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第四音
第四音⑥
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それから一時間程、四人は机を突き合わせてノートと教科書を広げていた。
「んー……」
「どうした? 鈴」
「ここの現代語訳がうまくできなくって……」
「どこ?」
鈴はどうやら古文と向き合っていたようだ。隣に座っているカノンへと現代語訳を行っている途中の古文を見せる。カノンは鈴が示している教科書の文章を眺めて眉をしかめた。
「なんだ、これ」
「わかんない。ここの動詞、主語は翁だよね?」
「多分? ねぇ、琴音」
カノンが自分の正面に座っている琴音に教科書を見せる。琴音はその文をちらっと見ると、すぐに自分の隣、鈴の正面に座っている和真を見上げる。
「鈴ちゃんに、古文を教えてあげられない?」
「ん、どこ?」
「ここの文だって」
カノンが四人の机の中央に鈴の教科書を置いた。そうすることで四人の距離がグッと近くなる。そのことを意識すると鈴の心臓が一気に跳ね上がり、しかし意識しているのは自分だけなのだろうなと正面にある和真のポーカーフェイスをチラ見する。
(あ、和真くん、睫毛、長いんだなぁ……)
鈴が伏せられた和真の、らくだのように長い睫毛を見つめていると、不意に和真と至近距離で視線がぶつかる。
「……って訳になるんだが、鈴、分かったか?」
「へっ?」
「ちょっと鈴、しっかりしてよー」
和真の言葉に鈴の声がうわずる。それを見たカノンが鈴の脇腹を小突いた。
(だって、今、私の名前……!)
鈴の心臓は早鐘を打ち、酸素を欲する金魚のように口をパクパクとさせている。それを見た琴音が心配そうに声をかけた。
「鈴ちゃん、大丈夫? どうかした?」
「琴音ぇ~……」
鈴は席を立つと琴音の背後に隠れるように泣きついた。和真はそんな鈴の様子を不思議そうに見つめると、
「俺の説明、わかりにくかったか?」
「そんなことないよ、小林くん。私は良く分かったし、ありがとう」
カノンはそう言うと、和真ににっこりと微笑みかけた。
「あー! 和真! お前、俺のカノンに何してんだーっ!」
その時一際賑やかな声が響いた。部活を終えた大和だ。大和はズカズカと教室に入ってくるとカノンの横に当然のように立つ。
「カノンは俺の嫁だからな! 和真、モテるからって、カノンだけは駄目だぞ!」
「ちょっ、バカ!」
和真に堂々と宣言する大和にカノンが動揺する。どうやら今日の勉強会はここまでのようだ。琴音はまだ背中に張りついている鈴を見やってから和真の方へと視線を移した。
「さっきの現代語訳、私も分かりやすかったよ。ありがとう、和真くん。鈴ちゃん、もう集中力が限界みたいだし、後で私から説明しておくね」
ニコッと柔らかく微笑む琴音に和真は頼んだ、とはっきりとした声音で返す。
「つか、みんなで何してたの?」
大和の今更な疑問に答える声はない。琴音と和真、カノンはそれぞれ机に広げていたノートと教科書を片付けていく。
「ほら、鈴ちゃん。帰るから、支度して?」
鈴も琴音に促される形で机の上を片付け始める。そんな四人の様子を見て合点がいった大和が、
「分かった! うわぁー、ずるいなぁ! 俺も仲間に入れてくれてもいいんじゃないかなぁー! つれないなぁ……」
そんな大和のぼやきに対してカノンの冷静な声が降ってくる。
「あんたは部活でしょ?」
「そうでした……」
しょんぼりする大和と今まで勉強をしていた四人は教室の片付けを終えると、そのまま連れ立って昇降口へと向かうのだった。
その日からはほぼ毎日、放課後に集まり勉強会を行った。大和も部活が休みの日はこの勉強会へと参加し、五人の距離は少しずつ縮まっていく。不安を残していた鈴と和真の関係も、毎日顔を合わせているうちに自然になっていった。
始めこそ『鈴』と和真の落ち着いた声で呼ばれるとドキドキしていた鈴だったが、一週間も経った頃にはその呼ばれ方にも慣れていき、勉強に集中することができるようになった。
もとより『ルナティック・ガールズ』の三人は大会出場に向けた楽器の練習にも余念がない。大会予選となる映像審査に送る楽曲は、去年の文化祭での曲に決めた。数曲あった文化祭での曲の中でもいちばん盛り上がった楽曲を送るつもりだ。もちろん、衣装は文化祭の時と公開ライブで着た、琴音の手作りゴスロリ衣装である。
期末テスト対策に大会出場に向けた準備と、鈴たちは忙しい毎日を送る。
もちろん鈴は夜には勉強配信も行っていた。忙しそうにする鈴をリスナーたちは飽きることなく毎日見守ってくれている。
そうして日々は過ぎていき、気付けばテスト週間初日を迎えることとなった。
各教科のテスト範囲が確定し、テスト範囲のプリントが配られたこの日。鈴たち『ルナティック・ガールズ』は緊張していた。
「いよいよ決戦の日かぁ……」
「緊張するね」
「……」
鈴と琴音が話しているのをカノンは一点を見つめてじっと聴いていた。
「どうした? カノン」
「鈴、あれ、何だと思う?」
「あれって? ……うげっ!」
カノンが指さした先は教室の後ろにある扉だった。そこには半身の大和の姿がある。大和は隠れているつもりなのだろうが、その姿は木村を待っている教室内の鈴たちから丸見えだ。
「もう、アイツ、どういうつもりよ」
カノンはそう言うと大和の元へ向かおうとした。しかし大和は背後からやって来た木村に捕まってしまう。
「うわ、あのバカ!」
カノンが思わず声を上げる。
「んー……」
「どうした? 鈴」
「ここの現代語訳がうまくできなくって……」
「どこ?」
鈴はどうやら古文と向き合っていたようだ。隣に座っているカノンへと現代語訳を行っている途中の古文を見せる。カノンは鈴が示している教科書の文章を眺めて眉をしかめた。
「なんだ、これ」
「わかんない。ここの動詞、主語は翁だよね?」
「多分? ねぇ、琴音」
カノンが自分の正面に座っている琴音に教科書を見せる。琴音はその文をちらっと見ると、すぐに自分の隣、鈴の正面に座っている和真を見上げる。
「鈴ちゃんに、古文を教えてあげられない?」
「ん、どこ?」
「ここの文だって」
カノンが四人の机の中央に鈴の教科書を置いた。そうすることで四人の距離がグッと近くなる。そのことを意識すると鈴の心臓が一気に跳ね上がり、しかし意識しているのは自分だけなのだろうなと正面にある和真のポーカーフェイスをチラ見する。
(あ、和真くん、睫毛、長いんだなぁ……)
鈴が伏せられた和真の、らくだのように長い睫毛を見つめていると、不意に和真と至近距離で視線がぶつかる。
「……って訳になるんだが、鈴、分かったか?」
「へっ?」
「ちょっと鈴、しっかりしてよー」
和真の言葉に鈴の声がうわずる。それを見たカノンが鈴の脇腹を小突いた。
(だって、今、私の名前……!)
