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第三音
第三音⑤
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「そんな状況の中、毎日良く頑張ったね。辛かったね。気付いてあげられなくて、ごめんね」
優しい声の鈴の言葉に、琴音は目の前がにじむのが分かった。
(あ、あれ? おかしいな……)
琴音は慌てて目元を拭った。しかし一度溢れてきた涙は、そう簡単には止まってくれないのだった。
(そっか、私、辛かったんだ……)
琴音がそう自覚したとき、涙は止まるどころか次から次へと溢れて、止まらなくなる。
「ご、ごめん、鈴ちゃん……。涙、止まんない……」
「いいよ、琴音。いっぱい泣いて、スッキリしよう」
「……うん」
琴音は鈴の言葉に甘えると、しばらく静かに涙を流した。
琴音が泣いている間、鈴は黙ってずっと琴音の傍にいた。せっかく遊園地に来ているというのに、乗り物に乗ることもなく、文句一つ言うこともなく、ただただ傍にずっといてくれた。それが琴音には嬉しく、涙が止まるまでかなりの時間を要するのだった。
「ありがとう、鈴ちゃん。もう、大丈夫。ありがとう……」
「いいよ、大丈夫。琴音、あのさ。私、考えてたんだけど……」
「何?」
鈴は琴音が落ち着くまでの間、ずっと考えていたことがあった。それはもちろん、琴音のクラスの、女子たちのことだった。
「担任が使い物にならないのならさ、学年主任に言ってみない?」
「学年主任の先生?」
そうなのだ。琴音の話を聞いている限り、琴音のクラスの担任は事なかれ主義のようだ。そのため琴音の現状を担任の先生ではなく、学年主任の先生に相談してみるというものだ。
「何もしないと、琴音のクラスは変わらないどころか悪化していくと思うの。どうせ悪い結果が待っているのだとしたら、何かしら動いてもいいんじゃないかな?」
そう言う鈴の言葉は琴音にとっては目からウロコだった。鈴の言葉は一理あり、そんな前向きな考えができる鈴のことを琴音は心底尊敬するのだった。
「学年主任の件、どうかな?」
鈴の確認に琴音は笑顔で頷いた。それを見た鈴も笑顔になる。
「じゃあ、善は急げだね! 行こう、琴音!」
「えっ? 行くって、どこに?」
すくっと立ち上がった鈴を琴音が見上げた。その琴音に向かって鈴はニカッと笑うと、
「学年主任、探そう!」
そう言って、琴音と共に遊園地内を駆け回るのだった。
鈴は琴音と先生を探しながらスマートフォンでカノンを始めとした友人たちにメッセージを送り、広い園内のどこに学年主任の先生がいるのかを聞いていた。そのため鈴のスマートフォンにはメッセージを受信した友人たちからの情報ですぐにいっぱいになる。鈴はそんな情報を頼りに園内をあちこち回り、ついに学年主任の先生を見付けたのだった。
そして驚いたことに、その学年主任の先生の傍には、デート中のはずのカノンと大和の姿があったのだった。
「あれ? カノンじゃん。どうしたの?」
「先生が逃げないように、捕まえてた」
「それは、それは、ご苦労。さ、行こう、琴音」
鈴はカノンに声をかけた後、琴音へと手を伸ばして学年主任の先生の前へと立った。
この先生は昔気質な人間で、生徒たちからは頭の堅い人物として煙たがられていた。校則に厳しく、すぐに生徒指導室へと呼び出しては説教をする先生を、生徒たちは影で呼び捨てにしていた。
鈴たち『ルナティック・ガールズ』の活動についても、衣装が派手すぎるという理由で去年の文化祭出場を反対した経緯がある。その時は鈴たちの、当時の担任の先生が鈴たちの味方となってくれ、まずは『ルナティック・ガールズ』の演奏を聴いてやって欲しいと説得してくれた。学年主任の先生はそれに応じ、演奏を聴くと、何か思うところがあったのか文化祭での演奏を許可してくれたのだった。
文化祭ライブを最終的には許可してくれたとはいえ、鈴たち『ルナティック・ガールズ』の中でもこの先生の印象は最悪だ。そんな先生に話をするのだから、鈴たちの緊張はピークである。
