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新婚期

初めての体験

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翌朝、マリィアンナは目覚めるとベッドの真ん中に寝ていた。
しばらくぼんやり天井を眺めてから右へ左へと寝返りを繰り返す。
頭がやっと起動し始めたので昨日のことを思い出した。

仕事が終わりのアルベルトが来るのを遅くまで起きて待っていたが、結局来なかったのでいつの間にか寝てしまったようだ。
マリィアンナはそう結論付けると上半身を起こして額に手をあててため息をついた。

のそのそとソファーへ座るとドアをノックする音がした。入室許可を出す前にガチャとドアが開きメイドが入室してきた。
テレズでないことに内心がっかりしながらメイドを見る。


このメイド…見たことあるメイドね…。


いつ見たか思い出しているとメイドが
「お支度にまいりました、お嬢様」

思わずマリィアンナは目をパチパチと瞬きして言葉につまった。
「え…」
「こちらへどうぞ」
クローゼットからよく見もしないでドレスを取り出し、マリィアンナを鏡台の前へと促した。


このメイド、前にわたくしを『お嬢様』と呼んだメイドだわ。
前は結婚式の直後だったから見逃したけれど…今回はさすがに…


マリィアンナは様子を見ようと、そのままされるがままにドレスへ着替えた。
鏡台に座って鏡越しにこっそり薄目をあけてメイドの顔を見ると、真面目な顔をしながらも口角はひくひく動いていた。
どうやら笑みをこぼしそうなのを我慢しているようだ。

「なんだか楽しそうね。いいことでもあったの?」
マリィアンナが聞くとメイドは
「え?。ええ。とってもいいことがありまして」
なんでもない普通の明るい声で話しているが、メイドの顔はマリィアンナに向けて意地悪そうに笑っていた。


な…なんて顔してるの…


手早く化粧をして、メイドは
「今、お食事お持ちいたします」
「えっ」

マリィアンナは動揺した。
昨日は体の調子がおかしかったから部屋でとったが、今日はだいぶ良くなったのでホールで食べるつもりだったのだ。
返事も待たずにメイドは退出し、食事を持ってきた。

メイドがカートを引いて入ってくるが、マリィアンナはスッと立ち上がり
「食事はホールで食べます」
と、凛とした声でメイドへ言った。
「え?」
マリィアンナはメイド放置して部屋のドアを開けてホールへ向かった。

ホールのドアを開けると伯爵もアルベルトもいなかった。
いるのは食事が済んだ皿を下げている使用人だけ。


これはどういうことなの?


マリィアンナは顔には出さなかったが心の中は不快感でいっぱいだった。
急ぎ足で自室へ戻るとメイドの姿もなく、マリィアンナの食事を乗せたカートもなかった。


まさか…こんなことって…


片手をこめかみにあててソファーへ座り、目を閉じて重い溜息を吐いた。


最初から朝食を自室でとらせるつもりだったのね。
だから食事の時間も遅らせた…。
わたくしをホールへ行かせたくなかった…?
なぜ?あの子笑っていたわ。
あんなに悪意にまみれた笑顔、わたくしを認めてないくらいじゃなく…もっと何かが…


お嬢様呼び
わたくしを見下したようなあの顔
ホールで食事をさせない
お義父様とアルベルト様に会わせたくない?
彼女にとってうれしいこと…


一つ一つ思い返してみると、結論にたどり着いた。


もしかして、彼女はアルベルト様が好きなのかしら?
昨日、アルベルト様はこの部屋へ来なかったから夜を共にしていない。
むしろ昨日は一日通して会っていない!
アルベルト様は初夜を終えたらわたくしを放置するおつもりなのかしら。
そうなるとお世継ぎは…


「はぁ~…なんて面倒な…」
手をだらりと垂らして脱力したマリィアンナは初めて『食事を抜かれる』経験をした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昼時になり、ドアがノックされたので入室許可を出すとテレズが入室してきた。
マリィアンナはホッとして頬を緩ませた。

「昼のお食事は旦那様と若旦那様は仕事の為、サロンで別々にとられるそうです。若奥様はどのようにいたしましょうか?」
「…部屋でとるわ。用意をお願い」
「かしこまりました」

すぐに用意され、料理がテーブルに並べられる。


今日のお食事も美味しいわ。
でも……冷めているから生家のあたたかい食事が恋しい。
…マッシュの作ったスープが食べたいわ…


しんみりとした気持ちを隠しつつ静かに食事を終わらせ、食後に紅茶を飲む。

退出しようとするテレズを呼び止めマリィアンナは指示を出した。
「昨日もメイドに頼んだのだけどアルベルト様に『親類の名簿リストをお渡し願います』と。あと『わたくしが使うシーリングスタンプと家門の印が入っているレターセットがありましたらご用意願います』と今日中に伝えて頂戴」

シーリングスタンプとは手紙に封をする時にろうに押して誰からの手紙かを瞬時にわかるように押すものだ。貴族は手紙を出すときに専用のスタンプが一人一人にあるのだ。もちろんマリィアンナにもあったが、嫁いだので婚家の家門が彫られていて名前が記されているシーリングスタンプが必要なのだった。

「かしこまりました」
テレズは礼をしてカートを引いて退出していった。


しばらくするとテレズが書類を書類を手に戻ってきた。
「こちらが親類名簿リストと家門入りのレターセットでございます。シーリングスタンプは出来上がりが明後日になるそうです」
「ありがとう。あと、プリマを呼んでもらえる?」
「かしこまりました」

書類をパラパラと確認するとテーブルへ置いた。
そこへドアをノックする音がしたので入室許可を出したところ、プリマが入室してきた。
「…若奥様、御用でしょうか?」
所在なさげに言うとマリィアンナはやさしく
「街で評判の家具屋はどこかしら?あと、家具商人を邸宅へ呼ぶとどれくらいで来るかしら?」
「えー…街では『ペレッタ工房』が評判が良いかと。商人は3日ほどあれば大丈夫かと…」
「…そう。わかったわ。下がっていいわ」
「かしこまりました」

プリマが退出した後、マリィアンナは指を口元にあてて考えを巡らせた。


店名に工房…オーダーメイド品をつくる工房が直接売ってるのかしら?
オーダーからどれほど時間がかかるのかしら…


どんな家具を購入するか考えながら椅子へ座り、お礼状の手紙を書き始めた。
三分の一ほど書き終わった辺りで、インクを乾かす為と気分転換する為に手を止めて窓の外をぼんやり眺めた。

下を見ると中庭で2人のメイドは楽しそうに話をしていた。


あのメイドは…わたくしを『お嬢様』呼びしたメイド…。
休憩中…なのかしら…。


そこへプリマが通りかかりメイド達へと近寄る。
プリマが一言二言を言うと、メイドは笑いながらペコっと軽く頭を下げた。
プリマが困った顔をしながら去ったあと、メイドはまた笑いながらおしゃべりを始めた。


プリマ、やはり下級使用人に敬意は示されてないみたい…ね。


使用人のパワーバランスが垣間見えたあと、メイドはポケットからネックレスを出してもう1人の使用人へ見せて自慢をしているようだ。ネックレスに頬擦りをしてニヤニヤしていた。


あのネックレス、よほど大事なのね。


仕事をサボっているメイドを見るのも飽きて再び椅子へ座り、お礼状を書き続ける。


…?なんでしょう?何か…忘れてるような…


モヤモヤしながらも、マリィアンナは机から動こうとはしなかった。
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