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第五音
第五音⑧
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(今の、何? 何だったのっ?)
真っ赤になる顔を隠すことも忘れ、鈴はぎこちない動きで正面のイルカプールとステージに目を向けるのだった。
それからのイルカショーに鈴は集中することが出来なかった。どうしても隣にいる和真のことが気になり、その存在を意識するだけで先程の、ショーが始まる前の出来事を思い出してしまい、早くなる鼓動を抑えられなくなる。
(だって、さっきのって……)
その先の言葉を意識すると恥ずかしさから顔が一気に上気するのだった。
目の前のイルカプールでは次々とイルカの華麗なジャンプが披露されている。鈴の目は確かにその光景を映しているのだが、意識が和真へと向いているためイルカショーの内容までは頭に入ってこない。
そうしているうちにいつの間にかイルカショーが終わってしまったようで、
「鈴、行こう」
「え?」
「ショー、終わった」
和真から声をかけられて、ようやく鈴はショーが終わったことを理解した。鈴は和真から差し出された手をドキドキしながら取ると、座っていた座席から立ち上がる。
それから二人は手を繋いだまま館内を一周していく。そこには明るい赤道の海が再現されたブースや、クラゲ館、深海エリアにペンギン館などがあったのだが、そのどれもが鈴の網膜を素通りしていく。
イルカショーの開始から心、ここにあらずの鈴の様子を、和真は黙って隣で見ていたのだった。
水族館の最後を飾ったのは土産物売り場だった。和真はそこで鈴の手をそっと離す。今まで水族館に入ってからずっと当たり前のようにあった感触がなくなり、鈴は少し残念に思った。
「俺、ちょっと中を見てくる。鈴は?」
「私? 私は、ここで待っているよ」
「そうか」
短い和真とのやり取りの後、和真はそう広くもない土産物売り場へと消えていった。鈴の目はそんな和真の後ろ姿を自然と追ってしまうのだった。
(何やってるんだろう、私……)
鈴はボーッとそんなことを思う。せっかく和真と一緒に来られた水族館だというのに、最初の大水槽以降、全く楽しめていない自分に気付いたからだ。これでは一緒にいる和真に気を使わせてしまう。何より和真も、わざわざやって来た水族館を楽しめなかったのではないだろうか。
(私、嫌われちゃったかも……)
鈴の思考は完全にマイナスで、自己嫌悪に陥っている。そうして沈んでいると、土産袋を手にした和真が戻ってきた。
「お待たせ、鈴」
「あ、おかえり。お土産?」
「ん、弟の」
「和真くん、弟がいたんだ? なんか、でも、分かる気がする」
鈴は和真の弟もきっと、和真に似てイケメンなのだろうなと思う。それから小さな和真を想像するとくすりと笑ってしまった。和真はそんな鈴に小さく目を見張ったが、すぐにその視線を鈴から逸らすと、
「帰ろう。鈴の駅まで送る」
そう言って歩き出してしまう。鈴もその後を追った。
地下鉄の改札を抜ける。すぐに電車はやって来て二人はその電車へと乗り込んだ。まばらに空いている座席の方へ、和真は迷いなく進んでいく。
「鈴、ここ、空いてる」
「え? 和真くんは?」
「俺は立ってる。鈴は、疲れただろう?」
だから座るといい、と和真は言う。鈴はその言葉に甘えることにした。正直、ずっと歩き通しで足が棒のようだった。
静かな車内でガタンゴトンと規則正しいリズムだけが響く。その揺れとリズムに身を任せていると、鈴は次第にうつらうつらとしてしまうのだった。
「……ず、鈴」
「……ん」
「次、乗り換え」
鈴は肩を揺さぶられ、ゆっくりと意識を覚醒させていく。それから『乗り換え』と言う和真の言葉にはっとした。
「私、寝ちゃってた?」
「うん」
和真の相づちに、鈴は居眠りをしていたのかと自覚する。
(寝顔、見られちゃったかな……?)
