のチャンスが起こるか、予測することは難しい。だが様々な角度から情報を入手し、かつこれまでの経験を踏まえて利益を生み出すのが彼女の仕事だ。素人の我々では、到底理解できる次元ではない。
 ニールもそれは判っているらしい。その為何も言い返せず、ただじっと梅野を睨んでいた。本当なら彼らの待機室へ連れて行き、拷問でもして白状させたい所だろう。だが今はそんなことをしている時間がない。
 チラリと時計を見る。後一分を切った。その様子を見てニールの表情が変わった。ようやく梅野の本当の狙いに気付いたようだ。彼は周りを見渡していた。同じように周囲を見る。誰か彼を助ける役目の者がいるのだろうか。
 梅野は警戒したが、誰もいないらしい。恐らく彼の他の仲間と思われるセキュリティ部門の人間は、今頃十三階のビジネスセンターにVIP達を誘導するか、部屋で待機しているはずだ。
 さすがにイリジウム装置をオンにする計画が、ばれるとは思っていなかったのだろう。もちろんそれを阻止しようとする者が現れるとも、想定していなかったに違いない。
 よってここにはニールしか、配置されていないのだと悟った。当初は犯人側が相当な数の人間を潜ませていると思い込んでいた。しかし途中で気付いた真理亜さんが予想していた通り、相当限られた人数に絞られていると考えて良さそうだ。
 彼はこちらに視線を戻し、焦った声で言った。
「いつまでここにいるつもりです。船長に用事があるのではないですか。早く行った方がいいんじゃないですか」
 梅野はわざとらしく、両肩を上げて言った。
「君が先に、言いがかりをつけて来たのだろう。だから誤解を解こうと、話していただけじゃないか。どうした。顔色が悪いぞ。何かあったのか。おい。君こそおかしな事を考えていないだろうね」
 意図的に大声を出し、周囲の目を引き付けた。こうすれば、通信装置を動かそうとする彼の行動は、犯人側の指示に逆らうものだと皆が思うだろう。さてどうする。
 二人は睨み合いになった。そろそろタイムリミットだ。絶対スイッチは入れさせない。気迫を込めることで、彼にプレッシャーを与え続ける。そんな時だった。
「梅野さん、何をやっているのですか。早く船長室に来てください」
 いきなりビリングが現れ、大声で怒鳴るように呼んだ。当然皆の注目が、そちらに向いた。自身も思わず視線を動かす。ニールはその瞬間を見逃さなかった。恐らくイリジウムを作動させたのだろう。周囲から隠す為、覆い被さるように体を動かした。
 梅野は慌てて彼に詰め寄った。
「おい! 君は今、」 
 だがその時船長に強く腕を引かれた事で、言葉は遮られた。
「早くこっちへ来い!」
 普段であれば、力だけなら彼に負ける事など無い。しかし隙を突かれた為、引きずられるような形で船長室まで引っ張られてしまった。態勢を立て直し踏ん張った時にはもう遅く、部屋の中に押し込められ扉を閉められていた。
 ドアの前で行く手を塞ぐように立った船長に、梅野は叫んだ。
「どいて下さい! 今、あいつは、」
 そこまで言った瞬間、彼の手で口を塞がれた。余りにも意外な行動だったので、言葉を失っていると、彼は顔を近づけて囁くように言った。
「判っている。ニールがイリジウム装置のスイッチを入れたのだろう。いいんだ。それが犯人側からの指示なんだよ。止めると余計にまずい事になる」
 そう聞いて、彼も向こうの味方なのかと疑った。だが彼は話を続けた。
「これでニールは、向こう側の人間だという事が明らかになった。ということは、彼と連絡を取り続けている十三階に配置されたセキュリティ部門の連中は皆、犯人の仲間だと考えていい。そうなると向こうは元傭兵もいる。銃等の武器を持っている可能性だってあるんだ。抵抗すると、殺されてしまうぞ。あの安西とかいうシェフのようにな」
 混乱した頭の中を整理しながら、口を塞ぐ彼の手を撥ね退け小声で尋ねた。
「船長は、イリジウム装置を作動すると知っていたのですか」
 彼は頷いた。
「本社を通じ指示があった。向こうの仲間が夜の十一時、一時的にスイッチを入れるが、邪魔をしないようにとな。もちろんその間、この階の回線だけ使用可能になる。しかし外部に助けを求める真似をすれば、乗員乗客の命はないと念を押されたよ」
「何故先方がそう指示したのか、理由はご存じなのですか」
 すると彼は目を丸くし、耳元で聞き返された。
「君も知っているはずだろう」
「特定のVIP達に、身代金を振り込ませる為ですよね」
