上 下
64 / 67
第四章 海底の真相

57.ギャラリー

しおりを挟む

「思い出した……。ふたりでよくした遊びのこと。すべて覚えてたなんて嘘だ。……忘れてた。僕らはうそぶいてばかりで、たわむれに死にたがる子供だったから、よく、遺書を書いては贈りあった。冗談みたいに。冗談のつもりで。なあ、それが、君の本心だなんて、一度だって信じられたら……!」

 未鳴がつぶやき、暗い画面に光が宿る。

 永劫に続きそうなほど長いローディングをぬけて、あるアカウントのホーム画面にたどりついた。トップの名義には〈叶鳴〉とだけ示されている。

 投稿欄をスクロールしていくと、水泡が浮かび、弾けては消えていく。
 群れをなして泳ぎ去っていく魚影のように、サムネイル画像がいくつもたちあらわれ、海中で隊列を組んで躍りでてきた。

 ギャラリーだ。祐城叶鳴ゆうきかなるが、海底に隠した秘密の画廊。

 絵のなかに描かれていたのは、どれも制服を着た少女だった。あきらにも見覚えがある。不機嫌そうな顔をして、写真にうつっていた彼女。この画廊の主にかかると、笑ったり、驚いたり、悲しそうだったり、あどけない表情ばかり見せてくれる。百面相の少女の面影は、唖然としたまま画面を覗きこむ未鳴の横顔にぴたりと重なった。

 投稿欄の最終更新日は、去年の二月だった。

「ねえ、未鳴。想いは透明なまま、心の海に沈んで、静かに変化していくのかもしれない。でもきっと、目撃者だっていたんだ。私には……ここに残された絵のすべてが、どんな言葉よりもたしかな証人たちに見える」

 控えめに声をかける。
 未鳴の頬にはいつの間にか、宝石のような雫がつたっていた。

「僕が……僕であることを忘れて、あの子以外のだれかを好きになれたらよかったのか?」

 わなわなと震える腕が、頼りない両の手が、素顔を覆って隠してしまう。

「そうしたら対等な生き物になれたって? なあ、ヒトの存在が代替しがたい奇跡の結果なら、代わりなんていない。居て欲しくもない。どれだけ想っても、あの子はもういない」

 静寂のなかで嗚咽をこぼしながら、未鳴にしなみめいが泣いていた。
 部屋は薄暗く、窓からさしこむ日差しは弱く頼りない。
 町は夜をむかえる準備に忙しく、とうに日没が迫っていた。

「……大人でも泣くんだ」
「うん…………良かった。あの子がいなくなっても泣けなかったから。もう枯れたのかと思ってた」
「いまも叶鳴さんが好き?」

 尋ねてから、後悔した。返事はわかりきっている。

「…………好きだよ。きっと生涯」

 たぶん、そのひとが優しく告げたことを、あきらは生涯忘れないのだろう、と。
 そのときたしかにそう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~

七瀬京
ミステリー
 秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。  依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。  依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。  橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。  そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。  秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

憑代の柩

菱沼あゆ
ミステリー
「お前の顔は整形しておいた。今から、僕の婚約者となって、真犯人を探すんだ」  教会での爆破事件に巻き込まれ。  目が覚めたら、記憶喪失な上に、勝手に整形されていた『私』。 「何もかもお前のせいだ」  そう言う男に逆らえず、彼の婚約者となって、真犯人を探すが。  周りは怪しい人間と霊ばかり――。  ホラー&ミステリー

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...