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容姿端麗性格最低な転校生と無口な転校生
容姿端麗性格最低な転校生と無口な転校生Ⅲ
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マリーと礼火との一件が心の隅に影を落としながら、亮人は帰路へと着く。
普段は一緒に帰っている礼火だが、今日からはマリーと一緒にどこかへと向かっていった。その後ろ姿はクリスマスイブの時の姿とは違う。
重苦しく、強い足取り。
そんな姿にこれまで通りに声を掛けられない。いや、掛けようとしても声が出なかった亮人は、ゆっくりとした足取りで自宅へと足を運ぶ。
コツコツと音を立てながら歩く足は重く、まるで頭と体が乖離しているかのように、違和感を覚えさせる。
何が足りないんだ…………何が。
心の奥底に眠る何かが大きく膨らむ。
どす黒く、ねっとりとしたそれは、まるで自分を飲み込むかのように勢いよく広がり、視界を黒く染め上げる。モノクロの世界、音に色もなく、足から感じる感覚も鈍くなる。肌を突き刺すような冬の空気も感じられない。
玄関の前へと立ち尽くす亮人はドアノブへと手を伸ばす。
思うように動かない手はドアノブへと触れるが、回すことができない。まるで重厚な金属の金庫を開けるかのように重たいドアノブ。どれだけ力を入れようと、ビクともしない。
プツン……。
また一つ、頭の中で、心の中で何かが弾ける。
ゆっくりと、ゆっくりと亮人はドアノブから手を離し、顔は地面へと項垂れるように向けられる。
『お兄ちゃんっ、お帰りっ!!』
玄関を内側から開けたシャーリーは満面の笑みに楽しげな声で亮人を迎え入れた。だが、亮人はそれに反応しない。指先も、呼吸も、動きを一切せずに人形のように立ち尽くす。
『亮人、おかえ……り』
シャーリーの後ろから声を掛けてくる氷華だが、目の前にいる亮人の様子に表情を曇らせる。
『お兄ちゃん?』
『亮人…………どうしたの?』
二人が声を掛けるが反応はない。
亮人が感じるのは、ドロッとした心の奥にある何かだけだった。
『ねぇ、亮人ったら』
氷華が肩へと手を乗せる瞬間、
「今の亮人から離れろっ!!」
後ろから勢いよく麗夜が赤い炎球が放たれた。細かく小さな炎は弾丸の様に亮人へと向かうも、それは一瞬にして凍りつき、地面へと落ちて割れる。同時に麗夜は亮人を抱えて、近くの山へと駆け抜ける。
「くそっ!! 俺の時と違うぞっ!!」
『どうなってるのよっ!!』
「能力の暴走だよっ!! 今の亮人は何も聞こえてないだろうよっ!!」
麗夜の肩に乗っている亮人はゆっくりと麗夜の首元へと手をのばす。伸ばされる手は近くにあるだけで寒気がするほどに冷気を漂わせる。
『麗夜っ、あそこにするわ!!』
『みんな、ついてきてっ!!』
元の姿になっている燈とシャーリーは山中へと走り込む。地面に落ちている枯れ葉は二人が走るだけで空中へと舞い上がる。カサカサと音を立てながら地面へと落ちる所へ麗夜は力強く地面を踏み締め、亮人を木々へと投げ付ける。
体を強く打つける様に、グッタリとした状態で亮人は地面へと項垂れる。ただ、亮人が触れるものは全て凍て付き、パキパキと音を鳴らしながら亮人の周りは時間を止めていく。
「ったく、何やってんだよっ!!」
首筋に凍傷を負うが、一気に全身を炎が覆う。マリーと戦った時とは違う、ゆらりと揺れる優しげな炎は凍てつく森を守る様に溶かしていく。
「俺の時とは本当に違うなっ、燈、どうすればいいっ!!」
『どうすればいいって、私に聞いてもわからないわよ。こんな状態、聞いたこともないんだから!!』
『能力の暴走って、どういうことか説明しなさいよ!! 戦ってたわけじゃないのよっ!?
