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第一章「袖振り合う世の縁結び」
12.パワハラ男も、ろくでなし店主も、黙っていてください!
しおりを挟むそして、奇しくも椎堂さんが予告した一週間が経過したあと――。
僕のもとに一本の電話がかかってきた。
連絡に気づいたのは、土曜早朝。七時過ぎのことだった。留守番メッセージを聴いて、心臓を吐き出しそうなほどおどろいた。折りかえしの連絡をしたが、電話は繋がらなかった。
――僕は急いで九遠堂へ向かった。
「椎堂さん! 蓉子さんお店に来てませんか?!」
留守番メッセージに残されていたのは、恵太さんの声だった。
どうした理由か、青年は怒り狂っていた。椎堂さんの名前を連呼して、かなり物騒な暴言を飛ばしていたのだ。あきらかに正気を失っている。
液晶画面に表示された連絡元は蓉子さんだったことから推測するに、携帯が奪われている可能性が高い。
やはり、なにかが起きてしまった。
蓉子さんの身が危ない。
そう察したところで、彼女の住む場所も勤め先も僕は知らない。恵太さんの豹変が雲外鏡の影響ならば、彼女が頼りにするとすれば、僕でないなら椎堂さんだろう。
直接、九遠堂に逃げ込んできていればいいのだが。そう、祈るような心地で店内に駆け込んだ。
「朝からうるさいぞ下働き。客がいないのは、一瞥すればわかるだろうに」
早口で事情を説明すると椎堂さんは、なるほどとうなった。
「やはり、か」
絶句してしまう。椎堂さんはこうなることを予測していたのだ。
人でなしの自称は嘘ではなかった。僕は奥歯を噛みしめたまま、己のふがいなさに立ち尽くす。
雲外鏡は蓉子さんが期待するような幸せをもたらさなかった。
僕は彼女が不幸に陥るのを、みすみす見過ごしてしまったのだ。
その時、入り口から大きな足音が聞こえた。
ほとんど悲鳴のような女性の声が店先に響く。
「すみません! 先日、鏡を買わせていただいた者です……!」
やってきたのは蓉子さんだった。かなり憔悴した様子で、顔面蒼白のまま肩で息をしている。
急いで彼女に駆け寄る。僕の顔を認識すると、蓉子さんは泣き出しそうになりながらすがりついてきた。
「伏見さん……。すみません、携帯、取り上げられてしまって……彼がおかしいの。鏡を見せたら急に暴言ばかり言うようになって……もういや、助けて」
白く細い腕を震えさせて、蓉子さんは涙を落とす。
僕は椎堂さんを睨みつける。が、椎堂さんが目を合わせることはなかった。彼は入り口をじっと見つめている。椎堂さんが視線を送る先で――。
ゆらり、と。影が揺れた。
「あとをつけてきてみれば。こんなところにいたのか、蓉子」
そこではじめて二人目の来客に気がついた。
九遠堂の戸口には黒いポロシャツ姿の男性がひとり、立っていた。一見、穏やかな笑顔をつくっているが、男の面差しは機械のように冷たかった。
彼がとげのある声を発するなり蓉子さんは身を強張らせた。
「恵太くん……」
成澤恵太さん。蓉子さんの恋人。
一目でわかった。でも、デパートで見かけた柔和な印象からはほど遠い。これでは別人のようだ。
「おまえが椎堂だな?」
恵太さんは僕らには一瞥もくれず、踵を鳴らして店内に足を踏み入れてくる。
椎堂さんに対して、嫌悪とも憎悪ともとれる感情を剥き出しにして。
「やれやれ、千客万来だな。いかにも、俺が九遠堂の店主だが」
「おまえが蓉子をそそのかして、五十万を騙しとったのか」
恵太さんが唇を一文字に結ぶ。そして、こみ上げた言葉を飲み込むように喉を上下させた。痛々しく感じるほど重い沈黙が降りる。
やがて青年は顔をあげて、鋭く言い放った。
「こいつは出来が悪い女ではあるが、僕の恋人だ。……俺の知らないところで甘言を吐いて、蓉子の弱さにつけこみやがって」
椎堂さんの擁護はできない。……が、あまりにひどい。
とくに、恵太さんの蓉子さんに対する物言いだ。穏やかで優しく、紳士的な恋人だという評判からはほど遠く、これではただの粗暴な男だ。
誰かを物のように扱ったり、相手を見下し貶めて、荒っぽく罵倒を吐き捨てるなんて。恋人に――大切な人にむける態度じゃない。
罵声を浴びて、蓉子さんは小さく身を震わせていた。悲痛なおもざしを隠すこともできず。
恵太さんの言動は、蓉子さんが大切であるがゆえというよりも、自分の所有物に傷をつけられたことに対して怒っているようにしか見えない。
――これは、だめだ。
もめごとに口をはさむなんて、平和主義の普通人にとって恥ずべき行為だ。けど……だまりこんではいられなかった。我慢がならなかった。こういうとき、僕は堪え性が足りないのかもしれない。
椎堂さんと恵太さんのあいだに割って入る。
「うちの店主はどうかと思いますが、お引き取りください。蓉子さんが怯えています。あなたから逃げてきたんじゃないですか」
「なんだ、おまえは。そこをどけガキ」
「蓉子さん、恵太さんは理想の恋人だって言ってましたよね。この人、前からこんな人だったんですか」
「違うわ……そんなひとじゃ……」
僕だってそうだと信じたい。
デパートで見かけたふたりを思い出す。あのときの幸せそうな表情は……鏡が力を貸したからだと思っていた。そうではなかった。椎堂さんが手渡した品物が導いたのは、二人の関係を壊す急変だった。
あの鏡に恵太さんを豹変させるような悪意が潜んでいたのなら。
〈怪奇なるもの〉が導く道なんて、信じるべきじゃなかったんだ。
泣きつく蓉子さんに次いで恵太さんが現れて、事態はいよいよ混沌を極めてしまった。
解決に導けるのは、そして原因をつくりだしたのは、ひとりしかいない。
正面から大人を叱りつけるなんて、できるものなら御免こうむりたいが、誰も現れないのであれば僕が問い詰めるほかなかった。
「椎堂さん! これがあなたの思惑通りの結末だって言うんですか! だとしたらあんたは確かにどうしようもない、ろくでなしだ!」
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