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七
七①
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「退院、おめでとう!」
里帆は今、無事に退院が出来たことを元巫女だった先輩たちを中心に、現役の後輩巫女たちからも祝われていた。
ここは里帆の住んでいる町にある、高層ホテルの最上階、イタリアンビュッフェのレストランだ。天気は晴天で、ここからの眺めは絶景である。二月を目前に控えたこの日に、たくさんの先輩、後輩が里帆のために集まってくれていた。
「皆さん、私のために今日はお集まりくださって、本当にありがとうございます」
「何を堅苦しい挨拶をしているのよ、三浦!」
「そうよ、楽しんで!」
今日のランチは里帆たちの貸し切りとなっている。
このランチパーティーが企画されたのは一週間前。里帆が無事に退院を迎えた日だった。里帆の寮の隣に住んでいた先輩だった元巫女が発起人だ。始めは数人のささやかなものを企画していたのだが、
「あれよあれよと人が集まって来ちゃってさ~!」
だったら盛大に、里帆の退院を祝おうということになったのである。
そうして集まってくれた人々の数は、里帆自身驚きを隠せずにいたのである。里帆はいつの間にか広がっていた人の輪と、自分を思ってくれている仲間たちに、改めて感謝せずにはいられなかった。
病院のベッドの上で目覚めたあの時、たまたま見舞いに来てくれていた後輩が目を丸くして慌てて医者を呼びに行ったことを、里帆は覚えている。事故から四日が経った朝のことだった。
あれだけの大事故だったにも関わらず、死者は一人も出なかったそうだ。それどころか車の直撃を受けたはずの里帆には目立った外傷もなく、ただ眠り続けているようにしか見えていなかった。
意識を取り戻した里帆の経過は順調で、様々な精密検査でも異常は全く見られなかった。あれだけの大事故にも関わらず、このような結果が出ていることに、担当医も驚きを隠すことが出来ずにいた。
「奇跡という以外、他にありませんよ、これは!」
そう言う担当医の言葉通り、はたから見れば奇跡的に、意識を取り戻した里帆は回復をしていく。リハビリの合間にやって来ていた警察関係者への対応も里帆はやってのけるのだった。
そうして驚異の回復を見せた里帆は、僅かな日数ですぐに退院を迎えたのだった。退院後も警察関係者の対応に追われはしたが、一週間が経った今ではそれも大分落ち着いている。
職探しの方はと言うと、先方の好意により面接日を延期して貰えることが出来た。里帆が巻き込まれた事故は、連日テレビのニュース番組で取り上げられており、先方も理解を示してくれたのだ。
「三浦も災難だったよな。でも、あの事故の中、無傷ってところが、さすが三浦だよ」
先輩の一人が里帆に話しかけてくれる。その言葉に里帆は疑問の声を上げた。
「さすが、ですか?」
「そうだよ。巫女時代から、三浦は絶対何かを持っているとは思っていたけれど、本当に何かを持っているとしか考えられないね」
先輩はうんうんと、一人で納得している様子だ。里帆はそんな風に見られていた事実に少し気恥ずかしくなってくる。
「でも、三浦先輩が目覚めたのは、本当に良かったですよ~……」
後輩の一人が涙目になりながら里帆に話しかける。里帆が目覚めたときに病室にいた後輩の巫女だ。
「あの時は、ありがとう」
「私は何も……! 三浦先輩が無事にこの世に戻ってきてくれたことが、私は、何よりも嬉しくって……!」
「あー……、お前、顔洗って、メイク、直してこい。酷い顔になってきてるぞ?」
感極まってしまった後輩に呆れたような先輩の声がかかる。後輩の巫女も自分が酷い顔であることを自覚していたようで、一つ頷くと席を立った。
こうして里帆は、自分の思っているよりも多くの人々に祝われた。エデンでこの世へと戻してくれたメタトロンと、そもそも生きる選択肢を与えてくれたラファエルへの感謝で、里帆の胸はいっぱいになるのだった。
退院パーティーを終えた翌日から、里帆の巫女としての業務が少しずつ再開されていく。同僚の後輩巫女たちや神主はとても良くしてくれたのだが、神社の境内でいつもにこにことしていたあの美しい天使の姿だけは、どこにももう見当たらなかったのだった。
(あの大怪我、もう完治したかしら?)
(怪我が完治してから、幽閉されるのかしら?)
(いつまで幽閉されるのかは、分からないのよね)
気付けば里帆は、こうして毎日ラファエルのことを考えずにはいられなくなっていた。
部屋に戻っても、狭かったはずのワンルームマンションはなんだか広く感じてしまう。もっともラファエルを恋しいと感じてしまう瞬間は、やはりシャワーを浴びてからバスルームを出た時だった。
否が応でも里帆は髪を乾かすときに、ラファエルの残り香を感じてしまうのだ。いつも幸せそうに、楽しそうに里帆の髪を乾かしてくれていた。鏡越しにみるラファエルの顔はいつも笑顔だった。
キッチンにはラファエルのために切らさないようにしていたココアのストックがあるし、ラファエルが寝起きしていた布団だって、そのままたたんで置いてある。それら全てのものが里帆の胸を、激しく締め付けてくるのだった。
(ラファエルのために、私に出来ることが何か……、あ! そうだ!)