そう思うと恥ずかしさから自然と顔が熱くなってくる。鈴が俯いていると車内に次の駅のアナウンスが響いた。その後、在来線への乗り換え案内も流れてくる。鈴はサッと立ち上がると、
「起こしてくれてありがとう、和真くん! 降りよう!」
そう言って和真の返事を待つことなく電車の出口へと向かった。和真はその後ろを何も言わずについてきた。
電車の出入り口付近には我先にと外へ出ようとしているサラリーマンたちでひしめき合っていた。鈴はその列に並ぶ。電車が駅に到着し、ゆっくりと扉が開くと、出入り口付近で押し合っていた人々がその圧力のまま外へと押し出されている。予想していたよりも激しい人の流れに流されるように鈴も電車の外へと出る。そのまま地下鉄の改札を抜け、在来線への乗り換えのためにエスカレーターに乗った。
そんな鈴の後ろからは和真が黙ってついてきてくれている。
エスカレーターが上に到着し、鈴が在来線の改札に向かう頃にはその隣に、影のように和真の姿があった。二人は在来線での改札を通る。
「和真くん、本当にこっちの駅まで来ても良かったの?」
「問題ない。俺がまだ鈴と一緒にいたいって、思っているだけだから」
「……!」
面と向かって言われた言葉に鈴の顔は耳まで火照ってしまう。咄嗟に次の言葉が出てこない。そんな鈴へ和真の不安そうな声が降ってきた。
真っ赤になる顔を隠すことも忘れ、鈴はぎこちない動きで正面のイルカプールとステージに目を向けるのだった。
それからのイルカショーに鈴は集中することが出来なかった。どうしても隣にいる和真のことが気になり、その存在を意識するだけで先程の、ショーが始まる前の出来事を思い出してしまい、早くなる鼓動を抑えられなくなる。
(だって、さっきのって……)
その先の言葉を意識すると恥ずかしさから顔が一気に上気するのだった。
目の前のイルカプールでは次々とイルカの華麗なジャンプが披露されている。鈴の目は確かにその光景を映しているのだが、意識が和真へと向いているためイルカショーの内容までは頭に入ってこない。
そうしているうちにいつの間にかイルカショーが終わってしまったようで、
「鈴、行こう」
「え?」
「ショー、終わった」
和真から声をかけられて、ようやく鈴はショーが終わったことを理解した。鈴は和真から差し出された手をドキドキしながら取ると、座っていた座席から立ち上がる。
それから二人は手を繋いだまま館内を一周していく。そこには明るい赤道の海が再現されたブースや、クラゲ館、深海エリアにペンギン館などがあったのだが、そのどれもが鈴の網膜を素通りしていく。
イルカショーの開始から心、ここにあらずの鈴の様子を、和真は黙って隣で見ていたのだった。
水族館の最後を飾ったのは土産物売り場だった。和真はそこで鈴の手をそっと離す。今まで水族館に入ってからずっと当たり前のようにあった感触がなくなり、鈴は少し残念に思った。
「俺、ちょっと中を見てくる。鈴は?」
「私? 私は、ここで待っているよ」
「そうか」
短い和真とのやり取りの後、和真はそう広くもない土産物売り場へと消えていった。鈴の目はそんな和真の後ろ姿を自然と追ってしまうのだった。
(何やってるんだろう、私……)
鈴はボーッとそんなことを思う。せっかく和真と一緒に来られた水族館だというのに、最初の大水槽以降、全く楽しめていない自分に気付いたからだ。これでは一緒にいる和真に気を使わせてしまう。何より和真も、わざわざやって来た水族館を楽しめなかったのではないだろうか。
(私、嫌われちゃったかも……)
鈴の思考は完全にマイナスで、自己嫌悪に陥っている。そうして沈んでいると、土産袋を手にした和真が戻ってきた。
「お待たせ、鈴」
「あ、おかえり。お土産?」
「ん、弟の」
「和真くん、弟がいたんだ? なんか、でも、分かる気がする」
鈴は和真の弟もきっと、和真に似てイケメンなのだろうなと思う。それから小さな和真を想像するとくすりと笑ってしまった。和真はそんな鈴に小さく目を見張ったが、すぐにその視線を鈴から逸らすと、
「帰ろう。鈴の駅まで送る」
そう言って歩き出してしまう。鈴もその後を追った。
地下鉄の改札を抜ける。すぐに電車はやって来て二人はその電車へと乗り込んだ。まばらに空いている座席の方へ、和真は迷いなく進んでいく。
「鈴、ここ、空いてる」
「え? 和真くんは?」
「俺は立ってる。鈴は、疲れただろう?」
だから座るといい、と和真は言う。鈴はその言葉に甘えることにした。正直、ずっと歩き通しで足が棒のようだった。
静かな車内でガタンゴトンと規則正しいリズムだけが響く。その揺れとリズムに身を任せていると、鈴は次第にうつらうつらとしてしまうのだった。
「……ず、鈴」
「……ん」
「次、乗り換え」
鈴は肩を揺さぶられ、ゆっくりと意識を覚醒させていく。それから『乗り換え』と言う和真の言葉にはっとした。
「私、寝ちゃってた?」
「うん」
和真の相づちに、鈴は居眠りをしていたのかと自覚する。
(寝顔、見られちゃったかな……?)
そう思うと恥ずかしさから自然と顔が熱くなってくる。鈴が俯いていると車内に次の駅のアナウンスが響いた。その後、在来線への乗り換え案内も流れてくる。鈴はサッと立ち上がると、
「起こしてくれてありがとう、和真くん! 降りよう!」
そう言って和真の返事を待つことなく電車の出口へと向かった。和真はその後ろを何も言わずについてきた。
電車の出入り口付近には我先にと外へ出ようとしているサラリーマンたちでひしめき合っていた。鈴はその列に並ぶ。電車が駅に到着し、ゆっくりと扉が開くと、出入り口付近で押し合っていた人々がその圧力のまま外へと押し出されている。予想していたよりも激しい人の流れに流されるように鈴も電車の外へと出る。そのまま地下鉄の改札を抜け、在来線への乗り換えのためにエスカレーターに乗った。
そんな鈴の後ろからは和真が黙ってついてきてくれている。
エスカレーターが上に到着し、鈴が在来線の改札に向かう頃にはその隣に、影のように和真の姿があった。二人は在来線での改札を通る。
「和真くん、本当にこっちの駅まで来ても良かったの?」
「問題ない。俺がまだ鈴と一緒にいたいって、思っているだけだから」
「……!」
面と向かって言われた言葉に鈴の顔は耳まで火照ってしまう。咄嗟に次の言葉が出てこない。そんな鈴へ和真の不安そうな声が降ってきた。
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