14 / 67
第一章 人造乙女殺害事件
12.アリガトウ
しおりを挟むネモ:
@Nemurino_Hypnos
title:やばいモン見つけたwww
これってラ○ドール? 実物はじめて見たw こんなとこに捨てんなしw
てか首は?
ネモがチャット欄に投稿した画像を見て、思わず目を瞑る。
学内に設置された業務用のゴミ箱から、ほっそりとした腕が一本、飛び出ている。画像は数枚添付されており、上腕に続いて、切り刻まれた脚部と、肩口から腹部にかけてを八等分にした生々しい残骸が現れた。
流血はない。当然だ。人形なのだから。
それでも――あきらが目を背けたくなるには十分なショック画像だ。ネモはこの手の画像に耐性がありすぎるどころか、退廃と奇想の蒐集家だった。「アキラも見たいだろ? 後学のためにさ」と嘯かれ騙されたことは一度や二度ばかりではない。
アキラ:切断された、人形
ネモ:人造乙女殺害事件。これが生身の人間だったら、バラバラ死体だよ。ゾクゾクするね、久しぶりに食指が疼くよ
アキラ:悪趣味
ネモ:まあ、そうだね。しかし、断片的な情報を繋ぎ合わせて事件の全体像を把握しようとしたところで、なおも疑問が残る
ネモ:行方不明の首は何処へ消えてしまったのか
ネモ:アキラ、相談するなら隠し事するなよ。〈テラリウム〉で起きてることなら、僕はなんでもお見通しなんだぜ
アキラ:まったく、ネモには敵わない。
ネモ:当然さ! 僕はこの海の底にいるんだ。さあさ白状したまえよ
アキラ:見つけたよ。ネモの言う、人造乙女の首。
アキラ:私の友達の顔だ
アキラ:わけがわからない
ネモ:へえ、人造乙女は実在したわけだ
アキラ:おかしいよ、狂ってる なんであの子と人造乙女が同じ顔をしてるのか、なんであの子が辱められなきゃいけないのか
あきらが怒声になり損ねた気持ちをひとおもいに打ち込むと、ネモは長考に入った。しばしのあいだ、入力中を示すグラフィックが波打ってから、長文が連続で表示される。
ネモ:それはね、美しいからだよ。人はね、調和が保たれし完全なる存在に圧倒されたとき、畏敬を抱くことはできても、理解はできないんだ
ネモ:そして理解できないものは脅威であると認識する 世界遺産の壁への落書き、ルーブル美術館の盗難、ハリウッド女優への謂れなき誹謗中傷 美しきものだって簡単に壊れるのにね
ネモ:瑕疵を、つけようとする者たちは現れつづける
アキラ:なぜ?
ネモ:そうしなければ消費できないから
ネモの言葉は時々よくわからない。
〈テラリウム〉で会話を交わせば交わすほど、古代魚を気どる海底の友人の素顔は深淵に沈み、ますます遠ざかっていく。このひとも、学生で、この海に入りびたるひとりで、ひょっとしたら鯨坂に通っている可能性だってあるというのに。
毎日のように話していたところで、実像は不確定だ。あきらはネモに対して一度でも「会おう」とは提案しなかった。その逆も然りだ。一定の距離のまま、ネモも踏み込んでこない。
なのにこうして、親にも言えない相談を投げかけていて、博覧強記の友人に助けられている。
ネモ:アキラ、君たちの痛みは僕にもよくわかる。力になれるよ。この事件の謎を、一緒に解き明かそう
アキラ:そんなこと、できると思ってるの。
ネモ:弱気だなあ。これでも僕は、結構頼りになると思うぜ
壁時計の針がそろそろ午前零時をまわるのを、あきらはぼんやりと見上げていた。
放心したくもなる。今日は放課後からずっと、散々な一日だったのだ。ピエタを拝みに美術室へ訪れる巡礼者たちに、写真部への訪問、震度四弱の地震。体育館への一時避難。
ピエタ石膏首像の消失。
そして代わりに現れた、光梨と同じ顔をした人造乙女の首。
これだけ立てつづけに惨事に見舞われて、不安にならないはずがないのだ。
せめて家族が自宅で温かな食事でも作って待ってくれていればいいのに、今夜の晩餐は冷凍食品と作り置きの常備菜だ。こういうとき、きょうだいがいればな、と詮無いことを考えてしまう。
ありもしない反実仮想がすべてまぼろしだからこそ、あきらは〈テラリウム〉の底に、電気信号を送り続けていられるのだけど。
――ありがとう、ネモ。
顔も住所も知らない友人に向けて、ひっそりと呟く。心の渚に寄せてはかえす、温かな波のすべてをそのまま、チャットウィンドウにおしこめてしまえたらいいのになんて思いながら。
言葉では素直に伝えられず、たぶんひとよりうまく表情にも出せないから、自分は絵を描くのだろう。
今夜は寝る前に少しだけ、ベッドの上でスケッチをしよう。そう気持ちを固めながら、あきらは画面の向こうのネモに就寝を告げるタイミングを見計らっていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
白い男1人、人間4人、ギタリスト5人
正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます
女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。
小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
SCHRÖ,DINGER
空色フロンティア
ミステリー
何も変わらぬ友との日常。なんの変哲もないいつも通りの日々。だが、キッカケはほんの些細なことであった。唐突に同じ日に閉じ込められる事になってしまった。そのループを抜け出す為の条件はただ一つ【全員生還する事】。俺は、運命に抗い、あの楽しかった日々を取り戻す為の試練を受ける事になる。
どぶさらいのロジック
ちみあくた
ミステリー
13年前の大地震で放射能に汚染されてしまった或る原子力発電所の第三建屋。
生物には致命的なその場所へ、犬型の多機能ロボットが迫っていく。
公的な大規模調査が行われる数日前、何故か、若きロボット工学の天才・三矢公平が招かれ、深夜の先行調査が行われたのだ。
現場に不慣れな三矢の為、原発古参の従業員・常田充が付き添う事となる。
世代も性格も大きく異なり、いがみ合いながら続く作業の果て、常田は公平が胸に秘める闇とロボットに託された計画を垣間見るのだが……
エブリスタ、小説家になろう、ノベルアップ+、にも投稿しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる