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第四章 海底の真相
53.サンカク
しおりを挟む――恋の話をしてみようか。
そのころ僕は、小さな田舎町の学生のひとりで、思春期の全能感に浮かされながらも、どこか所在のない心を持て余しながら日々を過ごしていた。あらゆるものを斜めに見てたし、まわりをみんなばかだと見下して、世界のすべてが灰色なのだと信じて疑わなかった。
同郷では唯一、幼馴染の阿太刀少年とだけはウマが合ったな。病気がちで身体が弱くて、けれどおそろしく頭の切れるやつだった。
こっちが議論を投げかけると、一を十にして返してくる。
そういう負けん気の強さがお気に入りだったし、対等な応酬ができる貴重な友人だった。
たださ。どうしたって友情は儚い。
そして出会いに崩壊はつきものだ。
初対面は春先の美術室。僕も阿太刀も芸大志望だったから、部活は美術部にしようと決めていた。そこにもうひとり――僕らと同じタイミングで入部した少女がいた。
祐城叶鳴。きれいな子だった。純真な子だった。
そして僕からすれば、叶鳴こそ早熟すぎる天才だった。
飛びぬけて小器用なだけでなく何事においても優秀で、飲み込みがはやく、しかし驕りを良しとしなかった。叶鳴は謙虚で慎ましやかだった。誰かを責めることを厭い、順位づけからは距離をおき、どこか遠くをみつめながら物静かに佇んでいる子だった。
いつもあの子に並びたかった。
うぬぼれではなく僕には画才だけはあったのだろう。在学中にいくつか賞も授与してもらったよ。いつしか〈鯨坂のフィンセント・ファン・ゴッホ〉とも呼ばれるようにさえなった。当時、僕と叶鳴の作風はよく似ていたから、周囲からは混同されたな。まあ、実のところ僕が彼女に憧れて影響を受けていただけなのだけれども。
……ああ、そうさ。祐城叶鳴に憧れたのは、僕だけじゃない。
我が親愛なる盟友・阿太刀少年も同類さ。努力家の秀才だった彼に、美術の神様はほほえまなかったが、代わりに人の心を縫い留める才能を与えてくれた。憎らしいことに、高校に入学してから急に背が伸びて爽やかな好青年に成長していたしね。
背が伸びて声が低くなり、精悍な顔つきと屈強な体格をそなえるようになった彼に、見惚れる女生徒はおおかった。優男風なのが功を奏したのか、クラスでも人気があったよ、あいつはね。
対して僕は、僕のままだ。
知ってるかい? お姫様になれなかった女の子は、魔女になるしかないんだって。
なあ、だがそれすら役不足ならば、僕はなにになれたらよかったのだろう。
可細いままの腕を伸ばして、彼女と戯れのように手を繋ぐことができたって、高く澄んだ声のまま「好きだ」と目をみて言えただろうか?
それが――できなかったから。
自分があの子に向けてる気持ちが正しくないって、青い春の終わりとともに消えていくはずだって、いつか完璧で正しい運命とやらが僕をうち滅ぼしてくれるはずだって、そうして一途に信じていたのに頭の上に隕石なんて落ちてこやしなかった。春の終わりにやってきたのは、手垢まみれでありふれていて至極退屈な結末だ。
祐城叶鳴は、阿太刀を好きになったんだ。
あの子の口からそれを聞いた。あの子の想いを応援してた。あの子の願いが叶うよう、ふたりの仲をとりもちさえしたさ! 寸分たがわずお手本通りで正しく皆に祝福される恋とやらは、叶鳴と阿太刀のためにあったから。
ほどなく、ふたりは付き合いはじめた。
焦がれたところですべてが遠い。
だから腹の底でいつも安堵してたよ。阿太刀に画才がなくてよかった! あいつはそのうち、僕に妬いて筆を折ったよ。
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