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頭ひとつ分以上の差
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その作品は、サイン会が開かれるほど人気なものではなかった。月刊誌で連載しているもので、アニメ化などもまだしていない。グッズの量も少なく、SNSに投稿した感想に反応してくれる人は一人もいなかった。
「どこだろう」
棚の前に立って、作品を探す。
壁際に設けられた棚は、少女漫画などが売り出されていた棚よりも背が高く、数多くの漫画が並べられていた。
週刊誌の棚とは違って、こっちに置いてある作品は名前の知らないものばかりだ。小説原作のものや美少女が描かれたものなど、様々な種類の漫画がある。
低い所から順番に視線を巡らせていたが、なかなか目当てのものが見当たらない。
誰かが購入してしまった可能性が脳裏によぎる。それならば他の店で買えばいいのだが、それはそれで手間に思えてしまう。
「あった」
視線が棚の一番上に移った時、探していた本の背表紙が視界に入った。
きっちりと、一巻から最新刊まで売られている。とはいえその漫画は三巻までしか出版されていないので、揃っていても不思議ではない。
視線が、高い場所に置かれた本と足元の間を行き来する。合間合間で周囲を見回しても、三脚や踏み台は見当たらない。身長が低い僕には、大きな店で買い物をするのにもたくさんの不便が付き纏った。
手を伸ばして背伸びをしても、僕の身長では届きそうもない。
「どれ?」
ハルカさんが僕の肩をトンッと叩き、棚を見上げて聞く。
「取るよ」
「あれ、です」
腕を上げて指を差し、作品の題名を口にした。
細くて真っ白な手が伸びていき、漫画を掴む。背伸びをすることもなく、軽々と手に取る姿は、同性の僕が見ても惚れ惚れする仕草だった。
「どうぞ」
漫画を僕に差し出して、柔らかく笑う。
小さく会釈をして漫画を受け取ると、ハルカさんは「色々と大変だね」と呟いた。その言葉は皮肉や憐れみには聞こえず、むしろ寄り添ってくれるような暖かさを感じられた。
それぞれ買う漫画を手にした僕たちは、レジに並んで会計を済ませた。階段を降って人ごみをかき分け店を出ると、燦々とした太陽の光が頭に降り注いだ。
「暑いし、どこかお店入ろうか」
額に浮かべた汗を拭って、ハルカさんが提案した。腹に手を当てて、「今朝何も食べてないんだよね」と笑いながら付け加える。
「いいですね」
朝食を食べてきたので空腹ではなかったが、時間的にはいい頃合いだ。
「何か食べたいものある?」
「特には……」
「わかった。ちょっと探してみるね」
ハルカさんがポケットからスマートフォン取り出して、近場の飲食店を調べる。ファストフード店からファミリーレストランまで、大抵のものが揃っているみたいだ。
眉間にシワを寄せたまま、口元に手を当てて画面をスクロールしている。候補が多くて決まらないのか、それとも好みのものが見つからなかったのかはわからなかったが、指先が止まることはなかった。
「ならさ、ここに行ってみない?」
ハルカさんがスクロールを止めて指を差す。画面には、派手なドレスを着た女性が手でハートを作っている写真が映っていた。
「メイドカフェですか?」
「うん。嫌?」
「嫌ってことはないですけど……」
秋葉原には何度か来ていたものの、メイドカフェに入ったことは一度もなかった。秋葉原のメイドさんと言われれば、客引きをしている姿が思い浮かぶほどだ。興味はあったものの一人で店に入る勇気がなく、声をかけられないように目を背けてメイドさんの横を通り過ぎることしかできなかった。
「俺も行ったことないからさ、せっかくだしどうかな?」
「そうですね。メイドカフェにしましょう」
店内の様子やメイドさんの接客を想像しながら、ハルカさんの提案に乗った。
