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其の二 王政復古の大号令
其の二 王政復古の大号令①
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沙夜とつき子さんが呆然と目の前の小路を見つめていると、右手の方から躍るような人影が現れた。
「あっ、あの!」
沙夜は咄嗟にその人影に声をかけていた。沙夜の声に気付いた人影がぴたりと立ち止まり、ゆっくりと近付いてくる。その顔を確認できる距離まで来た時、その人影は柔らかく微笑んでいた。
(あれ?あの顔、どこかで……)
沙夜はその表情にどこか既視感に襲われる。その人物は黄色の頭巾をかぶった老人だった。着物姿のその老人は着物の上からも分かるぽっこり出た下っ腹を隠すことなく、にこにこと歩いてくる。薄い緑色の羽織を羽織ったその老人は、右手に何かを持っていた。そして一条戻橋を渡ってくると、沙夜の前に立って口を開く。
「沙夜さん。こげん所で奇遇ですね。何か困っとうとですか?」
そのしわがれた声と独特の訛りに、沙夜は聞き覚えがあった。それは京都駅に到着したばかりの沙夜に声をかけてくれた老人のものにそっくりだったのだ。
「あなたは?」
「渡辺謙四郎です。ここでは、ただの謙四郎ですよ」
にこにこの笑顔を崩すことなく、謙四郎は沙夜を見た。そして右手に持っていたものを顔にかざす。それは現代ではめったにお目にかかれない手持ちの眼鏡だった。
「あっ!」
その眼鏡姿の顔を見た沙夜はピンときた。やはり京都駅で声をかけてくれた老人だ。
「どうしてあなたが?ここは一体どこなんですか?」
「ここは、京都ですよ」
「え?」
沙夜には謙四郎が言わんとしていることが分からない。
「そん恰好では、ここは寒かでしょう」
謙四郎に言われ、沙夜は少し肌寒さを感じる。ここが本当に桜の季節の京都だと言うならば、夏用のスーツに身を包んだ沙夜には少し寒かったのだ。
「幸い、女モンの着物もありますけん。ついて来てください」
謙四郎はちらりと空に目をやると、一条戻橋の方を向いて歩き出した。沙夜はつき子さんの顔を見上げる。目が合ったつき子さんは困ったように微笑むと、
「他にあてもありませんし、ついて行きましょう」
つき子さんにそう言われた沙夜は小さく頷くと謙四郎の後を追った。
謙四郎の後について歩いていた沙夜は1つのことに気付いた。
「家が、余りない……」
「4年前の蛤御門の変で、この辺りも焼けたとです」
「4年前の、蛤御門の変?」
謙四郎は歩みを止めることなく言ってのけた。その言葉は沙夜には全く理解が出来ない。そのまま謙四郎は1軒の空き家へと迷うことなく入っていく。沙夜がその空き家に入ることをためらっていると、
「何ばしよっとですか?はよ入らんば、喰われてしまいますよ」
沙夜は『喰われる』と言う物騒な単語に驚いて急いで建物の中へと入った。引き戸をぴしゃりと閉めて謙四郎の方を見る。
「まずはそん服ですね。はよ着替えてください」
謙四郎は部屋の隅にある着物を指さして言った。それを見た沙夜は少し恥ずかしくなりながら口を開く。
「あの、私、着物の着付けって分からなくて……」
もごもごと言う沙夜に、謙四郎は問題ないと言いたげに口を開いた。
「着方やったら、そこに立っとるお兄さんが知っとうとじゃなかですか?」
「え?」
謙四郎の言葉に驚いた沙夜が顔を上げると、謙四郎の視線は真っ直ぐに沙夜の後ろへと延びていた。沙夜がその視線を追うと、その先にはつき子さんしか立っていない。再び謙四郎の方を見やった沙夜は、
「おじいさん、つき子さんが見えるんですか?」
「つき子さんって言うとですか」
謙四郎は真っ直ぐにつき子さんを見据えている。
「ほら、つき子さん。はよ着替えば手伝ってやりなさい。風邪ばひく」
謙四郎はそう言うと、2人をせっつくようにして部屋の隅にある一角へと行かせた。そして少し背の低い仕切りを立てていく。
「着替えが終わったら、声ばかけてください」
仕切りの向こうでそう言う謙四郎の言葉を受けて、沙夜はつき子さんを見上げた。つき子さんもまた、沙夜を見て、観念したように着替えを手伝うのだった。
部屋の隅に追いやられた沙夜は数着重ねてある着物から1着を手に取り、それに着替えることにした。着物の生地を触ること自体がほぼ初めての沙夜はそのしっかりとした布地に驚く。つき子さんに手伝って貰いながら何とか着付けを終えた沙夜は仕切りから出ると、謙四郎へと声をかけた。
「よう似合っとります」
少しくすんだ白地に朱色の鞠が描かれた着物に身を包んだ沙夜を見た謙四郎が、にこにこと微笑んで言った。
外はすっかり暗くなり、街灯のない道は真っ暗である。沙夜は初めて夜の本当の暗さを体験している気になる。
「さて、何から話しましょうかね」
謙四郎はそんな沙夜とつき子さんを見て言った。
沙夜はその言葉にはっとして謙四郎を見る。謙四郎の顔は相変わらずにこにことしていたが、その表情にはどこか隙が感じられない。
そんな謙四郎に聞きたいことは山ほどある。沙夜はその中で今いちばん引っかかっていることを謙四郎に尋ねた。
「ここが京都と言うのは、どう言う意味ですか?」
「言葉ん通りです。ここは紛れもなく日本の京都たい。ただし、1868年、ですが」
「1868年?って、え?」
