あの花の咲く頃に

彩女莉瑠

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日常

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「先生、さようなら」
「はい、さようなら」

 松本結唯は夕暮れの教室内で生徒たちを見送っていた。何人かの生徒が教室内に残る。

「先生~、今日も黒板にお絵かきしてもいい~?」

 数人の生徒の懇願に、結唯は苦笑を浮かべながらも頷いた。そして下校時間が近づく。

「ほら、そろそろ下校時間だから帰りなさい」

 結唯は子供たちをせっつく。子供たちは少し名残惜しそうにしながら帰り支度を進めていた。秋は日が落ちるのが早い。結唯は日が落ちる前に子供たちを家に帰り着かせたかった。

「じゃあ、先生、さようなら」

 子供たちを教室から送り出した結唯は、少し暗い表情をしていた。この前の樹の言葉を思い返す。

『絶対に助けるから』

 確かに彼はそう言っていた。一体何から?
 不安がないわけではない。しかし待つと決めたのだ。自分は樹を信じ、日々を過ごしていくしかない。
 子供たちの背中が見えなくなり、結唯は重い足取りで職員室へと向かった。そこで年長の教師に声をかけられる。

「松本先生。また子供たちに落書きをさせていたらしいじゃないですか」
「清水先生……」

 結唯はこの清水陽子しみずようこのことが少し苦手だった。職場にはどこにでもいる、いわゆるお局である。

「あれほど、やめなさいと言っているのに」

 清水は眉間のしわを隠すことなく結唯へと詰め寄る。

「チョークだってただではないんですよ」
「すみません」
「全く。子供が可愛いだけではこの仕事は続きませんからね」

 清水は言うだけ言うとその場を後にした。

「清水先生は神経質過ぎますよね」

 そこへ爽やかな青年が声をかけてきた。同僚の西田悠真にしだゆうまだ。結唯よりも数年先輩の彼は、年も近いせいか結唯を気にかけてくれていた。

「どうです?今夜食事にでも」
「ごめんなさい。今夜は……」
「そうですか」

 結唯の言葉に嫌な顔一つせず、悠真はその場を後にした。沈んだ表情のまま、結唯は帰路につく。

 こうして日々は過ぎていく。
 樹から結唯への連絡は殆どなかった。結唯もまた、研究の邪魔になってはいけないと思い、自分から連絡をすることを控えていた。
 そして4年の月日が経った。

「逆上がりはこうやって……」

 体育の授業中、鉄棒で逆上がりの実践を行っていた結唯の眼前が揺らぐ。

「先生?!」
「誰か!保健の先生呼んできて!」

 遠くで子供たちが騒いでいる声を聞きながら、結唯はゆっくりと意識を手放すのだった。



 目が覚めた時、結唯は知らない天井を見つめていた。視界には点滴らしきパックが目につく。その線を辿ると自分の腕へと繋がっていた。意識が戻った結唯の元へと医者がやって来る。

「どうしてこうなるまで放置していたんですか」

 こうなる、とは一体どういう意味なのか、結唯にはさっぱり理解出来なかったが、自分の容態がかんばしくないことだけはその医者の言葉で理解した。

「全く。しばらく入院してもらいます」

 医者はそういうと結唯の病室を後にするのだった。
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