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久々の横顔
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日曜日の秋葉原はとても混んでいる。電車のドアが開いて人が流れ出し、一斉に階段を降って改札へと向かう。下車する人と同じくらい、乗車する人がいる。目紛しい勢いで人々が入れ替わり、街に活気をもたらしていた。
約束の時間よりも、五分早く到着した。待ち合わせの場所は初めて会った時と同じだ。改札を抜けて、広告が掲示された壁へと向かう。変わらず、化粧品の広告が掲示されていた。
つま先の上に紙袋を置いて壁に寄りかかる。初めて顔を合わせた日をなぞっているみたいだ。
改札やその周囲を見渡しても、ハルカさんの姿は見えない。心の準備ができるので返って都合が良かった。
目の前を通過する人たちの視線が、こちらに向けられているような気がした。奇異な目で見られている感じはない。
気持ちを落ち着けるため、ポケットからスマートフォンを取り出して鏡の代わりにする。
画面には、前髪をバッサリと切り捨てた男性が写っていた。その人物が自分だということが、未だに受け入れられない。目はこんな形だっただろうか。鼻はもっと低い位置にあったような気がする。思っていたよりかは、自分の顔は悪くないのかもしれない。
真っ暗な部屋に太陽の光が差したみたいだ。前髪は目だけではなく自信までも隠していた。視界が明るくなるだけで、見る人全員が笑っているとすら感じた。
些細な変化で、これだけ世界に色が付く。見慣れた風景も、初めて体験する出来事も輝いて見えた。
一件の通知が入った。ポップアップされると同時に、映っていた僕の顔は光に飲み込まれて消えた。
星見さんからだった。連絡ツールを介して交わしたやり取りの内容が映し出されている。ハルカさんと会う日だということを覚えていたみたいだ。
「……頑張ります」
返事をするように、メッセージを見つめながら呟いた。
気持ちを知って以来、星見さんに何度か相談を持ちかけていた。恋愛の初歩的な疑問から悩みや不安まで様々なことを教えてもらった。
スマートフォンで時刻を確認する。もう時期、約束した時間が訪れる。
身体中に緊張が走る。改札の先に視線を向けると、たくさんの人たちが階段を下る姿が目に入った。向かってくる足音はカウントダウンにも聞こえて、心の準備を済ませと言っているみたいだ。
喧騒が膨れ上がる。唾を飲み込むと、心臓の鼓動が加速していくのはわかった。
「きっと大丈夫だ」
弱気になる自分に喝を入れるように、ハルカさんを思い浮かべながら頬を叩く。今更、緊張した所でいいことなんて一つもない。
足音が近づいてくる。もう一度だけ前髪を指先でいじる。少し動かした程度では、見た目は変わらない。変わらず、視界は広かった。
「久しぶりだね」
降り注いだ声の方に視線を向ける。ハルカさんが柔らかく笑ったまま見下ろしていた。
「……久しぶりです」
小学生の頃の友人にあったような気分だ。
「だいぶさっぱりしたね、そっちの方がいいよ」
「……ありがとうございます」
視線を下げて呟いた。
嬉しかったが、うまく笑うことはできない。顔に力が入ってしまって、引きつった笑顔を浮かべることで精一杯だった。
「……あの、これ」
沈黙から逃れるように、少女漫画が入った紙袋を拾い上げて差し出す。季節は夏だというのに、こちらへと伸びるハルカさんの腕は真っ白だ。
「漫画ね、ありがと」
ハルカさんは紙袋の中身を確認すると、紺色のリュックを下ろして折り目がつかないように丁寧にしまった。
「どうだった?」
「面白かったです」
「そっか、良かった」
ハルカさんが満足げに笑う。漫画のページを捲るたびに思い浮かべていた笑顔だ。
「……あの」
僕からハルカさんに秋葉原観光を提案しようと思った。自分から誘って、少し前進した姿を見てもらいたかった。
『観光するよりも先にやることがある』
耳元で誰かが囁いたような気がした。もちろん、ハルカさんの声ではない。それは、雨の日のことを後悔している僕自身の声だ。
「すみませんでした」
発した時には、深く頭を下げていた。
「えっと……どうしたの?」
「あの日」
言いながら、ゆっくりと頭を上げる。
ハルカさんは困惑した表情で首を傾けていた。
「勝手に帰っちゃって。それにもらった連絡も無視して」
「あぁ、そういうことね」
ハルカさんが「律儀だね」と笑う。
想像よりもずっと陽気な反応だったが、それがハルカさんらしくて嬉しくも思えた。
「別に気にしてないよ。それよりも、ナノくんが元気でよかった」
ハルカさんと目を合わせていると、耳が熱くなっていくのがわかった。
僕は、本当にこの人が好きなのだ。そう実感させられる。恥ずかしかったが、気付いた気持ちが間違っていなかったことに対しての安堵が勝っている。
「……この後、時間ありますか?」
気持ちが悟られるのが怖くて、咄嗟に話題を切り替えた。
「六時ぐらいまでなら暇だよ」
「……なら、少しだけ見て回りませんか?」
