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結婚 中間期

面接と話し合い

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次の日、マリィアンナは斡旋所へ急いだ。

「この45名です」

書類を並べるデリルにマリィアンナはしぶい顔をした。
書類は以前デリルが用意していた情報より、大分簡素なものだった。

「この資料しか…ないの?」
そう尋ねるマリィアンナにデリルは困った顔をした。
「そうですね…このようなものしかないのです」

マリィアンナは軽い溜息をつきながら書類を眺める。

出自と名前しか書いていない書類ではどんな人かさっぱりわからない。

マリィアンナはしばし考えてから書類を机に置いた。
「わかったわ。この45名に面接をするよう通知してくれる?」
「え」
「会ってみないとわからないわ」
「!?」

次期領主夫人が会うのか?とデリルはポカンと口を開けた。

「通知とは別に、調べてほしいことがあるのだけど…今、人手が足りているかしら」
「はい。若奥様からの資金で集めた奴らの契約期間がまだ残っています」
「このお金で追加して…この2つの村を調べてほしいの。」
マリィアンナは銀貨が入った小さな袋をソファーテーブルにそっと置いた。

「この2つの村…ですか?」
「ええ。旅人として…村へ滞在して…調べるのは、村の『雰囲気』『平均収入』『仕事内容と貧困格差』ね」
「え…」
「両方同じ規模の村だから同じ期間で人をやって頂戴。貴方を信頼しているわ。お願いね」
「…かしこまりました。すぐに向かわせます」

そしてマリィアンナは部屋を出ようとしたがピタリと止めた。

「ねぇデリル、貴方とピニィ以外にこの斡旋所に勤めている人はいないのよね?」
「…?はい、そうですが…」
「もう1人くらいは雇った方がいいと思うわ。ピニィの為にも」
「…?」
「夫婦だけでこの斡旋所をまわすには大変でしょう。たまには休まないとピニィもかわいそうだわ」
「え!あ!そう…ですね…」
デリルは動揺した。


「貴方も、働きづめでは体を壊してしまうわ。これからも健康でわたくしの『お手伝い』を手伝ってもらわないと」
「若奥様…かしこまりました」
デリルは、頬を緩めて頷いた。

マリィアンナは微笑みながら店を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
面接の通知をした45名は、領主のお膝元である街へとやってきた。
面接地まで来た者には銀貨2枚を与えると伝えたからだ。

面接はマリィアンナが直接会うことは避け、ティナに任せることにした。

名前・出自・年齢・家族構成・住んでいる場所・今仕事についているか、など聞いた。
面接に来た者達は細かく聞かれる質問に疑問を抱いた。
しかし、銀貨の為に全て素直に答えた。

そして3つの質問に大いに頭を悩ませた。

『このドランジェ伯爵領をどう思いますか?』
『今、恋人もしくは婚約している人はいますか?』
『住む場所が変わっても大丈夫ですか?』


仕事と伯爵領がどう関係するのかわからなかった。
恋人がなんなんだろうか、住む場所が変わるというのはどういうことだ?


みな一様に頭を悩ませた。
中には馬鹿にされたと不満を隠そうともせず嫌味を言う人もいた。
ティナがメイドだとわかると、怒って出て行った人もいた。
しかし、誠意を込めて一生懸命答える人もいた。


マリィアンナは斡旋所の隣の部屋で全ての面接の会話を聞いていた。


30人いるかいないか…か


マリィアンナはため息をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
邸宅へ戻る頃は、すでに夕飯の時間になっていた。

食事をする間も、マリィアンナは微笑みながらも頭では他の事でいっぱいだった。


「どうしたんだ?マリィ…」

アルベルトの声に気が付くと、マリィアンナはじっとアルベルトの顔を見つめた。

何か言おうとしたマリィアンナだが、手をぎゅうっと握りしめた。

そして、しばたくたってから
「食事の後に…お話したいことが…ありますの」
と、重い口を開いて真剣な顔で、正面にいるアルベルトとドランジェ伯爵を交互に見つめた。

「わかった。じゃあサロンでゆっくり話そうか。マリィ」
ドランジェ伯爵はやさしく微笑んだ。
マリィアンナは、表情を硬くしたまま食事を続けた。


モタモタしている暇はないわ。
ちゃんと話せば…わかってくださる…はず…。


せっかくの料理長の料理だが緊張のあまりマリィアンナは味がわからず、ただひたすら口へ運び咀嚼するだけだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
サロンではメイドが入れた紅茶の香りで満ちていた。
しかし、誰も口にはしなかった。


