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第一章 人造乙女殺害事件
6.エマージェンシー
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物音はしだいに大きくなり、壁際のプリンタが、カメラやレンズを収納したガラス戸が、小刻みに揺れ動く。建物が上下に揺れているのだと、気づくまで時間はそうかからなかった。
「これ、揺れ?」
夏織が目を瞠る。――地震だ。
「美波、花岬、早く隠れろ!」
そうは言うが乙戸辺自身は背後の窓ガラスから数歩だけ距離をとったきり、身を屈めようともしない。
「先輩もだよ!」
夏織が金切り声で叫ぶ。乙戸辺は「ああ、わかってる」と頷いたきり、応じないのだ。彼はそのまま周囲を軽く見まわして、暗室の扉を開けその中へと侵入した。
――まずは安全確保。あきらが作業机の下に身を隠すと、夏織もしぶしぶというようにそれに倣った。膝を折り曲げて体育座りの体勢で、ふたり肩を寄せ合う。
すると夏織が真剣な面持ちをして鼻筋を寄せてくる。そのまま近づいて、ひそひそと小声で耳打ちをしてきた。
「美波。おはしも、って覚えてる?」
「おさない、はしらない、しゃべらない、もどらない」
避難訓練時のお約束だ。
スマホの電波表示が三本以上を示しているのを確認してから、スマホで地震速報を確認する。震源地は山岳部の芽濃地区。瑞凪町からはそう遠くない。このあたりの震度は――。
「……震度4強。めずらしいな」
あきらが呟くのと同時に、暗室の扉が開いた。
「先輩、暗室は?」
「機械の元電落としてやばそうな栓閉めといた。……ったく、鯨坂の貴重な重要文化財だぞ」
滅多なことでは怒らないのに、不用意な動きをする活断層には腹を立てるあたりが乙戸辺らしい。
揺れは二分ほどでおさまった。部室に目立った被害はなく、せいぜいオセロの駒が床に散らばった程度だ。
まだ余震はあるだろうがひとまずは安心してもいいだろう。しゃがみ込んだままの香織に、あきらが手を伸べるとぴしゃりと叩かれる。情けも施しも受けるつもりはない、とでも言うように。
頭上のスピーカーからは校内放送が流れる。
――先ほど近隣の山岳部を震源とする地震が発生しました。
――校内に残っている生徒は、ただちに体育館内に避難してください。繰り返します。校内に残っている生徒は体育館内に避難してください。
「だとさ。行っとくか……」
乙戸辺はさっそく荷物をまとめはじめていた。行動が早い。
「余震、あると思いますか?」
「大地の機嫌とか知るか。花岬もそろそろ机から出てこい。こわがるのはしかたないけどさ」
「はあ?! こわくないし! ぜんっぜんこわくないもん!」
そう言う夏織は青い顔をしているが、喚き散らす元気があるなら大丈夫そうだ。彼女の肩に軽く、手をおく。
「先輩といっしょに先に避難してて」
「あきらは……?」
「美術室。荷物とってきてから行くから」
俯きながら「……うん」と小さく頷く夏織は頼りなさげだ。
勇気づけてあげられるのならいいのだけど――と思いながら歯噛みをして、あきらは軽く頭を下げる。もしもふたたび地震が襲ってくるとしても、そばに乙戸辺がいるなら、ひとまずは心配はないだろう。
自分は夏織ほどは動じていない。きっと、おそらく。あきらは己自身に言い聞かせるようにして小走りに駆け出す。
美術室には真木が残っているはずだ。
「美波、またあとでな!」
写真部の部室を飛び出すと、がらんとした放課後の学園の静寂が待ち受けている。走りながら窓から階下をうかがえば、避難中らしい生徒たちが体育館に向かう姿が垣間見えた。
こんなときでも学校の廊下は寒く、膝小僧にあたるスカートの裾が冷たかった。
「これ、揺れ?」
夏織が目を瞠る。――地震だ。
「美波、花岬、早く隠れろ!」
そうは言うが乙戸辺自身は背後の窓ガラスから数歩だけ距離をとったきり、身を屈めようともしない。
「先輩もだよ!」
夏織が金切り声で叫ぶ。乙戸辺は「ああ、わかってる」と頷いたきり、応じないのだ。彼はそのまま周囲を軽く見まわして、暗室の扉を開けその中へと侵入した。
――まずは安全確保。あきらが作業机の下に身を隠すと、夏織もしぶしぶというようにそれに倣った。膝を折り曲げて体育座りの体勢で、ふたり肩を寄せ合う。
すると夏織が真剣な面持ちをして鼻筋を寄せてくる。そのまま近づいて、ひそひそと小声で耳打ちをしてきた。
「美波。おはしも、って覚えてる?」
「おさない、はしらない、しゃべらない、もどらない」
避難訓練時のお約束だ。
スマホの電波表示が三本以上を示しているのを確認してから、スマホで地震速報を確認する。震源地は山岳部の芽濃地区。瑞凪町からはそう遠くない。このあたりの震度は――。
「……震度4強。めずらしいな」
あきらが呟くのと同時に、暗室の扉が開いた。
「先輩、暗室は?」
「機械の元電落としてやばそうな栓閉めといた。……ったく、鯨坂の貴重な重要文化財だぞ」
滅多なことでは怒らないのに、不用意な動きをする活断層には腹を立てるあたりが乙戸辺らしい。
揺れは二分ほどでおさまった。部室に目立った被害はなく、せいぜいオセロの駒が床に散らばった程度だ。
まだ余震はあるだろうがひとまずは安心してもいいだろう。しゃがみ込んだままの香織に、あきらが手を伸べるとぴしゃりと叩かれる。情けも施しも受けるつもりはない、とでも言うように。
頭上のスピーカーからは校内放送が流れる。
――先ほど近隣の山岳部を震源とする地震が発生しました。
――校内に残っている生徒は、ただちに体育館内に避難してください。繰り返します。校内に残っている生徒は体育館内に避難してください。
「だとさ。行っとくか……」
乙戸辺はさっそく荷物をまとめはじめていた。行動が早い。
「余震、あると思いますか?」
「大地の機嫌とか知るか。花岬もそろそろ机から出てこい。こわがるのはしかたないけどさ」
「はあ?! こわくないし! ぜんっぜんこわくないもん!」
そう言う夏織は青い顔をしているが、喚き散らす元気があるなら大丈夫そうだ。彼女の肩に軽く、手をおく。
「先輩といっしょに先に避難してて」
「あきらは……?」
「美術室。荷物とってきてから行くから」
俯きながら「……うん」と小さく頷く夏織は頼りなさげだ。
勇気づけてあげられるのならいいのだけど――と思いながら歯噛みをして、あきらは軽く頭を下げる。もしもふたたび地震が襲ってくるとしても、そばに乙戸辺がいるなら、ひとまずは心配はないだろう。
自分は夏織ほどは動じていない。きっと、おそらく。あきらは己自身に言い聞かせるようにして小走りに駆け出す。
美術室には真木が残っているはずだ。
「美波、またあとでな!」
写真部の部室を飛び出すと、がらんとした放課後の学園の静寂が待ち受けている。走りながら窓から階下をうかがえば、避難中らしい生徒たちが体育館に向かう姿が垣間見えた。
こんなときでも学校の廊下は寒く、膝小僧にあたるスカートの裾が冷たかった。
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