一人では気が引けていた場所でも、誰かと一緒ならば心置き無く入ることができる。当たり前のことだったが、それがやたらと嬉しく感じられた。
僕たちはメイドカフェまでの道のりを調べて、地図を見ながら秋葉原の道を歩いていった。
「どこだろう」
棚の前に立って、作品を探す。
壁際に設けられた棚は、少女漫画などが売り出されていた棚よりも背が高く、数多くの漫画が並べられていた。
週刊誌の棚とは違って、こっちに置いてある作品は名前の知らないものばかりだ。小説原作のものや美少女が描かれたものなど、様々な種類の漫画がある。
低い所から順番に視線を巡らせていたが、なかなか目当てのものが見当たらない。
誰かが購入してしまった可能性が脳裏によぎる。それならば他の店で買えばいいのだが、それはそれで手間に思えてしまう。
「あった」
視線が棚の一番上に移った時、探していた本の背表紙が視界に入った。
きっちりと、一巻から最新刊まで売られている。とはいえその漫画は三巻までしか出版されていないので、揃っていても不思議ではない。
視線が、高い場所に置かれた本と足元の間を行き来する。合間合間で周囲を見回しても、三脚や踏み台は見当たらない。身長が低い僕には、大きな店で買い物をするのにもたくさんの不便が付き纏った。
手を伸ばして背伸びをしても、僕の身長では届きそうもない。
「どれ?」
ハルカさんが僕の肩をトンッと叩き、棚を見上げて聞く。
「取るよ」
「あれ、です」
腕を上げて指を差し、作品の題名を口にした。
細くて真っ白な手が伸びていき、漫画を掴む。背伸びをすることもなく、軽々と手に取る姿は、同性の僕が見ても惚れ惚れする仕草だった。
「どうぞ」
漫画を僕に差し出して、柔らかく笑う。
小さく会釈をして漫画を受け取ると、ハルカさんは「色々と大変だね」と呟いた。その言葉は皮肉や憐れみには聞こえず、むしろ寄り添ってくれるような暖かさを感じられた。
それぞれ買う漫画を手にした僕たちは、レジに並んで会計を済ませた。階段を降って人ごみをかき分け店を出ると、燦々とした太陽の光が頭に降り注いだ。
「暑いし、どこかお店入ろうか」
額に浮かべた汗を拭って、ハルカさんが提案した。腹に手を当てて、「今朝何も食べてないんだよね」と笑いながら付け加える。
「いいですね」
朝食を食べてきたので空腹ではなかったが、時間的にはいい頃合いだ。
「何か食べたいものある?」
「特には……」
「わかった。ちょっと探してみるね」
ハルカさんがポケットからスマートフォン取り出して、近場の飲食店を調べる。ファストフード店からファミリーレストランまで、大抵のものが揃っているみたいだ。
眉間にシワを寄せたまま、口元に手を当てて画面をスクロールしている。候補が多くて決まらないのか、それとも好みのものが見つからなかったのかはわからなかったが、指先が止まることはなかった。
「ならさ、ここに行ってみない?」
ハルカさんがスクロールを止めて指を差す。画面には、派手なドレスを着た女性が手でハートを作っている写真が映っていた。
「メイドカフェですか?」
「うん。嫌?」
「嫌ってことはないですけど……」
秋葉原には何度か来ていたものの、メイドカフェに入ったことは一度もなかった。秋葉原のメイドさんと言われれば、客引きをしている姿が思い浮かぶほどだ。興味はあったものの一人で店に入る勇気がなく、声をかけられないように目を背けてメイドさんの横を通り過ぎることしかできなかった。
「俺も行ったことないからさ、せっかくだしどうかな?」
「そうですね。メイドカフェにしましょう」
店内の様子やメイドさんの接客を想像しながら、ハルカさんの提案に乗った。
一人では気が引けていた場所でも、誰かと一緒ならば心置き無く入ることができる。当たり前のことだったが、それがやたらと嬉しく感じられた。
僕たちはメイドカフェまでの道のりを調べて、地図を見ながら秋葉原の道を歩いていった。
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