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第三章 瑞凪少女誘拐事件
44.イラスト
しおりを挟む「つぎ、夏織の番」
催促すると、夏織は紙袋から冊子をとりだした。どれも四十ページほどの小冊子だ。テーブルにならべられた三冊ともに、発行主は鯨坂高校漫画研究会。表紙にはキャラクターイラストが描かれ、部誌のタイトルであろう「懐中戯画」のロゴがあしらわれている。
「これ、去年発行された漫研の部誌。ぜんぶ読んだ。真木が寄稿してるのは去年の春号と夏号だけね。乙戸辺先輩がしらべてくれたとおり、文化祭発行の秋号にはあいつの原稿は載ってない」
「読んでみて、どうだった?」
「あいつの絵柄は見つけやすかったわ。ペンネームもひねりがなくて、すぐわかった。まず――〈クロガネ〉からは、ダイレクトに影響を受けてる。コマ割りと背景の処理がそっくり。台詞量なんかも寄せてるわね」
「真木……〈クロガネ〉の作者と、知り合いみたい」
「へえ、やるじゃない。あたしの見立てともあってる」
伊奈羽市での調査結果について手短に説明しておく。
あきらの報告を聞き届けてから、夏織は部誌を手にとり、付箋を貼ったページを順番に見開いていく。
一頁目は、ピアズリーを思わせる隠秘な作風のコミックイラスト。
二頁目は、ブレザーの制服を着た少年少女が銃を構えた漫画の一幕。
三頁目は、美形の男キャラクターが凝った衣装で描かれている大ゴマ。――真木の絵だ。
「ただね、真木の作品って、部誌からすると異端だった。こういうクローズドな雑誌って、アングラな作風の漫画に偏りやすい。もちろん、高校生でも発表できそうな内容にかぎられるけど……」
「真木の漫画はそうじゃない?」
「ちがいはどこにあるのでしょう」
光梨と質問のタイミングが重なった。夏織が用意していた解答は、簡潔だった。
「完成度。あいつの漫画……よくもわるくも、自己満足じゃない」
「それ、どういうこと」
「ん。なんていえばいいんだろ。…………あ、そだ。美波って、絵を描いているときってどんな気持ち?」
返ってきたのはなかなか、根本的な問いかけだ。
「それは……描くことが好きだから……楽しいけど……」
「名鳥っちは? トランペット吹きはじめた理由ってなに?」
「わたしも最初は、音楽の時間が楽しくて、オケが好きだからだったから」
「やっぱりそうよね。自分が楽しいから。自分の好きなものをわかって欲しくて。表現として送りだす。そっちが自然。それが、あいつの作品……絵柄は〈クロガネ〉に近いけどストーリーは似てなかった」
夏織はそこで、思いだしたように湯呑みに口をつけた。
あきらもつられてお茶をすする。
「それで、うちの姉からいくつか流行りの漫画教えてもらって、真木が読んでそうなとこ片っぱしから読んでみた」
あきらは湯呑みをあおりながら、口もとを隠す。
流行の漫画を片っぱしから読んだというが、それだけ十分な時間を費やしたということだ。夏織がそこまでやるとは予想していなかった。相手が真木だからじゃない。他人に関心を持たない彼女が、絵画以外のなにかに、これだけ真剣になる姿を見るのは、はじめてだった。
「あいつの漫画、流行りの漫画からウケそうなとこ抽出してるわね。ネットでバズったのもそこが理由かも」
それから夏織は、メモを机にならべた。あきらでも知っている有名漫画のタイトルばかりが並んでいる。光梨にとっては、友達から借りて読んだ作品もあったようだ。感嘆の声があがる。
「真似しようとおもって、できるものなんでしょうか?」
「できるってことは……ま、あいつ器用なんじゃない? なにやらせても、そこそこ結果をだすやつってどこにでもいるし。あたしに言わせれば、他人や世間に媚びまくって満足?って感性疑うけど」
「……漫画家をめざすなら必要な才能なのかも」
「さあね。なんにしても、画力は高い。あと……この男性キャラの扱いは悪くない」
開かれたページの半分以上を占める大ゴマを、夏織が指さす。
フキダシの台詞から察するに作品のクライマックスだろう。
細やかなタッチで、青年キャラクターの全身像が描かれている。
