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容姿端麗性格最低な転校生と無口な転校生
容姿端麗性格最低な転校生と無口な転校生Ⅷ
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『どうだったのかしら。楽しくお話はできたの?』
「マリーのお陰で楽しく話せたよ。みんなの輪の中に入れるようになったし……そうそう、私マリーの眷属にして貰わなくても良かったみたい。氷華っていう雪女の能力が使えるみたいで」
『それはそれで良かったじゃないの。私だけの能力だと限界だってあるのよ? 使えるものは使えるようにしておく。強くなって守りたいんでしょ?』
一人で歩く礼火だが、足元の影から聞こえるマリーと会話をする。
マリーの能力の一つ、眷属とは影で繋がっている状態を維持しているため、会話ができる。そして、影から飛び出すことが出来るマリーは礼火に背負ってもらい彼女の頭を撫でる。
『大切なもののそばに居られるように頑張るんですのよ?』
「うん……ありがとう。マリーも一緒に頑張ろうね。絶対に約束守るから。亮人達にもお願いしたら助けてくれるだろうし」
『良いですわよ。私は自分で仇を取りますから。あなたには血生臭い世界は似合いませんわよ』
礼火の体を優しく抱く。
『あなたの事も、私が守ってあげますわよ』
「私だってマリーのこと、助けてあげるから」
『感謝しますわ』
「こちらこそ」
それからしばらくは無言が続いた。
彼女らが出会って三週間の間、彼女達二人は常に一緒にいた。
礼火は家族と一緒にいたと亮人へと伝えていたが、本当はマリーと能力の訓練をしていた。
マリーの影の中での訓練。
誰にも邪魔されずに済む環境で、礼火はうまくマリーの能力に適応して見せていく。それは現在の亮人を超え、氷華やシャーリーと同等もしくは少しだけ超えているかもしれない。それだけに努力と最初の苦痛を耐えただけある。
『これだけ成長が早いと私も安心していられますわ』
「まだまだっ!!」
『やる気があるのは良いことですわよっ!!』
マリーは分身を出し、二対一での攻防を行う。
「それは卑怯だよっ!!」
影で作り出す苦無を無数に投擲し、距離を置くが叩き落とされ肉薄される。
『最後は肉弾戦に持っていかれることが多いですわよっ!! ここで対応できるようにならないと死にますわっ!!』
「もうっ!!」
両手苦無で攻防するも、一方的な戦闘は続いていく。
レイピアを片手に二人のマリーは礼火を次々に突き刺しに来る。それ文字通り、体に無数の穴を開けていた。
「っつ!!」
痛みに耐えながら、礼火は苦無を自分の影へと投げ込む。
『何をしているのかしらっ!』
無意味に見えたその行動を笑うマリーだが、次の瞬間には背中に苦無が突き刺さる。
『…………ふーん』
攻撃を止めたマリーは突き刺さっている苦無を抜き、地面へと投げやる。
『私の能力もだいぶ応用が聞くようになってきましたわね』
「これだけ死にそうになってたら、嫌でもうまくなるんじゃない?」
血が流れているにも関わらず、マリーへ向けるその屈託のない笑顔にマリーは頬を緩める。
『少しだけ休憩を入れましょうか』
地面へと尻餅をついている礼火を引き上げ、地上へと二人で姿を現す。
氷華と燈が戦った公園、礼火と亮人の思い出の公園。そこで二人は昼食を食べる。
さっきまで流れていた血は止まり、空いていた穴も塞がっている。
「ヴァンパイアの能力のおかげで怪我がすぐに治るの凄く助かるね」
『あなたは元人間だから日中も能力が一定して使えるのが羨ましいわ。私は夜じゃないと本領が発揮できませんから』
礼火が作ったサンドウィッチを頰張りながら、二人は会話を弾ませる。
「マリーは私を特別にって言ってたけど、どうして特別なのかな?」
出会ったあの日、礼火を特別としたマリー。
その真意がわからないまま、過ごしてきた。
あれから少しずつ深まったであろう、仲だからこそ聞こうとした。
『そんなの、気まぐれですわよ。気まぐれ…………いえ、本当は気紛れなんかじゃないですわね。守れるものは守りたい。純粋にその気持ちが私を動かしたのかもしれませんわ。私もこの命、守られた側のものですから………………少しだけ、私の昔話をしましょうか』
そこから語られる小さな少女の物語。
♂ × ?
