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「―――――ッ!!」
激痛が走る体を無理やり起こされた亮人はベッドの上で声を上げていた。
「氷華っ! 痛いからもっと優しくしてよっ!」
『うるさいわね……亮人は怪我してるんだからもう少し静かにすることは出来ないの? 包帯がうまく巻けないじゃないの』
「声を挙げさせてるのは氷華なんだけどなぁ……もういいや」
あれから一週間と時間が過ぎた。
そしてこの一週間もの間、亮人はベッドから動くことが出来ずにいる。
麗夜との激しい戦いが身体に途轍もない疲労を蓄積させていたのだ。最初の一日なんか、身体を動かそうとしても、指が一本も動かなかったりしたくらいにだ。だが、それも一週間と時間が経てば問題が無くなるが、今度は痛みが身体を襲ってきた。
疲労のあまりまったく感じなかった痛みだが、疲労が取れるなり襲ってきて、またも動けない状況になってしまった。
『お兄ちゃん……これ、飲んで』
ベッドに横たわっていた亮人へとシャーリーは水と一緒に痛み止めの薬を持ってきて、それを渡した。
「ありがとうね、シャーリー。氷華もシャーリーを見習って欲しいよ……こうやって、シャーリーは俺に優しくしてくれるのに、氷華はちょっと俺の扱いが酷いよ」
『シャーリー、褒められちゃった……』
褒められたのが嬉しかったのか、シャーリーは頬を赤く染めて亮人へと無邪気な笑顔を向けてきた。亮人もそんなシャーリーに微笑み返すと横から、
『なら、こうすればいいの?』
と、氷華が亮人の顔を掴むと一気に顔を近づかせて唇を塞いだ。
『お姉ちゃん、ズルいー』
『だって、亮人が優しくしてって言うから優しくしてあげたのよ。文句あるの?』
『うぅ~……なら、私もするっ!』
亮人はやっと息ができると思った時には今度はシャーリーが口を塞いできていて、ゆっくりと息を吸う事もままならなくなっていた。
「――――――――っ!!」
亮人が望んだのはそういう事ではなく、ただ看病するにも痛い身体を無理やり起こすような看病がよくないと言いたいだけだ。
この二人は亮人とは違った解釈をして亮人にキスを迫って来た。
亮人はシャーリーを体から剥がそうとして、腕を動かそうとした途端に体に激痛が走り表情を苦痛に歪ませる。
亮人の体に走る痛みは鈍痛ではなく、何かに刺されるかのような鋭い痛みだ。それは昔に腕を折った時に感じた痛みとよく似ていて、今回も腕が折れているのかと思ったが、腕が腫れているわけでもないが為に病院には行かないことにした亮人。だが、今頃になって病院にちゃんと行けばよかったと後悔していた。
氷華たちに看病をしてもらってるのは嬉しいけど、この二人のせいで逆に治りが遅くなってる気がする。
「ほんと、あんたらイチャイチャしてるよなぁ……昼間だぞ、いま」
亮人がいる部屋に響く二人とは違う声。まだ微妙に幼さを残しながらも口が悪い子供が部屋の窓から聞こえてきた。
『いろいろと迷惑かけてごめんなさいね……この子ったら、二人の主人に会いたいって我が儘を言って聞かなかったの』
そして窓枠にはもう一人、見慣れない美人がいた。
そして、その口調に氷華たちは聞き覚えがあった。
『なっ! なんであんたがここに来てるのよっ!』
「だって、お前らの主人は俺にいつでも来ていいって言ったからな。その通り、こうやって来ただけ……悪いか?」
氷華を睨みつけている彼は、ベッドで横たわる亮人へと手を振り、
「あんたに言われた通りに来ちまった……怪我の具合はどんな感じだ?」
