海底の放課後 -ネットの向こうの名探偵と、カリスマ・アカウントの謎を解く -

穂波晴野

文字の大きさ
上 下
15 / 67
第一章 人造乙女殺害事件

13.ノート

しおりを挟む
「悪い?」
「なんでそう喧嘩腰なのさ。現場にあたしもいたの忘れてない? 夏織にはまだ話してないし、まずは今日のとこ、どうするのかは決めとこうよ」

 ぶなんな提案だった。真木はさっそく、ノートに記された文面を指さす。

「このさ、①のところの人造乙女ってなに? ひょっとしてあの生首のこと?」

 うっかりしていた。昨夜、ネモから得られた情報は、まだ真木に共有する気にはなれない。ぶっきらぼうに首肯して、なるべく詮索されないように慎重にうなずく。

「そう」
「うむ、悪くないネーミングセンス。採用いたす。にしても犯人……犯人ねぇ。あの顔をみるかぎり標的は名鳥さんなわけでしょ。あの子を妬むってのは想像つくなぁ」
「私は、光梨の口からひとの悪口とか聞いたことない」
「それは名鳥さんだからできることっしょ。あの子はまあ、見るからに持ってる側だ。他人の粗探しとかしなさそう」
「……綺麗すぎるから?」

 ネモの言葉を思い出す。消費するために瑕疵をつける。美しいものだって、簡単に壊れるのに。

「それだけじゃなく、あの子は実力主義の吹部すいぶでペットのパートリーダーやってる。美人で能力が高くて矢面に立つ覚悟もある。どうにも、テストの順位も悪くないらしいね。……やりたくてもそれができない人間からしたら、羨望の的になるか、そうでなきゃ嫉妬の対象」

 こうした人間関係のいざこざに関して、真木の洞察はいやに鋭い。あきらには想像が及ばない範囲までするすると解き明かしてしまう。

「いわゆる……負け犬の遠吠え。持たざる側にとって恵まれてるひとって、無性に妬ましいもんでしょ」

 そして、真木は顔の見えない誰かのことを評論するとき、皮肉っぽく笑いながらもどこか深刻な目をしている。それを、彼女自身は気づいているのだろうか。

「なら、①について、犯人の特定は保留か。現状では、特定の集団の意志なのか、個人の犯行なのかも絞れない」
「ま、あやしいのは吹部すいぶの女ども……おっと、いまのは失言。あきら、ごまかしてごまかして」
「ここ教室……。②は? 行方知れずのピエタ首像はいまどこにいるのか」
「これもよくわからんな。そもそもなんで美術室から消す必要あったん?」

 ポン――と、通知音が鳴った。

 スマートフォンを確認するとネモから連絡が届いている。昨夜はお互い捜査に進展があったら落ち合うつもりで〈テラリウム〉を離れた。海底から送られてきた文面は簡潔だ。



 【疑問点】

 ①美術室に人造乙女の首を置いた犯人は何者なのか。その思惑は?
 ②ピエタ首像はどこへ消えたのか。
 ③一連の事件は、ジェスター様の呪いなのか。(美術室に残されたカードは犯人による犯行声明?)


 罫線上にさらさらとシャープペンシルを走らせていると、頭上に淡い影が落ちてきた。誰かきたらしい。

「よ、あきら。昨日は先に帰っちゃってすまんね」

 真木だ。めずらしいことがあったものだ。クラスメイトでもある彼女は、教室では滅多に話しかけてこない。

「名鳥さん休みだって?」
「あれだけのことがあったんだ。無理もない」
「で、あんたのそれは敵討ちか」

 敵討ち。適切な表現かはさておき、被害者が光梨でなければ、あきらがここまで躍起になることはなかった。

 犯人は何者なのか。仮にジェスター様による鉄槌なのだとしても、その正体は謎に包まれている。〈テラリウム〉上にも正体を特定できるような材料はなく、尻尾すら掴めてはいない。

