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第五音
第五音⑨
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「もしかして、迷惑だったか?」
その声を聞いた鈴は反射的にブンブンと首を横に振った。それを見た和真は見るからに安堵したようだ。電光掲示板で電車の発着時間を確認し、スマートフォンで現在の時刻を確認する。電車が到着するまでもう間もなくだ。和真は柔らかく微笑むと、
「帰ろうか」
西日の差したその表情は眩しく、鈴は直視することも出来ずにこくりと小さく頷くのだった。
ホームに降りると電車の到着を待っている人々の列が出来上がっていた。地下鉄に乗り換えが出来るこの駅は、県庁所在地と言うこともあってどの時間帯でも人が多い。更に鈴の家の方角はベッドタウンのため、夕方のこの時間から帰宅ラッシュが始まるのだった。
鈴たちはそんな人々の列に並ぶ。それから間もなくして快速列車がやってきた。列が分かれ二列になる。その二列になった列の間から人がまばらに降りてきた。それからすぐに分かれていた列が動き出し、吸い込まれるように車内へと収容されていく。
鈴と和真も前の列の動きにならって電車へと乗り込んだ。
電車内は座れなかったくたびれた人々が所狭しと立っていた。列の後方に並んでいた鈴と和真は必然的に入ってきたドアに背を預ける形で立つことになった。鈴にとってはよく乗る電車のよく見る様子ではあったものの、やはり見知らぬ人と身体を密着させなくてはいけないこの状況には全く慣れそうにもない。
鈴は小さな身体で大きなため息を吐いた。すると両耳にドン! と言う音が響き、前方にあった人の圧力がなくなった。鈴が驚いて伏せていた顔を上げると、たくましく厚い胸板が目に入る。横を見てみると、筋肉質な腕が無防備にあらわになっていた。反対側にも筋肉質な腕があり、どうやら先程のドン! と言う音はこの両腕がドアにぶつかった音のようだ。
鈴が顔を上げると、そこには端正な和真の顔があった。
(この状況は、まさか……?)
鈴は目をぱちくりさせながら現状を分析していく。
つまり、これは、和真が自分を人の圧から守ってくれている?
そう結論づけた鈴はドキドキする心臓を抑えて和真に声をかけた。
「和真くん、態勢、キツくない?」
「問題ない」
和真の表情は変わらない。今日一日見てきたポーカーフェイスのままだ。しかし自分の身体で鈴を潰してしまわないように空間を作ってくれている上に、電車の揺れに合わせてやって来る周囲の人の圧力に耐えているのはきっと、並大抵のことではないはずだ。鈴は、
「無理、しないでね? 和真くん」
「大丈夫」
「大丈夫って、そんなはずないじゃん!」
思わず出てしまった大声に鈴ははっとする。頭上にある和真の顔を恐る恐る見上げると、和真は、はぁー……、と盛大なため息を吐き出した。その後、
「いいから黙って、守られていろ」
そう言って鈴から顔を逸らしてしまう。鈴の心臓のドキドキは最高潮になり、至近距離にある和真の身体を嫌でも意識してしまう。そうやって意識すればするほど、鈴の鼓動はバクバクとうるさく鳴り響くのだった。
鈴の降りる最寄り駅に近い、快速の停まる駅に着く。その駅で多くの人が降り、鈴と和真もその人の流れに乗って降りる。そこで停車中の普通列車に乗り換える。普通列車の中は空いており、二人はすんなりと座ることが出来た。そこから二駅行ったところが鈴が普段利用している駅だ。
しばらく乗っていると電車内にアナウンスが流れる。鈴たちはそのアナウンスで立ち上がると出口に向かう。それから何も話すことなく改札を抜けると、通路の先で立ち止まった。
「今日は一日、ありがとう」
「ん」
鈴の礼に和真がぶっきらぼうに返す。
これで今日が終わるのか……。
そう二人の間の空気が沈んだものになる。無言の中に別れがたい雰囲気がある。しかしいつまでも沈んだまま立っているわけにも行かない。鈴は意を決して顔を上げると、
「じゃあ、私、行くね」
そう言って和真に背を向けて歩き出そうとした。しかしその手を和真に握られる。反射的に振り返って見上げた和真の表情は何を考えているのか読めない。そうして鈴が和真の言葉を待っていると、和真はおもむろに手にしていた水族館の土産袋を鈴に差し出してきた。
「これ、鈴の土産」
「え? 弟くんのって……」
「弟のは、鞄の中」
だから受け取れと言わんばかりの和真に鈴は怖ず怖ずと手を伸ばすと、その差し出されている土産袋を受け取った。
「ありがとう、和真くん」
「ん。……あのさ」
「何?」
鈴が和真を見上げる。和真は何かを言うことをためらっている様子だ。それでも何かを考え、言葉を探している。そんな和真の言葉を鈴はじっと待っていた。和真は一度俯くと、グッと顔を上げ、何事かを決意したような声音でこう言った。
「鈴、俺と、付き合ってください」
(え? 今、なんて?)
鈴は今、和真に言われたことが理解出来ない。目を白黒とさせている鈴に和真が言葉を続ける。
「俺はこんなだけど、鈴と一緒にいられて楽しかった。これからも鈴と一緒にいたいから、だから、俺と付き合ってください」
普段、口数の少ない和真が一生懸命、言葉を紡いでくれているのが伝わってくる。そうして和真の顔を見やると、日に焼けたその顔は心なしか赤くなっているように見られる。
鈴もそんな和真の様子につられるように顔が、いや、全身が火照ってくる。顔を真っ赤にし、黙ってしまった鈴を見て、和真が続けた。
「返事は、今じゃなくても大丈夫だから。じゃ、また月曜に学校でな」
そう言うだけ言うと、和真はICカードを手に改札へと歩いて行ってしまう。鈴はそんな和真の背中にかける言葉を見付けられず、改札を通ってホームへと消えていく和真を黙って見送るしか出来ないのだった。
その声を聞いた鈴は反射的にブンブンと首を横に振った。それを見た和真は見るからに安堵したようだ。電光掲示板で電車の発着時間を確認し、スマートフォンで現在の時刻を確認する。電車が到着するまでもう間もなくだ。和真は柔らかく微笑むと、
「帰ろうか」
西日の差したその表情は眩しく、鈴は直視することも出来ずにこくりと小さく頷くのだった。
ホームに降りると電車の到着を待っている人々の列が出来上がっていた。地下鉄に乗り換えが出来るこの駅は、県庁所在地と言うこともあってどの時間帯でも人が多い。更に鈴の家の方角はベッドタウンのため、夕方のこの時間から帰宅ラッシュが始まるのだった。
鈴たちはそんな人々の列に並ぶ。それから間もなくして快速列車がやってきた。列が分かれ二列になる。その二列になった列の間から人がまばらに降りてきた。それからすぐに分かれていた列が動き出し、吸い込まれるように車内へと収容されていく。
鈴と和真も前の列の動きにならって電車へと乗り込んだ。
電車内は座れなかったくたびれた人々が所狭しと立っていた。列の後方に並んでいた鈴と和真は必然的に入ってきたドアに背を預ける形で立つことになった。鈴にとってはよく乗る電車のよく見る様子ではあったものの、やはり見知らぬ人と身体を密着させなくてはいけないこの状況には全く慣れそうにもない。
鈴は小さな身体で大きなため息を吐いた。すると両耳にドン! と言う音が響き、前方にあった人の圧力がなくなった。鈴が驚いて伏せていた顔を上げると、たくましく厚い胸板が目に入る。横を見てみると、筋肉質な腕が無防備にあらわになっていた。反対側にも筋肉質な腕があり、どうやら先程のドン! と言う音はこの両腕がドアにぶつかった音のようだ。
鈴が顔を上げると、そこには端正な和真の顔があった。
(この状況は、まさか……?)
