それは天使の祝福か

彩女莉瑠

文字の大きさ
上 下
30 / 33

七①

しおりを挟む
「退院、おめでとう!」

 里帆は今、無事に退院が出来たことを元巫女だった先輩たちを中心に、現役の後輩巫女たちからも祝われていた。
 ここは里帆の住んでいる町にある、高層ホテルの最上階、イタリアンビュッフェのレストランだ。天気は晴天で、ここからの眺めは絶景である。二月を目前に控えたこの日に、たくさんの先輩、後輩が里帆のために集まってくれていた。

「皆さん、私のために今日はお集まりくださって、本当にありがとうございます」
「何を堅苦しい挨拶をしているのよ、三浦!」
「そうよ、楽しんで!」

 今日のランチは里帆たちの貸し切りとなっている。
 このランチパーティーが企画されたのは一週間前。里帆が無事に退院を迎えた日だった。里帆の寮の隣に住んでいた先輩だった元巫女が発起人だ。始めは数人のささやかなものを企画していたのだが、

「あれよあれよと人が集まって来ちゃってさ~!」

 だったら盛大に、里帆の退院を祝おうということになったのである。
 そうして集まってくれた人々の数は、里帆自身驚きを隠せずにいたのである。里帆はいつの間にか広がっていた人の輪と、自分を思ってくれている仲間たちに、改めて感謝せずにはいられなかった。



 病院のベッドの上で目覚めたあの時、たまたま見舞いに来てくれていた後輩が目を丸くして慌てて医者を呼びに行ったことを、里帆は覚えている。事故から四日が経った朝のことだった。
 あれだけの大事故だったにも関わらず、死者は一人も出なかったそうだ。それどころか車の直撃を受けたはずの里帆には目立った外傷もなく、ただ眠り続けているようにしか見えていなかった。
 意識を取り戻した里帆の経過は順調で、様々な精密検査でも異常は全く見られなかった。あれだけの大事故にも関わらず、このような結果が出ていることに、担当医も驚きを隠すことが出来ずにいた。

「奇跡という以外、他にありませんよ、これは!」

 そう言う担当医の言葉通り、はたから見れば奇跡的に、意識を取り戻した里帆は回復をしていく。リハビリの合間にやって来ていた警察関係者への対応も里帆はやってのけるのだった。
 そうして驚異の回復を見せた里帆は、僅かな日数ですぐに退院を迎えたのだった。退院後も警察関係者の対応に追われはしたが、一週間が経った今ではそれも大分落ち着いている。

 職探しの方はと言うと、先方の好意により面接日を延期して貰えることが出来た。里帆が巻き込まれた事故は、連日テレビのニュース番組で取り上げられており、先方も理解を示してくれたのだ。

「三浦も災難だったよな。でも、あの事故の中、無傷ってところが、さすが三浦だよ」

 先輩の一人が里帆に話しかけてくれる。その言葉に里帆は疑問の声を上げた。

「さすが、ですか?」
「そうだよ。巫女時代から、三浦は絶対何かを持っているとは思っていたけれど、本当に何かを持っているとしか考えられないね」

 先輩はうんうんと、一人で納得している様子だ。里帆はそんな風に見られていた事実に少し気恥ずかしくなってくる。

「でも、三浦先輩が目覚めたのは、本当に良かったですよ~……」

 後輩の一人が涙目になりながら里帆に話しかける。里帆が目覚めたときに病室にいた後輩の巫女だ。

「あの時は、ありがとう」
「私は何も……! 三浦先輩が無事にこの世に戻ってきてくれたことが、私は、何よりも嬉しくって……!」
「あー……、お前、顔洗って、メイク、直してこい。酷い顔になってきてるぞ?」

 感極まってしまった後輩に呆れたような先輩の声がかかる。後輩の巫女も自分が酷い顔であることを自覚していたようで、一つ頷くと席を立った。

 こうして里帆は、自分の思っているよりも多くの人々に祝われた。エデンでこの世へと戻してくれたメタトロンと、そもそも生きる選択肢を与えてくれたラファエルへの感謝で、里帆の胸はいっぱいになるのだった。
 退院パーティーを終えた翌日から、里帆の巫女としての業務が少しずつ再開されていく。同僚の後輩巫女たちや神主はとても良くしてくれたのだが、神社の境内でいつもにこにことしていたあの美しい天使の姿だけは、どこにももう見当たらなかったのだった。

(あの大怪我、もう完治したかしら?)
(怪我が完治してから、幽閉されるのかしら?)
(いつまで幽閉されるのかは、分からないのよね)

 気付けば里帆は、こうして毎日ラファエルのことを考えずにはいられなくなっていた。

 部屋に戻っても、狭かったはずのワンルームマンションはなんだか広く感じてしまう。もっともラファエルを恋しいと感じてしまう瞬間は、やはりシャワーを浴びてからバスルームを出た時だった。
 否が応でも里帆は髪を乾かすときに、ラファエルの残り香を感じてしまうのだ。いつも幸せそうに、楽しそうに里帆の髪を乾かしてくれていた。鏡越しにみるラファエルの顔はいつも笑顔だった。
 キッチンにはラファエルのために切らさないようにしていたココアのストックがあるし、ラファエルが寝起きしていた布団だって、そのままたたんで置いてある。それら全てのものが里帆の胸を、激しく締め付けてくるのだった。

(ラファエルのために、私に出来ることが何か……、あ! そうだ!)

 何かを思いついた風の里帆は急いで自分のスマホへと手を伸ばした。それからブラウザを立ち上げると何かの位置を検索し始める。その後は地図を開くと、その調べた場所までのルートを調べるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...