13 / 66
帰り道
しおりを挟む
最寄りへ通じる電車に乗り込んだ頃には、太陽が落ちて空は真っ暗になった。東京を出てからは、空席ができるほど乗客が減っていた。
扉のガラスに左の手のひらを当てて、目まぐるしく変わる夜の景色を眺めている。緑のネットに囲われたゴルフ場が、遠くの方で光を放っていた。
電車が揺れるたびに、漫画が入ったレジ袋が壁にぶつかって音を立てる。この作品を読むことを、これほど心待ちにしたのは一体いつぶりだろうか。
幸いにも、店に駆け込み売り場にたどり着いた時、漫画は三冊残っていた。予約にキャンセルが出たようで、運よくそれが棚に並べられていた。
サイン会の抽選結果は、明日の午後に公式サイトで発表されるらしい。店の一角で応募用紙に住所や名前を記入している時、脳裏にちらついたのはハルカさんの顔だった。
SNSを開くと、ハルカさんの投稿が目に入った。秋葉原観光の思い出を綴った文章に、購入したグッズや漫画の画像が添えられている。数人のユーザーが、その投稿に反応を示していた。
投稿を読んでいると、秋葉原で過ごした数時間の記憶が蘇った。投稿された文章の一文一文が、自分の思い出と重なり合って心地が良い。本当にハルカさんと半日を過ごしたのだと、改めて実感することができる。
電車が止まって、目の前の扉が開く。暖かい風が車内に吹き込んで、伸びきった僕の髪の毛を小さく揺らす。かき分けた前髪が崩れて、目頭にかかった。
まるで魔法が解けたみたいだ。
秋葉原巡りをしている時、自然と前髪を直していた。今では、視界を覆う前髪が少しだけ鬱陶しく感じられる。ひらけた視界も悪くないのだと気付けたのも、ハルカさんのおかげだった。
一日の間に、僕の価値観は大きく変化した。
人と時間を過ごすことへの抵抗が少しだけ無くなって、その分、何が楽しいのかがわかった。それはハルカさんに対してのみの感情かもしれなかったが、それでも僕にとっては大きな発見だった。
電車の扉が閉まって、再び動き出す。小さな揺れが起こり、僕は背伸びをして咄嗟につり革を掴んだ。
ハルカさんならば、こんな惨めな格好をせずに握れるのだろう。肘を上げて、頭よりも少し高い位置でつり革を掴む姿が容易に想像できた。
妬みなどの気持ちはなかったが、あのスラリとしたスタイルは少しだけ羨ましかった。その対とも言える僕の身長は、人の目を悪い意味で惹きつける。
背が高ければ、自分に自信を持てたかもしれない。
背が高ければ、少しは明るい性格になれたかもしれない。
自分に付き纏うマイナスな出来事すべてを身長と結びつけてしまう。本当は関係ないとわかっていても、冷静さを欠くたびに身長が悪いのだと自分に言い聞かせていた。
コンプレックスは、受け入れれば受け入れるほど厄介な存在だ。肯定してくれる誰かが現れない限り足を引っ張り続ける。
僕には、自己を肯定できるほどの長所がない。慰めの言葉も小さな成功も、十数年間引きずっているコンプレックスの前では無力だ。
大きくため息をつき、ハルカさんとの身長差を思い浮かべる。
頭二つ分離れた二人の後ろ姿は年の離れた兄弟か、もしくは年の近い親子だろう。どちらにせよ、歳が近い友だち同士には見えない。
つま先に力を入れてつり革を掴んでいると、電車は減速を始めて駅に入る準備を開始した。窓の外に広がるのは、見飽きた景色と何度も行ったデパートだ。
電車が停車して、聞き飽きたアナウンスとともに扉が開く。ホームには、向かいの電車を待っている人たちがポツポツといたが、やはり東京と比べるとその数は少ない。聞こえるのは、一日の疲れを顔に貼り付けて帰路につく人たちの足音ばかりだ。
電車を降りると、ドッと疲れが襲ってきた。メイドカフェを出てから何も口にしていなかったので腹も減っている。昨夜、全く寝付けなかったせいで瞼も重い。
眠気と空腹が同時に襲いかかって、倒れそうだった。階段を降ることや自転車に跨ることが、こんなにも辛く面倒なことだと感じたのは初めてだ。
それでも、借りた漫画のことなどを思い浮かべると力が湧いた。ハルカさんの好きな漫画の内容はどんなのものなのかと考えると、不思議と眠気は薄れていった。
まだ十時にもなっていないのに、家の電気は全て落とされていた。早朝に起きて仕事に向かう母さんは、就寝する時間も早い。僕が引きこもっていることもあって、丸一日顔を合わせないこともあった。
家の扉を開き、その足で自室に向かってリュックを下ろす。タンスからパジャマと下着を持って風呂場に向かい、早急に入浴を済ませる。漫画の内容が気になって、ゆっくりと風呂に入っていることなんてできなかった。
扉のガラスに左の手のひらを当てて、目まぐるしく変わる夜の景色を眺めている。緑のネットに囲われたゴルフ場が、遠くの方で光を放っていた。
電車が揺れるたびに、漫画が入ったレジ袋が壁にぶつかって音を立てる。この作品を読むことを、これほど心待ちにしたのは一体いつぶりだろうか。
幸いにも、店に駆け込み売り場にたどり着いた時、漫画は三冊残っていた。予約にキャンセルが出たようで、運よくそれが棚に並べられていた。
サイン会の抽選結果は、明日の午後に公式サイトで発表されるらしい。店の一角で応募用紙に住所や名前を記入している時、脳裏にちらついたのはハルカさんの顔だった。
SNSを開くと、ハルカさんの投稿が目に入った。秋葉原観光の思い出を綴った文章に、購入したグッズや漫画の画像が添えられている。数人のユーザーが、その投稿に反応を示していた。
投稿を読んでいると、秋葉原で過ごした数時間の記憶が蘇った。投稿された文章の一文一文が、自分の思い出と重なり合って心地が良い。本当にハルカさんと半日を過ごしたのだと、改めて実感することができる。
電車が止まって、目の前の扉が開く。暖かい風が車内に吹き込んで、伸びきった僕の髪の毛を小さく揺らす。かき分けた前髪が崩れて、目頭にかかった。
まるで魔法が解けたみたいだ。
秋葉原巡りをしている時、自然と前髪を直していた。今では、視界を覆う前髪が少しだけ鬱陶しく感じられる。ひらけた視界も悪くないのだと気付けたのも、ハルカさんのおかげだった。
