The Three Sounds

彩女莉瑠

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第六音

第六音①

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 鈴が和真から改めて告白された日、和真から貰ったものは小さなイルカのぬいぐるみだった。鈴はそのぬいぐるみを学習机の上に飾った。机の前に座ると必ず目につく位置に飾られたそのイルカのぬいぐるみを見るたびに、鈴はあの日のイルカショーを思い出しては顔を赤くさせるのだった。

 そうしてテスト休みは過ぎていき、あっという間に月曜日がやって来た。
 鈴はあれから連絡のない和真に対して、どう接して良いのか分からないままにこの日の放課後を迎えてしまった。今日から放課後の勉強会を再開させることになっていたため、カノンの教室に入れば和真もやって来ることだろう。

(会いたいけど、顔を合わせづらいな……)

 鈴はそんな矛盾した感情を抱きながらカノンの教室前でモジモジとしてしまう。

「鈴ちゃん?」
「ひゃあっ!」

 そうしていると背後から声をかけられた。鈴は思わず変な声が出てしまう。ぎこちなく振り返るとそこには、

「琴音かぁー……、ビックリさせないでよ……」
「ビックリしたのはこっちだよ。こんなところで、どうしたの?」
「あー……、うー……」

 琴音の問いかけに鈴はどう答えていいか分からずうなり声を上げてしまう。そんな鈴の背中を琴音が押す。

「こんなところに立っていたら、他の人の邪魔でしょ?」
「ちょっ、琴音っ? 待って! まだ、心の準備が……!」

 うろたえる鈴を問答無用でカノンの教室に琴音が押し込む。そんな賑やかな二人の登場にカノンが目を向けた。

「二人とも、何してるの?」
「カノンちゃん! 聞いてよー!」

 琴音がカノンに説明している間、鈴はキョロキョロと教室内を見回した。どうやら和真はまだここには来ていないようだ。残念なような良かったような複雑さの中、胸をなで下ろす鈴をカノンは琴音の説明を聞きながら見ていた。それから何かにピンときたのか、

「鈴、小林くんと何かあったでしょ?」
「ひゃいっ! な、なんにも、ない、よ……?」

(分かりやっすい!)

 明らかに和真の名前に過剰反応する鈴を見て、カノンと琴音は驚愕する。何が起きたのかまでは分からなかったが、鈴と和真の間に何かあったことは明白だ。カノンは琴音に目配せすると、琴音もそれを受けて小さく頷く。それから黙って琴音は教室を出て行ってしまった。

「とりあえず、座ったら? 鈴」
「はい……」

 琴音が出て行った後、カノンに促されて鈴はいつもの席に着く。そうしてしばらく黙って外を眺めていると琴音が戻ってきた。

「今日は和真くんに、先に帰って貰ったよ」
「グッジョブ、琴音」

 そんな琴音とカノンのやり取りを、鈴は上の空で聞いているのだった。

「それで? 小林くんとの初デートで何があったの?」
「え?」
「え? じゃないよ、鈴ちゃん。今日の鈴ちゃん、明らかに変だよ?」

 カノンと琴音に交互に言われた鈴は、うー……とうなり、両手で頭を抱えてしまう。

「私、そんなに分かりやすい?」

 鈴の疑問の声に琴音はコクコクと、カノンは大きく一つ頷いた。それを見た鈴は完全に頭を抱えてしまう。そんな鈴へカノンは近付くと、

「鈴よ、何があったかを洗いざらい吐いちゃいなよ。楽になると思うなぁ……」
「うぅ……。実は……」

 それから鈴がかいつまんで水族館デートの概要を話す。さすがにイルカショーが始まる直前の出来事は恥ずかしさから言えなかったが、それでも二人は、別れ際に告白されたと言う鈴の説明を聞いて、

「告白されたぁっ?」

 そう言って十分驚いている。カノンと琴音の間に衝撃が走った。

「ま、まぁ、小林くんらしいっちゃ、らしいのかな?」
「そ、そうだね! 和真くん、あぁ見えて熱血スポーツ少年だもんね」

 カノンの言葉に琴音が続ける。場を取りなすような口ぶりの二人ではあったが、それは普段の和真からは想像が出来ない出来事が起きていたからで、すぐに普段の自分たちを取り戻していく。

「それで? 肝心の鈴の気持ちは?」
「えっと……。分からない……」

 カノンの問いかけに鈴は少しの逡巡の後にシュン……として答える。
 実際鈴はこの瞬間まで自分の気持ちのことなど考えていなかった。ただ、あの日の和真の行動や言動を思い出しては、顔をぼっと熱くさせるのだった。

「ねぇ、鈴ちゃん。それって、和真くんのことがイヤじゃなかったってことだよね?」

 琴音の優しい言葉に鈴は考える。尾形に言い寄られていたとき、鈴は正直尾形のことを気持ちの悪い人だと思っていた。しかし今回、和真が自分のことを好きと言ってくれたことに不快感は全くない。それどころか、

「告白、されて嬉しかった、かも……」

 ぽつりと呟かれた鈴の言葉に、カノンと琴音が顔を見合わせる。どうやら鈴の答えは決まったようだ。そんな鈴にカノンが助言する。

「愛されている女は、大事にして貰えるよ」

 その言葉に鈴は和真との初デートを思い返す。地下鉄を出てすぐ、貨物船を見てはしゃいでいたときも、帰りに送ってくれたことも、その時の満員電車の中でのことも、和真の行動は鈴がいて初めて成立するものばかりだった。さらにその行動は鈴のことを想ってのことだと言うことも伝わってくる。

「鈴、あんまり小林くんを待たせるんじゃないよ?」
「待たせる?」
「そう、鈴の返事。答え、決まってるでしょ?」

 カノンに言われ、鈴はしばらく考え込む。

(私の、答え……)

 そうして出した結論は、

「もう少し、時間をかけて考えてみる」
「そっか」

 鈴が出した答えにカノンはそれ以上何も言ってはこない。鈴はこの時、恥ずかしさの向こうにある自分の本音の部分と、向き合う覚悟を決めたのだった。
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