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第三章 瑞凪少女誘拐事件

43.ドウデモイイ

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 先に反応を示したのは夏織だった。
 彼女がテーブル上に広げたノートには「十年前のゴッホ=ユウキカナル=ニシナミメイ」と記されている。

「……あれ? おかしくない? じゃあ、螺科未鳴にしなみめいってだれなわけ?」
「そうだよね? いま、現代アーティストとして活動してる螺科未鳴にしなみめいさんって何者なんだろうって。それで、気づいたの。螺科さんのアカウント、去年の八月を最後に絵の更新が止まってる」

「……あたし、聞いたことある。有名人が亡くなったとき、わざと隠すの」
「テレビのニュースでも……訃報の報道時期ずらすのってよく、あるよね」

 二人の声が遠い。頭がぼんやりとしている。
 こちらを覗き込むようにして、夏織の瞳が揺れていた。

「美波……? あんた、大丈夫?」

 唇を噛む。

「………………どうでもいい。いまそれ、すごく、どうでもいいことだ」
「……あ、そ。美波がそういうなら、もうなにも言わない……」

 夏織がしおらしく黙りこむ。

 同じように、あきらが無言をつらぬくと、光梨は苦悶の表情をおし殺した。覚悟を固めたらしい。
 淡々と、話をつづける。

「問題はここから。漫画研究会では、いまでも美術部を敵視するような風潮があるみたい。その原因はつくったのは、十年前の祐城叶鳴ゆうきかなるさん。……そのひとが、当時の漫研の部長さんが片想いしていた阿太刀あだちさんっていうひとと、付き合ってたからみたい。
 ……そういう事情、想像しかできないけど……たぶん、破れた恋の呪いがいまも、鯨坂高校に残ってる」

「恋の呪い、か。そっか……ジェスター様ってひょっとして」
「うん。もう、とっくに時の経過に流された幽霊なんだとおもう。それは、だれかが悪用しなければ眠りについていたはずなの」

「ん? よくわかんなくなってきた。それと、あいつ――真木がどう関係してんの?」

 夏織が口にするのは、もっともな疑問だ。

「それでね……真木さんって、べつに漫研のひとのこと、恨んでないんだとおもう。少なくとも標的にはしてない。そうじゃなくて……むしろ……これ、すごく言いにくいんだけど……」

 逡巡の果てに途切れる言葉じり。
 あきらは光梨を見つめ、続きをうながす。

「いいよ」
「うん、言うね……。事件で狙われたの、あきちゃんのそばにいるひと。……だとおもう」
「はぁ? なら、理由は、あいつが美波を嫌いだから?」

 夏織が荒っぽく問い詰める。と、光梨はちいさく頷いた。

「……わたしの帰結はこう。ひょっとして一連の事件って真木さんの自作自演――じゃないかなって。……SNSでたくさんみたよ。注目を集めるために、なにかをして、それをネットにあげるひと。……いいねが欲しくて、どんどんエスカレートしていくひと。それを広げるために、漫画研究会の歴史に残っていた、破れた恋の亡霊を利用した。〈恋をしないものに天罰を与える〉なんてキャッチーなうわさを、ジェスター様と絡めた」

 真木百合枝による自作自演説――。
 たしかに、今どき動画の編集くらい小学生でもできる。真木がスマホのカメラで動画を撮っている場面には何度も遭遇した。

「……わたしだって……できるなら信じたい。でもね、あきちゃんのこと、花岬さんのこと、どうしても心配だから。……驚かせることが好きな子供みたいに無邪気に、危ないことをする子って、きっとどこにでもいるの。ねえ、真木さんがもし、そうだったら……」

 震える肩に、手で触れる。

「光梨。……嫌な役割させて、ごめん」
「謝らないで、平気だから。…………自分がいや。女の子同士のこわいところに、すぐに目がいっちゃう。ひどい考えばっか……」

 光梨はそう言うが、だれにだって得手不得手はある。他人を糾弾するのに向いていない気質の持ち主だっているのだ。
 あきらからすれば、怒ることより、許すことのほうがむずかしい。疑うより信じるほうが困難だ。けれど、名鳥光梨という少女には、根拠も理由も超えてひとを信じられる寛容さがある。
 それを愚かしさと言い換えるのは間違っている。むしろ、だれかの欠点や過ちばかりを探すほうが、よっぽど卑俗だ。

 だから、この場に参加させたくはなかった。それが単なる自分の我儘だということもよく理解できるけど。

「なるほどね。あいつ、炎上狙いなわけか。乙戸辺先輩説よりそれっぽい」

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