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しまおか

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第二章~②

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 その日はそれで別れたのだが、早速翌日に田北たきたと名乗る刑事を伴い、彼女は再び訪ねて来た。そこで内容が内容だけに彼らを部屋の中に招き入れたところ、彼は口を開いた。
「デリケートな問題なので、表立っての再捜査はできません。ただ藤子さんの協力が頂けるのなら、人脈を駆使して私が裏で動くことは可能です」
 藤子は思い悩んだ。雄太の過去を知りたいと思っているのは間違いない。だから決して安くはない調査費用をこれまで支払ってきたのだ。しかしそれは余りにも雄太について知らなさ過ぎ無関心でいた自分に対する戒めと、せめてもの罪滅ぼしの意味合いが強かった。
 更に言えば二つ名を欲しいと思い筆名を持った藤子と、実際にパスポートを作って香港に渡る程本格的な他人名義を手に入れた雄太の間に、どんな共通点があったのかを探りたかっただけなのだ。
 けれど雄太の死の原因を突き止めるとなれば、少し話が違ってくる。こう言ってはなんだが、ようやく単なる事故で文書偽造を除く違法な行為をしていた証拠も見つかっていないと、自分が納得できる結果を既に得ていた。
 だが再捜査をすれば、何か知りたくない事実まで公になりはしないか。そんな不安に駆られた。そういう藤子の想いを察したらしい田北は、さらに話を続けた。
「私自身、今回の弟さんの件には何かあると考えています。その証拠に、余りにも不可思議な点が多々ありながら、早々に事故として処理されました。資産も相当な金額があったと聞いています。本来なら他人名義を使用していた背景についてもっと詳細に調べ、間違いなく事件性がないか確かめるはずです」
 痛い所を突かれた。それは藤子も疑問を持った点だ。しかし目撃証言があり、かつ他人名義についても警察がそれほど深く追及しないというのなら、そのまま認めざるを得なかったのである。
 そう反論すると彼は言った。
「もちろん藤子さんにとって、目をつむっていたかった事情が新たに出るかもしれません。ただ真実を明らかにしなければ、本当の意味で彼がこれまでどう生きて来たのかは理解できないでしょう。まして何故別人物になりすましていたのか、知る由もありません。あなたがリサーチ会社を使ってまで調査したのは、そういう事を含めてでは無かったのですか」
 彼の言葉に一瞬心を動かされた。それに警察が後ろ盾となってくれるのなら、万が一香港国家安全維持法に関係していたとしても、ある程度の身の安全は保障されるだろう。そう考えた一方で、年齢不詳な容貌に加え刑事らしく表情が読めない田北が信頼できる人なのか、藤子は疑問を感じた。
 さらに別の意味で、和香という人物にも何故か不信感を持ったのだ。彼女は実際雄太とどういう関係なのか。同僚と言っていたが、もしかすると恋人だったのかもしれない。七つ年下だから、知り合った当時彼女は二十九歳の頃だろう。
 もし二人が深い関係だったとしたら、ここまで死の真相に踏み込む理由も理解できる。ただそうでない場合はフリーライターという職業柄、単に興味深い取材内容として見ているのではないか。そう疑っても見た。
 そこで正直に質問してみた。
「あなたは本当に、雄太とは元同僚というだけの関係ですか」
 すると彼女はそう尋ねられるだろうと覚悟していたのか、よどみなく答えた。
「私は雄太さんを、人として尊敬していました。ですがあくまで異性の友人であり、絶対に男女関係はありません」
 そう断言した表情から、嘘は読み取れなかった。その為とりあえずその場は信じた振りをして、携帯以外にも捜査に役立ちそうなものを全て田北に渡し話を終わらせ別れた。その上で、藤子は以前クビにした沼橋ぬまはしという調査員に改めて連絡をしたのだ。それは彼女の素性を調べさせる為である。