それは十年近く前の冬の物語。
イタリアの田舎に聳え立つ城が一つに大妖怪、ヴァンパイア一族が集結していた。
この日はマリーの誕生祭であった。
豪華絢爛な城の内部は光煌びやかに照らされ、肖像画や美術品が輝きを増す。天井から吊り下げられているシャンデリアが数十個と連なる道の奥には一人の男がいた。
ヴァンパイアの中でも最高位に位置し、マリーの父親である、bezdna tsvet korolベズドナ・ツヴェート・コロルが玉座に君臨していた。
多くのヴァンパイアを統べる王にして、最強のヴァンパイア。
ルビーのように赤黒い長髪を持ち、黒いローブを羽織り、玉座に鎮座する姿は王の威厳を感じさせる風格がある。
そして、マリーはベズドナと人間の妾の子として生まれたのだ。
純血を重んじるヴァンパイア一族だが、王であるベズドナが行ったことに対して口を出すものなど誰もいなかった。そして、畏怖の対象でもある王のベズドナはマリーを大事に育てたのである。純血を守ってきた王が妾に産ませたマリー。一部の一族からは忌み子として認識されているが、表にすることはできない。
『マリー……こちらへ来なさい』
重く言葉だけでも人を殺せてしまうのではないかというプレッシャーが周りを襲う。しかし、マリーにとっては優しき父の声。
彼の足元へと足を運ぶ若干七歳の少女は彼の膝上へと座る。
『何ですの、お父様』
『我々はこれまで掟や純血が一番重要なことだと考えて来た。だが、それは間違っていたのだ。お前の母、マリアと出会ってからそう思うようになったのだ』
『お母様ですの?』
マリーの視線の先、そこには母のマリアがいた。
金髪の長い髪に屈託のない笑顔をマリーとベズドナへと向ける。
その姿はこの集団の中では異質であり、輝かしいものであった。
ヴァンパイアの城の中で唯一の人間。彼女がベズドナを変えた人間であったからだ。
未だにヴァンパイアの眷属として、ベズドナへ隷属せず、確固たる人間としての存在を維持していたのだから。
『そうだ……マリアは分け隔てなく、誰にでも優しく接することができる女性だ。それは人種や種族も違っても同じように接することができる。我は人間は愚かで下等な生物だと思って生きて来た。我々の食糧なんだと』
笑みを浮かべない彼の声音は常に低く、何を考えているかを思考することも困難なものだった。
『ただ、彼女と出会い我は初めて笑うことができたのだ』
マリーの方へと向けるその表情は優しく微笑まれていた。
表情を一切変える事のない王であるベズドナが笑みを浮かべるだけで、一族は驚愕する。
恐怖、畏怖の権化として君臨してきたヴァンパイアの王、ベズドナ。
一つの仕草や失敗で一族であろうと殺してきた彼が、笑みを浮かべたのだから。
『我はな、感情を捨てる事で今の地位まで上り詰めてきたのだ。捨ててはいけない大切なものを捨ててしまったのだ。だが、それを取り戻してくれたのが、お前の母、マリアなんだよ』
『感情ってそんなに大切ですの?』
『それは大切だとも。喜ぶことも、楽しむことも、時には悲しいと感じることも全てが愛おしく感じられる。お前には分からないかもしれないが、いずれできる大切な人に向けてやれる気持ちがあるだけで、幸せな事なんだと感じられるだろう』
『よく分かんないですわ。ただ、私がお母様やお父様と一緒にいて嬉しいって事ですの?』
『そうだな、簡単に言ったらそういうことになるだろう。ただ、それが更に沢山の人に感じられるという事だ』
『ふーん』
『ハッハッハ、いずれ分かるであろう。それまでゆっくりと成長してゆくがいい』
ベズドナへと抱き付くマリーは彼の胸へと頭を埋める。
優しく撫でられる頭に『えへへ』と可愛く笑みを浮かべるマリー。