 これがいじめなら、早急に信頼できる大人に相談して解決をはかるべきだ。けれどそれをするのは光梨にとって酷な選択でもある。……とりわけ今回は、事件の裏に学園の外が関係しているかもしれないから。

 人間関係のいざこざに、子どもも大人もあるのだろうか。
 この件だって、あきらにしてみれば、ニュースで報じられるような大きな事件と本質的には変わらない。
 犯罪によって傷ついた被害者が、加害者に対して賠償や責任を求めるから訴訟に発展する。痛みは禍根を残す。ひとは償いを他人に求める。

 自分の正しさを折り曲げて、なにも求めず、だれとも争わないならば、水底に沈んだ痛みは地表のどこにも浮上してこない。

 光梨がどんな道を選ぶかも、本来は彼女次第だ。

 ひとりはひとりのために――。そう旗を掲げたからには、放ってはおけないけれど。これはあくまで、あきらが勝手にひとりで憤っているだけだ。そもそもすべては無駄な抵抗なのかもしれない。

 ――けど、だからなんだ。

「悪い?」
「なんでそう喧嘩腰なのさ。現場にあたしもいたの忘れてない? 夏織にはまだ話してないし、まずは今日のとこ、どうするのかは決めとこうよ」

 ぶなんな提案だった。真木はさっそく、ノートに記された文面を指さす。

「このさ、①のところの人造乙女ってなに? ひょっとしてあの生首のこと?」

 うっかりしていた。昨夜、ネモから得られた情報は、まだ真木に共有する気にはなれない。ぶっきらぼうに首肯して、なるべく詮索されないように慎重にうなずく。

「そう」
「うむ、悪くないネーミングセンス。採用いたす。にしても犯人……犯人ねぇ。あの顔をみるかぎり標的は名鳥さんなわけでしょ。あの子を妬むってのは想像つくなぁ」
「私は、光梨の口からひとの悪口とか聞いたことない」
「それは名鳥さんだからできることっしょ。あの子はまあ、見るからに持ってる側だ。他人の粗探しとかしなさそう」
「……綺麗すぎるから?」

 ネモの言葉を思い出す。消費するために瑕疵をつける。美しいものだって、簡単に壊れるのに。

「それだけじゃなく、あの子は実力主義の吹部すいぶでペットのパートリーダーやってる。美人で能力が高くて矢面に立つ覚悟もある。どうにも、テストの順位も悪くないらしいね。……やりたくてもそれができない人間からしたら、羨望の的になるか、そうでなきゃ嫉妬の対象」

 こうした人間関係のいざこざに関して、真木の洞察はいやに鋭い。あきらには想像が及ばない範囲までするすると解き明かしてしまう。

「いわゆる……負け犬の遠吠え。持たざる側にとって恵まれてるひとって、無性に妬ましいもんでしょ」

 そして、真木は顔の見えない誰かのことを評論するとき、皮肉っぽく笑いながらもどこか深刻な目をしている。それを、彼女自身は気づいているのだろうか。

「なら、①について、犯人の特定は保留か。現状では、特定の集団の意志なのか、個人の犯行なのかも絞れない」
「ま、あやしいのは吹部すいぶの女ども……おっと、いまのは失言。あきら、ごまかしてごまかして」
「ここ教室……。②は? 行方知れずのピエタ首像はいまどこにいるのか」
「これもよくわからんな。そもそもなんで美術室から消す必要あったん?」

 ポン――と、通知音が鳴った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~

七瀬京
ミステリー
 秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。  依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。  依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。  橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。  そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。  秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

姉妹 浜辺の少女

戸笠耕一
ミステリー
警視庁きっての刑事だった新井傑はとある事件をきっかけに退職した。助手の小林と共に、探偵家業を始める。伊豆に休暇中に麦わら帽子を被った少女に出会う。彼女を襲うボーガンの矢。目に見えない犯人から彼女を守れるのか、、新井傑の空白の十年が今解き放たれる。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり
ミステリー
 刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。  それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。  ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。  警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。  事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

処理中です...