「〈クロガネ〉のライセルさんによく似て……ううん、髪型なんてそっくり」
「うん……。真木ってさ、とりつくろってた部分は、けっこうあるにしても、好きなものに対しては、素のあいつだったんじゃないの」
好きだから、ハリボテだとわかったらつらい。みんなのことが好きだった――。
真木はそうも言っていた。
「あたしは美術室が静かになるならなんでもいい。絵を描いてるときだけは静かになるやつが、いてもいい。あいつについては、それくらい」
コンビニの袋の中から、チップスターがあらわれる。お腹が空いてきたらしい夏織が袋を開けて、さっそく手をつける。
一同、緊張が緩んだところで――夏織が、おもむろに口をあけた。
「ついでに。さっきの名鳥っちの裏付け。……ごめん。バックナンバーあさってたら見つけちゃった。……美波、いける?」
あきらに確認をとる、ということは。
なにが飛び出すのかは予期できた。気丈を装って催促するが、声が震えてはいないだろうか。不安だった。それを察知してか、クリアファイルをリュックからとりだす夏織の手つきは妙に慎重だ。
さらに一枚、テーブルに印刷物があらわれる。
「十年前ならあの螺科未鳴でもいまほど有名じゃない。これは、祐城叶鳴の絵よ」
掲載されていたのは、美術部からの寄稿原稿らしい。そう、付箋に記されている。
もとは水彩画なのだろう。モノクロの淡い色調でまとまった、やわらかな印象の絵だった。ウツボやイルカ、マンタエイなど。デフォルメされた海洋生物が、美しく整った筆はこびで描かれている。神秘的な雰囲気のイラスト。眺めているだけで、想像の海に溺れてしまいそうなほど――。
「……真贋鑑定は?」
「……真作。……螺科未鳴の真作」
比較するまでもなくわかる。
似ているどころじゃない。画材こそちがうだろうが、下絵のタッチそのものだ。
それに海洋生物は、螺科未鳴の初期作品によく描かれていたモチーフ。
「そう。あんたならまちがえない、か」
光梨が心配そうに視線をむけてくる。
イラストの右下、タコ壺に隠れるように付されたサインを直視する勇気は、いまのあきらにはない。
「真木が漫研部員だったなら、この絵のことも知ってるかも。……あいつ、美波のことよくみてたな。…………あ。そっか、知ってても言わなかったのね」
夏織が寂しげにつぶやく。それから急に、するどい口調になった。
「以上、終わり」
念のため、尋ねておく。
「……夏織の結論は?」
「とくにないわよ。下準備はおわったし、これから真木百合枝っていう題材をカンバスに描くことはできる。どんな画材がいいか、絵具なら何色か、筆運びも、表現手段も、いくつか選べる。けど、人物画を描けってことじゃないんでしょ」
夏織の場合、これが言い訳ではないのだ。
残るあきらの仮説を立てるために、結論を遠慮するなんてことはしない。
「そう、だね」
「ならあたしの専門外」
傲然と言い放つ。あきらは思わず、頭を抱える。
「わかった……。代わりに、夏織が描きたい真木について、話せるだけ話して」
「めんどくさ……。下絵描いたほうが楽なんだけど?」
「そこをなんとか」
「あの、わたしからもお願いします!」
あきらにつづいて、光梨からも懇願されて、夏織は根負けしたらしい。
咳払いをしてから、しばらくの沈黙。やがて考えをまとめるように話しはじめた。
「イメージが近いのは――去年、美波が描いた絵。ほら、文化祭の展示用に人物画描いてたでしょ。それもいちおう、女性像。あ、てかあれモデルいたの?」
「秘密」
「白状しなさいよ」
「……胴部はお母さん」
「あ、そ」
「……それだけ?」
「べつに興味ないし。ともかくあの絵は悪くなかった。安定志向のあんたにしては、アヴァンギャルド。意外とやるじゃん、って思ったわ。美波の真似するのは絶対イヤだから、模倣はしないけど――」
昨年描いた女性像。
忘れられない失敗作だ。とても褒められた出来じゃない。
だってあれは――。
「あのときの絵、人間の顔面にカラスの頭部――動物を据える思いきりの良さは、スカッとしたわ」
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