提案すると、ハルカさんは笑みを浮かべて大きく顔を上下させた。
人でごった返した駅を出て、これといった予定もないまま足を進める。
高いビルの隙間から差し込む光は、秋葉原に来た僕たちを歓迎しているみたいだった。
約束の時間よりも、五分早く到着した。待ち合わせの場所は初めて会った時と同じだ。改札を抜けて、広告が掲示された壁へと向かう。変わらず、化粧品の広告が掲示されていた。
つま先の上に紙袋を置いて壁に寄りかかる。初めて顔を合わせた日をなぞっているみたいだ。
改札やその周囲を見渡しても、ハルカさんの姿は見えない。心の準備ができるので返って都合が良かった。
目の前を通過する人たちの視線が、こちらに向けられているような気がした。奇異な目で見られている感じはない。
気持ちを落ち着けるため、ポケットからスマートフォンを取り出して鏡の代わりにする。
画面には、前髪をバッサリと切り捨てた男性が写っていた。その人物が自分だということが、未だに受け入れられない。目はこんな形だっただろうか。鼻はもっと低い位置にあったような気がする。思っていたよりかは、自分の顔は悪くないのかもしれない。
真っ暗な部屋に太陽の光が差したみたいだ。前髪は目だけではなく自信までも隠していた。視界が明るくなるだけで、見る人全員が笑っているとすら感じた。
些細な変化で、これだけ世界に色が付く。見慣れた風景も、初めて体験する出来事も輝いて見えた。
一件の通知が入った。ポップアップされると同時に、映っていた僕の顔は光に飲み込まれて消えた。
星見さんからだった。連絡ツールを介して交わしたやり取りの内容が映し出されている。ハルカさんと会う日だということを覚えていたみたいだ。
「……頑張ります」
返事をするように、メッセージを見つめながら呟いた。
気持ちを知って以来、星見さんに何度か相談を持ちかけていた。恋愛の初歩的な疑問から悩みや不安まで様々なことを教えてもらった。
スマートフォンで時刻を確認する。もう時期、約束した時間が訪れる。
身体中に緊張が走る。改札の先に視線を向けると、たくさんの人たちが階段を下る姿が目に入った。向かってくる足音はカウントダウンにも聞こえて、心の準備を済ませと言っているみたいだ。
喧騒が膨れ上がる。唾を飲み込むと、心臓の鼓動が加速していくのはわかった。
「きっと大丈夫だ」
弱気になる自分に喝を入れるように、ハルカさんを思い浮かべながら頬を叩く。今更、緊張した所でいいことなんて一つもない。
足音が近づいてくる。もう一度だけ前髪を指先でいじる。少し動かした程度では、見た目は変わらない。変わらず、視界は広かった。
「久しぶりだね」
降り注いだ声の方に視線を向ける。ハルカさんが柔らかく笑ったまま見下ろしていた。
「……久しぶりです」
小学生の頃の友人にあったような気分だ。
「だいぶさっぱりしたね、そっちの方がいいよ」
「……ありがとうございます」
視線を下げて呟いた。
嬉しかったが、うまく笑うことはできない。顔に力が入ってしまって、引きつった笑顔を浮かべることで精一杯だった。
「……あの、これ」
沈黙から逃れるように、少女漫画が入った紙袋を拾い上げて差し出す。季節は夏だというのに、こちらへと伸びるハルカさんの腕は真っ白だ。
「漫画ね、ありがと」
ハルカさんは紙袋の中身を確認すると、紺色のリュックを下ろして折り目がつかないように丁寧にしまった。
「どうだった?」
「面白かったです」
「そっか、良かった」
ハルカさんが満足げに笑う。漫画のページを捲るたびに思い浮かべていた笑顔だ。
「……あの」
僕からハルカさんに秋葉原観光を提案しようと思った。自分から誘って、少し前進した姿を見てもらいたかった。
『観光するよりも先にやることがある』
耳元で誰かが囁いたような気がした。もちろん、ハルカさんの声ではない。それは、雨の日のことを後悔している僕自身の声だ。
「すみませんでした」
発した時には、深く頭を下げていた。
「えっと……どうしたの?」
「あの日」
言いながら、ゆっくりと頭を上げる。
ハルカさんは困惑した表情で首を傾けていた。
「勝手に帰っちゃって。それにもらった連絡も無視して」
「あぁ、そういうことね」
ハルカさんが「律儀だね」と笑う。
想像よりもずっと陽気な反応だったが、それがハルカさんらしくて嬉しくも思えた。
「別に気にしてないよ。それよりも、ナノくんが元気でよかった」
ハルカさんと目を合わせていると、耳が熱くなっていくのがわかった。
僕は、本当にこの人が好きなのだ。そう実感させられる。恥ずかしかったが、気付いた気持ちが間違っていなかったことに対しての安堵が勝っている。
「……この後、時間ありますか?」
気持ちが悟られるのが怖くて、咄嗟に話題を切り替えた。
「六時ぐらいまでなら暇だよ」
「……なら、少しだけ見て回りませんか?」
提案すると、ハルカさんは笑みを浮かべて大きく顔を上下させた。
人でごった返した駅を出て、これといった予定もないまま足を進める。
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