それから緩やかに流れる時間の中でマリーはベズドナから離れ、マリアの元へと駆け寄った。
『お母様っ!! お父様にどんな魔法をかけましたのっ!?』
「マリーったら、急にどうしたのかしら」
『お父様が、お母様と出会って考えが変わったって仰ってましたの! お父様は優しいのに、そんなに変わったのですか?』
「うーん、そうね。昔はもっと殺伐としていたような気がするけど、元々が優しい人だっただけだと思うんだけどなぁ」
『お父様と仰ってる事が全然違いますのっ!!』
「そう怒らないで? 私はただ、普通にあの人と友達になりたかっただけだと思うの」
『お友達…………ですの?』
城から一度も出た事がないマリーには関係のない話だった。マリーの世界はこの城の中で完結し、何不自由なく過ごす事ができたのだから。
「そう、友達ね。あの人、初めて出会った時に寂しそうだったから。ただ、それだけだったと思うわ。たったそれだけの切っ掛けで、マリー……あなたが生まれて来てくれたのよ」
そっとマリーを抱き寄せるマリアはベズドナと同様に頭を撫でる。たったそれだけの行為だが、マリーの心を暖かくしていった。
『よくわかりませんの………………』
「大丈夫よ……いずれ分かるから」
ベズドナ同様の言葉を口にし、マリーはベズドナへと歩みを進めた。
「そろそろ、あの子も外の世界を知って貰ってもいいかも知れませんね」
『そのようだな…………我がお前と出会った様に、何かいい出会いがあるかも知れないな』
「ええ…………」
お互いに差し出す手を握り締め、マリーへと視線を向けた。
それと同時に悲劇は起きる。
城の外から多くの人間が攻め入って来たのだ。
多くのヴァンパイアが集い、負ける事がない戦力が、次々にベズドナの前から消えていく。
そして、マリーは状況を理解出来ずに床へと座り込んでしまい、身動きが取れずにいた。
「マリーっ!! こっちに来なさいっ!!」
マリーへと駆け寄り、手を引っ張るマリア。その表情は焦りと恐怖を感じさせた。
初めて見るその表情に、マリーの瞳からは自然と涙が出ていた。
初めて感じるマリアの恐怖、初めて感じる焦り。その全てがマリーにとって、初めての体験で恐怖となった。
『我が一族に喧嘩を売るなど……何処の種族か……』
怒気を孕む声音に近くにいた敵は即死した。そして、ベズドナは驚く。
『………………人間』
死んだ人間の首を持ち上げ、出入口へと死体を投げ飛ばす。だが、その死体は一人の人間と一匹の妖魔によって消え去った。
「そうだ……人間様だ…………ヴァンパイア風情」
『ガルルルルルウゥゥゥ』
三つの頭を持つ漆黒の狼が一人の男に連れられ、城内へと足を踏み入れる。
黒のトレンチコートを着こなし、中には喪服をイメージさせるスーツを着用した男。左目には十字架が描かれた眼帯。胸には二丁の銀色の拳銃がホルスターに収められているのが、チラリと見える。
『なぜ、人間が我々に手を出す……』
ベズドナへと近寄る人間へと、部下のヴァンパイアが応戦をするも拳銃により銃殺されていく。
死なないはずのヴァンパイアが撃たれる度に灰となり、爆風で舞っていく。また、男が引き連れて来た妖魔、ケルベロスがヴァンパイアを喰い散らしていく。
目の前に広がる光景にマリーは目を背け、マリアはマリーを自身の後ろへと隠す。
『お前達はここから逃げなさい……普通の人間ではないようだ』
「流石、ヴァンパイアロードとも言える洞察力。俺達は妖魔を喰らい、能力を使う。普通の人間だと思うな」
向けられる銃口から火花が吹き出れば、ベズドナは弾丸を弾き飛ばす。
「ヴァンパイアロードは伊達じゃないな」
『小癪な……銃ごときで我を殺せると思うな』
