14 / 23
其の三 明治天皇
其の三 明治天皇④
しおりを挟む
「お主に朕の何が分かると言うのだ!」
激昂する少年に沙夜は冷ややかな視線を向けた。
「少なくとも、あなたが自分本位であることくらい分かります」
「なっ、何をっ!」
「今、薩長がどんな想いで戦っているのか、この国をより良くするために戦っていることを、ご存知ですか?」
諸外国の脅威に立ち向かっていること、大陸のように諸外国に日本を蹂躙させないために。そのために彼らは刀を捨てて近代兵器を手に戦っているのだ。
「今のあなたの考えは、そんな彼らの想いを踏みにじるものです」
沙夜の言葉を聞いた少年の瞳が揺らいだ。少年は呆然としている。するとそんな少年の背後の空間がゆらめき、人の形を作っていった。
「誰?」
沙夜の問いかけにはっきりと人の形となった人物が口を開いた。
「やれやれ。はっきりと物を言う小娘だ」
その声は地を震わせるほど低く、唸るような口ぶりだった。
「あれは、人神」
今まで黙っていたつき子さんが人影を見て言う。つき子さんの声が聞こえたのか、人神はニヤリと笑みを深くした。
「いかにも。朕が神だ」
その声を聞いた沙夜が直接人神に問いかけた。
「あなたはなぜ、歴史を変えようとしているの?」
沙夜の問いかけに人神は冷ややかな視線を向けてくる。
「小娘、お主はなぜ生きている?」
「え?」
沙夜は人神から何を問われているのか分からずに即答できずにいた。そんな沙夜を嘲るような笑みを浮かべて人神は見る。
「即答できぬよな。現代人は皆、そうであろう?」
人神の嘲るような言葉は続く。
現代人には志がないのだと。だから時間を無駄に食い潰して、惰性で生きている。そして困った時、都合の良い時だけ思い出したかのように神頼みをしてくるのだと。
「それもこれも、武士の魂が現代では失われているからだ。朕は、現代に武士の魂を蘇らせる。それのどこがいけないことだと言うのだ?現代を生きる小娘よ」
人神の主張は暴論だと思いながらも、沙夜は返す言葉が見つからず下唇を噛んだ。そんな沙夜の様子に人神は勝ち誇ったように笑う。
「お主は、歴史を守れない」
そんな人神に、つき子さんが言葉をかけた。
「あなたは明治以降の歴史を、どうしたいのですか?」
つき子さんの言葉に人神は笑みを深くする。
「無論、武士の魂を残した天皇支配の日本に作り替える」
その言葉を聞いた沙夜は何も言えなくなる。そんな沙夜につき子さんは、
「沙夜、今夜は帰りましょう」
つき子さんに促された沙夜は、渋々その場を後にするのだった。
「くーやーしーいー!何あの人!」
空き家へと戻った沙夜は地団駄を踏んでいた。
「あの人を見下した態度!腹立つなー!もう!」
「まぁまぁ、沙夜。落ち着いて」
つき子さんはそんな沙夜を苦笑気味になだめている。
「あれが神様のとる態度なの?そもそもあの人神は誰なわけ?」
沙夜の当然の疑問につき子さんは何でもないことのように答えた。
「あの人神の正体は、おそらく後醍醐天皇でしょう」
「後醍醐天皇?」
聞き慣れない名前に沙夜の頭上に疑問符が浮かぶ。そんな沙夜につき子さんは、
「今日はもうだいぶ遅い時間になってしまいました。明日詳しくお話しますので、今日はもう寝ましょう、沙夜」
つき子さんの言葉に沙夜が窓から夜空を見上げると、月は高くに昇っている。確かにもう真夜中に差し掛かろうとしているようだ。沙夜は夜着に着替え就寝の準備を始めるのだった。
翌日、沙夜は朝の身支度を整えるとつき子さんの方を改まって見ていた。
「つき子さん、後醍醐天皇について教えてください」
沙夜の言葉につき子さんは優しく頷いた。
後醍醐天皇。その人は足利尊氏らの協力によって鎌倉幕府を滅ぼした人物である。その際2度の倒幕に失敗しているもも、諦めることなく挙兵し、鎌倉幕府を倒している。
「その後、建武の新政を行うのですが、これは3年ほどで終わりを迎えます」
「たったの3年?」
沙夜の疑問につき子さんは頷く。
建武の新政が短命に終わったのはその政策にあった。実際に血を流して鎌倉幕府を倒した武士たちへほとんど恩賞を与えず、公家や朝廷勢力に多くの土地を分け与えたのだ。