 そう答えると、彼は梅野に抱き着くようにして言った。
「そう。君がVIP達に内線電話をしていた事を、私が気付かなかったとでも思ったか」
 どうやら彼はそれを知った上で本社による指示を守る為、スイッチの作動を邪魔しようとする梅野を単に排除しただけのようだ。
 そう理解した所で、口では
「申し訳ありません。つい取り乱してしまいました」
と言いつつ、盗聴を警戒する為に持っていたタブレットを出して文章を入力し、彼に説明した。
― あなたも少しは疑っていたでしょうが、私と三郷様達は今回のシージャックについて色々探りを入れていました ー
 そこから三人で辿り着いた身代金の受け渡し方法や犯人達について考えた推理を書き込み、違う点があれば教えて欲しいと書き添えた。だが念の為に、外部へ救助を求めた点だけは伏せた。
 彼は何度かこちらの顔に視線を向けながら、じっくりと文章を読み込んだ。しばらく考えた後、彼はタブレットに何か入力してから返してきた。そこにはこう書かれたいた。
― 驚いた。私が本社から指示を受けた範囲で知る限り、犯人達の計画は全て当たっていると思う。それ以上に私の知らない件まで、ここには書かれている。恐らく君達の予想は正しい。しかしそれが判ったからといって、我々にはどうしようもない。今頃送金は、ほぼ終えたはずだ。後は犯人側が約束通り皆を解放し、横浜港へ向かうよう指示があるまで待つしかない。お願いだから、これ以上余計な事はしないでくれ ー
 事なかれ主義の彼らしい文章だった。とはいえ所詮高額の給与で本社に雇われた船長だ。八八〇名の命を預かる立場であり、今後の本格的なクルーズ船の運航を任されているとなれば、下手な行動など出来ないことも理解はできる。
 梅野だって彼と同じく船長室から身動き出来ない状況に置かれたならば、今回のような動きなど出来なかっただろう。
 まして犯人側の計画の多くを見破ったのは三郷達であり、自分は途中から巻き込まれ上手く利用されたに過ぎない。彼女達がいなければ、結局は何もできずに終わっていたかもしれなかった。
 しかも彼女達に頼まれたイリジウム装置の作動を阻止、または遅らせる作戦は失敗した。そんな自分が、ビリングを責める資格など無い。なんて情けない男なんだ。そう思いながら、時計を見た。
 その時だ。突然外から大きな声がした。耳を澄ますと、ニールが何やら怒鳴っているらしい。ビリングと顔を見合わせ、何が起こったのかと部屋を出ようとした所、電話が鳴った。本社と通じている回線だ。その為彼は急いで、受話器を取った。
 すると向こうでも何やら叫んでいたらしく、彼は少し耳から遠ざけて何度か頷いた後、梅野を見て言った。
「通信が上手くいかないらしい。外に出て、イリジウム装置の点検をしてくれないか」
 何らかのトラブルが起こったのか。先程の様子では、ニールがスイッチを入れていた。それに稼働するか、試したばかりのはずだ。実際外部との通信に支障が無い事は、真理亜さんが知人らしき刑事と何度もやり取りをしていた画面を、後に見て確認していた。
 何があったのかと首を傾げながら、言われた通り船長室を出てニールの元へ向かう。彼は耳に入れたインカム越しに、誰かと話していた。恐らく船内または外部の仲間と、連絡を取っているのだろう。
 自分はちゃんとやった。さっきは上手く動いたと何度も繰り返している。先程の声は、このやりとりだったらしい。つまりスイッチを入れたのは間違いないようだ。
 そこで梅野は装置に近づき、確かめた。間違いなくスイッチはオンになっている。それに作動もしていた。衛星との電波のやり取りが途切れ途切れになったり、通信状態が悪かったりすると、いくつかの小さなライトの色が赤くなるか消えてしまう。
 だが見る限りでは、緑のライトがしっかりと点灯している。これは通信状態に、異常が無い事を示していた。
「どうだ。作動していないのか」
 船長室からビリングが顔を出し、険しい表情で尋ねてきた。本社からの電話も繋げたままだろうと思い、先方にも届くよう大きな声で答えた。
「いえ、正常に作動しています。装置に問題はありません」
 彼はその事を本社に告げる為直ぐに部屋へ戻ったが、今度はそれを聞いていた周囲の航海士達が騒ぎ出した。
「え? イリジウムを動かしたら、外部との通信が可能になりますよ。犯人達に知られたら、まずいんじゃないですか」