鈴の心臓は早鐘を打ち、酸素を欲する金魚のように口をパクパクとさせている。それを見た琴音が心配そうに声をかけた。
「鈴ちゃん、大丈夫? どうかした?」
「琴音ぇ~……」
鈴は席を立つと琴音の背後に隠れるように泣きついた。和真はそんな鈴の様子を不思議そうに見つめると、
「俺の説明、わかりにくかったか?」
「そんなことないよ、小林くん。私は良く分かったし、ありがとう」
カノンはそう言うと、和真ににっこりと微笑みかけた。
「あー! 和真! お前、俺のカノンに何してんだーっ!」
その時一際賑やかな声が響いた。部活を終えた大和だ。大和はズカズカと教室に入ってくるとカノンの横に当然のように立つ。
「カノンは俺の嫁だからな! 和真、モテるからって、カノンだけは駄目だぞ!」
「ちょっ、バカ!」
和真に堂々と宣言する大和にカノンが動揺する。どうやら今日の勉強会はここまでのようだ。琴音はまだ背中に張りついている鈴を見やってから和真の方へと視線を移した。
「さっきの現代語訳、私も分かりやすかったよ。ありがとう、和真くん。鈴ちゃん、もう集中力が限界みたいだし、後で私から説明しておくね」
ニコッと柔らかく微笑む琴音に和真は頼んだ、とはっきりとした声音で返す。
「つか、みんなで何してたの?」
大和の今更な疑問に答える声はない。琴音と和真、カノンはそれぞれ机に広げていたノートと教科書を片付けていく。
「ほら、鈴ちゃん。帰るから、支度して?」
鈴も琴音に促される形で机の上を片付け始める。そんな四人の様子を見て合点がいった大和が、
「分かった! うわぁー、ずるいなぁ! 俺も仲間に入れてくれてもいいんじゃないかなぁー! つれないなぁ……」
そんな大和のぼやきに対してカノンの冷静な声が降ってくる。
「あんたは部活でしょ?」
「そうでした……」
しょんぼりする大和と今まで勉強をしていた四人は教室の片付けを終えると、そのまま連れ立って昇降口へと向かうのだった。
その日からはほぼ毎日、放課後に集まり勉強会を行った。大和も部活が休みの日はこの勉強会へと参加し、五人の距離は少しずつ縮まっていく。不安を残していた鈴と和真の関係も、毎日顔を合わせているうちに自然になっていった。
始めこそ『鈴』と和真の落ち着いた声で呼ばれるとドキドキしていた鈴だったが、一週間も経った頃にはその呼ばれ方にも慣れていき、勉強に集中することができるようになった。
もとより『ルナティック・ガールズ』の三人は大会出場に向けた楽器の練習にも余念がない。大会予選となる映像審査に送る楽曲は、去年の文化祭での曲に決めた。数曲あった文化祭での曲の中でもいちばん盛り上がった楽曲を送るつもりだ。もちろん、衣装は文化祭の時と公開ライブで着た、琴音の手作りゴスロリ衣装である。
期末テスト対策に大会出場に向けた準備と、鈴たちは忙しい毎日を送る。
もちろん鈴は夜には勉強配信も行っていた。忙しそうにする鈴をリスナーたちは飽きることなく毎日見守ってくれている。
そうして日々は過ぎていき、気付けばテスト週間初日を迎えることとなった。
各教科のテスト範囲が確定し、テスト範囲のプリントが配られたこの日。鈴たち『ルナティック・ガールズ』は緊張していた。
「いよいよ決戦の日かぁ……」
「緊張するね」
「……」
鈴と琴音が話しているのをカノンは一点を見つめてじっと聴いていた。
「どうした? カノン」
「鈴、あれ、何だと思う?」
「あれって? ……うげっ!」
カノンが指さした先は教室の後ろにある扉だった。そこには半身の大和の姿がある。大和は隠れているつもりなのだろうが、その姿は木村を待っている教室内の鈴たちから丸見えだ。
「もう、アイツ、どういうつもりよ」
カノンはそう言うと大和の元へ向かおうとした。しかし大和は背後からやって来た木村に捕まってしまう。
「うわ、あのバカ!」
カノンが思わず声を上げる。
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