「久しぶりだね、麗夜君。怪我の具合って言えば、痛みのあまりに体が動かせないんだよ……それに二人が普通に看病をしてくれないから、治りがより遅くなって困ってるって感じ。助けてくれない?」
亮人の部屋の窓にいたのは麗夜だ。ただ、その面持ちは一週間前なんかよりも目が活き活きとしていて、何かが吹っ切れたような感じ。
『あなたのおかげで私の重みが無くなったの、改めてお礼を言わせて貰うわね……本当にありがとう』
そして、麗夜の横にいた美人は亮人へと頭を下げた。それは深々としたもので、亮人は不思議そうに彼女を見据えた。
「すいません……あなたは誰ですか?」
初めて会う彼女に亮人は恐る恐るといった感じに口を開けば、彼女は口に手を添えて細く微笑む。
『麗夜が一緒にいるって言うのに、それでも分からないなんて鈍感なのね。貴方達も苦労が絶えないわ』
『まったくよ……亮人ったら鈍感すぎるから困るのよ。それよりも、亮人が分かってないみたいだから元の姿を見せてあげたら?』
「氷華はこの人が誰だか分かってるの?」
見知っているような口ぶりで話をしている氷華に亮人は訝しげに見つめると、氷華は呆あきれるように首を横に振る。
『お兄ちゃん……この人は九尾だよ。シャーリー達と本気でやり合った上位の妖魔』
そんなことを口にしたシャーリーは少しだけ怯えるように亮人の手をギュッと握って来た。その手は少しだけ震えていて、恐らく彼女に恐怖心があるのだろう。
「もう大丈夫だから怖がらなくていいよ? ずっと俺が傍に居てあげるから」
こんな時だけは体がどれだけ痛がろうが怖がっているシャーリーの頭を撫でる。
それにシャーリーは目を瞑って亮人に体をそっと寄せた。
「本当に仲がいいよなぁ……羨ましい」
心なしか、麗夜が亮人に懐いているシャーリーを見ながら口にした。
「麗夜君と九尾はこんな感じじゃないの?」
「そんなわけないだろ……燈あかりの奴、俺の事をずっと子ども扱いしかしないんだ」
「燈?」
「あぁ、長い間一緒にいるのに名前を知らなかったからな。本人に聞いたら、樟くすのき燈っていう名前らしくてよ。な?」
『名前を言おうにも、最初の頃は信じてもらえてなかったから教えなかったの。あと、麗夜……そういったことはまだ早いわよ? あなたはまだ麗夜は十五歳なのよ? そんなまだ子供としか言いようがないでしょ? せめてあと三年も経てば、あんな風になってあげてもいいんだけど』
顎に手を当てる九尾、もとい燈は子供を宥なだめるように麗夜を抱きしめる。
「……ほら、こんな感じなんだよ」
「まあ、それはそれでいいんじゃない? 俺なんか毎日これだから困るんだよ……学校にも行ってる俺としては、いずれは普通に結婚もしたいわけだし……今からそんな子供を作るなんて考えられないよ」
「あんたらしい考えだな、俺には考えつかない道だ」
「麗夜君だって、いずれは誰かと結婚するかも知れないんだよ? だったら、考えておいた方がいいかもしれないけど」
二人はいつの間にか将来の話をし始め、その横では燈がシャーリーと氷華と仲を深めようと話しかけていた。
『ねぇ……雪女とウェアウルフに一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら』
『何よ……私はまだあんたと慣れ合うつもりはないわよ?』
『今はそれでいいわよ……ただ、本当に一つだけ聞きたいことがあるの』
懇願するように氷華とシャーリーに話しかける燈の視線は麗夜と話している亮人へと向けられ、
『あなたたちの主人は普通の人とは少しだけ違うわよね……』
と、口にしたのだ。
ただ、その言葉の真意を理解できない氷華たちは不思議そうに亮人の方へと顔を向けた。
