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第二章「契約更新は慎重に」
17.イケてるお姉さんは店主の昔なじみ
しおりを挟む商店街前の駅で下車をしてから、九遠堂までの道のりは慣れてしまえば五分とかからない。
アーケード街の歩道は歩きやすく整備されており、道を選べば混雑も避けられる。九遠堂の近隣は、日中はひとどおりの少ない簡素なわき道だ。当然のように、僕のほかにあの店を目指す人は稀である。
九遠堂にはおいそれと簡単には入店できない。
アルバイトである僕は椎堂さんと雇用契約を交わしており、大主さんの加護もあるため、幾度なりともたやすく訪ねていける。だが、通常は特殊な条件がそろわなければ、そこにあっても店の存在を認識できないものらしい。
大主さんが「人払いの呪い」と称していたのは、そういったカラクリだそうだ。
「客人の資格を持つものであれば、おのずと導かれる。この店にふらりと人が訪れるのはそういうことだ」
客人は九遠堂を認識し、興味をもち、入店したいという欲望を自然といだく。まるで何者かに仕組まれているかのように。
アーケード街を歩きながら、運命論について考察を重ねていた。椎堂さんのありがたいご高説もそろそろ耳になじんできている。
次の角を曲がれば、一週間ぶりのご対面である。さて今日もキビキビ働くか。と、覚悟をきめたところ、
「あなた、このあたりの学生さんかしら」
声をかけられた。
振りかえった先で待ち受けていたのは、妙齢の女性だ。
一目みて、テレビ越しに眺めたプロテニス選手を思い出した。日焼けした肌と、ほどよく引きしまった腕。はつらつとした健康的な体躯。肺活量が多いからか、発せられた声はエネルギッシュだ。
長く黒い髪をひとつに束ねてグラウンドに現れたら、十人中の九人は職業は体育教師かスポーツ選手だと予想するだろう。
ぴん、ときた。このシチュエーションなら慣れている。
「どちらに向かわれるつもりですか? 玄武門なら西へ直進、太洲神社ならいったん駅前の交差点まで戻ったほうがいいですよ」
僕は街中を歩いていると、なぜか道案内を頼まれることが極端に多い。
地元である伊奈羽市内はもちろんのこと、修学旅行先の京都市内を観光している最中でさえ、行く先々で道を尋ねられた。
太洲商店街近辺で声をかけられたのは一度や二度ばかりではなく、多いときは週に五回以上は太洲の水先案内人として人助けをしている。
土地勘はまだ育成中だが、いざとなれば観光案内に頼ればいいし、場数だけは自信がついた。
「ありがとう、話が早くて助かる。九遠堂ってお店を探してるんだけど、骨董品店」
「それならすぐそこですよ。ご迷惑でなければお連れします」
「悪いわ。あなたもどこか向かってる途中でしょう?」
「いえ、おかまいなく。僕、その店で働いてますから。目的地は一緒です」
「あいつのところで? そっか……人とか雇う余裕あるんだ」
「もしや椎堂さんのお知り合いですか?」
「まあ……付き合いだけは長いのかな。最近はあまり顔を合わせてないんだけど……前に会ったとき、店を移転するって言ってて……それっきりか」
女性の説明は明瞭だったが、口ぶりはどうにも歯切れが悪い。
この手の話題にはうとい僕でも察しがつく。偏見を抱くのは好ましくないが、あの椎堂さんに、ここまで気にかけてくれる相手がいたとは。
九遠堂までの道を歩きながら、お姉さんは矢継ぎ早に質問をくりだしてきた。
「いつから働いてるの? 大丈夫? ブラックバイトじゃないわよね?」
「あはは、まだ最近です。店主の顔をみるたび戦々恐々としてます」
「アルバイトはうまくいってる? あいつ、携帯もたない主義だし困らない?」
「どうでしょう。急に都合が悪くなっていけなくなったら、郵便局に駆け込んで電報でも打つつもりです。横柄な店主と折り合いが悪くてって」
冗談を口にすると、お姉さんは白い歯をみせて笑った。
明朗快活な笑顔だ。
「ガッツあるじゃない。君、名前は? 私は曽根河佳代。曽根崎心中にさんずいの河、佳き時代で佳代」
「千幸です。伏見千幸」
「千幸くんか。いい名前ね。こんな若いのに紳士だし」
年上の女性に面と向かって褒められるのは気分がいい。小学生の時分に、担任の先生に花丸をもらったときのように嬉しかった。
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