こちら歴史の清め屋です。-明治浪漫譚-

彩女莉瑠

文字の大きさ
9 / 23
其の二 王政復古の大号令

其の二 王政復古の大号令⑥

しおりを挟む
「これが、戦争……」

 長距離を歩いてきた疲れなど忘れて、鳥羽・伏見の戦いの跡に見入っている沙夜に、つき子さんが声をかける。

「沙夜、あそこ」

 つき子さんが指をさした先、そこには旅装束に身を包んだ人影が倒れていた。

「大変!」

 沙夜は瓦礫をかき分けながらその倒れている人影に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 沙夜の呼びかけに人影はぴくりと反応した。そしてのそのそと身体を起こすと、ゆっくりと沙夜たちを振り返る。

「あなたは?」

 振り返った人影の声を聞いた沙夜は少し驚いた。澄んだ高いその声が女性のものだったからだ。

「沙夜と言います」

 沙夜はその声の質問に答えた。女性はごしごしと目元をこすると、

「その言葉、京の方ではありませんね?」

 女性からの鋭い言葉に沙夜は一瞬たじろいだ。

「まぁ、その……はい」

 沙夜は女性の方を真っ直ぐ見ていられず、その視線が泳いでしまう。未来からやってきたことは口が裂けても言えない。そんな沙夜の返事を聞いた女性の顔が明るくなる。

「もしやあなたも、江戸から上ってきたのですか?」
「そう、ですね」

 正確には江戸ではなく東京なのだが。そんなことを考えていると返す言葉も自然と歯切れが悪くなってしまう。しかし女性はそんな沙夜の微妙な変化に気付いていない。

「そうなんですか!良かった、同郷の方とお会いできて!私、きくと申します。お菊と呼んでください」

 菊と名乗った女性が嬉しそうにそう言った。沙夜は菊に気になっていたことを尋ねた。

「お菊さん、なぜこんな所に倒れていたんですか?」
「それは……」

 明るかった菊の表情が一瞬で暗くなる。

「沙夜、ここは危険です。場所を移しましょう」

 話が長くなりそうだと踏んだつき子さんの言葉に沙夜は頷くと、菊に場所を変えようと提案した。
 沙夜たちはそこからほど近い神社へと移動していた。閑静な神社の境内で、菊がぽつりぽつりと上京してきた理由を話し出す。

「お沙夜さんは、新撰組しんせんぐみをご存知ですか?」
「新撰組……、名前だけなら、はい」

 新撰組は江戸幕末期に組織された。その目的は京都の治安維持だ。

「実は、私の許嫁いいなずけがこの新撰組に入隊していまして、そして先のいくさで、亡くなりました」

 菊の口から出た言葉に沙夜は目を見張った。
 菊の許嫁は身分の低い、武士とは名ばかりの家柄だった。剣術も学術も努力してやっと人並みだった彼は、江戸での新撰組隊士募集を見て胸が躍ったそうだ。

「俺もようやく、一人前の武士として堂々と刀を差せる、と。彼は笑っていました」

『京の都で活躍して、お菊や母様たちの暮らしを楽にさせる!』

 そう夢を見て上京してきたそうだ。それからしばらくは、定期的にふみや仕送りを送って来てくれたのだが、

「今年に入ってから、それらはぱたりとなくなりました」

 彼に何かあったのだろうか。菊は不安な日々を過ごす。ただただ彼の無事を祈って過ごした日々は突然終わりを迎えた。

「先日、我が家に新撰組の隊士だったと言う方が現れまして……」

 そして告げられた残酷な現実。

「彼は、彼は最期の時まで勇敢に戦っていたそうです。しかし、近代兵器を前にしては、彼にもなす術はなくて……」

 獅子奮迅の健闘もむなしく、あっけなく銃弾に倒れたと言う。

 菊はそこまで話すと目を伏せた。その目からは今にも涙が溢れだしそうになっていたのだが、必死にそれを堪えているように見えた。沙夜はそんな菊にかける言葉が見つからない。ただ黙って菊の話に耳を傾けることしか出来なかった。

「あそこで横になっていたのは、そんな彼が最期に見た景色を目に焼き付けるためです」

 そうすることで、遺された自分は前に進める気がしたのだと、菊は語った。

「前に、進めそうですか……?」

 恐る恐る尋ねた沙夜に、菊は笑顔を返す。それは痛々しくもあり、どこか吹っ切れたような美しい笑顔だった。その笑顔を見た沙夜は咄嗟に疑問を口にしていた。

「お菊さんは、新撰組を恨みますか?自分の許嫁を戦場に駆り出すことになった新撰組を!」

 張り裂けそうな胸の中の叫びを口に出した沙夜に、菊は笑顔で即答した。

「恨んだりしていません。むしろ感謝しているくらいです」

 その言葉と表情に嘘偽りは感じられなかった。

「彼を、幼い頃から夢見ていた本物の武士にしてくれたのは紛れもなく新撰組です。そして最期の時まで武士らしくいさせてくれました」

 そうやって、最期まで武士であり続けた彼のことを誇りに思うと、菊は続けた。その言葉を聞いた沙夜は大きく目を見張る。そして菊はなんと強い女性なのだろうと思った。自分と大差のない年齢の菊の思いは、沙夜には到底及ぶことのできない領域のものだったのだ。
 菊は黙って空を見上げる。その横顔はどこか清々しさを沙夜に与えた。

「すっかり話し込んでしまいました。お沙夜さん、聞いてくれてありがとう」

 菊は沙夜に笑顔で言う。

「そんなっ!私、本当に聞くことしかできなくって……」

 慌てる沙夜の様子に菊にくすりと笑った。

「お沙夜さんは可愛らしい方ですね。きっと育ちも良いのでしょうね」

 菊に言われた沙夜は恥ずかしくなって俯く。

「それでは私はこれで……」

 菊は別れの言葉を残して神社を後にした。菊が去った境内で、沙夜は空を見上げる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貸本屋七本三八の譚めぐり ~実井寧々子の墓標~

茶柱まちこ
キャラ文芸
時は大昌十年、東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)屈指の商人の町・『棚葉町』。 人の想い、思想、経験、空想を核とした書物・『譚本』だけを扱い続ける異端の貸本屋・七本屋を中心に巻き起こる譚たちの記録――第二弾。 七本屋で働く19歳の青年・菜摘芽唯助(なつめいすけ)は作家でもある店主・七本三八(ななもとみや)の弟子として、日々成長していた。 国をも巻き込んだ大騒動も落ち着き、平穏に過ごしていたある日、 七本屋の看板娘である音音(おとね)の前に菅谷という謎の男が現れたことから、六年もの間封じられていた彼女の譚は動き出す――!

処理中です...