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僕の存在
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ポケットからイヤホンを取り出して耳につけて、騒音が聞こえなくなるくらい音楽のボリュームを上げる。頭の中に、好きな女性アーティストの声が響いた。そういえば、ハルカさんもこのアーティストが好きだと言っていたような気がする。
音楽に意識を集中させて、生徒たちの影を追うように歩いた。
足取りが重い。
この階段も、あの改札やトイレの個室も、すべてがトラウマになっている。二週間前の記憶が蘇り、踵を返して家に帰りたくなった。
自分でも、何をしているのかわからない。まるで誰かに操られているみたいに、感情に反して身体が学校を目指している。刺さるような痛みが腹を襲ったが、不思議と足が止まることはなかった。
階段を降って駅を出ると、一年前と代わり映えのしない街の景色が視界に広がった。小さなロータリーの真ん中には、古びた時計台が立てられている。時刻は八時十五分。ホームルームが始まる十五分前だ。
時計台を横目にパチンコ屋と古着屋の間を抜けて、コンビニを前に右折する。右手に見えるカプセルホテルから、眠たげな男女二人が出て行った。
ホテルを通り過ぎると、大きな十字路に当たる。同じ制服に身を包んだ人たちが、信号が変わるのを待っていた。十五人ほどいるものの、その中に知り合いはいない。
青になるまでの間にも、信号待ちの学生は増えていく。隣で足を止めた女子生徒を一瞥して、知り合いかどうかを確かめた。幸いにも、去年のクラスメイトではないみたいだ。
鳥の鳴き声にも似た電子音が鳴って、信号機が切り替わった。待っていた学生たちが一斉に足を動かして、横断歩道を渡る。
信号の先の通りには、数え切れないほどの学生たちがいた。誰もが自分や隣を歩く友だちのことで手一杯なようで、僕を気にかける人は一人もいない。
この一本道をしばらく歩くと、学校の屋上が見えてくる。周囲にある建物はほとんどがアパートと一軒家で、店はラーメン屋とインド料理屋しかない。店先では、黒人男性が黄色いエプロンを下げて客引きをしている。声をかけられた学生たちは、鬱陶しそうに顔を歪めて通り過ぎて行った。
広い道の端っこで、影に隠れるように道を進む。聞いている音楽の歌詞がわからなくなるくらい、僕の神経は周りの学生たちに向けられていた。
不登校だった僕を見たら、去年のクラスメイトたちはどんな反応をするのだろうか。
悪気もなく身勝手な言葉をかけて、僕を外に笑い合うかもしれない。もしくは、哀れみの目を向けて、ひそひそと噂話をする可能性だってある。
考えているだけでも、不安は大きくなっていく。誰かの笑い声が聞こえるたびに、身を震わせて足を止めた。森の中に迷い込んで、一人で歩き回っている気分だ。
同じ学校の生徒に何度も追い抜かれながらも、どうにか高校に到着した。そろそろ八時三十分になるので、ジャージを着た男性が校門の前で仁王立ちをしている。生活指導の先生だろう。遅刻をすると反省文を書かされるらしい。
校門を抜けて、伏し目がちに先生に頭を下げる。僕のことを詳しく知らない先生は、声を張って「おはよう、もっと余裕を持って来なさい」と言った。
「……はい」
歩みを止めずに、小さく返事をする。先生に言葉をかけられたことよりも、誰かに見られてしまうことが怖い。僕たちのやり取りを見た女子生徒が、笑いながら足早に校舎へと向かっていく。彼女らの足取りは、僕よりも断然早い。
低い階段を二段上がり、昇降口に入る。新学年になって一度も登校していなかったので、自分のクラスがどこかわからない。学年ごとに纏まった下駄箱の中から、自分の名前を探し出さなければならなかった。
「……あった」
幸いにも、『斎藤和之(さいとうかずゆき)』という名前はすぐに見つかった。
H組みたいだ。自分の下駄箱だけやたらと綺麗に思える。
ローファーをしまって上履きに履き替え、クラスへと向かう。生徒たちの騒ぎ声や校舎の匂いがとても懐かしい。去年の春頃、まだ学生生活に希望を抱いていた僕は、この喧騒に心躍らせていた。
中庭が見えるガラス扉の手前で右折すると、二階へと続く質素な階段が見える。スカートの下にジャージを履いた女子生徒が、誰かの名前を呼びながら勢いよく階段を駆け上がっていった。
フロアごとに学年が分けられているため、二年生のクラスは二回階にあるはずだ。なるべく音を立てないように、つま先を器用に使って階段を上る。踊り場に設けられた窓から、太陽の光が差し込んで僕の影を映した。
階段を一段上がるごとに、緊張感が増していく。
教室に入る僕を見て、クラスメイトはどんな反応を示すのだろう。嘲笑ったり、小声で噂をしたりと、様々な様子が想像できる。いずれにしても、僕の席とクラスメイトの席の間には、大きな境界線が引かれてしまうはずだ。
音楽に意識を集中させて、生徒たちの影を追うように歩いた。
足取りが重い。
この階段も、あの改札やトイレの個室も、すべてがトラウマになっている。二週間前の記憶が蘇り、踵を返して家に帰りたくなった。
自分でも、何をしているのかわからない。まるで誰かに操られているみたいに、感情に反して身体が学校を目指している。刺さるような痛みが腹を襲ったが、不思議と足が止まることはなかった。
階段を降って駅を出ると、一年前と代わり映えのしない街の景色が視界に広がった。小さなロータリーの真ん中には、古びた時計台が立てられている。時刻は八時十五分。ホームルームが始まる十五分前だ。
時計台を横目にパチンコ屋と古着屋の間を抜けて、コンビニを前に右折する。右手に見えるカプセルホテルから、眠たげな男女二人が出て行った。
ホテルを通り過ぎると、大きな十字路に当たる。同じ制服に身を包んだ人たちが、信号が変わるのを待っていた。十五人ほどいるものの、その中に知り合いはいない。
青になるまでの間にも、信号待ちの学生は増えていく。隣で足を止めた女子生徒を一瞥して、知り合いかどうかを確かめた。幸いにも、去年のクラスメイトではないみたいだ。
鳥の鳴き声にも似た電子音が鳴って、信号機が切り替わった。待っていた学生たちが一斉に足を動かして、横断歩道を渡る。
信号の先の通りには、数え切れないほどの学生たちがいた。誰もが自分や隣を歩く友だちのことで手一杯なようで、僕を気にかける人は一人もいない。
この一本道をしばらく歩くと、学校の屋上が見えてくる。周囲にある建物はほとんどがアパートと一軒家で、店はラーメン屋とインド料理屋しかない。店先では、黒人男性が黄色いエプロンを下げて客引きをしている。声をかけられた学生たちは、鬱陶しそうに顔を歪めて通り過ぎて行った。
広い道の端っこで、影に隠れるように道を進む。聞いている音楽の歌詞がわからなくなるくらい、僕の神経は周りの学生たちに向けられていた。
不登校だった僕を見たら、去年のクラスメイトたちはどんな反応をするのだろうか。
悪気もなく身勝手な言葉をかけて、僕を外に笑い合うかもしれない。もしくは、哀れみの目を向けて、ひそひそと噂話をする可能性だってある。
考えているだけでも、不安は大きくなっていく。誰かの笑い声が聞こえるたびに、身を震わせて足を止めた。森の中に迷い込んで、一人で歩き回っている気分だ。
同じ学校の生徒に何度も追い抜かれながらも、どうにか高校に到着した。そろそろ八時三十分になるので、ジャージを着た男性が校門の前で仁王立ちをしている。生活指導の先生だろう。遅刻をすると反省文を書かされるらしい。
校門を抜けて、伏し目がちに先生に頭を下げる。僕のことを詳しく知らない先生は、声を張って「おはよう、もっと余裕を持って来なさい」と言った。
「……はい」
歩みを止めずに、小さく返事をする。先生に言葉をかけられたことよりも、誰かに見られてしまうことが怖い。僕たちのやり取りを見た女子生徒が、笑いながら足早に校舎へと向かっていく。彼女らの足取りは、僕よりも断然早い。
低い階段を二段上がり、昇降口に入る。新学年になって一度も登校していなかったので、自分のクラスがどこかわからない。学年ごとに纏まった下駄箱の中から、自分の名前を探し出さなければならなかった。
「……あった」
幸いにも、『斎藤和之(さいとうかずゆき)』という名前はすぐに見つかった。
H組みたいだ。自分の下駄箱だけやたらと綺麗に思える。
ローファーをしまって上履きに履き替え、クラスへと向かう。生徒たちの騒ぎ声や校舎の匂いがとても懐かしい。去年の春頃、まだ学生生活に希望を抱いていた僕は、この喧騒に心躍らせていた。
中庭が見えるガラス扉の手前で右折すると、二階へと続く質素な階段が見える。スカートの下にジャージを履いた女子生徒が、誰かの名前を呼びながら勢いよく階段を駆け上がっていった。
フロアごとに学年が分けられているため、二年生のクラスは二回階にあるはずだ。なるべく音を立てないように、つま先を器用に使って階段を上る。踊り場に設けられた窓から、太陽の光が差し込んで僕の影を映した。
階段を一段上がるごとに、緊張感が増していく。
教室に入る僕を見て、クラスメイトはどんな反応を示すのだろう。嘲笑ったり、小声で噂をしたりと、様々な様子が想像できる。いずれにしても、僕の席とクラスメイトの席の間には、大きな境界線が引かれてしまうはずだ。
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