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通学路

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脳に突き刺さるような目覚ましの音に引っ張られて、夢の世界から現実に戻された。手を伸ばして鬱陶しい音を止め、寝惚け眼を擦ってグーっと腕を伸ばす。

「なんでこんな時間に起きたんだろう」
 
時計の針は、いつもより五時間も前を差している。朝のニュース番組が天気予報を伝えているくらいの時間だ。
 
部屋の中に太陽の光が差し込んで、一日の始まりを示している。
 
一年以上前までは、この時間に目を覚ますことが普通だった。顔を洗って歯を磨き、朝食を食べて学校へと向かった日々が思い出される。当時、入学したばかりの僕はまだ学生生活に期待と希望を抱いており、電車に乗ることが、下駄箱にローファーを入れることが、クラスの扉を超えることが、青く見えていた。

「……寝直そう」
 
肌掛け布団に身体を潜り込ませて、再び目を閉じる。
 
しばらくの間、じっとして意識が遠のいていくのを待ったが、寝ようとすればするほど夢からは遠のいていった。
 
窓の先から聞こえる鳩の鳴き声がとても耳障りに思える。
 
心地良い態勢を見つけることができず、モゾモゾと身体を動かしていた。枕の下に入った腕の位置や顔の向き、重ね合わせた両足など、すべてに違和感を覚えている。
 
嫌いな教科の授業を受けているみたいに、時間が経つのが遅く感じられた。時折、目を開いて時間を確認してみても、一、二分くらいしか経過していない。

「……ダメだ」
 
遂には、瞼に力が入ってしまい、普段どうやって眠りに就いていたのかがわからなくなった。これでは、ただベッドに入って時間を無駄にしているだけだ。
 
その原因は、自分でもなんとなくわかっていた。そして、その正体を認めようとしない自分がいるのも知っていた。
 
漫画に影響されたのか、それともハルカさんの言葉が忘れられなかったせいか、明確な理由ははっきりとしていない。けれども、昨日の夜からずっと、脳の片隅に『学校』という言葉が転がっていた。
 
目を開き、大きくため息を吐く。
 
皮肉にも、喉を通り抜けた透き通る風が美味しく思えた。
 
気がつけば僕は、意図せずに身体を起こしてベッドから出ていた。勉強机の横にかけられた通学カバンから目が離せない。
 
漫画のような学生生活が送れるとは、けっして思っていない。囁かれた陰口を回想するだけでズキズキと頭が痛んだ。
 
それでも、身体は動きを止めることがなかった。時計を見ながら朝食を食べて、家を出る準備をする。二年次の教科書を持っていないため、カバンの中身はほとんど空っぽだ。
 
制服を身に纏い、通学カバンを手に持って玄関の扉を開く。眩しい朝日が降り注ぎ、緩やかな風が通学路へと僕を誘う。足取りは軽くなかったが、何故だか気持ちは開放的だった。
 
自転車を走らせマンションを後にして、高架下沿いを真っ直ぐに進む。タイヤが小石を乗り上げて、前のかごがガタンと揺れた。軽いカバンが大きく跳ねる。
 
母さんがアルバイトをしているコンビニの前を通り過ぎた。店の中に姿が見えなかったので、今日は違う場所で働いているのだろう。朝はバイトで、夜は割りのいい仕事をしているらしかった。
 
行動と心情は、水と油のように二つに分かれている。思い出されるのは嫌な記憶ばかりなのに、学校へ行こうという思いが芽生えていた。
 
高架下の駐輪場に自転車を停めて、カバンを肩にかけて駅へと向かう。人々が足早に歩く駅前の景色は、僕にとってはとても懐かしくて斬新なものだ。
 
定期の期限がとっくに切れているため、ICカードに金をチャージしなければならなかった。スーツを着た男性の後ろに並んで、自分の順番が来るのを待った。
 
美容クリニックの看板を横目に、改札を通ってホームに向かう。ホームは昨夜の状態とは打って変わって、夏服を身にまとった高校生が列を作って電車を待っている。
 
ポケットからイヤホンを取り出して、スマートフォンと接続する。音楽アプリのライブラリに入っているのは、アニメやゲームの曲ばかりで流行りの邦楽洋楽は一つもない。
 
ゲームのBGMを聞き流しつつ、他の高校生の後ろに並ぶ。正面にいる高校生三人はどうやら友だち同士らしく、内容は聞こえなかったが会話をしていた。
 
一緒に登校できるくらいの友だちがいれば、僕も不登校になることはなかったかもしれない。過去の自分を嘲るように小さく笑って、点字ブロックに視線を落とした。
 
一歩引いて人間関係を作り上げたツケが回ってきたのだろう。相手に踏み込まずに完成した友情は、老朽化した壁のように脆くて薄い。小さな衝撃が加わるだけで、大きな穴が空き修復が不可能になる。学校にいるのは、友だちではなく共通の趣味を持ったクラスメイトだ。
 
聴いている音楽が終盤を迎えた時、屋根から吊るされた駅のランプが点滅した。イヤホンの先から、うっすらとアナウンスが聞こえてくる。 

警笛が鳴り響いて、電車が駅に入る。ゆっくりと速度を落としていき、僕たちの前に止まって扉を開いた。
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