この前のあんたみたいになってるってこと!?』
「俺のとは違うんだよ!! 感情が爆発して暴走するはずなんだけど、亮人のやつ感情が爆発してるわけじゃないっ!! わかってるのは、普通の暴走とは違うってことだけだっ!! 避けろっ!!」
氷華の額目掛けて襲い掛かってくる亮人の氷は、枝を伸ばすかの様に鋭く尖がらせ、氷華を襲う。
『速いっ!!』
間一髪、こめかみを翳かすめ、滴る鮮血は地面へと落ちる。一気に亮人から距離を離した氷華たちは目の前の亮人へと視線を向ける。
氷の枝は亮人を守る様に周りに生い茂る。それはまるで、この前のマリーとの戦闘を彷彿させるかの様に。
伸びる枝木は徐々に太く、地面へと突き刺さりながら、亮人を枝で出来た球体で包み込みながら、空中へと浮き上がらせていく。
『これが亮人の本気なのっ!?』
「本気だったら、今ので死んでるだろうよっ!! ほらっ、よそ見するなっ!!」
『私に乗ってっ!!』
『氷華は私に乗りなさいっ!!』
シャーリーは麗夜を、燈は氷華を背中へと乗せれば、一気に距離を離す。しかし、距離を離した四人を追うように枝は伸び、氷華たちと同じ速度で迫り来る。
「くそっ、一気に溶かすっ!!」
轟々と滾らせる炎は勢いよく氷の枝へと放たれれば、枝は蒸発し、地面は抉られる。だが、次々に生える氷の枝は地面からも生え、四人を取り囲む。
炎で蒸発させ、一気に距離を離しても同じ様に囲まれ、逃げ惑う四人は徐々に体力がなくなる。燈の炎でさえも、全てを掻消せないほどの量を亮人は生成していた。
『本気になると亮人さんは凄いわね……』
「暴走中だからな、あれをコントロール出来たら俺らと同じか、俺たち以上になるだろうよ……現状、追い込まれてるわけだけどなっ!! クソっ」
『こんなに強いのに……何してんのよっ、亮人っ!!』
『目を覚ましてよっ、お兄ちゃんっ!!』
視線の先にある氷木の頂上、亮人が項垂れている球体がそこで時間を止めていた。近くを通る鳥は凍りつき、地面へと落ちる。
無慈悲にそこに存在するそれは、再び氷華たちへと枝を伸ばしていく。
「埒があかないなっ!!」
『本当に私達より強いかもしれないわね』
『本当にどうしちゃったのよ……亮人』
『お兄ちゃんは私が守るからっ!!』
『待って、シャーリーっ!!』
氷華の声は耳に届くよりも先にシャーリーは亮人がいる氷木へと駆け抜ける。襲い掛かってくる枝の隙間を掻かい潜くぐりながら突き進むシャーリーの体毛は徐々に凍りつき始める。枝に絡め取られそうになれば、全身を回転させて振り解き、一気に距離を詰める。
その姿に麗夜は驚く。
「速度に柔軟性か……上手いこと使ってるな」
速度だけが取り柄だったシャーリーの動きは、以前とは見違えるほどにしなやかになっていた。直線的な動き、読まれやすい動きが、一気に変化した。
『この枝邪魔っ!!』
「一気に成長してるな、シャーリーのやつ」
速度と柔軟性が加わり、音速に近いシャーリーがしなやか尻尾が放つ衝撃は、まるで風が物を切っていく、鎌鼬かまいたちの様に氷の枝は切り刻む。
「俺らも続くぞ」
氷華と燈が頷くと共に全力を出す。
氷華はマリーとの戦闘の様に背中に氷の翼を生やし、二本の氷刀握り一気に枝へと斬りかかる。氷華の動きを上回る速度で襲いかかる枝木は、彼女を肉薄にするも効果は薄い。
『傷が付いても、塞げば関係ないわよっ!! これくらいっ!!』
傷つき、血が流れても一瞬にして凍らせ、止血する。
「あいつも土壇場で使いこなせる様になってきてるなっ!! 俺も負けてらんねぇぞっ!!」
『張り切っちゃって、まだまだ子供ね……けど、私も本気で行くわ』
