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優しさ
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「ナノくんは優しいね」
「優しい?」
なぜ優しいと言われたのかわからず、僕は小さく首を捻った。
「ナノくんさ」
座り直しながらそう言って、両肘を机につき重ねた手の上に顎を置いた。
「今、楽しい?」
「楽しいですよ……とても……」
弱々しく言ってしまったものの、その言葉は取り繕ったものではない。質問への答えは、半ば脊髄反射のように喉の奥から飛び出ていった。
「そっか、なら良かったよ」
ハルカさんは微笑んでそう呟いた。
「……いやね、ちょっと心配してたんだ」
直接「どうしてですか」とは聞けなかったものの、そういった感情が表情に出てしまっていたのだろう。ハルカさんは顔の前で小刻みに手を振って、「深い意味はないんだ、ごめんね」と付け加えた。
「俺さ、今のナノくんの気持ちがすごくわかる」
ハルカさんのその言葉に込められた想いは、僕をしっかりと捉えた瞳が物語っていた。
「理想の形はわかっていて、それでも大きな弊害のせいでそこに向かうことができない。漠然とした不安や見えない相手と戦うことは、そう簡単なことじゃないと思うよ」
淡々と語られるセリフは、つかみ所がないものだったが、自分と重ね合わせることで理解できる部分もあった。一年ほど引きずっている心情を見透かされた気分だ。
「それでも、どこかで自然と解決されることを願っている。感情に反して、意思はまっすぐに進みたいと夢を見ることがある」
「……夢を見る」
復唱すると、胸がジワリと暑くなっていくのがわかった。
目を背けていたものが、じっくりと鮮明になっていく。クラスメイトの叫び声が、嘲笑でできた騒音が、突き刺さる哀れみの視線が、記憶の奥底から這い上がってきた。
「俺は、そんな気持ちを背負って生きていたよ」
ハルカさんはそう言って、スプーンを手にして残りのオムライスをすくった。店内に、皿とスプーンがぶつかり合う音が響く。
落ち着いた表情で語る姿を見て、秋葉原観光を計画した理由がわかった気がした。
きっと、僕を救うためだろう。パッと消えてしまう青春に悔いが残らないように、経験を生かして正しく導こうとしているように思える。
「あの」
言い淀んだとしても、口を閉じてはいけなかった。ここから逃げてしまうことは、ハルカさんを裏切ることになるからだ。
「……その時どうしましたか?」
僕の質問を聞いて、ハルカさんは嬉々とした表情を見せた。
「一人でもいいから、信用できる人を作る。この人なら何を言ってもちゃんと受け答えをしてくれる。そういう人を見つけるだけで、窮屈に感じなくなったかな」
「その人は……迷惑だって思わないんですか?」
「思わないよ。人間はそんなに冷たく作られてない」
ハルカさんが紙しぼりを手に取って、口元を拭う。そんな意味のない行動が、僕に大きな安心をもたらせた。
「ゆっくりで、自分のペースで進んでいけばいいんだ。我慢しないで、できることから解決していけばいずれは痛みだって引いていくよ」
一言一言が、じんわりと心に沁みていった。
苦い過去の記憶がはっきりと蘇っているのに、少しも辛いという気持ちはない。むしろ、彷徨い続けた暗がりの中で小さな光を見つけたようなほのかな温かさを感じていた。
「早く食べて秋葉原巡りでもしようか」
「……そうですね」
フォークを手に取り、残りを口に運ぶ。随分と時間が経っていたせいで、ハンバーグはすっかり冷めきっていた。
「優しい?」
なぜ優しいと言われたのかわからず、僕は小さく首を捻った。
「ナノくんさ」
座り直しながらそう言って、両肘を机につき重ねた手の上に顎を置いた。
「今、楽しい?」
「楽しいですよ……とても……」
弱々しく言ってしまったものの、その言葉は取り繕ったものではない。質問への答えは、半ば脊髄反射のように喉の奥から飛び出ていった。
「そっか、なら良かったよ」
ハルカさんは微笑んでそう呟いた。
「……いやね、ちょっと心配してたんだ」
直接「どうしてですか」とは聞けなかったものの、そういった感情が表情に出てしまっていたのだろう。ハルカさんは顔の前で小刻みに手を振って、「深い意味はないんだ、ごめんね」と付け加えた。
「俺さ、今のナノくんの気持ちがすごくわかる」
ハルカさんのその言葉に込められた想いは、僕をしっかりと捉えた瞳が物語っていた。
「理想の形はわかっていて、それでも大きな弊害のせいでそこに向かうことができない。漠然とした不安や見えない相手と戦うことは、そう簡単なことじゃないと思うよ」
淡々と語られるセリフは、つかみ所がないものだったが、自分と重ね合わせることで理解できる部分もあった。一年ほど引きずっている心情を見透かされた気分だ。
「それでも、どこかで自然と解決されることを願っている。感情に反して、意思はまっすぐに進みたいと夢を見ることがある」
「……夢を見る」
復唱すると、胸がジワリと暑くなっていくのがわかった。
目を背けていたものが、じっくりと鮮明になっていく。クラスメイトの叫び声が、嘲笑でできた騒音が、突き刺さる哀れみの視線が、記憶の奥底から這い上がってきた。
「俺は、そんな気持ちを背負って生きていたよ」
ハルカさんはそう言って、スプーンを手にして残りのオムライスをすくった。店内に、皿とスプーンがぶつかり合う音が響く。
落ち着いた表情で語る姿を見て、秋葉原観光を計画した理由がわかった気がした。
きっと、僕を救うためだろう。パッと消えてしまう青春に悔いが残らないように、経験を生かして正しく導こうとしているように思える。
「あの」
言い淀んだとしても、口を閉じてはいけなかった。ここから逃げてしまうことは、ハルカさんを裏切ることになるからだ。
「……その時どうしましたか?」
僕の質問を聞いて、ハルカさんは嬉々とした表情を見せた。
「一人でもいいから、信用できる人を作る。この人なら何を言ってもちゃんと受け答えをしてくれる。そういう人を見つけるだけで、窮屈に感じなくなったかな」
「その人は……迷惑だって思わないんですか?」
「思わないよ。人間はそんなに冷たく作られてない」
ハルカさんが紙しぼりを手に取って、口元を拭う。そんな意味のない行動が、僕に大きな安心をもたらせた。
「ゆっくりで、自分のペースで進んでいけばいいんだ。我慢しないで、できることから解決していけばいずれは痛みだって引いていくよ」
一言一言が、じんわりと心に沁みていった。
苦い過去の記憶がはっきりと蘇っているのに、少しも辛いという気持ちはない。むしろ、彷徨い続けた暗がりの中で小さな光を見つけたようなほのかな温かさを感じていた。
「早く食べて秋葉原巡りでもしようか」
「……そうですね」
フォークを手に取り、残りを口に運ぶ。随分と時間が経っていたせいで、ハンバーグはすっかり冷めきっていた。
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