海底の放課後 -ネットの向こうの名探偵と、カリスマ・アカウントの謎を解く -

穂波晴野

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第一章 人造乙女殺害事件

8.オヒトリサマ

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 吹奏楽部の一団から距離をとって、美術部の仲間たちのもとへ向かう途中、うしろからセーラー服の襟を引かれる。
 光は口を噤んだままだが、中学からの長い付き合いだ。言いたいことも、言いたくないことも、なんとなく伝わる。

「嘘をついた。まだ何も進展がない。データもらってないんだ」
「わかってる。あきちゃん、ありがと。助けてくれたんだよね」

 短い応酬。
 付き合いの長さからか、光梨とのやりとりはいつも言葉少なになる。学園にいるのに窮屈に感じないこの距離感は、あきらにとっては好ましいものだった。

 しかし、部外者からは奇矯で不自然なバランスにうつるものらしい。
 背中に光梨を隠したまま戻ると、案の定、詮索好きな真木が不気味な笑いを浮かべて詰め寄ってくる。

「名鳥さんじゃん。そのへんで捕獲したの?」
「ばか……。しないよそんなこと」
「なーんか、ふたりあやしいよね。昨日部室来たときも思ったけど、あきら隠し事してるでしょ」
「べつに……」

 あきらが素っ気なく応じると、光梨はくすりと笑い声を漏らした。「しばらくこっちに混ぜてほしいの。緊急時のため、一時避難です」と、天然の愛嬌をみせて、美術部員たちの警戒をするすると解いていく。
 社交的で人好きをする性格の真木はともかく、夏織とはほとんど初対面のはずだが、光梨となら心配はないだろう。

「あら。隠し事ってほどのことでもないものね。ねえ、せっかくだし美術部のみなさんには、打ち明け話をしても?」

 当事者である光梨がそう言うなら、否定する材料はない。
 部員たちからは「どうぞ」「待ってましたー!」「勝手にすれば」と三者三様の反応がかえってきた。

「わたしとあきちゃん、おひとりさま同盟なんです」
「おひとりさま同盟?」

 真木が怪訝そうに尋ねる。
 こういう反応がかえってくるだろうと、予期はしていた。理解を得ることはむずかしい。
 よく知っている。それでも、となりで彼女がこくりと頷き、瞳と瞳でひそかなコンタクトを交わせば、あきらと光梨にこわいものはない。

「ひとりはひとりのために、を信条とする同盟関係です。――わたしね、恋愛をしたくないの」
「……私も同じく。そういう価値観が合致していて、平和な学園生活をつつがなく送るために。独立自尊を希求する者同士、相互扶助の精神でたすけあってる」

 あきらが同調すると、光梨の口調にもたしかな自信が宿った。毅然と話す姿はさきほどまでと打って変わって勇ましい。頼れる友人なのだ。

「うん。わたしたちはともに、気高く孤独な一本の葦でありたいけれども、ひとりは生きづらいものね?」

 だから、互いに必要なときは盾になり矛になり、手をとりあう約束を交わした。
 それは中学時代のふたりが結んだいとけない誓約だった。しかし未だに時効の気配はない。

 名鳥光梨は、中学で出会った当初からスポットライトに照らされる側にいた。同性から見ても気後れするほどの愛らしさをそなえた彼女の造作は、とうぜん思春期の男子からも注目を集める。

 ただそこにいるだけで、波風を立ててしまう。彼女の意志とは無関係に。

 誤解されやすい少女なのだ。たまたま、同じ教室にはあきらがいて、二人の少女の間にはおたがいの心に触れあうための共通了解と、青く茫漠とした時間があった。
 世界に居場所がないと嘆く中学生同士が、たよりない手を握りあう理由なんて、親にも言えない秘密を交換してしまえばもう充分足りていた。

 それからの日々は、子供というほど子供ではなく、かといって大人にもなりきれない所在のなさを紛らわすような、優しい時間だった。やがて受験シーズンをむかえたあと、ともに鯨坂高校に進学し、現在に至る。

「どうしてなのかしらね。恋とはどんなものかしらって首をかしげると、だいたいみんな不思議そうに苦笑するから……ときどき困ってて」

 そう語る光梨の表情には、昔日の思い出にあるような憂いはない。
 今日は思わず駆けつけてしまったが、ふだんはしたたかな学園生活を送っているのだろう。

「うまい助け船がだせればよかったけど」
「ううん、いいの。充分すぎるくらい優しい手だった」

 完璧な均衡を保った屈託のない笑みが飛んできて、あきらは思わず顔を背ける。こういうことを素直に言えてしまうのが、名鳥光梨という女の子の罪づくりなところなのだ。
 誹謗中傷はしりぞけたいし、理解者でもいられるはずだが、そのくらいはあきらにもわかっている。

「そういうこと? 愛にも恋にもあんたが気乗りしないのは」
「真木は馬鹿にするから言いたくなかったんだよ」

 真木は悔しそうに歯噛みしたかと思いきや、この時ばかりは茶化さない。

「バカにはしないってば。わからないものはわからなくてもいいし、内心の自由じゃん。わたしはラブソングも少女漫画も大好きだけど、共感できない人にむりくり薦めるほど横暴じゃないよ」

「おれも、真木に同意だな。そういう違和感、言葉にしないだけで感じているやつは実は大勢いるんじゃないか。……にしてもおひとりさま同盟か、いいなそれ」

 真木に続いて、乙戸辺が神妙に呟く。あきらはすこし考えてから、明言しておくことにした。

「入れませんよ」
「男女差別か? 女尊男卑反対」

 差別のつもりはないものの、誰にだって他人に譲りたくない椅子はある。
 あきらの態度が強硬なので、乙戸辺も無理強いはしない。

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