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第一章 人造乙女殺害事件

7.コイバナ

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 美術室には真木だけがひとり、とり残されていた。ピエタ首像の参拝者たちはとうに消えうせたあとらしい。

「うお、あきらきた」と、いつもどおりのすっとんきょうな発言が飛んでくる。室内の安全確認、そして無事を確認。ほっと安堵する心をひた隠しながら、あきらは真木をせっつくが、手際が悪い。

 真木は美術室でのんべんだらりと過ごしていたらしい。マイペースな調子で荷物をまとめるのを待つのはじれったかった。

 夏織のリュックサックはあきらが背負い、真木とふたりで体育館へと急ぐ。

「うちら今日帰れるとおもう?」
「どうだろう。おそらく、教職員次第」

 緊張感のない真木を引率しながら、美術室をあとにする。
 念のため施錠をしようとしたら、真木が「地震で開かなくなるかもしれないし、開けっ放しがいいよ」と助言するのでしたがうことにした。階段をくだって向かう先は、実習棟一階。まずは外履きをとりに下駄箱へ。それからさきはもう、ただの高校生にできることはかぎられている。

 体育館には大勢の生徒たちが集まっていた。過半数以上の生徒が部活動を途中で抜け出てきたようだ。なかには上半身だけ制服、下半身は体操着といった半端な格好をした者もいる。
 夏織と乙戸辺を見つけて合流すると、教職員たちから生徒への連絡事項を伝えてくれた。

「いまのところ余震はなさそうだと。ただ、念のため生徒はしばらくは学園待機。保護者が迎えにきたやつから、自宅に帰宅してもいいってよ」
 そう告げる乙戸辺は、人差し指でスマホの画面をスワイプしていたので、親に連絡をとっていたのだろう。地震発生からすこし時間が経過したからか、夏織も落ち着いている。

 あたりを見まわしても生徒たちはみな、思い思いの格好で寛いでいるようだ。

「夏織んとこどう?」
「ママがきてくれるって。先輩は?」

 スマホを操作していた乙戸辺が、顔をあげる。

「マックのデリバリー頼んだ」
「なにそれ? 返事になってないんですけど?」
「家遠いんだよ。緊急時でも腹は減るだろ。最近臨時収入あったからさ、多めに頼んだし、真木の分も奢ってもいいぞ」
「うーっす。ごちそうさんでーす」
「ウーバーイーツに感謝してから食えよ」
「あきらは? もう連絡した?」

 夏織から無邪気な質問が飛んできて息を飲む。教室では家族の話題は何気なく振られるものだが、あきらにとっては鬼門だ。

「……親は来ない」
「どゆこと?」
「勤務先が遠方で。渋滞につかまって、今日中に瑞凪には戻らない」

 さきほどスマホに届いた連絡事項そのままの事実だ。こういう場面で、片親だからとは伝えづらい。まっさきに父親の名前を出すのも不自然だろうから、なるべく淡々と語りながらも言葉を濁してしまう。

「万が一、泊まりになるなら夜通し人狼でもするか? 七並べか大富豪でも可」

 乙戸辺が気さくに提案するのがせめてもの救いだった。
 こういうとき、つくづく彼は状況察知能力に長けているのだと実感する。助けられてばかりだ。

 そうしてしばらく、愉しげに談笑する真木たちとマイペースに携帯ゲームを起動する夏織を観察していた。思いがけない放課後を部活仲間とともに過ごすうちに、行き場のないまま宙に浮いたままだった心は、ゆっくりと着地していく。

 とうに日は暮れている。夜の入り口にたつ時間を学校で過ごすのだ。しばらくは、どことなく居心地が悪いまま彼女たちといよう。
 

 ――と、あきらが諦観したときだ。


「で、本命は?」
「ええとその、よくわからない、かな」
「白状しなよー。好きな相手はいるもんね? 相手は?」
「そういうの、言わなきゃだめ?」

 背後から、女生徒たちが和気藹々と話す声がした。
 耳馴染みのある甘い発音。どこか舌足らずにも聞こえる彼女の声は、水仙の蕾から朝露がこぼれ落ちるようにしとやかだ。

「光梨。いいから言いなって。こういう修学旅行っぽいタイミングでもないと、聞きだしにくいんだもん」
「だから、その、あのね……」

 少女はもごもごと口籠もる。

 彼女――名鳥光梨が困窮しているのは、はた目からうかがっても一目瞭然だった。吹奏楽部の部員たちと固まって体育館まで避難してきたようだが、強硬な女生徒たちにとりかこまれて、逃げ場がないままうつむいている。

 呟く声は、可細く、小さい。その姿すら折れそうに可憐ではある――が。

「名鳥さん、ちょっと」
 肩をたたいて、話しかける。

 あきらの存在に気づくと、光梨は冷静さをとり繕った表情にほのかに喜色を浮かべた。

「……あきちゃん。なにかご用かな?」
「話したいことあるから。マーチング大会の写真の件で。……今、いい?」
「……うん。わたし、ちょっと抜けるね、ごめんね」

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