「…………単なる銃だと思わない方がいいぞ、お前達を殺せる特別製だ」
『………………』
ベズドナは弾丸を弾き飛ばした手を見遣ると、一時的だが手にヒビが入っていた。だが、時間経過とともにそれも元通りとなる。
「悪魔に近い妖怪は違うな……」
『俺らと同じにするな。アイツらは俺らよりも下等な生物だ。同等と思われるのは癪でしかない』
口から夥しい血を滴らせるケルベロスは、地面を抉りながら男の横へと鎮座する。
『貴様……悪魔か』
『あぁ、悪魔の一端だがな。だが、それでもプライドがある、お前ら下等生物風情と同じにされることは決して許し難いものだ』
トレンチコートの男の顔へと近寄れば、地面を強く叩きつける。
叩き付けられた箇所を中心に大きく地は割れ、衝撃がベズドナ達がいる部屋を揺るがす。
「他意はない、許せ」
『……………………ッチ』
目の前で広げられるやり取りにマリアは足を動かす事が出来ない。
しかし、マリーだけは足を動かした。
『私のお父様の方があなた達なんかよりも強いに決まってますわっ!! お父様を愚弄することは私が許しませんっ!!』
マリアの前へと出たマリーは男達へと声を張り上げる。
堂々として少女の姿に、男は驚き、ベズドナ達は微笑む。
『小娘風情が……俺らより強いだと……』
しかし、ケルベロスだけはマリーへと殺意を向け、地面を蹴り出そうとした。
「待て……俺がやる」
銀色に輝く拳銃はマリーへと向けられと同時に火花を放つ。
一切の容赦がない動き。確実に殺すための動きはマリーを穿つ、はずだった。
「っっ!!」
マリーを消し炭にするはずの弾丸はマリアの肺を突き抜けていた。
『よくも我が妻をっ!!』
そこから始まった戦闘はマリーには一切見えないものであった。一瞬にして柱が砕け、地面が抉れていく。
『お母様っ!!』
マリアはマリーの目の前で地面へと伏せ、口からは少しずつ血を流していく。
恐怖、焦り、驚愕、様々な感情がマリーを襲っていく。
頭の中が沸騰する感覚に困惑する。
「大丈夫……私は大丈夫だから」
弱々しく伸ばされるマリアの手を両手で包むが、生暖かな液体がマリーの手を湿らせる。
「私たちはお父さんが守ってくれるから、大丈夫よ」
『ごめんなさい……お母様。私が余計なことをしたせいで』
「いいのよ……私だって言いたかったから、言ってくれて……嬉しかったわよ」
微笑みを浮かべるマリアの顔色は徐々に薄れていく。
『マリア……すまない』
戦闘が繰り広げられる中、ベズドナがマリー達の元へと現れ、マリアの手を握る。その瞳には涙を浮かべ。
「あなたが泣くなんて……奇跡が起こる事も、あるのね」
『我も泣くことはある……』
『お父様っ!! お母様を助けてくださいっ!! 私のせいで!!』
『マリー……お前のせいなどではない。お前達を守れない我が悪いのだ。せめて、お前達だけでも守って生き延びる。約束しよう』
「あなた……」
そう口にしたマリアはベズドナの影の中へと飲み込まれていく。そして、ベズドナは壁を破壊し、マリーを城外へと一瞬にして移動する。
『今の我は影だ。お前を守れる程の力はない。だから、今は生き延びろ……約束を守れたら、なんでもいうことを聞いてやろう』
『嫌ですわ、お父様っ!! 私もお父様達の側にいたいですっ!!』
悲痛な言葉にベズドナは目尻に涙を浮かべながら、マリーを夜闇の中へと投げ飛ばす。
『お父様ぁぁぁあああ!!』
投げ飛ばされる瞬間、再び優しい笑みを浮かべたベズドナの影は霧散した。
「マリーのお陰で楽しく話せたよ。みんなの輪の中に入れるようになったし……そうそう、私マリーの眷属にして貰わなくても良かったみたい。氷華っていう雪女の能力が使えるみたいで」