何かを思いついた風の里帆は急いで自分のスマホへと手を伸ばした。それからブラウザを立ち上げると何かの位置を検索し始める。その後は地図を開くと、その調べた場所までのルートを調べるのだった。
里帆は今、無事に退院が出来たことを元巫女だった先輩たちを中心に、現役の後輩巫女たちからも祝われていた。
ここは里帆の住んでいる町にある、高層ホテルの最上階、イタリアンビュッフェのレストランだ。天気は晴天で、ここからの眺めは絶景である。二月を目前に控えたこの日に、たくさんの先輩、後輩が里帆のために集まってくれていた。
「皆さん、私のために今日はお集まりくださって、本当にありがとうございます」
「何を堅苦しい挨拶をしているのよ、三浦!」
「そうよ、楽しんで!」
今日のランチは里帆たちの貸し切りとなっている。
このランチパーティーが企画されたのは一週間前。里帆が無事に退院を迎えた日だった。里帆の寮の隣に住んでいた先輩だった元巫女が発起人だ。始めは数人のささやかなものを企画していたのだが、
「あれよあれよと人が集まって来ちゃってさ~!」
だったら盛大に、里帆の退院を祝おうということになったのである。
そうして集まってくれた人々の数は、里帆自身驚きを隠せずにいたのである。里帆はいつの間にか広がっていた人の輪と、自分を思ってくれている仲間たちに、改めて感謝せずにはいられなかった。
病院のベッドの上で目覚めたあの時、たまたま見舞いに来てくれていた後輩が目を丸くして慌てて医者を呼びに行ったことを、里帆は覚えている。事故から四日が経った朝のことだった。
あれだけの大事故だったにも関わらず、死者は一人も出なかったそうだ。それどころか車の直撃を受けたはずの里帆には目立った外傷もなく、ただ眠り続けているようにしか見えていなかった。
意識を取り戻した里帆の経過は順調で、様々な精密検査でも異常は全く見られなかった。あれだけの大事故にも関わらず、このような結果が出ていることに、担当医も驚きを隠すことが出来ずにいた。
「奇跡という以外、他にありませんよ、これは!」
そう言う担当医の言葉通り、はたから見れば奇跡的に、意識を取り戻した里帆は回復をしていく。リハビリの合間にやって来ていた警察関係者への対応も里帆はやってのけるのだった。
そうして驚異の回復を見せた里帆は、僅かな日数ですぐに退院を迎えたのだった。退院後も警察関係者の対応に追われはしたが、一週間が経った今ではそれも大分落ち着いている。
職探しの方はと言うと、先方の好意により面接日を延期して貰えることが出来た。里帆が巻き込まれた事故は、連日テレビのニュース番組で取り上げられており、先方も理解を示してくれたのだ。
「三浦も災難だったよな。でも、あの事故の中、無傷ってところが、さすが三浦だよ」
先輩の一人が里帆に話しかけてくれる。その言葉に里帆は疑問の声を上げた。
「さすが、ですか?」
「そうだよ。巫女時代から、三浦は絶対何かを持っているとは思っていたけれど、本当に何かを持っているとしか考えられないね」
先輩はうんうんと、一人で納得している様子だ。里帆はそんな風に見られていた事実に少し気恥ずかしくなってくる。
「でも、三浦先輩が目覚めたのは、本当に良かったですよ~……」
後輩の一人が涙目になりながら里帆に話しかける。里帆が目覚めたときに病室にいた後輩の巫女だ。
「あの時は、ありがとう」
「私は何も……! 三浦先輩が無事にこの世に戻ってきてくれたことが、私は、何よりも嬉しくって……!」
「あー……、お前、顔洗って、メイク、直してこい。酷い顔になってきてるぞ?」
感極まってしまった後輩に呆れたような先輩の声がかかる。後輩の巫女も自分が酷い顔であることを自覚していたようで、一つ頷くと席を立った。
こうして里帆は、自分の思っているよりも多くの人々に祝われた。エデンでこの世へと戻してくれたメタトロンと、そもそも生きる選択肢を与えてくれたラファエルへの感謝で、里帆の胸はいっぱいになるのだった。
退院パーティーを終えた翌日から、里帆の巫女としての業務が少しずつ再開されていく。同僚の後輩巫女たちや神主はとても良くしてくれたのだが、神社の境内でいつもにこにことしていたあの美しい天使の姿だけは、どこにももう見当たらなかったのだった。
(あの大怪我、もう完治したかしら?)
(怪我が完治してから、幽閉されるのかしら?)
(いつまで幽閉されるのかは、分からないのよね)
気付けば里帆は、こうして毎日ラファエルのことを考えずにはいられなくなっていた。
部屋に戻っても、狭かったはずのワンルームマンションはなんだか広く感じてしまう。もっともラファエルを恋しいと感じてしまう瞬間は、やはりシャワーを浴びてからバスルームを出た時だった。
否が応でも里帆は髪を乾かすときに、ラファエルの残り香を感じてしまうのだ。いつも幸せそうに、楽しそうに里帆の髪を乾かしてくれていた。鏡越しにみるラファエルの顔はいつも笑顔だった。
キッチンにはラファエルのために切らさないようにしていたココアのストックがあるし、ラファエルが寝起きしていた布団だって、そのままたたんで置いてある。それら全てのものが里帆の胸を、激しく締め付けてくるのだった。
(ラファエルのために、私に出来ることが何か……、あ! そうだ!)
何かを思いついた風の里帆は急いで自分のスマホへと手を伸ばした。それからブラウザを立ち上げると何かの位置を検索し始める。その後は地図を開くと、その調べた場所までのルートを調べるのだった。
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