 そう思うのも当然だ。念の為、ニール以外の乗組員達の表情を伺う。予想通り全員が、恐怖に怯えた顔をしていた。つまり犯人の仲間で無いことを表している。やはりここにはニールしかいないようだ。
 そう確信したところで、今回のトラブルが起こった原因に思い当たる。真理亜さんが出した救援依頼が、間に合ったのだろう。だが成功するか微妙だからこそ、少しでも可能性を高める為に、梅野は妨害行動するよう依頼されていたのだ。
 それはあえなくし損ねたが、警察の手でなんらかの対処がなされたに違いない。その為身代金の振り込みが思うように進まないと苛立った犯人側が、通信に不備があるのではないかとニールを責めたとしか考えられなかった。
 だが彼は指示通りに役目を果たした。装置は問題なく動いている。その事に彼らが気付いた時、どうでるか。長い間、回線を繋ぐ事は大きなリスクだ。しかも秘密裏に行われるべき行為が、操舵室の乗組員達にはもう知れ渡っている。
 ここで十三階にいる誰かが気付き、外部へ救援信号を送らないとも限らない。少なくともこの階には、乗組員だけでも一〇〇名以上いる。その内の誰かが犯人にとって好ましくない動きを取ったとしても、不思議ではない。
 そう考えていると、ニールが突然イリジウム装置のスイッチを切った。どうやら彼らも、これ以上は危ないと判断したのだろう。計画は一旦中止になったようだ。
 梅野は心の中でこぶしを握った。まずは第一関門クリアだ。しかし次の難関はとてつもなく壁が高い。それよりもいつ助けはやってくるのか。本当に来るのかどうかも怪しいものだ。その前に犯人達が暴走しなければ良いが、と危惧する。
 しかしそれは今こちらが考えても、答えは出ない。これから自分にできるのは、救援部隊がこの船に近づけるよう、または乗り込めるように手伝う事だけだ。先程は三郷達から与えられた役目を果たせなかった。よって今度こそは成功させたい。
 もし失敗すれば、船内は騒然とするだろう。奴らは何らかの武器を持っているはずだ。やけになって爆弾を使うかもしれない。ウイルスをばらまくこともあり得る。それだけは、何としてでも避けなければならなかった。
 ニールが慌ただしく操舵室を出て行った。十三階にいる仲間達と合流するのかもしれない。これは良いチャンスだ。
 まだ室内がざわついていた為、梅野は船長の代わりに言った。
「驚かせて済まない。イリジウム装置を動かすのは、犯人側からの指示だ。それが何を意味するかは不明だ。しかし何か問題が起こったらしい。だから再び通信を遮断した。皆は持ち場に戻ってそのまま待機してくれ。今の相手は計画通りにいかなかった為、気が立っているはずだ。必要以上に騒いで刺激したくない。だから静かにしてくれ」
 するとようやく場は収まった。これでまずは良いだろう。そう考えた梅野は、先程話をしていたヨハンの元に行き、レーダーの前に立って彼に小声で囁いた。
「すまないが、用事を頼まれてくれないか。この階にあるビジネスセンターの予備室の様子を見て来て欲しい」
 周囲に聞かれては困ると理解してくれたのだろう。彼も声を潜めて言った。
「予備室の、何を見てくればいいのでしょうか」
「イリジウム装置が、一時的に稼働していただろう。もちろんこの階にある部屋であれば、だいたい回線は通じている。だがあそこは特別だ。今回誰か使用していなかったか、見て来て欲しい。私は少し事情を知り過ぎたから、行動が制限されている」
「潜んでいる犯人の仲間に、監視されているのですね。了解しました。しかし何故私に?」
「レーダーの監視なら、多少席を外していても問題はないだろう。もちろん代わりに私が見ている。それに第一の理由は、君なら信用できると思ったからだ」
「有難うございます。それでは行って参ります」
 乗組員の誰もが互いを監視し合う状況の中、信頼されている事に喜びを感じたらしい。目を輝かせながら、強い使命感を持って部屋を出て行った。
 この事で、どれくらいの時間を稼げるかは不明だ。それでも彼女の知らせにより、外部の人達が動きだしたと考えて良い。ならば特殊部隊の潜入を期待するしかなかった。
 犯人達が今後どのような行動を取るかにより、この船の命運がかかっている。今となってはなんとか彼らを制圧し、乗員乗客を助けるしか選択肢はないのだ。
 レーダーに視線を向け、何か映っていないか確認しながら、耳では船長室の動きと部屋の外の気配を探った。
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