『それはそれで良かったじゃないの。私だけの能力だと限界だってあるのよ? 使えるものは使えるようにしておく。強くなって守りたいんでしょ?』
一人で歩く礼火だが、足元の影から聞こえるマリーと会話をする。
マリーの能力の一つ、眷属とは影で繋がっている状態を維持しているため、会話ができる。そして、影から飛び出すことが出来るマリーは礼火に背負ってもらい彼女の頭を撫でる。
『大切なもののそばに居られるように頑張るんですのよ?』
「うん……ありがとう。マリーも一緒に頑張ろうね。絶対に約束守るから。亮人達にもお願いしたら助けてくれるだろうし」
『良いですわよ。私は自分で仇を取りますから。あなたには血生臭い世界は似合いませんわよ』
礼火の体を優しく抱く。
『あなたの事も、私が守ってあげますわよ』
「私だってマリーのこと、助けてあげるから」
『感謝しますわ』
「こちらこそ」
それからしばらくは無言が続いた。
彼女らが出会って三週間の間、彼女達二人は常に一緒にいた。
礼火は家族と一緒にいたと亮人へと伝えていたが、本当はマリーと能力の訓練をしていた。
マリーの影の中での訓練。
誰にも邪魔されずに済む環境で、礼火はうまくマリーの能力に適応して見せていく。それは現在の亮人を超え、氷華やシャーリーと同等もしくは少しだけ超えているかもしれない。それだけに努力と最初の苦痛を耐えただけある。
『これだけ成長が早いと私も安心していられますわ』
「まだまだっ!!」
『やる気があるのは良いことですわよっ!!』
マリーは分身を出し、二対一での攻防を行う。
「それは卑怯だよっ!!」
影で作り出す苦無を無数に投擲し、距離を置くが叩き落とされ肉薄される。
『最後は肉弾戦に持っていかれることが多いですわよっ!! ここで対応できるようにならないと死にますわっ!!』
「もうっ!!」
両手苦無で攻防するも、一方的な戦闘は続いていく。
レイピアを片手に二人のマリーは礼火を次々に突き刺しに来る。それ文字通り、体に無数の穴を開けていた。
「っつ!!」
痛みに耐えながら、礼火は苦無を自分の影へと投げ込む。
『何をしているのかしらっ!』
無意味に見えたその行動を笑うマリーだが、次の瞬間には背中に苦無が突き刺さる。
『…………ふーん』
攻撃を止めたマリーは突き刺さっている苦無を抜き、地面へと投げやる。
『私の能力もだいぶ応用が聞くようになってきましたわね』
「これだけ死にそうになってたら、嫌でもうまくなるんじゃない?」
血が流れているにも関わらず、マリーへ向けるその屈託のない笑顔にマリーは頬を緩める。
『少しだけ休憩を入れましょうか』
地面へと尻餅をついている礼火を引き上げ、地上へと二人で姿を現す。
氷華と燈が戦った公園、礼火と亮人の思い出の公園。そこで二人は昼食を食べる。
さっきまで流れていた血は止まり、空いていた穴も塞がっている。
「ヴァンパイアの能力のおかげで怪我がすぐに治るの凄く助かるね」
『あなたは元人間だから日中も能力が一定して使えるのが羨ましいわ。私は夜じゃないと本領が発揮できませんから』
礼火が作ったサンドウィッチを頰張りながら、二人は会話を弾ませる。
「マリーは私を特別にって言ってたけど、どうして特別なのかな?」
出会ったあの日、礼火を特別としたマリー。
その真意がわからないまま、過ごしてきた。
あれから少しずつ深まったであろう、仲だからこそ聞こうとした。
『そんなの、気まぐれですわよ。気まぐれ…………いえ、本当は気紛れなんかじゃないですわね。守れるものは守りたい。純粋にその気持ちが私を動かしたのかもしれませんわ。私もこの命、守られた側のものですから………………少しだけ、私の昔話をしましょうか』
そこから語られる小さな少女の物語。
♂ × ?