視線の先、そこには麗夜と真剣に将来の事を話している亮人がいる。でも、その姿は普通の人にしか見えず、より燈の言葉の意味が分からなくなる。
訝しげに亮人を見つめる九尾だが、そんな彼女とは関係なくシャーリーは亮人を見つめれば怪我をしていようとシャーリーは突然亮人へと抱き着いたのだ。
「イタッ! どうかしたの、シャーリー?」
痛がっていてもすぐにそんな表情を隠した亮人にシャーリーは見つめる。
その視線に亮人は痛みがこれっぽっちも無いように微笑んでくる。でも、ただそこにいるのは普段と変わらない亮人だった。燈が言うような変な人間なんかではない、ただすべてに置いて優しい亮人という存在が目の前にいるだけだった。
『うぅん。なんでもないよ、なんでもないから』
それからシャーリーはさっきと同じように亮人の口を自分の唇で塞ぐ。
優しいキス。
ちょっと触れるくらいの優しいキス。普段も同じようなキスだが、今のキスには驚いた。
「なんで俺は燈と色恋沙汰が出来ないんだ?」
なんだか本性が見え始めた麗夜を横目で見る亮人はシャーリーを引き剥がす。
『そんなにイチャイチャしたいの?』
艶めかしく麗夜へと微笑んだ燈は氷華との会話を中断して麗夜へと近づいて行く。
ただ、麗夜へと近づいているだけなのに燈は物凄く厭いやらしい。
『もう、なんでこうも妖魔が揃うと変な事が起こるのよーっ!』
大きく叫び声を上げた氷華。そして、そんな様子を見て笑っている亮人達。楽しそうな空気が包み込んでいたが、その空気とは違った空気を纏っているのが一人。
さっきまで亮人と将来の事を真剣に語っていた麗夜ただ一人が笑わずに、静かにしていた。
「笑ってるところ悪いんだけどよ……あんたに伝えないといけないことがあるんだ」
空気を震わせることを最小限にした麗夜の声は、静かに亮人の耳元へと聞こえた。
「俺と燈があんた達と別れた後、いろいろと日本を旅してたんだ。ただ、旅の途中で妖魔の死体があってな、いろいろと調べたんだ」
さっきまでの賑わった空気は消え、真剣な面持ちを持った面々が麗夜へと視線を向ける。
氷華に亮人。氷華は妖魔自身でありながら、妖魔の情報が足りなさ過ぎる。そして、妖魔の主人である亮人は、何も知らないに等しい。
これは亮人や氷華にとってはいい機会だ。
そんなことを考えつつもいた亮人だが、次に麗夜が口にした言葉に心の底で恐怖という感情が蠢いた。
「その妖魔は人間に殺された……妖魔狩り。いろいろと調べてみたら出てきたわ。妖魔に異常な恨みを持った人間が妖魔を殺す。ただ、それは一人じゃない、大勢の人間が一匹の妖魔を覆うように狩る」
『私の母も妖魔狩りには気を付けなさいって言っていました。中には、妖魔の力を持った人間もいるらしいので……』
「そうだ、中には妖魔の力を使う奴もいる。そんな奴らが、だ……」
そこで一区切りすると、亮人の喉からは生唾をゴクリと飲み込む音が聞こえた。
「この前の戦いを見ていたんだ……あんたには二度も迷惑を掛けることになるかもしれないが、一刻も早くここから逃げた方がいい。じゃないと、あんたが死ぬことになる」
重く真実と思わせる声音。何も冗談や嘘を吐いている空気も仕草が一切ない。
『私からもお願いします、皆さんで逃げてください……』
麗夜と共に燈は深々と頭を下げる。
自分たちが招いてしまったことだと理解しているからだ。事を大きくして、そして近づいて来る脅威が自分たちの犯した過ちだと。
「…………そっか」
ただ、そんな二人の言葉と姿勢を見ていた亮人は何も驚くことなく、普段と何ら変わりない表情でベッドに横たわる。
「そうかって……どういう事だか分かってるのか?」
「そりゃぁ、まぁ、理解は出来たよ? 危ない人たちが氷華達の事を殺しに来るんだろ?
