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帰り道

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最寄りへ通じる電車に乗り込んだ頃には、太陽が落ちて空は真っ暗になった。東京を出てからは、空席ができるほど乗客が減っていた。
 
扉のガラスに左の手のひらを当てて、目まぐるしく変わる夜の景色を眺めている。緑のネットに囲われたゴルフ場が、遠くの方で光を放っていた。
 
電車が揺れるたびに、漫画が入ったレジ袋が壁にぶつかって音を立てる。この作品を読むことを、これほど心待ちにしたのは一体いつぶりだろうか。
 
幸いにも、店に駆け込み売り場にたどり着いた時、漫画は三冊残っていた。予約にキャンセルが出たようで、運よくそれが棚に並べられていた。
 
サイン会の抽選結果は、明日の午後に公式サイトで発表されるらしい。店の一角で応募用紙に住所や名前を記入している時、脳裏にちらついたのはハルカさんの顔だった。
 
SNSを開くと、ハルカさんの投稿が目に入った。秋葉原観光の思い出を綴った文章に、購入したグッズや漫画の画像が添えられている。数人のユーザーが、その投稿に反応を示していた。
 
投稿を読んでいると、秋葉原で過ごした数時間の記憶が蘇った。投稿された文章の一文一文が、自分の思い出と重なり合って心地が良い。本当にハルカさんと半日を過ごしたのだと、改めて実感することができる。
 
電車が止まって、目の前の扉が開く。暖かい風が車内に吹き込んで、伸びきった僕の髪の毛を小さく揺らす。かき分けた前髪が崩れて、目頭にかかった。
 
まるで魔法が解けたみたいだ。
 
秋葉原巡りをしている時、自然と前髪を直していた。今では、視界を覆う前髪が少しだけ鬱陶しく感じられる。ひらけた視界も悪くないのだと気付けたのも、ハルカさんのおかげだった。
 
一日の間に、僕の価値観は大きく変化した。
 
人と時間を過ごすことへの抵抗が少しだけ無くなって、その分、何が楽しいのかがわかった。それはハルカさんに対してのみの感情かもしれなかったが、それでも僕にとっては大きな発見だった。
 
電車の扉が閉まって、再び動き出す。小さな揺れが起こり、僕は背伸びをして咄嗟につり革を掴んだ。
 
ハルカさんならば、こんな惨めな格好をせずに握れるのだろう。肘を上げて、頭よりも少し高い位置でつり革を掴む姿が容易に想像できた。
 
妬みなどの気持ちはなかったが、あのスラリとしたスタイルは少しだけ羨ましかった。その対とも言える僕の身長は、人の目を悪い意味で惹きつける。
 
背が高ければ、自分に自信を持てたかもしれない。
 
背が高ければ、少しは明るい性格になれたかもしれない。
 
自分に付き纏うマイナスな出来事すべてを身長と結びつけてしまう。本当は関係ないとわかっていても、冷静さを欠くたびに身長が悪いのだと自分に言い聞かせていた。
 
コンプレックスは、受け入れれば受け入れるほど厄介な存在だ。肯定してくれる誰かが現れない限り足を引っ張り続ける。
 
僕には、自己を肯定できるほどの長所がない。慰めの言葉も小さな成功も、十数年間引きずっているコンプレックスの前では無力だ。
 
大きくため息をつき、ハルカさんとの身長差を思い浮かべる。
 
頭二つ分離れた二人の後ろ姿は年の離れた兄弟か、もしくは年の近い親子だろう。どちらにせよ、歳が近い友だち同士には見えない。
 
つま先に力を入れてつり革を掴んでいると、電車は減速を始めて駅に入る準備を開始した。窓の外に広がるのは、見飽きた景色と何度も行ったデパートだ。
 
電車が停車して、聞き飽きたアナウンスとともに扉が開く。ホームには、向かいの電車を待っている人たちがポツポツといたが、やはり東京と比べるとその数は少ない。聞こえるのは、一日の疲れを顔に貼り付けて帰路につく人たちの足音ばかりだ。
 
電車を降りると、ドッと疲れが襲ってきた。メイドカフェを出てから何も口にしていなかったので腹も減っている。昨夜、全く寝付けなかったせいで瞼も重い。
 
眠気と空腹が同時に襲いかかって、倒れそうだった。階段を降ることや自転車に跨ることが、こんなにも辛く面倒なことだと感じたのは初めてだ。
 
それでも、借りた漫画のことなどを思い浮かべると力が湧いた。ハルカさんの好きな漫画の内容はどんなのものなのかと考えると、不思議と眠気は薄れていった。
 
まだ十時にもなっていないのに、家の電気は全て落とされていた。早朝に起きて仕事に向かう母さんは、就寝する時間も早い。僕が引きこもっていることもあって、丸一日顔を合わせないこともあった。
 
家の扉を開き、その足で自室に向かってリュックを下ろす。タンスからパジャマと下着を持って風呂場に向かい、早急に入浴を済ませる。漫画の内容が気になって、ゆっくりと風呂に入っていることなんてできなかった。
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