それは十年近く前の冬の物語。
イタリアの田舎に聳え立つ城が一つに大妖怪、ヴァンパイア一族が集結していた。
この日はマリーの誕生祭であった。
豪華絢爛な城の内部は光煌びやかに照らされ、肖像画や美術品が輝きを増す。天井から吊り下げられているシャンデリアが数十個と連なる道の奥には一人の男がいた。
ヴァンパイアの中でも最高位に位置し、マリーの父親である、bezdna tsvet korolベズドナ・ツヴェート・コロルが玉座に君臨していた。
多くのヴァンパイアを統べる王にして、最強のヴァンパイア。
ルビーのように赤黒い長髪を持ち、黒いローブを羽織り、玉座に鎮座する姿は王の威厳を感じさせる風格がある。
そして、マリーはベズドナと人間の妾の子として生まれたのだ。
純血を重んじるヴァンパイア一族だが、王であるベズドナが行ったことに対して口を出すものなど誰もいなかった。そして、畏怖の対象でもある王のベズドナはマリーを大事に育てたのである。純血を守ってきた王が妾に産ませたマリー。一部の一族からは忌み子として認識されているが、表にすることはできない。
『マリー……こちらへ来なさい』
重く言葉だけでも人を殺せてしまうのではないかというプレッシャーが周りを襲う。しかし、マリーにとっては優しき父の声。
彼の足元へと足を運ぶ若干七歳の少女は彼の膝上へと座る。
『何ですの、お父様』
『我々はこれまで掟や純血が一番重要なことだと考えて来た。だが、それは間違っていたのだ。お前の母、マリアと出会ってからそう思うようになったのだ』
『お母様ですの?』
マリーの視線の先、そこには母のマリアがいた。
金髪の長い髪に屈託のない笑顔をマリーとベズドナへと向ける。
その姿はこの集団の中では異質であり、輝かしいものであった。
ヴァンパイアの城の中で唯一の人間。彼女がベズドナを変えた人間であったからだ。
未だにヴァンパイアの眷属として、ベズドナへ隷属せず、確固たる人間としての存在を維持していたのだから。
『そうだ……マリアは分け隔てなく、誰にでも優しく接することができる女性だ。それは人種や種族も違っても同じように接することができる。我は人間は愚かで下等な生物だと思って生きて来た。我々の食糧なんだと』
笑みを浮かべない彼の声音は常に低く、何を考えているかを思考することも困難なものだった。
『ただ、彼女と出会い我は初めて笑うことができたのだ』
マリーの方へと向けるその表情は優しく微笑まれていた。
表情を一切変える事のない王であるベズドナが笑みを浮かべるだけで、一族は驚愕する。
恐怖、畏怖の権化として君臨してきたヴァンパイアの王、ベズドナ。
一つの仕草や失敗で一族であろうと殺してきた彼が、笑みを浮かべたのだから。
『我はな、感情を捨てる事で今の地位まで上り詰めてきたのだ。捨ててはいけない大切なものを捨ててしまったのだ。だが、それを取り戻してくれたのが、お前の母、マリアなんだよ』
『感情ってそんなに大切ですの?』
『それは大切だとも。喜ぶことも、楽しむことも、時には悲しいと感じることも全てが愛おしく感じられる。お前には分からないかもしれないが、いずれできる大切な人に向けてやれる気持ちがあるだけで、幸せな事なんだと感じられるだろう』
『よく分かんないですわ。ただ、私がお母様やお父様と一緒にいて嬉しいって事ですの?』
『そうだな、簡単に言ったらそういうことになるだろう。ただ、それが更に沢山の人に感じられるという事だ』
『ふーん』
『ハッハッハ、いずれ分かるであろう。それまでゆっくりと成長してゆくがいい』
ベズドナへと抱き付くマリーは彼の胸へと頭を埋める。
優しく撫でられる頭に『えへへ』と可愛く笑みを浮かべるマリー。
