それは天使の祝福か

彩女莉瑠

文字の大きさ
上 下
9 / 33

二③

しおりを挟む
 しかし今はラファエルが男性だと言うことよりも、その手の冷たさが気持ちいい。

(やばい、寝そう、かも……)

 里帆の意識が朦朧としてくる。

「ねぇ、ラファエル……」

(私、あなたに会えて、良かったって思っているの……)

「だから、ね……」

 里帆の思考がゆるゆると停止していく。落ちていく意識の中、

(どこにも、行かないでね、ラファエル……)

 そんなことを思う里帆の額に、冷たく大きな手が触れた気がした。
 それから数時間、里帆は夢か現実か分からない、ぼんやりとした感覚に陥りながらベッドの上で過ごした。時折、額の上に冷たい感触を覚えながらウトウトとしていると、いつの間にかぐっすりと眠っていたのだった。
 眠りから覚めた里帆がゆっくりと目を開ける。すると至近距離にラファエルの端正な顔があることに気付いた。里帆は一瞬驚いたものの、すぐに冷静になり、

「何をしているの?」

 その冷たい言葉に、目の前のラファエルは拗ねたように唇を尖らせると、

「里帆が言ったんじゃないか。どこにも行かないで、って」

 拗ねた口調で言うラファエルに、里帆が疑問を投げかける。

「私、そんなこと言った?」
「酷いよ、里帆! 眠る前に言ってくれたじゃないか!」

 ラファエルは里帆から顔を離すと、ベッドの脇にすとんと腰を落とした。里帆はベッドの中で眠りに落ちる前の自分の思考と言動を思い出していく。そして徐々に記憶がよみがえってきた時、里帆は一気に赤面することとなる。

(嘘でしょっ? 私、あれをうわごとで口に出していたのっ?)

 恥ずかしさから、里帆は掛け布団を耳までかぶった。あまりの恥ずかしさに、ラファエルの顔をまともに見ていられない。するとそんな里帆に向かってラファエルが宣言をした。

「僕は、里帆の願い通り、ずっと傍にいるね!」

 その言葉に里帆は、インフルエンザとは違う軽い頭痛と、気恥ずかしさを覚えるのだった。



 熱でうなされて眠りについたはずの里帆だったが、目が覚めた時にその熱が下がっていることに気付いた。試しに自身の体温をはかってみると、

(三十七度六分……。最近のインフルエンザの薬って凄いのね)

 里帆はそんなことを思いながらもぞもぞと布団から出る。

「あ、里帆! まだ寝てないとダメだよ!」
「大丈夫よ。熱は大分下がっているもの」

 ラファエルが里帆を押しとどめようとするのを、里帆はやんわりと断った。そして一つのことに気付く。
 ラファエルの普段は真っ白で整っている顔に、今は朱が差しているのだ。

「もしかしてラファエル」
「何?」
「私のインフルエンザが移ったんじゃない? ちょっと熱をはかって」

 有無を言わせない里帆の迫力に、ラファエルは差し出された体温計を脇の下に挟んだ。それからしばらくして検温を終えた電子音が鳴り響く。ラファエルから体温計を受け取った里帆はその数字に驚いた。

(三十七度五分……?)

 その数値は里帆とさほど変わらない。しかし見た様子ではラファエルが発熱しているように見える。

(どういうこと?)

 疑問符を浮かべる里帆に、ラファエルは真っ赤な顔を笑顔にさせて、

「僕は大丈夫だったでしょ?」

 そう言うラファエルの言葉に里帆は自分の気のせいなのだろうかと思った。
 とりあえず里帆は何かを食べようと立ち上がると、キッチンへと向かった。

「ラファエルも何か食べるでしょう?」

 部屋の中央に向かって声をかける里帆に、ラファエルは曖昧に微笑むだけだった。その様子はやはりいつものラファエルとは違って見える。

(熱はそんなになかったけれど、やっぱり具合が悪いのだろうな)

 そう思った里帆は、病院の帰り道に買い込んでおいたレトルトのおかゆを二袋、湯煎《ゆせん》で温め始めた。五分ほど温めた後、里帆は袋の中身を皿へと移す。そしてそれらを持って部屋の中央へと戻った。

「レトルトだけど、おかゆ。ラファエルは梅と卵、どっちがいい?」

 里帆の問いかけに、ラファエルはしばらく二つの皿を見ていたが、

「卵、かな」

 ラファエルの返答を聞いた里帆は卵がゆの方をラファエルへと差し出した。二人はその後黙々とおかゆを食べ出すのだった。



 翌日になると里帆の熱はすっかり下がり、時折咳が出るくらいにまで回復していた。しかしラファエルの様子は昨日とあまり変わっていない。
 白い肌を赤く染め、時々苦しげな咳をしていた。それでも熱をはかると三十七度台の中程を示しており、症状はインフルエンザのはずなのに決定打に欠けるのだった。
 里帆はとにかくラファエルに、おとなしく寝ているように言うと自分のスマートフォンを取り出した。しばらく液晶画面と睨めっこしていると、

「何をしているの? 里帆」

 傍にラファエルがやってきていた。

「ラファエル……」

 里帆は少し呆れ気味にその名を呼んだ。ラファエルは、

「だって、黙って寝ているだけなんて、つまらないんだもん」

 子供のようなことを言うと、その両頬を膨らませる。里帆ははぁ、と小さくため息を漏らすと、スマートフォンの画面をラファエルに見せた。

「これ、なぁに?」
「求人サイトよ。今年度で私、巫女を辞めないといけないから、次の仕事を探しているの」
「へぇー。人間は大変なんだね」

 ラファエルの言葉に里帆は苦笑する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

王命を忘れた恋

水夏(すいか)
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

処理中です...