「その政策は多くの武士たちの反発を生みました。そして『天皇の自分こそが絶対』としていた建武の新政は終わりを迎えるのです」
「なんか、凄い自分勝手な人に聞こえるんだけど」
沙夜の感想につき子さんは苦笑を返した。
「建武の新政が失敗しても、その後醍醐天皇なら他に何かやらかしそうね」
沙夜の嫌そうな言葉に、つき子さんは続けた。
「そうですね。建武の新政が失敗した後、後醍醐天皇は正統な天皇家の証である三種の神器を持って、吉野へと逃れます」
そしてその後、北朝と南朝に分かれた南北朝時代が約60年続くことになるのだ。
「何それ。天皇って言う地位への執着心が凄い人ね」
沙夜は呆れたように言う。そんな沙夜につき子さんは苦笑しっぱなしだ。
「でも、なんか納得した。自分のことを絶対って思っているから、あんな横柄な態度でいられるんだわ」
思い出されるのは昨夜の人神の嘲笑だった。その顔を思い出しただけで沙夜の中にふつふつと怒りが生まれてくる。
「人の気持ちが分からない人に武士の魂なんて語って欲しくない」
「沙夜。感情論だけでは人の心は動かせませんよ」
つき子さんの冷静な言葉を受けた沙夜は、
「そうね。ここは冷静に今ある問題を見つめないと」
そう言うと沙夜は深呼吸を繰り返して、冷静さを取り戻していくのだった。
激昂する少年に沙夜は冷ややかな視線を向けた。
「少なくとも、あなたが自分本位であることくらい分かります」
「なっ、何をっ!」
「今、薩長がどんな想いで戦っているのか、この国をより良くするために戦っていることを、ご存知ですか?」
諸外国の脅威に立ち向かっていること、大陸のように諸外国に日本を蹂躙させないために。そのために彼らは刀を捨てて近代兵器を手に戦っているのだ。
「今のあなたの考えは、そんな彼らの想いを踏みにじるものです」
沙夜の言葉を聞いた少年の瞳が揺らいだ。少年は呆然としている。するとそんな少年の背後の空間がゆらめき、人の形を作っていった。
「誰?」
沙夜の問いかけにはっきりと人の形となった人物が口を開いた。
「やれやれ。はっきりと物を言う小娘だ」
その声は地を震わせるほど低く、唸るような口ぶりだった。
「あれは、人神」
今まで黙っていたつき子さんが人影を見て言う。つき子さんの声が聞こえたのか、人神はニヤリと笑みを深くした。
「いかにも。朕が神だ」
その声を聞いた沙夜が直接人神に問いかけた。
「あなたはなぜ、歴史を変えようとしているの?」
沙夜の問いかけに人神は冷ややかな視線を向けてくる。
「小娘、お主はなぜ生きている?」
「え?」
沙夜は人神から何を問われているのか分からずに即答できずにいた。そんな沙夜を嘲るような笑みを浮かべて人神は見る。
「即答できぬよな。現代人は皆、そうであろう?」
人神の嘲るような言葉は続く。
現代人には志がないのだと。だから時間を無駄に食い潰して、惰性で生きている。そして困った時、都合の良い時だけ思い出したかのように神頼みをしてくるのだと。
「それもこれも、武士の魂が現代では失われているからだ。朕は、現代に武士の魂を蘇らせる。それのどこがいけないことだと言うのだ?現代を生きる小娘よ」
人神の主張は暴論だと思いながらも、沙夜は返す言葉が見つからず下唇を噛んだ。そんな沙夜の様子に人神は勝ち誇ったように笑う。
「お主は、歴史を守れない」
そんな人神に、つき子さんが言葉をかけた。
「あなたは明治以降の歴史を、どうしたいのですか?」
つき子さんの言葉に人神は笑みを深くする。
「無論、武士の魂を残した天皇支配の日本に作り替える」
その言葉を聞いた沙夜は何も言えなくなる。そんな沙夜につき子さんは、
「沙夜、今夜は帰りましょう」
つき子さんに促された沙夜は、渋々その場を後にするのだった。
「くーやーしーいー!何あの人!」
空き家へと戻った沙夜は地団駄を踏んでいた。
「あの人を見下した態度!腹立つなー!もう!」
「まぁまぁ、沙夜。落ち着いて」
つき子さんはそんな沙夜を苦笑気味になだめている。