それから緩やかに流れる時間の中でマリーはベズドナから離れ、マリアの元へと駆け寄った。
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『お父様が、お母様と出会って考えが変わったって仰ってましたの! お父様は優しいのに、そんなに変わったのですか?』
「うーん、そうね。昔はもっと殺伐としていたような気がするけど、元々が優しい人だっただけだと思うんだけどなぁ」
『お父様と仰ってる事が全然違いますのっ!!』
「そう怒らないで? 私はただ、普通にあの人と友達になりたかっただけだと思うの」
『お友達…………ですの?』
城から一度も出た事がないマリーには関係のない話だった。マリーの世界はこの城の中で完結し、何不自由なく過ごす事ができたのだから。
「そう、友達ね。あの人、初めて出会った時に寂しそうだったから。ただ、それだけだったと思うわ。たったそれだけの切っ掛けで、マリー……あなたが生まれて来てくれたのよ」
そっとマリーを抱き寄せるマリアはベズドナと同様に頭を撫でる。たったそれだけの行為だが、マリーの心を暖かくしていった。
『よくわかりませんの………………』
「大丈夫よ……いずれ分かるから」
ベズドナ同様の言葉を口にし、マリーはベズドナへと歩みを進めた。
「そろそろ、あの子も外の世界を知って貰ってもいいかも知れませんね」
『そのようだな…………我がお前と出会った様に、何かいい出会いがあるかも知れないな』
「ええ…………」
お互いに差し出す手を握り締め、マリーへと視線を向けた。
それと同時に悲劇は起きる。
城の外から多くの人間が攻め入って来たのだ。
多くのヴァンパイアが集い、負ける事がない戦力が、次々にベズドナの前から消えていく。
そして、マリーは状況を理解出来ずに床へと座り込んでしまい、身動きが取れずにいた。
「マリーっ!! こっちに来なさいっ!!」
マリーへと駆け寄り、手を引っ張るマリア。その表情は焦りと恐怖を感じさせた。
初めて見るその表情に、マリーの瞳からは自然と涙が出ていた。
初めて感じるマリアの恐怖、初めて感じる焦り。その全てがマリーにとって、初めての体験で恐怖となった。
『我が一族に喧嘩を売るなど……何処の種族か……』
怒気を孕む声音に近くにいた敵は即死した。そして、ベズドナは驚く。
『………………人間』
死んだ人間の首を持ち上げ、出入口へと死体を投げ飛ばす。だが、その死体は一人の人間と一匹の妖魔によって消え去った。
「そうだ……人間様だ…………ヴァンパイア風情」
『ガルルルルルウゥゥゥ』
三つの頭を持つ漆黒の狼が一人の男に連れられ、城内へと足を踏み入れる。
黒のトレンチコートを着こなし、中には喪服をイメージさせるスーツを着用した男。左目には十字架が描かれた眼帯。胸には二丁の銀色の拳銃がホルスターに収められているのが、チラリと見える。
『なぜ、人間が我々に手を出す……』
ベズドナへと近寄る人間へと、部下のヴァンパイアが応戦をするも拳銃により銃殺されていく。
死なないはずのヴァンパイアが撃たれる度に灰となり、爆風で舞っていく。また、男が引き連れて来た妖魔、ケルベロスがヴァンパイアを喰い散らしていく。
目の前に広がる光景にマリーは目を背け、マリアはマリーを自身の後ろへと隠す。
『お前達はここから逃げなさい……普通の人間ではないようだ』
「流石、ヴァンパイアロードとも言える洞察力。俺達は妖魔を喰らい、能力を使う。普通の人間だと思うな」
向けられる銃口から火花が吹き出れば、ベズドナは弾丸を弾き飛ばす。
「ヴァンパイアロードは伊達じゃないな」
『小癪な……銃ごときで我を殺せると思うな』