なら、気にしなくていいよ……」
麗夜へと向けられた亮人の瞳。希望が満ち溢れている瞳。だが、そんな瞳の向こう側、希望で染まっている向こう側だ。
「………………」
亮人の瞳を見てしまった麗夜は言葉を口にしない。
何故なら、
それは人を殺す眼だぞ。
光の向こう側。そこには光と対象で合って、交わることが一切ない闇が広がっていた。この前のような希望が満ち溢れているような瞳ではなく、大切なものを壊そうとするモノを破壊しつくそうとするような、殺意の籠った瞳。
「わかった。俺はそのことを伝えに来ただけだし、そろそろ帰ることにするか……」
亮人が横たわっているベッドから視線を外へと向ける麗夜は、最後に一言。
「何かあったら教えろよ……絶対にだからな」
亮人を心配するような声。
一度は殺し合いをしたと言うのに、こうして心配をしてくれるというのは亮人の人徳というのだろうか。
「わかったよ、何かあったら助けてもらうよ」
「………………」
無言で窓の枠組みへと足を掛けた麗夜は一枚の紙飛行機を亮人へと飛ばして、外へと飛んで行った。
『これからも麗夜と仲良くしてください、亮人さん』
最後にもう一度、深くお辞儀をした九尾は麗夜を追いかけるように窓から飛んで行く。
『少しは常識が無いの、あの人たち……』
「いいんじゃない? 俺的には優しい人たちだから好きだよ?」
『はぁ……そういう話じゃないんだけどね』
『シャーリーはちょっと苦手……』
窓の外を覗くと、空は曇っていて、少しずつではあるが雪も降って来ていた。
「そう言えば、来週ってもうクリスマスだよね?」
十二月の中旬を迎えた今、亮人は少しずつ近づいて来るイベントの事を思い出した。
嫌なことは頭の隅にでも置いておけばいい……。その間にやることは沢山あるんだから。
『クリスマスって……何?』
『お姉ちゃん、クリスマスも知らないの?』
クリスマスを知らないらしい氷華を横に、シャーリーは口に手を添えて氷華を笑っている。
ただ、そんな温かい雰囲気に亮人は笑みを浮かべた。
激痛が走る体を無理やり起こされた亮人はベッドの上で声を上げていた。
「氷華っ! 痛いからもっと優しくしてよっ!」
『うるさいわね……亮人は怪我してるんだからもう少し静かにすることは出来ないの? 包帯がうまく巻けないじゃないの』
「声を挙げさせてるのは氷華なんだけどなぁ……もういいや」
あれから一週間と時間が過ぎた。
そしてこの一週間もの間、亮人はベッドから動くことが出来ずにいる。
麗夜との激しい戦いが身体に途轍もない疲労を蓄積させていたのだ。最初の一日なんか、身体を動かそうとしても、指が一本も動かなかったりしたくらいにだ。だが、それも一週間と時間が経てば問題が無くなるが、今度は痛みが身体を襲ってきた。
疲労のあまりまったく感じなかった痛みだが、疲労が取れるなり襲ってきて、またも動けない状況になってしまった。
『お兄ちゃん……これ、飲んで』
ベッドに横たわっていた亮人へとシャーリーは水と一緒に痛み止めの薬を持ってきて、それを渡した。
「ありがとうね、シャーリー。氷華もシャーリーを見習って欲しいよ……こうやって、シャーリーは俺に優しくしてくれるのに、氷華はちょっと俺の扱いが酷いよ」
『シャーリー、褒められちゃった……』
褒められたのが嬉しかったのか、シャーリーは頬を赤く染めて亮人へと無邪気な笑顔を向けてきた。亮人もそんなシャーリーに微笑み返すと横から、
『なら、こうすればいいの?』
と、氷華が亮人の顔を掴むと一気に顔を近づかせて唇を塞いだ。
『お姉ちゃん、ズルいー』
『だって、亮人が優しくしてって言うから優しくしてあげたのよ。文句あるの?』
『うぅ~……なら、私もするっ!』
亮人はやっと息ができると思った時には今度はシャーリーが口を塞いできていて、ゆっくりと息を吸う事もままならなくなっていた。
「――――――――っ!!」
亮人が望んだのはそういう事ではなく、ただ看病するにも痛い身体を無理やり起こすような看病がよくないと言いたいだけだ。
この二人は亮人とは違った解釈をして亮人にキスを迫って来た。
亮人はシャーリーを体から剥がそうとして、腕を動かそうとした途端に体に激痛が走り表情を苦痛に歪ませる。
亮人の体に走る痛みは鈍痛ではなく、何かに刺されるかのような鋭い痛みだ。それは昔に腕を折った時に感じた痛みとよく似ていて、今回も腕が折れているのかと思ったが、腕が腫れているわけでもないが為に病院には行かないことにした亮人。だが、今頃になって病院にちゃんと行けばよかったと後悔していた。
氷華たちに看病をしてもらってるのは嬉しいけど、この二人のせいで逆に治りが遅くなってる気がする。
「ほんと、あんたらイチャイチャしてるよなぁ……昼間だぞ、いま」
亮人がいる部屋に響く二人とは違う声。まだ微妙に幼さを残しながらも口が悪い子供が部屋の窓から聞こえてきた。
『いろいろと迷惑かけてごめんなさいね……この子ったら、二人の主人に会いたいって我が儘を言って聞かなかったの』
そして窓枠にはもう一人、見慣れない美人がいた。
そして、その口調に氷華たちは聞き覚えがあった。
『なっ! なんであんたがここに来てるのよっ!』
「だって、お前らの主人は俺にいつでも来ていいって言ったからな。その通り、こうやって来ただけ……悪いか?」
氷華を睨みつけている彼は、ベッドで横たわる亮人へと手を振り、
「あんたに言われた通りに来ちまった……怪我の具合はどんな感じだ?」
「久しぶりだね、麗夜君。怪我の具合って言えば、痛みのあまりに体が動かせないんだよ……それに二人が普通に看病をしてくれないから、治りがより遅くなって困ってるって感じ。助けてくれない?」
亮人の部屋の窓にいたのは麗夜だ。ただ、その面持ちは一週間前なんかよりも目が活き活きとしていて、何かが吹っ切れたような感じ。
『あなたのおかげで私の重みが無くなったの、改めてお礼を言わせて貰うわね……本当にありがとう』
そして、麗夜の横にいた美人は亮人へと頭を下げた。それは深々としたもので、亮人は不思議そうに彼女を見据えた。
「すいません……あなたは誰ですか?」
初めて会う彼女に亮人は恐る恐るといった感じに口を開けば、彼女は口に手を添えて細く微笑む。
『麗夜が一緒にいるって言うのに、それでも分からないなんて鈍感なのね。貴方達も苦労が絶えないわ』
『まったくよ……亮人ったら鈍感すぎるから困るのよ。それよりも、亮人が分かってないみたいだから元の姿を見せてあげたら?』
「氷華はこの人が誰だか分かってるの?」
見知っているような口ぶりで話をしている氷華に亮人は訝しげに見つめると、氷華は呆あきれるように首を横に振る。
『お兄ちゃん……この人は九尾だよ。シャーリー達と本気でやり合った上位の妖魔』
そんなことを口にしたシャーリーは少しだけ怯えるように亮人の手をギュッと握って来た。その手は少しだけ震えていて、恐らく彼女に恐怖心があるのだろう。
「もう大丈夫だから怖がらなくていいよ? ずっと俺が傍に居てあげるから」
こんな時だけは体がどれだけ痛がろうが怖がっているシャーリーの頭を撫でる。
それにシャーリーは目を瞑って亮人に体をそっと寄せた。
「本当に仲がいいよなぁ……羨ましい」
心なしか、麗夜が亮人に懐いているシャーリーを見ながら口にした。
「麗夜君と九尾はこんな感じじゃないの?」
「そんなわけないだろ……燈あかりの奴、俺の事をずっと子ども扱いしかしないんだ」
「燈?」
「あぁ、長い間一緒にいるのに名前を知らなかったからな。本人に聞いたら、樟くすのき燈っていう名前らしくてよ。な?」
『名前を言おうにも、最初の頃は信じてもらえてなかったから教えなかったの。あと、麗夜……そういったことはまだ早いわよ? あなたはまだ麗夜は十五歳なのよ? そんなまだ子供としか言いようがないでしょ? せめてあと三年も経てば、あんな風になってあげてもいいんだけど』
顎に手を当てる九尾、もとい燈は子供を宥なだめるように麗夜を抱きしめる。
「……ほら、こんな感じなんだよ」
「まあ、それはそれでいいんじゃない? 俺なんか毎日これだから困るんだよ……学校にも行ってる俺としては、いずれは普通に結婚もしたいわけだし……今からそんな子供を作るなんて考えられないよ」
「あんたらしい考えだな、俺には考えつかない道だ」
「麗夜君だって、いずれは誰かと結婚するかも知れないんだよ? だったら、考えておいた方がいいかもしれないけど」
二人はいつの間にか将来の話をし始め、その横では燈がシャーリーと氷華と仲を深めようと話しかけていた。
『ねぇ……雪女とウェアウルフに一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら』
『何よ……私はまだあんたと慣れ合うつもりはないわよ?』
『今はそれでいいわよ……ただ、本当に一つだけ聞きたいことがあるの』
懇願するように氷華とシャーリーに話しかける燈の視線は麗夜と話している亮人へと向けられ、
『あなたたちの主人は普通の人とは少しだけ違うわよね……』
と、口にしたのだ。
ただ、その言葉の真意を理解できない氷華たちは不思議そうに亮人の方へと顔を向けた。
視線の先、そこには麗夜と真剣に将来の事を話している亮人がいる。でも、その姿は普通の人にしか見えず、より燈の言葉の意味が分からなくなる。
訝しげに亮人を見つめる九尾だが、そんな彼女とは関係なくシャーリーは亮人を見つめれば怪我をしていようとシャーリーは突然亮人へと抱き着いたのだ。
「イタッ! どうかしたの、シャーリー?」
痛がっていてもすぐにそんな表情を隠した亮人にシャーリーは見つめる。
その視線に亮人は痛みがこれっぽっちも無いように微笑んでくる。でも、ただそこにいるのは普段と変わらない亮人だった。燈が言うような変な人間なんかではない、ただすべてに置いて優しい亮人という存在が目の前にいるだけだった。
『うぅん。なんでもないよ、なんでもないから』
それからシャーリーはさっきと同じように亮人の口を自分の唇で塞ぐ。
優しいキス。
ちょっと触れるくらいの優しいキス。普段も同じようなキスだが、今のキスには驚いた。
「なんで俺は燈と色恋沙汰が出来ないんだ?」
なんだか本性が見え始めた麗夜を横目で見る亮人はシャーリーを引き剥がす。
『そんなにイチャイチャしたいの?』
艶めかしく麗夜へと微笑んだ燈は氷華との会話を中断して麗夜へと近づいて行く。
ただ、麗夜へと近づいているだけなのに燈は物凄く厭いやらしい。
『もう、なんでこうも妖魔が揃うと変な事が起こるのよーっ!』
大きく叫び声を上げた氷華。そして、そんな様子を見て笑っている亮人達。楽しそうな空気が包み込んでいたが、その空気とは違った空気を纏っているのが一人。
さっきまで亮人と将来の事を真剣に語っていた麗夜ただ一人が笑わずに、静かにしていた。
「笑ってるところ悪いんだけどよ……あんたに伝えないといけないことがあるんだ」
空気を震わせることを最小限にした麗夜の声は、静かに亮人の耳元へと聞こえた。
「俺と燈があんた達と別れた後、いろいろと日本を旅してたんだ。ただ、旅の途中で妖魔の死体があってな、いろいろと調べたんだ」
さっきまでの賑わった空気は消え、真剣な面持ちを持った面々が麗夜へと視線を向ける。
氷華に亮人。氷華は妖魔自身でありながら、妖魔の情報が足りなさ過ぎる。そして、妖魔の主人である亮人は、何も知らないに等しい。
