上 下
1 / 6

好きだったあの人へ

しおりを挟む
空が広くなり暖かさが顔を出した春先の午後。
緑豊かな土手の一角でキャッチボールをしていた

ボールを握った手に視線をやり、右腕を背後に回す。
指先から離れたボールが弧を描いて飛んでいき、
数メートル先に立っている男の子のグローブにすっぽりと収まった。

「オレ、四年生になったらチームに入る」

男の子は振りかぶりながら言って、ボールを投げ返した。

グローブが音を立ててボールを捕まえる。

腰を落として構える男の子のグローブを目掛けて、再びボールを投げた。

「オレ、賢斗けんとみたいなかっこいいピッチャーになるんだ」

「僕よりもっといいピッチャーになれるよ」
 
飛んできた球を胸の前で捕球する。

「そうすればきっと、優笑ゆらさんも喜ぶと思う」
 
雲のない青空を見上げて呟くと、男の子は白い歯を見せた。
 
左手にはめたグローブにはペンで書かれたメッセージが残っている。

それは優笑さんが残したメッセージであり、
僕がここまで野球を続けることができた理由でもあった。

「ねえ、賢斗は姉ちゃんのこと好きだったの?」
 
ボールを投げずに、ぼーっとグローブを眺めていたからだろう。

男の子がこちらへと駆け寄ってきて、純粋な瞳を向けて言った。
まだ背は低く、顔にはあどけなさが残っている。
 
男の子に問われ、優笑さんと過ごした日々の思い出が浮かび上がった。

あの人は、最後まで笑顔で前向きに生きていた。

あの日、優笑さんが誕生日会に誘ってくれたからこそ今の僕がいる。
少し強引でそそっかしい人だったが、その分優しくて影響力のある人でもあった。

「うん。好きだよ。今もね」
 
グローブに残された優笑さんの言葉に目をやり、淡々と答えた。
砂や泥で汚れたグローブには、『野球、止めるなよ』と書かれている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

処理中です...