一日の間に、僕の価値観は大きく変化した。
人と時間を過ごすことへの抵抗が少しだけ無くなって、その分、何が楽しいのかがわかった。それはハルカさんに対してのみの感情かもしれなかったが、それでも僕にとっては大きな発見だった。
電車の扉が閉まって、再び動き出す。小さな揺れが起こり、僕は背伸びをして咄嗟につり革を掴んだ。
ハルカさんならば、こんな惨めな格好をせずに握れるのだろう。肘を上げて、頭よりも少し高い位置でつり革を掴む姿が容易に想像できた。
妬みなどの気持ちはなかったが、あのスラリとしたスタイルは少しだけ羨ましかった。その対とも言える僕の身長は、人の目を悪い意味で惹きつける。
背が高ければ、自分に自信を持てたかもしれない。
背が高ければ、少しは明るい性格になれたかもしれない。
自分に付き纏うマイナスな出来事すべてを身長と結びつけてしまう。本当は関係ないとわかっていても、冷静さを欠くたびに身長が悪いのだと自分に言い聞かせていた。
コンプレックスは、受け入れれば受け入れるほど厄介な存在だ。肯定してくれる誰かが現れない限り足を引っ張り続ける。
僕には、自己を肯定できるほどの長所がない。慰めの言葉も小さな成功も、十数年間引きずっているコンプレックスの前では無力だ。
大きくため息をつき、ハルカさんとの身長差を思い浮かべる。
頭二つ分離れた二人の後ろ姿は年の離れた兄弟か、もしくは年の近い親子だろう。どちらにせよ、歳が近い友だち同士には見えない。
つま先に力を入れてつり革を掴んでいると、電車は減速を始めて駅に入る準備を開始した。窓の外に広がるのは、見飽きた景色と何度も行ったデパートだ。
電車が停車して、聞き飽きたアナウンスとともに扉が開く。ホームには、向かいの電車を待っている人たちがポツポツといたが、やはり東京と比べるとその数は少ない。聞こえるのは、一日の疲れを顔に貼り付けて帰路につく人たちの足音ばかりだ。
電車を降りると、ドッと疲れが襲ってきた。メイドカフェを出てから何も口にしていなかったので腹も減っている。昨夜、全く寝付けなかったせいで瞼も重い。
眠気と空腹が同時に襲いかかって、倒れそうだった。階段を降ることや自転車に跨ることが、こんなにも辛く面倒なことだと感じたのは初めてだ。
それでも、借りた漫画のことなどを思い浮かべると力が湧いた。ハルカさんの好きな漫画の内容はどんなのものなのかと考えると、不思議と眠気は薄れていった。
まだ十時にもなっていないのに、家の電気は全て落とされていた。早朝に起きて仕事に向かう母さんは、就寝する時間も早い。僕が引きこもっていることもあって、丸一日顔を合わせないこともあった。
家の扉を開き、その足で自室に向かってリュックを下ろす。タンスからパジャマと下着を持って風呂場に向かい、早急に入浴を済ませる。漫画の内容が気になって、ゆっくりと風呂に入っていることなんてできなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ
みずがめ
恋愛
俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。
そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。
渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。
桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。
俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。
……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。
これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。
日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。
ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。
人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。
そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。
太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。
青春インターネットラブコメ! ここに開幕!
※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
玖羽 望月
恋愛
親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。
なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。
そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。
が、それがすでに間違いの始まりだった。
鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才
何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。
皆上 龍【みなかみ りょう】 33才
自分で一から始めた会社の社長。
作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。
初出はエブリスタにて。
2023.4.24〜2023.8.9
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる