9 / 67
第一章 人造乙女殺害事件
7.コイバナ
しおりを挟む美術室には真木だけがひとり、とり残されていた。ピエタ首像の参拝者たちはとうに消えうせたあとらしい。
「うお、あきらきた」と、いつもどおりのすっとんきょうな発言が飛んでくる。室内の安全確認、そして無事を確認。ほっと安堵する心をひた隠しながら、あきらは真木をせっつくが、手際が悪い。
真木は美術室でのんべんだらりと過ごしていたらしい。マイペースな調子で荷物をまとめるのを待つのはじれったかった。
夏織のリュックサックはあきらが背負い、真木とふたりで体育館へと急ぐ。
「うちら今日帰れるとおもう?」
「どうだろう。おそらく、教職員次第」
緊張感のない真木を引率しながら、美術室をあとにする。
念のため施錠をしようとしたら、真木が「地震で開かなくなるかもしれないし、開けっ放しがいいよ」と助言するのでしたがうことにした。階段をくだって向かう先は、実習棟一階。まずは外履きをとりに下駄箱へ。それからさきはもう、ただの高校生にできることはかぎられている。
体育館には大勢の生徒たちが集まっていた。過半数以上の生徒が部活動を途中で抜け出てきたようだ。なかには上半身だけ制服、下半身は体操着といった半端な格好をした者もいる。
夏織と乙戸辺を見つけて合流すると、教職員たちから生徒への連絡事項を伝えてくれた。
「いまのところ余震はなさそうだと。ただ、念のため生徒はしばらくは学園待機。保護者が迎えにきたやつから、自宅に帰宅してもいいってよ」
そう告げる乙戸辺は、人差し指でスマホの画面をスワイプしていたので、親に連絡をとっていたのだろう。地震発生からすこし時間が経過したからか、夏織も落ち着いている。
あたりを見まわしても生徒たちはみな、思い思いの格好で寛いでいるようだ。
「夏織んとこどう?」
「ママがきてくれるって。先輩は?」
スマホを操作していた乙戸辺が、顔をあげる。
「マックのデリバリー頼んだ」
「なにそれ? 返事になってないんですけど?」
「家遠いんだよ。緊急時でも腹は減るだろ。最近臨時収入あったからさ、多めに頼んだし、真木の分も奢ってもいいぞ」
「うーっす。ごちそうさんでーす」
「ウーバーイーツに感謝してから食えよ」
「あきらは? もう連絡した?」
夏織から無邪気な質問が飛んできて息を飲む。教室では家族の話題は何気なく振られるものだが、あきらにとっては鬼門だ。
「……親は来ない」
「どゆこと?」
「勤務先が遠方で。渋滞につかまって、今日中に瑞凪には戻らない」
さきほどスマホに届いた連絡事項そのままの事実だ。こういう場面で、片親だからとは伝えづらい。まっさきに父親の名前を出すのも不自然だろうから、なるべく淡々と語りながらも言葉を濁してしまう。
「万が一、泊まりになるなら夜通し人狼でもするか? 七並べか大富豪でも可」
乙戸辺が気さくに提案するのがせめてもの救いだった。
こういうとき、つくづく彼は状況察知能力に長けているのだと実感する。助けられてばかりだ。
そうしてしばらく、愉しげに談笑する真木たちとマイペースに携帯ゲームを起動する夏織を観察していた。思いがけない放課後を部活仲間とともに過ごすうちに、行き場のないまま宙に浮いたままだった心は、ゆっくりと着地していく。
とうに日は暮れている。夜の入り口にたつ時間を学校で過ごすのだ。しばらくは、どことなく居心地が悪いまま彼女たちといよう。
――と、あきらが諦観したときだ。
「で、本命は?」
「ええとその、よくわからない、かな」
「白状しなよー。好きな相手はいるもんね? 相手は?」
「そういうの、言わなきゃだめ?」
背後から、女生徒たちが和気藹々と話す声がした。
耳馴染みのある甘い発音。どこか舌足らずにも聞こえる彼女の声は、水仙の蕾から朝露がこぼれ落ちるようにしとやかだ。
「光梨。いいから言いなって。こういう修学旅行っぽいタイミングでもないと、聞きだしにくいんだもん」
「だから、その、あのね……」
少女はもごもごと口籠もる。
彼女――名鳥光梨が困窮しているのは、はた目からうかがっても一目瞭然だった。吹奏楽部の部員たちと固まって体育館まで避難してきたようだが、強硬な女生徒たちにとりかこまれて、逃げ場がないままうつむいている。
呟く声は、可細く、小さい。その姿すら折れそうに可憐ではある――が。
「名鳥さん、ちょっと」
肩をたたいて、話しかける。
あきらの存在に気づくと、光梨は冷静さをとり繕った表情にほのかに喜色を浮かべた。
「……あきちゃん。なにかご用かな?」
「話したいことあるから。マーチング大会の写真の件で。……今、いい?」
「……うん。わたし、ちょっと抜けるね、ごめんね」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

姉妹 浜辺の少女
戸笠耕一
ミステリー
警視庁きっての刑事だった新井傑はとある事件をきっかけに退職した。助手の小林と共に、探偵家業を始める。伊豆に休暇中に麦わら帽子を被った少女に出会う。彼女を襲うボーガンの矢。目に見えない犯人から彼女を守れるのか、、新井傑の空白の十年が今解き放たれる。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる