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顔色

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趣味の話もせずに、淡々と料理を口にする。ハルカさんが手を止めて僕をチラリと見ることは何度かあったが、結局言葉が放たれることはなかった。
 
きっと、何か話したいことがあるに違いない。
 
昔から、誰かの顔色や機嫌を伺うが得意だった。親が怒っている時はもちろん、教室に入っただけでも、クラスメイトがどういった心情で会話を交わしているのかがすぐにわかった。目つきや口元、身体の動きなどが各々の気持ちを表現している。
 
だからこそ、中学生までは『優しい』と言われ続けていた。一定の距離感で人と会話をすることが得意だったからだ。
 
しかし、本当は手に取るように読み取れる他人の感情が怖くて仕方なかっただけだ。自分が必要とされていないことがわかると、畏縮して何もできなくなってしまう。相手の心情に踏み入ってしまうことに、嫌悪感と恐怖を覚えていた。
 
特別仲の良い友人ができなかったのも、その性格が影響しているのだろう。顔色を見て会話を交わすということは、自らの弱みを晒さないことにも繋がってくる。程よい距離感で話すと言うことは、深入った仲にもならないということだった。

「あの……」
 
心情や意思を読み取れても、結局、声をかけることはできなかった。居心地の悪さを殺して嵐が過ぎ去るのを待つことしかできず、いずれその場所に顔を出さなくなる。
 
そうやって、何人もの友だちを失ってきた。
 
人間関係の足を引っ張るのは、きまって中途半端な遠慮と見抜いた他人からの評価だ。

「どうしたの?」
 
視線を僕へと移して、ハルカさんが首を傾ける。

「いや、なんでもないです」

「そんなことないでしょ」

「……」
 
言葉が詰まってしまい、図星だったことが露わになった。
 
一度会話が途切れてしまうと、意識的に話題を探すようになって何も言えなくなる。口を結んだまま残ったハンバーグを見て、ハルカさんが言葉を発するのを待つしかない。

「なんでも聞くからさ、言ってみてよ」
 
グッと唇に力を込めて、言葉の出口に蓋をする。
 
寄り添った言葉をかけられても、簡単な一歩を踏み出す勇気が出せない。
 
気がつけば僕は、話を聞き出す側から聞き出される側になっていた。さらに口元に力を込めると、喉につっかえていた言葉は腹の底に沈んで消えてしまった。
 
僕たちはお互いに相手の言葉を待っていた。睨み合うことも微笑み合うこともせずに、無表情のまま口を閉じている。
 
壁に取り付けられた古時計が、秒針を動かして時間の経過を訴えている。その真下にいた二人組の男性は、食事を終えたのかリュックを背負って席を立った。
 
僕たち二人を置いて、時は進んで行く。どちらかが話さない限り、取り残された僕たちは時間に追いつくことはできないみたいだ。
 
このままでは、いつまで立っても埒が明かない。言いかけたことを伝えるまで、ハルカさんはいつまでも待ち続けるだろう。我が子を見守る親のように、嫌な顔一つせずに頬杖をついてこちらを見つめている。
 
その姿が新鮮で優しくて、僕は何度も口を開こうとした。その度に、ハルカさんも僕と目を合わせて顔を綻ばせた。嘘偽りなく自然に作られた笑顔を見ていると、ぴったりとくっついた唇が自然に離れていった。

「……ハルカさんが」
 
勢いで放った言葉を一度止め、大きく息を吸って気持ちを落ち着かせる。自分の背を押すように、心の中で五秒カウントを数えた。
 
カウントが、ゼロに向けてゆっくりと進んでいく。

「ハルカさんが、何か言いたそうにしてたから気になって」
 
チラと視線を上げ、表情を伺う。

僕の発言を聞いたハルカさんは、しばらくポカンとしていたが、やがて笑顔を取り戻して小刻みに頷いた。
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