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謎の女性
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階段を数段降り、端によってリュックを下ろす。漫画をしまって、ポケットからスマートフォンを取り出した。
SNSを開いて、『サイン会、緊張したけど楽しかった』と投稿する。画面越しで繋がっていた誰かも同じサイン会に参加していたようだが、顔まではわからなかった。
「……斎藤(さいとう)くん?」
自分と同じ名前が呼ばれて、僕はチラリと声の先を見た。
「やっぱり……斎藤くんだ」
階段の先からこちらを見上げている女性が、鎖骨にかかった髪の毛を揺らして大きく手を振っている。
僕の一つ前に、先生にサインをしてもらっていた女性だ。身長こそあまり高くはなかったが、小さな顔や細い手足のおかげでスタイルはとても良く見える。日よけのための麦わら帽子は、小顔の彼女によく似合っていた。
「えっと……」
何が起こっているのか理解できず、困惑していた。そんな僕など素知らぬ顔で、女性はヒールを鳴らしながら階段を登っている。
「私のこと覚えてない?」
一段(いちだん)下に立ち、麦わら帽子のツバを掴んで大きな瞳を見せた。
誰ですか、なんて聞いたら失礼だろう。習い事は学習塾しかやったことがないので、接点があるとすれば学校だけだ。幼稚園から高校までのどこかで、彼女と知り合っているのかもしれない。
「覚えてないか」
「……ごめんなさい」
必死に記憶を辿っても彼女の姿を見つけることができず、白旗をあげて謝罪の言葉を口にした。
「まあ、しょうがないよね」
女性がため息をついて、麦わら帽子を深く被った。
「ナノくん、お待たせ」
ハルカさんが階段を降りて、僕の隣に立つ。漫画を持っている手は、赤くなって汗を掻いていた。
「斎藤くんの友達?」
「え、えっと……」
言葉を詰まらせながら、首を縦に振って女性に返事をする。ハルカさんは女性と目を合わせると、微笑を浮かべて頭を下げた。
「……そっか、良かった」
女性は足元を見たまま呟くと、背を向けて階段を下っていった。足を踏み外さないように、一段ずつ慎重に歩を進めている。
「じゃあね」
階段を降り終えると、女性は立ち止まって細く真っ白な腕をあげた。
六階のCDコーナーに用があるのか、エレベーターには乗らずに店の奥に進んでいく。売り場に着くと、二度とこちらに視線を向けることはなかった。
「知り合い?」
足を進めながら、ハルカさんが聞いた。
「わからないんですよね」
「どういうこと?」
「あの人はそう言ってたんですけど……誰だか全然思い出せなくて……」
六階に降りて、階段から離れてエレベーターのボタンを押す。落ち着いて記憶を遡っても、やはり女性の存在は確認できない。
「……多分、小学生の頃のクラスメイトとかだと思います」
それ以外に、女性との接点などない。小学生の頃の記憶にあの女性の姿はなかったが、そう解釈する以外に選択肢はなかった。
SNSを開いて、『サイン会、緊張したけど楽しかった』と投稿する。画面越しで繋がっていた誰かも同じサイン会に参加していたようだが、顔まではわからなかった。
「……斎藤(さいとう)くん?」
自分と同じ名前が呼ばれて、僕はチラリと声の先を見た。
「やっぱり……斎藤くんだ」
階段の先からこちらを見上げている女性が、鎖骨にかかった髪の毛を揺らして大きく手を振っている。
僕の一つ前に、先生にサインをしてもらっていた女性だ。身長こそあまり高くはなかったが、小さな顔や細い手足のおかげでスタイルはとても良く見える。日よけのための麦わら帽子は、小顔の彼女によく似合っていた。
「えっと……」
何が起こっているのか理解できず、困惑していた。そんな僕など素知らぬ顔で、女性はヒールを鳴らしながら階段を登っている。
「私のこと覚えてない?」
一段(いちだん)下に立ち、麦わら帽子のツバを掴んで大きな瞳を見せた。
誰ですか、なんて聞いたら失礼だろう。習い事は学習塾しかやったことがないので、接点があるとすれば学校だけだ。幼稚園から高校までのどこかで、彼女と知り合っているのかもしれない。
「覚えてないか」
「……ごめんなさい」
必死に記憶を辿っても彼女の姿を見つけることができず、白旗をあげて謝罪の言葉を口にした。
「まあ、しょうがないよね」
女性がため息をついて、麦わら帽子を深く被った。
「ナノくん、お待たせ」
ハルカさんが階段を降りて、僕の隣に立つ。漫画を持っている手は、赤くなって汗を掻いていた。
「斎藤くんの友達?」
「え、えっと……」
言葉を詰まらせながら、首を縦に振って女性に返事をする。ハルカさんは女性と目を合わせると、微笑を浮かべて頭を下げた。
「……そっか、良かった」
女性は足元を見たまま呟くと、背を向けて階段を下っていった。足を踏み外さないように、一段ずつ慎重に歩を進めている。
「じゃあね」
階段を降り終えると、女性は立ち止まって細く真っ白な腕をあげた。
六階のCDコーナーに用があるのか、エレベーターには乗らずに店の奥に進んでいく。売り場に着くと、二度とこちらに視線を向けることはなかった。
「知り合い?」
足を進めながら、ハルカさんが聞いた。
「わからないんですよね」
「どういうこと?」
「あの人はそう言ってたんですけど……誰だか全然思い出せなくて……」
六階に降りて、階段から離れてエレベーターのボタンを押す。落ち着いて記憶を遡っても、やはり女性の存在は確認できない。
「……多分、小学生の頃のクラスメイトとかだと思います」
それ以外に、女性との接点などない。小学生の頃の記憶にあの女性の姿はなかったが、そう解釈する以外に選択肢はなかった。
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