鈴は目をぱちくりさせながら現状を分析していく。
つまり、これは、和真が自分を人の圧から守ってくれている?
そう結論づけた鈴はドキドキする心臓を抑えて和真に声をかけた。
「和真くん、態勢、キツくない?」
「問題ない」
和真の表情は変わらない。今日一日見てきたポーカーフェイスのままだ。しかし自分の身体で鈴を潰してしまわないように空間を作ってくれている上に、電車の揺れに合わせてやって来る周囲の人の圧力に耐えているのはきっと、並大抵のことではないはずだ。鈴は、
「無理、しないでね? 和真くん」
「大丈夫」
「大丈夫って、そんなはずないじゃん!」
思わず出てしまった大声に鈴ははっとする。頭上にある和真の顔を恐る恐る見上げると、和真は、はぁー……、と盛大なため息を吐き出した。その後、
「いいから黙って、守られていろ」
そう言って鈴から顔を逸らしてしまう。鈴の心臓のドキドキは最高潮になり、至近距離にある和真の身体を嫌でも意識してしまう。そうやって意識すればするほど、鈴の鼓動はバクバクとうるさく鳴り響くのだった。
鈴の降りる最寄り駅に近い、快速の停まる駅に着く。その駅で多くの人が降り、鈴と和真もその人の流れに乗って降りる。そこで停車中の普通列車に乗り換える。普通列車の中は空いており、二人はすんなりと座ることが出来た。そこから二駅行ったところが鈴が普段利用している駅だ。
しばらく乗っていると電車内にアナウンスが流れる。鈴たちはそのアナウンスで立ち上がると出口に向かう。それから何も話すことなく改札を抜けると、通路の先で立ち止まった。
「今日は一日、ありがとう」
「ん」
鈴の礼に和真がぶっきらぼうに返す。
これで今日が終わるのか……。
そう二人の間の空気が沈んだものになる。無言の中に別れがたい雰囲気がある。しかしいつまでも沈んだまま立っているわけにも行かない。鈴は意を決して顔を上げると、
「じゃあ、私、行くね」
そう言って和真に背を向けて歩き出そうとした。しかしその手を和真に握られる。反射的に振り返って見上げた和真の表情は何を考えているのか読めない。そうして鈴が和真の言葉を待っていると、和真はおもむろに手にしていた水族館の土産袋を鈴に差し出してきた。
「これ、鈴の土産」
「え? 弟くんのって……」
「弟のは、鞄の中」
だから受け取れと言わんばかりの和真に鈴は怖ず怖ずと手を伸ばすと、その差し出されている土産袋を受け取った。
「ありがとう、和真くん」
「ん。……あのさ」
「何?」
鈴が和真を見上げる。和真は何かを言うことをためらっている様子だ。それでも何かを考え、言葉を探している。そんな和真の言葉を鈴はじっと待っていた。和真は一度俯くと、グッと顔を上げ、何事かを決意したような声音でこう言った。
「鈴、俺と、付き合ってください」
(え? 今、なんて?)
鈴は今、和真に言われたことが理解出来ない。目を白黒とさせている鈴に和真が言葉を続ける。
「俺はこんなだけど、鈴と一緒にいられて楽しかった。これからも鈴と一緒にいたいから、だから、俺と付き合ってください」
普段、口数の少ない和真が一生懸命、言葉を紡いでくれているのが伝わってくる。そうして和真の顔を見やると、日に焼けたその顔は心なしか赤くなっているように見られる。
鈴もそんな和真の様子につられるように顔が、いや、全身が火照ってくる。顔を真っ赤にし、黙ってしまった鈴を見て、和真が続けた。
「返事は、今じゃなくても大丈夫だから。じゃ、また月曜に学校でな」
そう言うだけ言うと、和真はICカードを手に改札へと歩いて行ってしまう。鈴はそんな和真の背中にかける言葉を見付けられず、改札を通ってホームへと消えていく和真を黙って見送るしか出来ないのだった。
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