それは天使の祝福か

彩女莉瑠

文字の大きさ
上 下
4 / 33

一③

しおりを挟む
 無慈悲に、無情に、両親の魂を刈り取ったアレが『神』と言うのなら、何と残酷なのだろうか。

(禍々しさも、神々しさも、何も感じられない『神』の存在、か)

 もちろん、養護施設のシスターたちが祈っていた『神』ではないことくらい、里帆にも分かってはいる。

(それでも、本当に『神』が存在するならば、それはきっと死神と大差がないのだろうな)

 きっと、非情な決断を簡単にできてしまう存在なのだろうと、里帆は思った。
 そんな死神らしきものの夢は、この日を境に毎日のように悪夢として見るようになった。里帆はその悪夢を見るたびに、神に対する思いが募っていくのを感じてしまう。
 いないと信じれば信じるほど、神というその存在を渇望してしまう自分に、理帆自身薄々と気付き始めていた。

(ばかばかしい……)

 里帆は自分自身の思いに首を振る。

(神なんて、いないのだから……)

 だから、祈りを捧げていたシスターや、毎日やって来る神社の参拝客は、一体誰を拝んでいるのだろう?
 里帆は日に日に募っていく疑問の答えを見いだせずに日々を過ごすこととなる。
 神を意識すると同時に、里帆はラファエルと名乗った青年についても意識していた。何故なら、

(あ、また居る……)

 神社の境内で初めて会ったあの日から、このラファエルと言う青年は毎日、里帆の出勤時間になると寮の前に姿を現したのだ。

「里帆! おはよう! 今日も良い一日にしようね!」
「里帆! おはよう! 今日は穏やかな一日になるね!」

 明るく陽気なラファエルの毎日の挨拶を、里帆は初めは無視をしていたのだが、毎日顔を合わせ、一緒に通勤しているうちに少しずつラファエルに対する警戒心が薄れていく。何よりラファエルの少年のような声は、悪夢の朝のどんよりとした心を軽くしてくれるのだった。

(不思議な人)

 そうして初めて里帆は、

「ねぇ、あなた」
「何ー?」
「あなた、私にしか見えていないのでしょう?」

 それは神社の境内で初めてラファエルに出会った時からの疑問だった。そんな里帆の問いかけに、ラファエルは考える素振りも見せずにあっけらかんと答える。

「天使だからね。姿を見せる人間は選んでいるよ」

 にっこりと笑顔で返されたこの言葉に、

(またこの人は、自分のことを天使だなんて言って……)

 そう思うと、里帆はこっそりとため息を吐き出すのだった。里帆にとってラファエルの存在は幽霊のようなものだった。

(幽霊が存在することもばかばかしいけれど、天使なんて存在よりはまだ、まだ実在するかもしれないし……。それに、ラファエルには天使の羽がないじゃない)

 自分でも子供じみた考えであることは理解している。しかし、里帆はそう自分に言い聞かせなければラファエルの存在を認めることが出来なかったのだった。
 この自称天使が里帆の前に現れた理由は分からなかったが、里帆に危害を加えようとしているわけではないことは伝わってきていた。

「おはよう、里帆! 今日は風が妙な吹き方をしているから、きっと雨が降るよ!」

 秋晴れのある日、里帆は朝からラファエルにそう言われたことがあった。面食らった里帆は、

「雨? 天気予報では今日は一日晴れるって……」
「いいから、いいから! 傘! 傘、持っていって!」

 ラファエルにそう言われた里帆は渋々家に戻り、折りたたみ傘を通勤用のバッグの中に入れると寮を出た。
 その日の業務の間、里帆はラファエルの言葉を疑っていたのだが、夕方になると突然ザッと雨が降ったのだった。

(助かった……)

 折りたたみ傘のお陰で濡れずにすんだ里帆は、この時ばかりはラファエルに感謝するのだった。
 里帆が少しずつラファエルに気を許し始めた頃には、暦は十一月へと入っていた。朝晩はめっきり冷え込み、日の入りも早くなるこの時期は、里帆たち巫女の繁忙期でもあった。七五三のあるこの月は、普段よりも多くの授与品を用意しなければいけない。毎日忙しさに目が回りそうになっていたある日のことだった。
 その日は早朝からしとしとと冷たい雨が降っていた。まだ日も昇りきっていない暗い時間に、里帆は寮を出る。すると、

「おはよう、里帆! 今朝も冷えるね」

 白い息を吐きながらラファエルが待っていた。里帆はおはよう、と短く返すと、スタスタと神社へ向けて歩いて行く。ラファエルはその後ろを傘も差さずに、それが当たり前かのようについて歩いてくる。里帆はそんなラファエルの様子を気にしつつも、いつものように神社の境内から裏へと入っていった。
 緋袴に着替え、長い黒髪を後ろに一本にまとめる。そして里帆はその日の参拝客への授与品を作っていくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

処理中です...