それは天使の祝福か

彩女莉瑠

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三③

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 しばらく並んでいると、

「次の方、どうぞ」

 里帆の番になる。里帆は呼ばれたカウンターへと座ると、自分で選んだ求人を相談員へと見せた。

「なるほど……。工場勤務がご希望ですか?」
「そう、ですね。給与面を考えたら、工場がいいのかなって……」

 里帆の言葉に相談員はふむふむと頷いている。そして何事かを考える風だったが、

「以前、または現在の職業は何ですか?」
「巫女です」
「巫女さんですか……。でしたら、工場も良いですが巫女の経験を活かしたもの……、例えば接客業や事務仕事なんかも視野に入れて探してみたらいかがですか?」
「接客業や事務仕事、ですか?」

 その言葉は里帆にとって寝耳に水だった。驚く里帆に相談員は、

「経験のある職種の方が、全くの未経験の仕事よりも採用率は高くなりますよ」
「そう、なんですね」

 里帆はそう答えると、席を立った。仕事探しはやり直した方が良さそうだ。里帆はありがとうございました、と礼を言うと公共職業安定所を後にすべく出口へと向かう。
 相談員とのやり取りを一部始終見ていたラファエルは、

「あれ? 里帆、もうここはいいの?」

 ラファエルの疑問の声に、里帆は外に出てから門までの間の道すがらに小声で答えた。

「仕事探しはもう一度、やり直しだから」

 そう言ったきり、里帆は黙々と駅に向かう。時刻は既に昼を過ぎ、太陽は西へと傾き始めていた。



 地元の最寄り駅について家に帰り着く前にスーパーへ寄る。そこで里帆は今晩の夕飯の材料を買った。帰宅した頃には時刻は夕刻を回っていた。
 帰宅してすぐに里帆はベランダに向かうと、干していた洗濯物を取り込んでいく。そして慣れた手つきで洗濯物をたたんでいくのだが、

(あれ?)

 そこで一緒に帰ってきたはずのラファエルがいないことに気付いた。

(確かに一緒に部屋には帰ってきたはずなのに……)

 里帆は広くはない部屋の中を探すも、どこにもラファエルの姿は見当たらなかった。

(何なのよ、もう……)

 里帆は消えたラファエルのことを気にしながらも、夕飯の準備に取りかかる。しばらくキッチンに立って、今日買ってきた材料で夕飯を手際よく作っていく。お腹は空かないと言っていた上に、現在姿が見えないラファエルの分はもちろん作ってはいない。
 そうして出来上がった夕飯をテーブルに並べて食べている間も、ラファエルが姿を現すことはなかった。

(もしかして、成仏しちゃった、とか……?)

 今日一日のラファエルのはしゃぎようを思い出して、里帆はそんなことを思ってしまう。里帆にとってラファエルが天使というのは、いまだに信じられずにいたのだ。
 夕飯を食べ終えた里帆は食器の片付けを行う。その後シャワーを浴びて髪を拭きながら浴室を出た。その間もラファエルの気配は全くなかったのだが、そのままキッチンを通って部屋に入った時に、里帆の身体は固まることになる。そこには、

「あ! 里帆!」
「ラファエル……」

 先程まで姿形もなかったラファエルが、ローテーブルの前に座って笑顔をこちらへ向けていたのだ。里帆は髪を拭く手を止めると、ずんずんとラファエルに詰め寄った。

「どこで、何していたの?」
「え?」

 思った以上に強い声が出てしまい、理帆自身驚いてしまう。ラファエルの笑顔もその声に凍ってしまったようだ。その表情を見た里帆は慌てる。

「いや、その……! 心配したってこと!」

 里帆はそう言うとそっぽを向いて髪を乾かすために洗面台へと身体の向きを変える。

「あ……!」

 そんな里帆を引き留めようとラファエルは手を伸ばすが、里帆はそれに気付かず洗面台へと向かうためその背をラファエルへと向けた。
 そうしてスタスタと歩いて行ってしまおうとする里帆を、ラファエルは咄嗟に立ち上がって後ろからふわりと抱きしめた。

「な、何……?」

 ラファエルの突然の行動に里帆は一瞬、何が起きたのか分からない。目をぱちくりとさせ立ち止まった里帆の肩に顎を乗せる形で、ラファエルが里帆の耳元に、

「ごめん……」

 そう低く囁いた。その声がいつもの元気なラファエルのものと比べるとひどく男性的で、里帆の心臓をバクバクとさせるのには十分だった。
 里帆は上気する顔をラファエルに気付かれないように俯いて早口で、

「わ、分かったから! 離れて!」
「やだ」
「や、やだって……。髪! そう、私髪を乾かさないといけないから! ね? だから離れて!」
「じゃあ、それ、僕がやる」

 拗ねたような口調と、強くなるラファエルの腕の力に負け、里帆は、

「分かったわ……」

 そう言うのが精一杯になるのだった。
 ドライヤーの轟音の中、ラファエルに髪を乾かして貰いながら里帆はこの不思議な青年のことを考えていた。

(ご機嫌な顔しちゃって)

 ラファエルは先程から里帆の髪を触りながら、鼻歌でも歌っているのではないかと思えるほど、無邪気な笑顔だ。その笑顔に里帆は全てを許してしまいそうになる。しかし、

(どこで何をしていたのか、ちゃんと説明して貰わないと……!)

 そんなことも思うのだった。
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