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理想像

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ハルカさんがSNSに現れたのは、仕事から帰ってきた母さんが眠りに就いた後だった。
 
サイン会の抽選は無事二人とも当選した。喜ぶハルカさんの投稿を見て、祝いの言葉とともにサイン会の同行を提案した。
 
二つ返事で了承され、日曜日の予定がすぐに決まった。一時から始まるサイン会に遅れないように、余裕を持って三十分前に秋葉原に集まる予定だ。集合場所は昨日と同じで、改札前となった。
 
アニメや漫画の話もせずに、ハルカさんとの会話を切り上げた。借りた漫画の話をしたい気持ちはあったが、まだ二巻までしか読めていない。それに、ハルカさんの一番好きな漫画なので、表情を見ながら話したいという思いもあった。
 
ハルカさんの当選がわかって、不必要な肩の荷が下りた。
 
ベッドに横たわって、真っ白な天井を見つめる。頭の中は、ハルカさんのことと今朝のことでいっぱいになっていた。

「……ハルカさんが同じクラスにいたら、変わっていたのかな」
 
帰路に着いてから、ずっとずっと考えていた。もし去年のクラスにハルカさんがいたのならば、僕はイジメを受けることもなく、趣味を共有できる友だちと青春を謳歌できたのだろうかと。
 
同じ制服を着て、同じ授業を受ける姿を想像していると、ふとした疑問が浮かび上がった。
 
学生時代のハルカさんは、いったいどんな人だったのだろうか?
 
五年前とはいえ、顔つきや身長はそれほど変わらないだろう。騒がしい人ではないが、あの性格は誰にだって受け入れられるはずだ。
 
知的なクラスの兄貴分的な立ち位置で、たくさんの人に頼りにされていたに違いない。
 
想像の中にいる学生時代のハルカさんは、僕とは正反対の人物だった。影で趣味を楽しむ僕とは違っていて、その場にいること自体に意味があるような、そんな人物だ。
 
ハルカさんの周りには、男女問わず様々な人たちがいたのだろう。話せば笑いが起こり、涙を浮かべれば誰もが同情する。そうやって周囲の優しさに触れて生きてきたのだろう。
 
優しさの正体を知っているからこそ、ハルカさんは誰よりも真面目で正義感の強い性格になったに違いない。心の育みようは、他人から与えられた幸せに比例して大きくなるのだと、僕はずっと思っている。
 
そんなハルカさんをとても羨ましく思えたが、同じくらい尊敬してもいた。僕にないものすべてを持っているハルカさんは、自分の中にあった人間の理想像に限りなく近い。
 
嫉妬を超えて憧れにたどり着いてしまった存在は、とても厄介だ。
 
自分の小ささを受け入れつつも、いずれ訪れる変化に期待をしてしまう。生まれ持った弊害の先にある世界が、どれほど美しく尊いものであるのかを実感させてくれる。
 
冷静になった今ならば、学校に行こうと考えた理由がわかった。僕は無意識のうちに、大きく頼り甲斐のあるハルカさんの背中を追いかけていたのだ。
「いつか……あの人と一緒にいれば変われるのかな……」
 
目の前に広がった問題を解く手段は、現時点での僕にはわからない。
 
それでも、ハルカさんと会話を交わすたびに、暗くなった心が晴れていくことだけは知っている。

「……ちゃんと受け答えをしてくれる人」
 
その存在かどうか証明する手段も思い出もなかったが、ハルカさんと出会った後の僕は、様々な問題に少しだけ立ち向かうようになっていた。
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