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結婚 中間期

斡旋所と人材

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次の日、マリィアンナはノックの音で目が覚めた。
しかし、目が覚めたといっても通常通り、ベッドに横になったままだ。

コンコン…コンコンと何回もノックがされるが、マリィアンナはぼんやりとしていた。

しばらくたって、ようやく頭が覚醒して「どぅぞぉ」と、間延びした声を出した。

ティナが入って来て、いつものように身だしなみを整える。
そしてホールへと向かった。廊下を歩きながら、2人はなんの気なしに会話を続けた。

「昨日…夜遅かったから…眠いわ…」
「では、今日の朝食後のサロンでは目が覚める…ミントティなどご用意しますね」
「よろしくね」
後ろを向いてティナに微笑むマリィアンナを見て、ティナも微笑み返した。

ティナはひっそりと心配をしていた。
昨日夜遅くまでサロンから動かなかった主人を化粧した時、目が充血気味だったことに気づいたのだ。

おそらく、昨日涙を流すことがあったのだろう。
前に、自分は主人の力になれなかった。
私では何の力にもなれないであろうことはわかっているが、少しでも主人の力になりたい。
ティナは堂々とホールへと入っていくマリィアンナの後ろ姿を見ながら、決意を新たにしたのだった。



マリィアンナはため息をつきながら席へついた。


昨日は、色々考えていたから寝不足だわ。
それに…お義父様のこともあって…泣いてしまった。
わたくしより、アルベルト様やお義父様の方が辛いだろうに…。
わたくしがめそめそ泣いている場合ではないわ!


マリィアンナは口を一文字にキュッとしめて前を向いた。
そしてホールへ入ってきたアルベルトや義父ににっこりと微笑んだ。


食事をして、それからサロンでお茶を飲んでからマリィアンナは街へと出掛けた。
冬支度の準備はみな順調のようで、あちらこちらに明るい顔をした領民が一生懸命働いている。

冬支度といったら、薪、冬布団、食料が生活に必須だ。

寒い時期、皆は部屋へこもって寒さをやり過ごす。
これは貴族も、平民も変わらず健康に生活するためにはそれしかないのだ。
もうすぐ寒い寒い冬がくる。人々にとって命をかけた季節だ。
この季節を越えて春を迎えることができない人も出てくるだろう。

そう思うと、この正念場をこえる為にできることをしたい。
春を越えて少しでも豊かな生活を領民にしてほしい。
そんな風にマリィアンナは思いながら店へと向かった。


木こりも、布屋も、食料品店もみな一様に同じようなことを言った。

「領主様のおかげで、今年の冬も不安なく冬支度を整えられそうです」

マリィアンナはホッとした。
あんなに執務に時間と体力をささげた義父とアルベルトの実が結ぶ。
それだけでうれしくなった。
それと同時に、不安も感じる。

領民の生活を支えるのは貴族としての義務であり責任だ。
しかしで本当にいいのか。

義父は死を迎えるまでこのままなのか?
アルベルトもこのままでいいのか?

口から出る白い息をぼんやり眺めながら、マリィアンナの足は自然と斡旋所へと向かって行った。


斡旋所でオーナーのデリルから茶の接待を受けたマリィアンナは重い口を開いた。

「ねぇ、デリル。斡旋所って…ドランジェ伯爵領のどの街にもあるものなのかしら」

お茶を飲みながらデリルはキョトンとして、顎ひげを擦りしばらく考えこんでから
「私の記憶によりますと…大きい街には需要があるのであったかと…10年前の記憶ですが…」

マリィアンナは紅茶をじっと眺めながら

「そう…。大きい街だけ…ね…」
ぼんやりしているマリィアンナをデリルは不思議そうに見つめた。

「ねぇ、斡旋所って仕事をしたい人々が来るのよね?」
当たり前なことを言い出すマリィアンナにデリルは眉根をひそめた。
「ええ、もちろん」

「今の生活では満足できないのよね?そんな人々はどれくらいいるのかしら」
「…わかりませんね」
「そうよね…もし、もしもよ?一つの村の住民が…全ての住民が仕事を失ったら…斡旋所に来るのかしら」

突拍子のない事を言われたデリルは目を思わず丸くして失笑した。
「いえ、そんなこと起こりませんよ。住民全てが仕事を失うなんて!」
「もしも…よ」
「そんなこと起こったことないのでわかりませんね」
デリルは、苦笑いをしながらマリィアンナを見つめた。

「そうね…村全てが仕事をなくす…それは生きていけないもの…」
「ええ、貧しくても村に残るか、街へ出て仕事を探すか。金や食べ物がないと生きていけませんしね」
「…生きていくために貧しくても耐えるか、より良い金銭の仕事を探すか…なのね?」
「ええ。そうです」

マリィアンナは紅茶の入ったティーカップをそっと置いてデリルを真っ直ぐ見つめた。



「領地内の斡旋所の人材全てを把握することは可能かしら?」



「え?」
デリルは目を丸くしてマリィアンナを見つめた。


「領地の斡旋所に登録している、文字が書ける没落貴族、平民の男性を調べておいてほしいの」

「え…は…?」
デリルはポカンと口を開けた。

「人数は・・そうね30~40人ほど」
「?!」
「もちろん面接はするから多い方がいいのだけど」
「!?」
デリルはパニックを起こしていた。
そんなデリルをマリィアンナはじっと見つめて、落ち着くのを待った。
しばらくするとデリルは重い口を開いた。

「うちの斡旋所では…難しいかと…」

デリルはしぶい顔をした。


「人手が足りないならこのお金で臨時に人を雇えばいいわ」

そういって、バックからマリィアンナはじゃらりと銀貨がつまった袋を出した。
デリルは、動揺した様子でマリィアンナの顔を見つめた。

「信用のある人であれば…貴賤は問わないわ。人選は貴方に任せるわ。どうする?引き受けてくれますの?」

そうマリィアンナが言うと、デリルは
「わかりました。どれくらい時間がかかるかはわかりませんが…」

「街へ来るときに進捗を聞きに来るわ。何かあったら邸宅へ使いをよこして頂戴」
「かしこまりました」


マリィアンナは斡旋所から出て、邸宅へと向かった。
馬車に揺られながら、目を伏せると瞬く間に眠気が襲ってきてマリィアンナはしばらく休息をとることになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マリィアンナはその日から、女主人の仕事をこなしながらも領地の事を調べ始めた。
そんなマリィアンナを、義父は温かい目で見守った。
アルベルトは執務に忙しく、余裕がない中でマリィアンナと時間を共にした。

マリィアンナの『調べ物』はますます細かくなった。
領地で作られる作物・領地の地形・領民の数などなど、時には執務室へお邪魔して資料を読み漁った。


そんなある日、マリィアンナがサロンでアルベルトとお茶を飲んでいるところにデリルからの使者がきた。
マリィアンナは、急いで使者と面会した。
そんなマリィアンナをアルベルトは不思議そうに見つめていた。


使者は緊張しながらもデリルの言葉をつげた。
「求人の収集が終わりました。45人ほど人材はありました。」


マリィアンナは使者の言葉に頬が緩んだ。


あぁ、よかった。思ったより多く人材はいた。
『調べ物』もようやく終わった。あとは…面接と人となりの精査だけね


ようやく、自分ができる事がみつかったことにマリィアンナは安堵した。


まだ、これから!これからなのよ!しっかりしないと。


マリィアンナは決意を新たに、使者へ微笑んで答えた。
「『わかった。明日、そちらへ行くわ』 と伝えて頂戴」


使者は、マリィアンナにお辞儀して急いで邸宅を出て行った。
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