「もう1度言ってくれるかい?マリィ」
真剣な顔でドランジェ伯爵は向かいのソファーに座っているマリィアンナに言った。
マリィアンナの横に座っているアルベルトは整った顔をゆがめてマリィアンナを見つめていた。

「…今のままでは伯爵領の維持ができないと思います」
マリィアンナは、爪が手のひらに食い込むほどに握りしめた。

「…」

サロンに重い空気が漂う。ピリピリした緊張感が家令達にも伝わった。


この領に来たばかりの私が言うべきでないかもしれない…
けどこのままにしておけない…


ドランジェ伯爵の怒りは最もだった。伯爵領の現状を真っ向から否定するものだったからだ。


マリィアンナの額からは汗が一筋流れる。そしては意を決して口を開いた。

「このままでは、アルベルト様やお義父様の体がもちません。この数週間をみて、判断しました」
アルベルトとドランジェ伯爵はマリィアンナを真剣に見つめていた。

「仕事量が異常すぎます。このままではもちません。お義父様が不在になった場合、負荷はアルベルト様だけではにないきれません」
ドランジェ伯爵は渋い顔をした。
アルベルトは眉をよせ、瞳を揺らせ動揺を見せた。


ドランジェ伯爵も今のままでは、アルベルトの負担が大きいことはわかっていた。
しかし、他に方法がなかった。
ドランジェ伯爵領が広大なのに対して、子がアルベルトしかいないからだ。
親戚に管理を手伝わせるのも、賜った領地を返還するのも貴族として恥じる行為だ。
養子をとることも考えたが、嫡子がいるのに養子をとるには明確な目的を提示しなくてはいけない。
「領地管理の為」というのならば、それはアルベルトが「管理能力がない」とみなされてしまう。
それではアルベルトの瑕疵かしになってしまう。
だから現状、できる限りの仕事を自分がこなし、いつ自分がいなくなってもいい様にアルベルトへ仕事をたたき込んだのだ。

それしか、ドランジェ伯爵ができることがなかったのだ。


アルベルトは、マリィアンナの言葉に愕然としていた。
自分は一生懸命がんばっているがそれでも足りないのはわかっていた。
そんな自分を愛しいマリィアンナに全て否定されている様にアルベルトは感じてしまっていたのだ。



マリィアンナは、深呼吸をしてから目の前のドランジェ伯爵の瞳を見つめながら言った。


「私の立場では、本来そちらの領分を担うべきでないことはわかっています…しかし、わたくしにも…担わせていただけないでしょうか…」


「え…」
アルベルトは、マリィアンナの横でつぶやいた。
ドランジェ伯爵は目を丸くした。


伯爵夫人の領分は女主人として、邸宅を管理・維持する事だ。
令嬢は領地管理・経営の勉学などしないし、淑女としてのふるまいのみ生家で施される。
しかし、マリィアンナは父の伯爵領をだったのだ。
婿を迎えてサポートする役目を期待される立場だったのが、予想外の異母弟誕生によりアルベルトの元へ嫁いできたのだ。
マリィアンナには、父のクステルタ伯爵が施してくれた『領地継承』の為の知識があった。




「領地管理の基礎は生家で学びました。ここ数日でこの領の地形、地産物、生産数など頭に入れました。陳情などの管理などはできるかと思います。」

「アルベルト様とお義父様は決済を主に、資料、陳情のまとめ、下準備をわたくしと家令のクーディとグラウが行えば仕事量を減らせるかと思われます」

ドランジェ伯爵は、頬を思わず緩ませた。

「全ての仕事をアルベルト様とお義父様が行うのではなく、分けるのです」

アルベルトはポカンとした顔でマリィアンナを見つめ続けた。
ドランジェ伯爵は伯爵領の未来に、一筋の光を見つけたように感じて思わず頬を緩ませて目を輝かせた。



そして夜遅くまで、これからの領地について3人と家令達は話し合った。
これからの明るい未来の為に。



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