「あれが神様のとる態度なの?そもそもあの人神は誰なわけ?」
沙夜の当然の疑問につき子さんは何でもないことのように答えた。
「あの人神の正体は、おそらく後醍醐天皇でしょう」
「後醍醐天皇?」
聞き慣れない名前に沙夜の頭上に疑問符が浮かぶ。そんな沙夜につき子さんは、
「今日はもうだいぶ遅い時間になってしまいました。明日詳しくお話しますので、今日はもう寝ましょう、沙夜」
つき子さんの言葉に沙夜が窓から夜空を見上げると、月は高くに昇っている。確かにもう真夜中に差し掛かろうとしているようだ。沙夜は夜着に着替え就寝の準備を始めるのだった。
翌日、沙夜は朝の身支度を整えるとつき子さんの方を改まって見ていた。
「つき子さん、後醍醐天皇について教えてください」
沙夜の言葉につき子さんは優しく頷いた。
後醍醐天皇。その人は足利尊氏らの協力によって鎌倉幕府を滅ぼした人物である。その際2度の倒幕に失敗しているもも、諦めることなく挙兵し、鎌倉幕府を倒している。
「その後、建武の新政を行うのですが、これは3年ほどで終わりを迎えます」
「たったの3年?」
沙夜の疑問につき子さんは頷く。
建武の新政が短命に終わったのはその政策にあった。実際に血を流して鎌倉幕府を倒した武士たちへほとんど恩賞を与えず、公家や朝廷勢力に多くの土地を分け与えたのだ。
「その政策は多くの武士たちの反発を生みました。そして『天皇の自分こそが絶対』としていた建武の新政は終わりを迎えるのです」
「なんか、凄い自分勝手な人に聞こえるんだけど」
沙夜の感想につき子さんは苦笑を返した。
「建武の新政が失敗しても、その後醍醐天皇なら他に何かやらかしそうね」
沙夜の嫌そうな言葉に、つき子さんは続けた。
「そうですね。建武の新政が失敗した後、後醍醐天皇は正統な天皇家の証である三種の神器を持って、吉野へと逃れます」
そしてその後、北朝と南朝に分かれた南北朝時代が約60年続くことになるのだ。
「何それ。天皇って言う地位への執着心が凄い人ね」
沙夜は呆れたように言う。そんな沙夜につき子さんは苦笑しっぱなしだ。
「でも、なんか納得した。自分のことを絶対って思っているから、あんな横柄な態度でいられるんだわ」
思い出されるのは昨夜の人神の嘲笑だった。その顔を思い出しただけで沙夜の中にふつふつと怒りが生まれてくる。
「人の気持ちが分からない人に武士の魂なんて語って欲しくない」
「沙夜。感情論だけでは人の心は動かせませんよ」
つき子さんの冷静な言葉を受けた沙夜は、
「そうね。ここは冷静に今ある問題を見つめないと」
そう言うと沙夜は深呼吸を繰り返して、冷静さを取り戻していくのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ベルと小さな白い龍
彩女莉瑠
ファンタジー
ドラゴンのウロコが名産の村、ドラッヘン村。
そこに住む九歳の少女、ベルは立派な魔法使いになるためにドラッヘン魔導院へと通っていた。
しかしそこでのベルは落ちこぼれ。
そんな日常の中、ベルは森の中で傷ついた小さな白い龍に出会う。
落ちこぼれの魔法使い見習いベルと、小さな白い龍チビの日常が始まった。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
MIDNIGHT
邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/外面のいい会社員×ツンデレ一見美少年/友人以上恋人未満】
「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」。
三月のある深夜、会社員・鬼頭和臣は、黒ずくめの美少年・霧河雅美にそう忠告される。
未成年に説教される筋合いはないと鬼頭は反発するが、その出会いが、その後の彼の人生を大きく変えてしまうのだった。
◆「第6回キャラ文芸大賞」で奨励賞をいただきました。ありがとうございました。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる