4 / 4
四、それから……
しおりを挟む
日が沈んでいくと同時に夜空は分厚い雪雲に覆われていった。辺りが真っ暗になり、うっすらと雲の隙間から覗く月明かりを周囲の雪が反射する。
そうして外でじっと立っていたアオの姿も浮かび上がってくる。
アオは空を睨み付けるように見つめていた。次第にその空からチラチラと雪が舞い始める。
「冷たっ!」
宗助は頬に落ちてきたその雪に反射的に身体をビクッと震えさせた。雪は次第に強さを増していく。
「アオ、そろそろ本当に、中に……」
戻ろう、と続けるつもりだった宗助の言葉は目の前に立つ美しい雪女の姿に飲み込まれてしまう。
「アオ……?」
アオはじーっと宗助を見つめていた。しかしその瞳には何も映していない。まるで初めて会ったあの時のようだ。
雪が次第に強くなっていく。
(どうして……? 今日は蒼い月は出ていなかったはず……)
混乱する宗助だったが、アオは宗助を通してその向こうにある、宗助が生まれ育った村を見つめていた。
アオはゆっくりと宗助の村へと手を向ける。
(マズイ……!)
本能的にことの重大さに気付いた宗助は急いでアオの元に駆け出し、そうしてその勢いのまま抱きしめた。
「アオっ!」
宗助の呼びかけに答える声は聞こえなかった。
アオの身体はと言うと、やはり初めて会ったあの時と同じ、氷のような冷たさだ。次第に自分の体温がアオに吸い取られていく。
(今度こそ、アオに殺されるかな……?)
宗助は自分の脳裏によぎる死を払拭できずにいた。
『私が狂っても、傍に居てくれますか?』
その時、先程の真剣なアオの言葉が宗助の耳にこだました。
(そうだ、僕は誓ったんだ)
アオがおかしくなったとしても、傍にいることを。
「アオっ! アオっ! 僕のこと、分からなくてもいい! だけど、君は一人じゃないから!」
アオと過ごした穏やかな数日間を思い返す。
黙っていると息を飲むほど美しいアオだったが、実は少し抜けているところがあり、何もない道で転んだりした。
しかも上手く受け身を取ることが出来ず、派手に顔から転んでしまうのだ。
『綺麗な顔が台無しだ』
宗助がそう言いながら笑うと、アオは少し頬を膨らませて拗ねたような視線を送ってきた。
「戻っておいで、アオ! 僕とまた、一緒に暮らしていこう!」
冷たい雪が叩き付けるように宗助とアオに襲いかかる。吹雪の中、宗助はしっかりとアオを抱きしめていた。
「アオ! 聞こえる? 僕たち、まだ出会って数日だけど、僕は君のこと……」
そこで宗助は一度言葉を飲み込んでしまった。果たして、この言葉を口に出していいのだろうか?
宗助の迷いに呼応するかのように吹雪が一層強くなる。アオの長い髪が風に煽られ乱れていく。
宗助は乱れるアオの長い髪を両手で押さえる。それから、少し考えた後、
「……!」
それは刹那のことだった。
宗助はアオの冷たく冷え切った唇に自身の唇を押し当てたのだ。その瞬間、何も映していなかったアオの瞳に色が戻ってくる。
「……ん!」
塞がれてしまった唇に抗議するかのように、アオが力なく宗助の胸を叩く。それに気付いた宗助は、アオの唇から顔を離した。
「はぁ……、はぁ……」
アオは俯き、肩で息をしていた。その表情は宗助からは垣間見ることができなかった。
「アオ?」
宗助が優しく声をかける。その声にアオはビクッと肩を震わせた。
「アオ、好きだよ」
「……!」
宗助のやわらかな言葉に、今度は恐る恐るといった風に顔を上げたアオは、耳まで真っ赤である。少し悔しそうなその表情は宗助の心の奥にある愛しさを簡単に呼び覚ました。
吹雪はいつの間にか収まり、辺りは静寂に包まれていた。
「……るい……」
「ん?」
「ズルイ! ズルイです! 宗助!」
アオはそう言うとポカポカと宗助の胸を叩く。宗助はそんなアオに対して笑顔だ。
それから両手をアオの腰に回すと宗助は意地悪く微笑む。そしてそっとアオの耳元に口を寄せると、
「もう、離さないよ」
低く囁かれた宗助の声に、アオの顔が上気する。突然のことに硬直するアオを抱きしめながら、上空の蒼い月だけが二人を祝福しているのだった。
そうして外でじっと立っていたアオの姿も浮かび上がってくる。
アオは空を睨み付けるように見つめていた。次第にその空からチラチラと雪が舞い始める。
「冷たっ!」
宗助は頬に落ちてきたその雪に反射的に身体をビクッと震えさせた。雪は次第に強さを増していく。
「アオ、そろそろ本当に、中に……」
戻ろう、と続けるつもりだった宗助の言葉は目の前に立つ美しい雪女の姿に飲み込まれてしまう。
「アオ……?」
アオはじーっと宗助を見つめていた。しかしその瞳には何も映していない。まるで初めて会ったあの時のようだ。
雪が次第に強くなっていく。
(どうして……? 今日は蒼い月は出ていなかったはず……)
混乱する宗助だったが、アオは宗助を通してその向こうにある、宗助が生まれ育った村を見つめていた。
アオはゆっくりと宗助の村へと手を向ける。
(マズイ……!)
本能的にことの重大さに気付いた宗助は急いでアオの元に駆け出し、そうしてその勢いのまま抱きしめた。
「アオっ!」
宗助の呼びかけに答える声は聞こえなかった。
アオの身体はと言うと、やはり初めて会ったあの時と同じ、氷のような冷たさだ。次第に自分の体温がアオに吸い取られていく。
(今度こそ、アオに殺されるかな……?)
宗助は自分の脳裏によぎる死を払拭できずにいた。
『私が狂っても、傍に居てくれますか?』
その時、先程の真剣なアオの言葉が宗助の耳にこだました。
(そうだ、僕は誓ったんだ)
アオがおかしくなったとしても、傍にいることを。
「アオっ! アオっ! 僕のこと、分からなくてもいい! だけど、君は一人じゃないから!」
アオと過ごした穏やかな数日間を思い返す。
黙っていると息を飲むほど美しいアオだったが、実は少し抜けているところがあり、何もない道で転んだりした。
しかも上手く受け身を取ることが出来ず、派手に顔から転んでしまうのだ。
『綺麗な顔が台無しだ』
宗助がそう言いながら笑うと、アオは少し頬を膨らませて拗ねたような視線を送ってきた。
「戻っておいで、アオ! 僕とまた、一緒に暮らしていこう!」
冷たい雪が叩き付けるように宗助とアオに襲いかかる。吹雪の中、宗助はしっかりとアオを抱きしめていた。
「アオ! 聞こえる? 僕たち、まだ出会って数日だけど、僕は君のこと……」
そこで宗助は一度言葉を飲み込んでしまった。果たして、この言葉を口に出していいのだろうか?
宗助の迷いに呼応するかのように吹雪が一層強くなる。アオの長い髪が風に煽られ乱れていく。
宗助は乱れるアオの長い髪を両手で押さえる。それから、少し考えた後、
「……!」
それは刹那のことだった。
宗助はアオの冷たく冷え切った唇に自身の唇を押し当てたのだ。その瞬間、何も映していなかったアオの瞳に色が戻ってくる。
「……ん!」
塞がれてしまった唇に抗議するかのように、アオが力なく宗助の胸を叩く。それに気付いた宗助は、アオの唇から顔を離した。
「はぁ……、はぁ……」
アオは俯き、肩で息をしていた。その表情は宗助からは垣間見ることができなかった。
「アオ?」
宗助が優しく声をかける。その声にアオはビクッと肩を震わせた。
「アオ、好きだよ」
「……!」
宗助のやわらかな言葉に、今度は恐る恐るといった風に顔を上げたアオは、耳まで真っ赤である。少し悔しそうなその表情は宗助の心の奥にある愛しさを簡単に呼び覚ました。
吹雪はいつの間にか収まり、辺りは静寂に包まれていた。
「……るい……」
「ん?」
「ズルイ! ズルイです! 宗助!」
アオはそう言うとポカポカと宗助の胸を叩く。宗助はそんなアオに対して笑顔だ。
それから両手をアオの腰に回すと宗助は意地悪く微笑む。そしてそっとアオの耳元に口を寄せると、
「もう、離さないよ」
低く囁かれた宗助の声に、アオの顔が上気する。突然のことに硬直するアオを抱きしめながら、上空の蒼い月だけが二人を祝福しているのだった。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる