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第一章 人造乙女殺害事件

12.アリガトウ

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 ネモ:

 @Nemurino_Hypnos
 title:やばいモン見つけたwww
 これってラ○ドール? 実物はじめて見たw こんなとこに捨てんなしw
てか首は?



 ネモがチャット欄に投稿した画像を見て、思わず目を瞑る。
 学内に設置された業務用のゴミ箱から、ほっそりとした腕が一本、飛び出ている。画像は数枚添付されており、上腕に続いて、切り刻まれた脚部と、肩口から腹部にかけてを八等分にした生々しい残骸が現れた。
 流血はない。当然だ。人形なのだから。
 それでも――あきらが目を背けたくなるには十分なショック画像だ。ネモはこの手の画像に耐性がありすぎるどころか、退廃と奇想の蒐集家だった。「アキラも見たいだろ? 後学のためにさ」と嘯かれ騙されたことは一度や二度ばかりではない。

 アキラ:切断された、人形
 ネモ:人造乙女殺害事件。これが生身の人間だったら、バラバラ死体だよ。ゾクゾクするね、久しぶりに食指が疼くよ
 アキラ:悪趣味
 ネモ:まあ、そうだね。しかし、断片的な情報を繋ぎ合わせて事件の全体像を把握しようとしたところで、なおも疑問が残る

 ネモ:行方不明の首は何処へ消えてしまったのか
 ネモ:アキラ、相談するなら隠し事するなよ。〈テラリウム〉で起きてることなら、僕はなんでもお見通しなんだぜ

 アキラ:まったく、ネモには敵わない。
 ネモ:当然さ! 僕はこの海の底にいるんだ。さあさ白状したまえよ

 アキラ:見つけたよ。ネモの言う、人造乙女の首。
 アキラ:私の友達の顔だ
 アキラ:わけがわからない
 ネモ:へえ、人造乙女は実在したわけだ

 アキラ:おかしいよ、狂ってる なんであの子と人造乙女が同じ顔をしてるのか、なんであの子が辱められなきゃいけないのか


 あきらが怒声になり損ねた気持ちをひとおもいに打ち込むと、ネモは長考に入った。しばしのあいだ、入力中を示すグラフィックが波打ってから、長文が連続で表示される。


 ネモ:それはね、美しいからだよ。人はね、調和が保たれし完全なる存在に圧倒されたとき、畏敬を抱くことはできても、理解はできないんだ

 ネモ:そして理解できないものは脅威であると認識する 世界遺産の壁への落書き、ルーブル美術館の盗難、ハリウッド女優への謂れなき誹謗中傷 美しきものだって簡単に壊れるのにね

 ネモ:瑕疵を、つけようとする者たちは現れつづける

 アキラ:なぜ?
 ネモ:そうしなければ消費できないから


 ネモの言葉は時々よくわからない。

〈テラリウム〉で会話を交わせば交わすほど、古代魚を気どる海底の友人の素顔は深淵に沈み、ますます遠ざかっていく。このひとも、学生で、この海に入りびたるひとりで、ひょっとしたら鯨坂に通っている可能性だってあるというのに。

 毎日のように話していたところで、実像は不確定だ。あきらはネモに対して一度でも「会おう」とは提案しなかった。その逆も然りだ。一定の距離のまま、ネモも踏み込んでこない。
 なのにこうして、親にも言えない相談を投げかけていて、博覧強記の友人に助けられている。


 ネモ:アキラ、君たちの痛みは僕にもよくわかる。力になれるよ。この事件の謎を、一緒に解き明かそう
 アキラ:そんなこと、できると思ってるの。
 ネモ:弱気だなあ。これでも僕は、結構頼りになると思うぜ


 壁時計の針がそろそろ午前零時をまわるのを、あきらはぼんやりと見上げていた。
 放心したくもなる。今日は放課後からずっと、散々な一日だったのだ。ピエタを拝みに美術室へ訪れる巡礼者たちに、写真部への訪問、震度四弱の地震。体育館への一時避難。

 ピエタ石膏首像の消失。
 そして代わりに現れた、光梨と同じ顔をした人造乙女の首。

 これだけ立てつづけに惨事に見舞われて、不安にならないはずがないのだ。

 せめて家族が自宅で温かな食事でも作って待ってくれていればいいのに、今夜の晩餐は冷凍食品と作り置きの常備菜だ。こういうとき、きょうだいがいればな、と詮無いことを考えてしまう。

 ありもしない反実仮想がすべてまぼろしだからこそ、あきらは〈テラリウム〉の底に、電気信号を送り続けていられるのだけど。

 ――ありがとう、ネモ。

 顔も住所も知らない友人に向けて、ひっそりと呟く。心の渚に寄せてはかえす、温かな波のすべてをそのまま、チャットウィンドウにおしこめてしまえたらいいのになんて思いながら。

 言葉では素直に伝えられず、たぶんひとよりうまく表情にも出せないから、自分は絵を描くのだろう。

 今夜は寝る前に少しだけ、ベッドの上でスケッチをしよう。そう気持ちを固めながら、あきらは画面の向こうのネモに就寝を告げるタイミングを見計らっていた。

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