「…………単なる銃だと思わない方がいいぞ、お前達を殺せる特別製だ」
『………………』
ベズドナは弾丸を弾き飛ばした手を見遣ると、一時的だが手にヒビが入っていた。だが、時間経過とともにそれも元通りとなる。
「悪魔に近い妖怪は違うな……」
『俺らと同じにするな。アイツらは俺らよりも下等な生物だ。同等と思われるのは癪でしかない』
口から夥しい血を滴らせるケルベロスは、地面を抉りながら男の横へと鎮座する。
『貴様……悪魔か』
『あぁ、悪魔の一端だがな。だが、それでもプライドがある、お前ら下等生物風情と同じにされることは決して許し難いものだ』
トレンチコートの男の顔へと近寄れば、地面を強く叩きつける。
叩き付けられた箇所を中心に大きく地は割れ、衝撃がベズドナ達がいる部屋を揺るがす。
「他意はない、許せ」
『……………………ッチ』
目の前で広げられるやり取りにマリアは足を動かす事が出来ない。
しかし、マリーだけは足を動かした。
『私のお父様の方があなた達なんかよりも強いに決まってますわっ!! お父様を愚弄することは私が許しませんっ!!』
マリアの前へと出たマリーは男達へと声を張り上げる。
堂々として少女の姿に、男は驚き、ベズドナ達は微笑む。
『小娘風情が……俺らより強いだと……』
しかし、ケルベロスだけはマリーへと殺意を向け、地面を蹴り出そうとした。
「待て……俺がやる」
銀色に輝く拳銃はマリーへと向けられと同時に火花を放つ。
一切の容赦がない動き。確実に殺すための動きはマリーを穿つ、はずだった。
「っっ!!」
マリーを消し炭にするはずの弾丸はマリアの肺を突き抜けていた。
『よくも我が妻をっ!!』
そこから始まった戦闘はマリーには一切見えないものであった。一瞬にして柱が砕け、地面が抉れていく。
『お母様っ!!』
マリアはマリーの目の前で地面へと伏せ、口からは少しずつ血を流していく。
恐怖、焦り、驚愕、様々な感情がマリーを襲っていく。
頭の中が沸騰する感覚に困惑する。
「大丈夫……私は大丈夫だから」
弱々しく伸ばされるマリアの手を両手で包むが、生暖かな液体がマリーの手を湿らせる。
「私たちはお父さんが守ってくれるから、大丈夫よ」
『ごめんなさい……お母様。私が余計なことをしたせいで』
「いいのよ……私だって言いたかったから、言ってくれて……嬉しかったわよ」
微笑みを浮かべるマリアの顔色は徐々に薄れていく。
『マリア……すまない』
戦闘が繰り広げられる中、ベズドナがマリー達の元へと現れ、マリアの手を握る。その瞳には涙を浮かべ。
「あなたが泣くなんて……奇跡が起こる事も、あるのね」
『我も泣くことはある……』
『お父様っ!! お母様を助けてくださいっ!! 私のせいで!!』
『マリー……お前のせいなどではない。お前達を守れない我が悪いのだ。せめて、お前達だけでも守って生き延びる。約束しよう』
「あなた……」
そう口にしたマリアはベズドナの影の中へと飲み込まれていく。そして、ベズドナは壁を破壊し、マリーを城外へと一瞬にして移動する。
『今の我は影だ。お前を守れる程の力はない。だから、今は生き延びろ……約束を守れたら、なんでもいうことを聞いてやろう』
『嫌ですわ、お父様っ!! 私もお父様達の側にいたいですっ!!』
悲痛な言葉にベズドナは目尻に涙を浮かべながら、マリーを夜闇の中へと投げ飛ばす。
『お父様ぁぁぁあああ!!』
投げ飛ばされる瞬間、再び優しい笑みを浮かべたベズドナの影は霧散した。
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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