沙夜は驚いて隣に立っているつき子さんを見上げる。つき子さんもまた、謙四郎の言葉を受けて狐につままれたような顔をしていた。
「あっ、あの!」
沙夜は咄嗟にその人影に声をかけていた。沙夜の声に気付いた人影がぴたりと立ち止まり、ゆっくりと近付いてくる。その顔を確認できる距離まで来た時、その人影は柔らかく微笑んでいた。
(あれ?あの顔、どこかで……)
沙夜はその表情にどこか既視感に襲われる。その人物は黄色の頭巾をかぶった老人だった。着物姿のその老人は着物の上からも分かるぽっこり出た下っ腹を隠すことなく、にこにこと歩いてくる。薄い緑色の羽織を羽織ったその老人は、右手に何かを持っていた。そして一条戻橋を渡ってくると、沙夜の前に立って口を開く。
「沙夜さん。こげん所で奇遇ですね。何か困っとうとですか?」
そのしわがれた声と独特の訛りに、沙夜は聞き覚えがあった。それは京都駅に到着したばかりの沙夜に声をかけてくれた老人のものにそっくりだったのだ。
「あなたは?」
「渡辺謙四郎です。ここでは、ただの謙四郎ですよ」
にこにこの笑顔を崩すことなく、謙四郎は沙夜を見た。そして右手に持っていたものを顔にかざす。それは現代ではめったにお目にかかれない手持ちの眼鏡だった。
「あっ!」
その眼鏡姿の顔を見た沙夜はピンときた。やはり京都駅で声をかけてくれた老人だ。
「どうしてあなたが?ここは一体どこなんですか?」
「ここは、京都ですよ」
「え?」
沙夜には謙四郎が言わんとしていることが分からない。
「そん恰好では、ここは寒かでしょう」
謙四郎に言われ、沙夜は少し肌寒さを感じる。ここが本当に桜の季節の京都だと言うならば、夏用のスーツに身を包んだ沙夜には少し寒かったのだ。
「幸い、女モンの着物もありますけん。ついて来てください」
謙四郎はちらりと空に目をやると、一条戻橋の方を向いて歩き出した。沙夜はつき子さんの顔を見上げる。目が合ったつき子さんは困ったように微笑むと、
「他にあてもありませんし、ついて行きましょう」
つき子さんにそう言われた沙夜は小さく頷くと謙四郎の後を追った。
謙四郎の後について歩いていた沙夜は1つのことに気付いた。
「家が、余りない……」
「4年前の蛤御門の変で、この辺りも焼けたとです」
「4年前の、蛤御門の変?」
謙四郎は歩みを止めることなく言ってのけた。その言葉は沙夜には全く理解が出来ない。そのまま謙四郎は1軒の空き家へと迷うことなく入っていく。沙夜がその空き家に入ることをためらっていると、
「何ばしよっとですか?はよ入らんば、喰われてしまいますよ」
沙夜は『喰われる』と言う物騒な単語に驚いて急いで建物の中へと入った。引き戸をぴしゃりと閉めて謙四郎の方を見る。
「まずはそん服ですね。はよ着替えてください」
謙四郎は部屋の隅にある着物を指さして言った。それを見た沙夜は少し恥ずかしくなりながら口を開く。
「あの、私、着物の着付けって分からなくて……」
もごもごと言う沙夜に、謙四郎は問題ないと言いたげに口を開いた。
「着方やったら、そこに立っとるお兄さんが知っとうとじゃなかですか?」
「え?」
謙四郎の言葉に驚いた沙夜が顔を上げると、謙四郎の視線は真っ直ぐに沙夜の後ろへと延びていた。沙夜がその視線を追うと、その先にはつき子さんしか立っていない。再び謙四郎の方を見やった沙夜は、
「おじいさん、つき子さんが見えるんですか?」
「つき子さんって言うとですか」
謙四郎は真っ直ぐにつき子さんを見据えている。
「ほら、つき子さん。はよ着替えば手伝ってやりなさい。風邪ばひく」
謙四郎はそう言うと、2人をせっつくようにして部屋の隅にある一角へと行かせた。そして少し背の低い仕切りを立てていく。
「着替えが終わったら、声ばかけてください」
仕切りの向こうでそう言う謙四郎の言葉を受けて、沙夜はつき子さんを見上げた。つき子さんもまた、沙夜を見て、観念したように着替えを手伝うのだった。
部屋の隅に追いやられた沙夜は数着重ねてある着物から1着を手に取り、それに着替えることにした。着物の生地を触ること自体がほぼ初めての沙夜はそのしっかりとした布地に驚く。つき子さんに手伝って貰いながら何とか着付けを終えた沙夜は仕切りから出ると、謙四郎へと声をかけた。
「よう似合っとります」
少しくすんだ白地に朱色の鞠が描かれた着物に身を包んだ沙夜を見た謙四郎が、にこにこと微笑んで言った。
外はすっかり暗くなり、街灯のない道は真っ暗である。沙夜は初めて夜の本当の暗さを体験している気になる。
「さて、何から話しましょうかね」
謙四郎はそんな沙夜とつき子さんを見て言った。
沙夜はその言葉にはっとして謙四郎を見る。謙四郎の顔は相変わらずにこにことしていたが、その表情にはどこか隙が感じられない。
そんな謙四郎に聞きたいことは山ほどある。沙夜はその中で今いちばん引っかかっていることを謙四郎に尋ねた。
「ここが京都と言うのは、どう言う意味ですか?」
「言葉ん通りです。ここは紛れもなく日本の京都たい。ただし、1868年、ですが」
「1868年?って、え?」
沙夜は驚いて隣に立っているつき子さんを見上げる。つき子さんもまた、謙四郎の言葉を受けて狐につままれたような顔をしていた。
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