人へと変化した燈の周りからはゆったりとした炎が纏わりつく。だが、その炎は近づいてくる枝を一気に蒸発させて行く。
『本気を出せば何とかなるかしらね』
『本当に強いわね、あんた達はっ!!』
「歴が違うからな、歴が」
『なんか、癪に触るわね、本当にっ!!』
「なら、もっと強くなれ」
枝を振り払いながら近づく麗夜たちの視線の先、鎌鼬で枝を切り刻みながら進むシャーリーは、氷木へと近づくにつれ体毛は殆どが凍り付いていた。
『お兄ちゃんを助けるからっ!!』
ただ、必死に口にする言葉は鋭く、視線も球体へと向けられた。
『後ちょっとだからっ!!』
「焦るなっ!!」
息をする度に肺が凍るんじゃないかと思えるほどに痛みを訴える。
ちょっとずつ、確実に近づき、やっとの思いで亮人がいる球体が目の前まで近付いた。
後ろから麗夜が声を大きくしているが、凍り付いた毛が音の振動を阻害する。そして、酸欠に近い状態で朦朧とする意識を振り絞るように凍り付いた地面へと爪を立てる。
『お兄ちゃんっ!!』
疲労困憊のシャーリーが最後の力を振り絞り、音速で氷の球体へ衝突する。
大きな衝撃波と振動、前方にいるシャーリーを確認するために三人は視線を向けた。
煙が立ち込める氷木の頂上、吹き荒ぶ風がそこから煙を消し去って行く。
『シャーリーっ!!』
声を大にして叫ぶ氷華は頂上へと一気に飛ぶ。
幾重にも襲いかかる枝は鋭く氷華の体を、皮膚を裂いて行く。
『邪魔なのよっ!! シャーリーィィィイイイっ!!』
視線の先にいるシャーリーの体は蹲うずくまった状態で枝に囲まれ、凍って行く。
口から吐かれた息は白く立ち込めれば、一瞬にして結晶と化す。
息絶え絶えにシャーリーの口元は小さく動く。
遠くからでは何を言っているのかわからない、その口の動きはパタリと止まった。
「急ぐぞ、燈っ!!」
『分かってるわよっ!!』
『亮人っ!! いい加減に起きなさいよっ!! シャーリーを殺すのがあんたの望みなのっ!?』
シャーリーの元へと駆け付ける麗夜たちは無理やりシャーリーから枝を剥がし、シャーリーを凍結させている氷を一気に溶かし、離脱する。
徐々に戻るシャーリーの呼吸、脈拍に安堵するのも束の間、地面から再び麗夜達を取り囲む。氷の枝は容赦無く、鋭利な刃物のように勢いよく四人を滅多刺しにする。地面へと突き刺さるそれらは標的を無くしたことで動きを止める。
それから氷の森と化した場所は静寂が包み込む。
鳴るのは氷が砕け散る破砕音に吹き荒ぶ風切り音のみ。
夜に包まれた森、氷木の頂上にいる亮人は包まれた枝から解放されるかのように姿を現す。未だに瞳には光を灯さず、壊れた人形のように足を放り出して座り込んでいる。そして、小さく動く口からは声が出る。
「もっと……強くならないと……みんな、を……守らないと……いけ、ないんだ……」
思うように動かせないのか、手首は下垂した状態で虚空へと手を伸ばす。
そして、目尻から流れる涙は氷の結晶となって地面へと落ちる。
「もう、みんな、亮人が頑張ってるの、知ってるから……そんなに、壊れるまで……頑張らなくていいんだよ……」
そっと触れられる小さな暖かい手は、亮人の顔へと伸ばされれば、ギュッと頭から抱き締められる。
「ごめんね、冷たく当たって。私も、一緒に……強くなるから……みんなで強くなろう、ね?」
亮人は声の主へと視線を上へとあげる。
知っている声、知っている暖かさ。
ただ、離れて行くんじゃないかと怖くなっていた自分の目の前にいる彼女の声を聞くだけで、亮人の瞳に小さく光が入り込む。
「礼……火?」
亮人を抱きしめる礼火の瞳は紅く、閉じている口からも見える八重歯。
「亮人が思う私じゃないかもしれないけど……私が決めたから、守って行くから……」
そう口にした彼女は亮人をまた強く抱きしめた。
普段は一緒に帰っている礼火だが、今日からはマリーと一緒にどこかへと向かっていった。その後ろ姿はクリスマスイブの時の姿とは違う。
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そんな姿にこれまで通りに声を掛けられない。いや、掛けようとしても声が出なかった亮人は、ゆっくりとした足取りで自宅へと足を運ぶ。
コツコツと音を立てながら歩く足は重く、まるで頭と体が乖離しているかのように、違和感を覚えさせる。
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心の奥底に眠る何かが大きく膨らむ。
どす黒く、ねっとりとしたそれは、まるで自分を飲み込むかのように勢いよく広がり、視界を黒く染め上げる。モノクロの世界、音に色もなく、足から感じる感覚も鈍くなる。肌を突き刺すような冬の空気も感じられない。
玄関の前へと立ち尽くす亮人はドアノブへと手を伸ばす。
思うように動かない手はドアノブへと触れるが、回すことができない。まるで重厚な金属の金庫を開けるかのように重たいドアノブ。どれだけ力を入れようと、ビクともしない。
プツン……。
また一つ、頭の中で、心の中で何かが弾ける。
ゆっくりと、ゆっくりと亮人はドアノブから手を離し、顔は地面へと項垂れるように向けられる。
『お兄ちゃんっ、お帰りっ!!』
玄関を内側から開けたシャーリーは満面の笑みに楽しげな声で亮人を迎え入れた。だが、亮人はそれに反応しない。指先も、呼吸も、動きを一切せずに人形のように立ち尽くす。
『亮人、おかえ……り』
シャーリーの後ろから声を掛けてくる氷華だが、目の前にいる亮人の様子に表情を曇らせる。
『お兄ちゃん?』
『亮人…………どうしたの?』
二人が声を掛けるが反応はない。
亮人が感じるのは、ドロッとした心の奥にある何かだけだった。
『ねぇ、亮人ったら』
氷華が肩へと手を乗せる瞬間、
「今の亮人から離れろっ!!」
後ろから勢いよく麗夜が赤い炎球が放たれた。細かく小さな炎は弾丸の様に亮人へと向かうも、それは一瞬にして凍りつき、地面へと落ちて割れる。同時に麗夜は亮人を抱えて、近くの山へと駆け抜ける。
「くそっ!! 俺の時と違うぞっ!!」
『どうなってるのよっ!!』
「能力の暴走だよっ!! 今の亮人は何も聞こえてないだろうよっ!!」
麗夜の肩に乗っている亮人はゆっくりと麗夜の首元へと手をのばす。伸ばされる手は近くにあるだけで寒気がするほどに冷気を漂わせる。
『麗夜っ、あそこにするわ!!』
『みんな、ついてきてっ!!』
元の姿になっている燈とシャーリーは山中へと走り込む。地面に落ちている枯れ葉は二人が走るだけで空中へと舞い上がる。カサカサと音を立てながら地面へと落ちる所へ麗夜は力強く地面を踏み締め、亮人を木々へと投げ付ける。
体を強く打つける様に、グッタリとした状態で亮人は地面へと項垂れる。ただ、亮人が触れるものは全て凍て付き、パキパキと音を鳴らしながら亮人の周りは時間を止めていく。
「ったく、何やってんだよっ!!」
首筋に凍傷を負うが、一気に全身を炎が覆う。マリーと戦った時とは違う、ゆらりと揺れる優しげな炎は凍てつく森を守る様に溶かしていく。
「俺の時とは本当に違うなっ、燈、どうすればいいっ!!」
『どうすればいいって、私に聞いてもわからないわよ。こんな状態、聞いたこともないんだから!!』
『能力の暴走って、どういうことか説明しなさいよ!! 戦ってたわけじゃないのよっ!?
この前のあんたみたいになってるってこと!?』
「俺のとは違うんだよ!! 感情が爆発して暴走するはずなんだけど、亮人のやつ感情が爆発してるわけじゃないっ!! わかってるのは、普通の暴走とは違うってことだけだっ!! 避けろっ!!」
氷華の額目掛けて襲い掛かってくる亮人の氷は、枝を伸ばすかの様に鋭く尖がらせ、氷華を襲う。
『速いっ!!』
間一髪、こめかみを翳かすめ、滴る鮮血は地面へと落ちる。一気に亮人から距離を離した氷華たちは目の前の亮人へと視線を向ける。
氷の枝は亮人を守る様に周りに生い茂る。それはまるで、この前のマリーとの戦闘を彷彿させるかの様に。
伸びる枝木は徐々に太く、地面へと突き刺さりながら、亮人を枝で出来た球体で包み込みながら、空中へと浮き上がらせていく。
『これが亮人の本気なのっ!?』
「本気だったら、今ので死んでるだろうよっ!! ほらっ、よそ見するなっ!!」
『私に乗ってっ!!』
『氷華は私に乗りなさいっ!!』
シャーリーは麗夜を、燈は氷華を背中へと乗せれば、一気に距離を離す。しかし、距離を離した四人を追うように枝は伸び、氷華たちと同じ速度で迫り来る。
「くそっ、一気に溶かすっ!!」
轟々と滾らせる炎は勢いよく氷の枝へと放たれれば、枝は蒸発し、地面は抉られる。だが、次々に生える氷の枝は地面からも生え、四人を取り囲む。
炎で蒸発させ、一気に距離を離しても同じ様に囲まれ、逃げ惑う四人は徐々に体力がなくなる。燈の炎でさえも、全てを掻消せないほどの量を亮人は生成していた。
『本気になると亮人さんは凄いわね……』
「暴走中だからな、あれをコントロール出来たら俺らと同じか、俺たち以上になるだろうよ……現状、追い込まれてるわけだけどなっ!! クソっ」
『こんなに強いのに……何してんのよっ、亮人っ!!』
『目を覚ましてよっ、お兄ちゃんっ!!』
視線の先にある氷木の頂上、亮人が項垂れている球体がそこで時間を止めていた。近くを通る鳥は凍りつき、地面へと落ちる。
無慈悲にそこに存在するそれは、再び氷華たちへと枝を伸ばしていく。
「埒があかないなっ!!」
『本当に私達より強いかもしれないわね』
『本当にどうしちゃったのよ……亮人』
『お兄ちゃんは私が守るからっ!!』
『待って、シャーリーっ!!』
氷華の声は耳に届くよりも先にシャーリーは亮人がいる氷木へと駆け抜ける。襲い掛かってくる枝の隙間を掻かい潜くぐりながら突き進むシャーリーの体毛は徐々に凍りつき始める。枝に絡め取られそうになれば、全身を回転させて振り解き、一気に距離を詰める。
その姿に麗夜は驚く。
「速度に柔軟性か……上手いこと使ってるな」
速度だけが取り柄だったシャーリーの動きは、以前とは見違えるほどにしなやかになっていた。直線的な動き、読まれやすい動きが、一気に変化した。
『この枝邪魔っ!!』
「一気に成長してるな、シャーリーのやつ」
速度と柔軟性が加わり、音速に近いシャーリーがしなやか尻尾が放つ衝撃は、まるで風が物を切っていく、鎌鼬かまいたちの様に氷の枝は切り刻む。
「俺らも続くぞ」
氷華と燈が頷くと共に全力を出す。
氷華はマリーとの戦闘の様に背中に氷の翼を生やし、二本の氷刀握り一気に枝へと斬りかかる。氷華の動きを上回る速度で襲いかかる枝木は、彼女を肉薄にするも効果は薄い。
『傷が付いても、塞げば関係ないわよっ!! これくらいっ!!』
傷つき、血が流れても一瞬にして凍らせ、止血する。
「あいつも土壇場で使いこなせる様になってきてるなっ!! 俺も負けてらんねぇぞっ!!」
『張り切っちゃって、まだまだ子供ね……けど、私も本気で行くわ』
人へと変化した燈の周りからはゆったりとした炎が纏わりつく。だが、その炎は近づいてくる枝を一気に蒸発させて行く。
『本気を出せば何とかなるかしらね』
『本当に強いわね、あんた達はっ!!』
「歴が違うからな、歴が」
『なんか、癪に触るわね、本当にっ!!』
「なら、もっと強くなれ」
枝を振り払いながら近づく麗夜たちの視線の先、鎌鼬で枝を切り刻みながら進むシャーリーは、氷木へと近づくにつれ体毛は殆どが凍り付いていた。
『お兄ちゃんを助けるからっ!!』
ただ、必死に口にする言葉は鋭く、視線も球体へと向けられた。
『後ちょっとだからっ!!』
「焦るなっ!!」
息をする度に肺が凍るんじゃないかと思えるほどに痛みを訴える。
ちょっとずつ、確実に近づき、やっとの思いで亮人がいる球体が目の前まで近付いた。
後ろから麗夜が声を大きくしているが、凍り付いた毛が音の振動を阻害する。そして、酸欠に近い状態で朦朧とする意識を振り絞るように凍り付いた地面へと爪を立てる。
『お兄ちゃんっ!!』
疲労困憊のシャーリーが最後の力を振り絞り、音速で氷の球体へ衝突する。
大きな衝撃波と振動、前方にいるシャーリーを確認するために三人は視線を向けた。
煙が立ち込める氷木の頂上、吹き荒ぶ風がそこから煙を消し去って行く。
『シャーリーっ!!』
声を大にして叫ぶ氷華は頂上へと一気に飛ぶ。
幾重にも襲いかかる枝は鋭く氷華の体を、皮膚を裂いて行く。
『邪魔なのよっ!! シャーリーィィィイイイっ!!』
視線の先にいるシャーリーの体は蹲うずくまった状態で枝に囲まれ、凍って行く。
口から吐かれた息は白く立ち込めれば、一瞬にして結晶と化す。
息絶え絶えにシャーリーの口元は小さく動く。
遠くからでは何を言っているのかわからない、その口の動きはパタリと止まった。
「急ぐぞ、燈っ!!」
『分かってるわよっ!!』
『亮人っ!! いい加減に起きなさいよっ!! シャーリーを殺すのがあんたの望みなのっ!?』
シャーリーの元へと駆け付ける麗夜たちは無理やりシャーリーから枝を剥がし、シャーリーを凍結させている氷を一気に溶かし、離脱する。
徐々に戻るシャーリーの呼吸、脈拍に安堵するのも束の間、地面から再び麗夜達を取り囲む。氷の枝は容赦無く、鋭利な刃物のように勢いよく四人を滅多刺しにする。地面へと突き刺さるそれらは標的を無くしたことで動きを止める。
それから氷の森と化した場所は静寂が包み込む。
鳴るのは氷が砕け散る破砕音に吹き荒ぶ風切り音のみ。
夜に包まれた森、氷木の頂上にいる亮人は包まれた枝から解放されるかのように姿を現す。未だに瞳には光を灯さず、壊れた人形のように足を放り出して座り込んでいる。そして、小さく動く口からは声が出る。
「もっと……強くならないと……みんな、を……守らないと……いけ、ないんだ……」
思うように動かせないのか、手首は下垂した状態で虚空へと手を伸ばす。
そして、目尻から流れる涙は氷の結晶となって地面へと落ちる。
「もう、みんな、亮人が頑張ってるの、知ってるから……そんなに、壊れるまで……頑張らなくていいんだよ……」
そっと触れられる小さな暖かい手は、亮人の顔へと伸ばされれば、ギュッと頭から抱き締められる。
「ごめんね、冷たく当たって。私も、一緒に……強くなるから……みんなで強くなろう、ね?」
亮人は声の主へと視線を上へとあげる。
知っている声、知っている暖かさ。
ただ、離れて行くんじゃないかと怖くなっていた自分の目の前にいる彼女の声を聞くだけで、亮人の瞳に小さく光が入り込む。
「礼……火?」
亮人を抱きしめる礼火の瞳は紅く、閉じている口からも見える八重歯。
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