 本来なら全く別のリサーチ会社に依頼していただろう。けれども扱っている案件が余りに特殊だ。守秘義務があるとはいえ、色んな所に情報をばらまく真似はできるだけ避けたい。そこで一度契約を解除したが、今度は無関係でないけれど別件の調査になる。しかも前回の反省を踏まえれば、今回こそ真面目に取り組むだろう。そう判断したのだ。
 案の定、呼び出して会った際の彼は平身低頭で、前回は申し訳ありませんでしたと謝罪した。さらに期待を裏切る真似は二度としませんと、土下座しかねない程の態度を取ったのである。そこで決断した。
「それならお願いします。もしまた余計な真似をしたら、あなた達がこれまで私を裏切った事情等をネットで拡散しますからね。これだけ世間から注目を浴びた私が発信するのだから、それなりの影響力はあるでしょう。そうなるとあなた達の会社は一気に信用を無くし、業界では生きていけなくなるかもしれませんよ」
 そうやって散々脅した上で依頼をした所、一週間ほど経った頃に至急報告したい件があると告げられ、中間調査書を受け取った。するとそこには、彼女が同性愛者だと分かる証拠がいくつも上がってきたのだ。
 そうした人達が出入りするお店で同じ嗜好を持つ方と唇を交わし、夜遅く二人で相手の自宅と思われる部屋へ入った様子が写真に取られていた。和香が出て来たのは翌朝になってからだった。
「前回の依頼で彼女の素性を調べる理由として、雄太さんと恋愛関係にあったかどうかを知りたいと仰っていましたよね。そうなると、この件については取り急ぎお知らせした方が良いと思い、ご連絡させていただきました」
 つまり雄太と男女関係は全く無いと断言したのは、限りなく真実に近かったのだと理解した。もちろん中にはバイセクシャルの人も存在する。だが彼女の場合、そうではないとの証言を得たという。さらに追加報告として、彼女は幼い頃から養護施設で育った苦労人だと分かった。
「父親は暴力を振るう男だったらしく、母親を殴り殺し服役していました。ですが今は既に亡くなっています。残された彼女は施設を出た後、奨学金を得ながら何とか大学まで卒業し、出版社へ勤務した後フリーライターになったようです」
 そう教えられた藤子は、同情ではない別の感情が湧いた。恵まれた環境で裕福に育った自分とは全く異なる状況で生きて来たと知り、これまで抱いていた疑念を捨てようとした。
 それでも藤子は迷った。彼女の話が本当なら、一歩間違えれば危険な目に会う可能性がある。それなのに恋人でもないかつての単なる同僚だった雄太の死に、何故あれだけこだわるのか。その点だけは疑問が残ったからだ。
 けれど雄太について余りに知らない自分とは違う。少なくとも十二年前から、彼がどんな人生を歩んだかを彼女は見ている。そこで最低でも、彼女が持つ雄太の情報を得ておくのは悪くないと思い直した。それに事故でなく殺されたと彼女が強く主張する根拠が、自由化運動以外にあるのかもしれない。
 そう感じた藤子は、彼女達の提案に乗ってみようと決心を固めた。その為これ以上、和香の調査は必要ないと沼橋に告げたのだ。また雄太の死の真相を探る仕事は、取り敢えず田北に任せた。その代わり、以前美奈代達が調査させた際受け取った報告書を手掛かりにして、和香と一緒に雄太の足跡を辿ってみようと決めたのである。
 これまで勤めていた会社に足を運び、彼女のように雄太と親しくしていた人物がいるか探し、まず話を聞こうと考えた。既にある程度は警察や調査会社、またはマスコミ等が聞き込み済みだろう。しかしその際、和香の存在は誰も探り当てていない。また香港の民主化運動に目を付けた者は誰一人いなかった。
 つまり取材等の手が及んでいない人達はまだ他にもいるはずだ。それに第三者にだと口が重くなっていた人でも、身内の藤子になら喋ろうという気になる場合だってあるだろう。そのような隠れた情報を再捜索するのが今回の目的だった。
 雄太はほぼ四年に一回のぺ―スでシステム関係の部署がある会社に転職していた経緯は、和香やリサーチ会社の調査で分かっている。死亡した時に勤めていた大手IT会社の関連子会社に昨年の六月から勤める前は、二〇一七年から警備会社で勤務。二〇一四年にテレビ関係の下請け会社、二〇一〇年に出版社のシステム部門へと転職を繰り返していた。この時和香と知りあったそうだ。