これは亮人や氷華にとってはいい機会だ。
そんなことを考えつつもいた亮人だが、次に麗夜が口にした言葉に心の底で恐怖という感情が蠢いた。
「その妖魔は人間に殺された……妖魔狩り。いろいろと調べてみたら出てきたわ。妖魔に異常な恨みを持った人間が妖魔を殺す。ただ、それは一人じゃない、大勢の人間が一匹の妖魔を覆うように狩る」
『私の母も妖魔狩りには気を付けなさいって言っていました。中には、妖魔の力を持った人間もいるらしいので……』
「そうだ、中には妖魔の力を使う奴もいる。そんな奴らが、だ……」
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「この前の戦いを見ていたんだ……あんたには二度も迷惑を掛けることになるかもしれないが、一刻も早くここから逃げた方がいい。じゃないと、あんたが死ぬことになる」
重く真実と思わせる声音。何も冗談や嘘を吐いている空気も仕草が一切ない。
『私からもお願いします、皆さんで逃げてください……』
麗夜と共に燈は深々と頭を下げる。
自分たちが招いてしまったことだと理解しているからだ。事を大きくして、そして近づいて来る脅威が自分たちの犯した過ちだと。
「…………そっか」
ただ、そんな二人の言葉と姿勢を見ていた亮人は何も驚くことなく、普段と何ら変わりない表情でベッドに横たわる。
「そうかって……どういう事だか分かってるのか?」
「そりゃぁ、まぁ、理解は出来たよ? 危ない人たちが氷華達の事を殺しに来るんだろ?
なら、気にしなくていいよ……」
麗夜へと向けられた亮人の瞳。希望が満ち溢れている瞳。だが、そんな瞳の向こう側、希望で染まっている向こう側だ。
「………………」
亮人の瞳を見てしまった麗夜は言葉を口にしない。
何故なら、
それは人を殺す眼だぞ。
光の向こう側。そこには光と対象で合って、交わることが一切ない闇が広がっていた。この前のような希望が満ち溢れているような瞳ではなく、大切なものを壊そうとするモノを破壊しつくそうとするような、殺意の籠った瞳。
「わかった。俺はそのことを伝えに来ただけだし、そろそろ帰ることにするか……」
亮人が横たわっているベッドから視線を外へと向ける麗夜は、最後に一言。
「何かあったら教えろよ……絶対にだからな」
亮人を心配するような声。
一度は殺し合いをしたと言うのに、こうして心配をしてくれるというのは亮人の人徳というのだろうか。
「わかったよ、何かあったら助けてもらうよ」
「………………」
無言で窓の枠組みへと足を掛けた麗夜は一枚の紙飛行機を亮人へと飛ばして、外へと飛んで行った。
『これからも麗夜と仲良くしてください、亮人さん』
最後にもう一度、深くお辞儀をした九尾は麗夜を追いかけるように窓から飛んで行く。
『少しは常識が無いの、あの人たち……』
「いいんじゃない? 俺的には優しい人たちだから好きだよ?」
『はぁ……そういう話じゃないんだけどね』
『シャーリーはちょっと苦手……』
窓の外を覗くと、空は曇っていて、少しずつではあるが雪も降って来ていた。
「そう言えば、来週ってもうクリスマスだよね?」
十二月の中旬を迎えた今、亮人は少しずつ近づいて来るイベントの事を思い出した。
嫌なことは頭の隅にでも置いておけばいい……。その間にやることは沢山あるんだから。
『クリスマスって……何?』
『お姉ちゃん、クリスマスも知らないの?』
クリスマスを知らないらしい氷華を横に、シャーリーは口に手を添えて氷華を笑っている。
ただ、そんな温かい雰囲気に亮人は笑みを浮かべた。
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