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新婚期

初めての花

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サロンに1人残されたマリィアンナは、そのまま部屋へと戻らず使用人達の様子を見に行った。

子供達は使用人達用の憩い部屋に集められ、テレズから教養について教わっていた。
皆、一生懸命学んでいてマリィアンナは安心した。
子供を見習いとはいえ雇うのだから不安があったが、邸宅で寝食の憂いもなく安心して過ごせばこの子達の未来も少しは明るいものになるかもしれない。
そう思いながらマリィアンナは真剣な子供達をやさしく見守った。

新しく雇った使用人達は、性格などを鑑みて先輩メイドを割り振ったのが功を奏したようで、和やかな雰囲気で仕事をこなせていた。



マリィアンナは一通り邸宅の中を歩いてまわったあと、部屋へと戻りソファーへドサリと座った。
そしてサロンでのアルベルトの行動を思い出していた。


いきなり「出てくる!」って急いでいたけれど、何だったのかしら。
訳が分からないわ。

アルベルトの行動をマリィアンナは理解できなかった。


花を受け取るって何か深い意味が他にあるのかしら?
わたくしが知らない何かがあるのかしら?
それに手紙って…あんなに怒ってらしたってことは…何か重要なものでも書いていたのかしら。


マリィアンナが頭を悩ませている中、控えめなノックの音がした。
入室許可を出すと掃除メイドのリェルが入室してきた。

「若奥様、あの…これ…」
リェルはおずおずとマリィアンナに差し出した。

「これは…?」
「実は…昨日、使用人の部屋のゴミをまとめていたらその中にありまして…」
マリィアンナが受け取ろうとするが…リェルは焦った様子で

「若奥様!あの!ゴミの中にあったのでお手が汚れてしまいます!開けるのなら私が!」
と、言った。

そこへ軽快なノックの音がした。
入室許可を出すとドアを開けてアルベルトが入ってきた。

「あら…どうかされました?」
マリィアンナは不思議そうに言った。

「いや…あのだな……!!そ…それは」
アルベルトの目は掃除メイドの手元に釘付けになった。


「あ、これは使用人のゴミ箱にあったそうで…」
マリィアンナが手紙を受け取ろうとすると、アルベルトがツカツカと近寄り横からかっさらった。

「これは…!そう!ゴミ箱に入れたものだろう?マリィアンナの手が汚れてしまう!早く捨てるんだ!」
アルベルトは掃除メイドにぐいぐいと押し付けながら言いつけた。
「あ、はい!かしこまりました!」
掃除メイドのリェルは手紙を持って大急ぎで部屋を出て行った。

マリィアンナはムッとして問いただした。
「…なにかわたくしが見るといけないものでもありまして?」
アルベルトは
「いや、そんなことはない!そう…ではないが…」
と、気まずそうに言い渋った。

「ではあの手紙はアルベルト様が出した手紙ですのね?」
「ぐっ!そ…それは」

マリィアンナは寂しそうな顔をした。
そんなマリィアンナにアルベルトはバサリとやや乱暴に花を渡した。

満開に咲いた綺麗な赤いバラの花束だった。

「!…これは?」
「領地から送った花ではないが…花屋で綺麗だと思って買って来た。その…気に入ってくれるとうれしいのだが」
アルベルトは頭を掻きながらそっぽを向いて言った。


「まぁ…ありがとうございます…」
マリィアンナは驚きながらも微笑んだ。

「その…手紙だが…貴方に伝えたい言葉を…つづっただけだ。今は貴方のそばに私がいるのだから…その…手紙は…必要ないかと」
「ふふ…そうでしたか」
マリィアンナはクスクスと笑いながら答えた。


もしかして、このお花を買いに急いで出て行ったのかしら?
だとしたら…少しだけうれしいわ。


マリィアンナは顔をほころばせて、ベルでメイドを呼んでバラの花を花瓶へ活けさせた。
それをみて、アルベルトは頬を緩ませた。

「それで…お手紙の内容はお聞きしても?」
「それはー」
アルベルトが答えようとしたとき、ノックの音がした。

メイドが夕食の時間だと知らせに来た。
メイドを下がらせたあと、アルベルトはマリィアンナをギュッと抱き寄せて耳元に呟いた。

「手紙の内容は夜に2人きりの時、ゆっくりと、伝える」

マリィアンナは耳下に響いた低い声に、思わずビクリとふるえた。
アルベルトはマリィアンナの髪にフワリとキスをして、腕を軽く前に出して手を重ねるように促した。

マリィアンナは頬を赤くしてアルベルトのエスコートでホールへと向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マリィアンナは終始、口数も少なく淑女の仮面をかぶって食事をとった。
先のアルベルトの態度のおかげで夕食の味なんてよくわからなかった。
チラリとアルベルトを見ると、いつもと変わらぬ態度で食事をしていた。


さっきのって…今夜アルベルト様と夜を共にするってこと…かしら。


マリィアンナは体にドッドッと響く激しい動悸に、心が落ち着かなかった。


あぁ、どうしましょう…いえ、夫婦なのだから…自然なことなのだけど…
どうしても…落ち着かないわ。あぁ…どうしましょう…


最後に体を繋げたのは領地へとアルベルトが行く前で、随分昔のように感じる。
しかも、マリィアンナにとってまだ数回しかしたことのない行為だ。
それにマリィアンナは行為の最中、意識をうまく保っていられない。
正直何がおきているか、何をされているかあやふやなまま、アルベルトにされるがままになっている状態だ。


淑女のマリィアンナにとって体を繋げる行為は
『恥ずかしい』『避けては通れない』『はしたない』
『すべてをさらけ出していて心もとない』

そんな気持ちでいっぱいだった。





食事を終えてドランジェ伯爵がホールへ出た後、アルベルトはマリィアンナを自室へと送った。

食事を終えた後のティータイムがなく、マリィアンナは動揺を隠せなかった。
そして、そのままメイドにされるがまま湯あみを手伝われてベッドへと座った。


緊張が高まり、マリィアンナはキョロキョロ辺りを心細い気持ちで見まわし出した。


落ち着かない…心臓が壊れそう…どうしましょう…
初めての時でもここまでではなかったわ。わたくし、どうしちゃったのかしら…


そわそわしているとノックの音がした。
かすれるか細い声で「どうぞ」と返事をすると、ローブを羽織ったアルベルトがやってきた。

そしてすぐにマリィアンナの元へと近づいて来た。
アルベルトの手がマリィアンナの頬を撫で、耳をかすめた。

マリィアンナは思わず「んっ」と甘い声を出した。

アルベルトはそんなマリィアンナを愛おしそうに狂おしそうに見つめながら


「私は貴方を愛してる」
そう言った。


マリィアンナは驚きを隠せなかった。


今、愛していると…言った?
信頼はしてくれていると思っていたけど…


アルベルトはさらにマリィアンナを抱きしめながら呟いた。
「君が私の事を好きでなくても、私は君の全てが欲しいんだ」


『全て』がほしい?全てって…


思わず、マリィアンナはアルベルトの顔を見上げた。

アルベルトの顔は苦しそうにしながらも情欲を帯びていた。


マリィアンナの胸はさらに高鳴った。

アルベルトはマリィアンナの返答も待たず、キスの雨をふらした。


息も絶え絶えの苦しいほどのキスは徐々に快感に変わり、マリィアンナはアルベルトに体を委ねてシーツの波間に溺れていった。
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