 その前は二〇〇六年に官公庁のシステム部門、二〇〇三年に大手運送会社のシステム部門、一九九六年に父親のコネで入った会社が倒産し金融関連の子会社へ入ったというのが彼の経歴だった。システム関係の職だったのが幸いし、不況の波を乗り越えその後約三〇年で八つの会社のシステム部門を渡り歩き、働き続けて来たのである。
 ここで一つ疑問が生じたので、藤子は和香に今後どう調査するかの打ち合わせを兼ね連絡をした際、尋ねてみた。
「あなたが雄太と知り合ったのは、出版社にいた頃でしたね。でもその後彼はテレビ関係の下請け会社に転職し、次に移った警備会社から渡部亮と名乗っていた。あなたはそれを知っていたの」
 電話の向こうで彼女は言った。
「いいえ。あくまで私とは、保曽井雄太の名で接していました。テレビ関係の下請け会社にいた頃は仕事でも繋がりがあったので、会社でも彼は本名で勤務していた事は私が証明できます。ただその後の警備会社へ転職してから、仕事上の繋がりは無くなりました。だから彼が別の名で勤務していたなんて、全く気付きませんでした」
 これまでの調査でも、雄太は途中から二つの名を使い始めた事実は明らかになっている。その為これまで関わった人達と完全に関係を絶っていたのなら、それなりの事情があったのだろうと思えた。
 しかし何故和香のような過去を知る人物との付き合いを残したまま、危険を犯してまで別名義を取得し、警備会社で働き出したのか不明だ。
 そうしなければならない何かがその前の職場で起こったのかを尋ねた。だがそのような事実は聞いていないと彼女は言った。それは調査報告書でも同じく発見できなかったと記載されている。もちろんプライベートで事件を起こした形跡もない。
 もし警察沙汰になっていれば彼が亡くなった際、高校時代の補導歴まで遡る必要が無かった事からもそれは証明されている。そこで調べるのは和香も余り知らないという、五年前から今の職場に至るまでの人間関係に絞るべきだろうとアドバイスされた。
 これまでのリサーチ会社による調査でも、それぞれの会社で十数人の交友関係を当たり同僚や上司等から話を聞いていた。だが似たり寄ったりの話しか得られていない。彼らによれば、それ程社交的だった印象はないという。ただそれはシステム部門という部署が持つ特徴でもあり、特別ではないようだ。
 チームプレーというより、個々でそれぞれに割り振られた作業を黙々とこなす仕事が多い職場らしい。その中でも積極的に周囲と交流を持っていたタイプではなかっただけだ。しかし飲みに誘えばついてきたから、付き合いが悪い訳でもないという。そうした中で何とか彼と交わしたプライベートの話を思い出させようと試みたそうだ。
 けれど皆が口を揃え、特別印象に残るエピソードはこれといって無いと言っていたらしい。また特別な趣味を持っていたとの記憶もないという。他に共通していたのは女性関係の話を聞いたところ、うっすらとありながらも真剣交際には至らなかった点だった。
 つまりそれなりに女性との交流はあったようだ。しかし深い付き合いにならなかった為、結婚までは至らなかったと思われる。そこでどういう女性と交流していたのか探ったが、具体的な名前を知っている人はおらず特定までは出来ていなかった。
 そうした報告を聞いても、特筆すべき事項ではないと藤子は感じた。彼は中肉中背で外見上も人並みと言って良く、もてるタイプではない。それに昔から余り要領がいい性格ではなかったし、どちらかと言えば不器用だった記憶がある。だから恋愛関係も上手くいかないまま時が過ぎていったに違いない。それは藤子自身にも心当たりがある。
 リサーチ社は雄太が最初に就職した会社や、そこが倒産して金融関連の子会社に辿り着いた頃まで遡り調べていた。それでも関係者が余り見つからず、収穫はほぼゼロと言っていい内容しか記載されていない。
 敢えて挙げるならどの会社でも真面目にコツコツと働いていた事と、転職を繰り返したのは決して会社と揉めてではなく、ある日突然思い付いたかのように辞めた点だろう。そんな雄太の姿を想像し、彼は何を求め新たな会社に勤め何を楽しみにして生活していたのだろう、と思いを馳せた。
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