「おう、バンドガールズ。こんなところで揃ってどうした?」
背の高い学年主任の、低く落ち着いた声は上から降ってくる分、少し威圧的に聞こえてしまう。しかしそこで怖じ気づいてしまっては先生を探し出した意味がない。鈴はフッと息を吸い込むと、学年主任の先生を見上げてこう言った。
「琴音の、清水さんのクラスについて、相談があります」
「ほう?」
先生は短く返すと、鈴に先を促すように目配せをした。その視線を受けた鈴が琴音のクラスに置かれた現状を説明した。
「もしかして先生も、琴音のことについて知っていたんじゃないんですか?」
鈴の最後の言葉には棘が含まれていた。鈴からの訴えを聞いた先生は押し黙り、何かを考えているようだ。それからしばらくして、懐から自身のスマートフォンを取り出すと、どこかへと電話をする。
「少し待っていなさい」
電話を終えた先生にそう言われた鈴、琴音、そしてカノンと大和は先生から少し離れた位置で言われたとおりに待つことにした。
「しかし、驚いたな。まさか、琴音ちゃんのクラスでいじめがあるなんて」
先程の鈴たちの訴えを傍で聞いていた大和が脳天気に言う。その大和へ、鈴は鋭く睨み付けた。
「いじめって言わないで」
「え?」
「だから、琴音のクラスのこと。いじめって言わないで」
鈴の言葉に大和は疑問符を浮かべた。どう見ても、琴音のクラスで起きている出来事は琴音へのいじめである。しかし鈴はそれを認めようとはしなかった。
「認めたら、本当になっちゃう。本当になったら私たちは、弱者になるじゃない」
鈴の考えではいじめられるのは弱い立場の人間だという。弱いことは必ずしも悪いことではない。しかし今回の場合、自分たちが弱者と認めると琴音にイヤガラセをしている相手を必然的に強者と認めることになる。
優しい声の鈴の言葉に、琴音は目の前がにじむのが分かった。
(あ、あれ? おかしいな……)
琴音は慌てて目元を拭った。しかし一度溢れてきた涙は、そう簡単には止まってくれないのだった。
(そっか、私、辛かったんだ……)
琴音がそう自覚したとき、涙は止まるどころか次から次へと溢れて、止まらなくなる。
「ご、ごめん、鈴ちゃん……。涙、止まんない……」
「いいよ、琴音。いっぱい泣いて、スッキリしよう」
「……うん」
琴音は鈴の言葉に甘えると、しばらく静かに涙を流した。
琴音が泣いている間、鈴は黙ってずっと琴音の傍にいた。せっかく遊園地に来ているというのに、乗り物に乗ることもなく、文句一つ言うこともなく、ただただ傍にずっといてくれた。それが琴音には嬉しく、涙が止まるまでかなりの時間を要するのだった。
「ありがとう、鈴ちゃん。もう、大丈夫。ありがとう……」
「いいよ、大丈夫。琴音、あのさ。私、考えてたんだけど……」
「何?」
鈴は琴音が落ち着くまでの間、ずっと考えていたことがあった。それはもちろん、琴音のクラスの、女子たちのことだった。
「担任が使い物にならないのならさ、学年主任に言ってみない?」
「学年主任の先生?」
そうなのだ。琴音の話を聞いている限り、琴音のクラスの担任は事なかれ主義のようだ。そのため琴音の現状を担任の先生ではなく、学年主任の先生に相談してみるというものだ。
「何もしないと、琴音のクラスは変わらないどころか悪化していくと思うの。どうせ悪い結果が待っているのだとしたら、何かしら動いてもいいんじゃないかな?」
そう言う鈴の言葉は琴音にとっては目からウロコだった。鈴の言葉は一理あり、そんな前向きな考えができる鈴のことを琴音は心底尊敬するのだった。
「学年主任の件、どうかな?」
鈴の確認に琴音は笑顔で頷いた。それを見た鈴も笑顔になる。
「じゃあ、善は急げだね! 行こう、琴音!」
「えっ? 行くって、どこに?」
すくっと立ち上がった鈴を琴音が見上げた。その琴音に向かって鈴はニカッと笑うと、
「学年主任、探そう!」
そう言って、琴音と共に遊園地内を駆け回るのだった。
鈴は琴音と先生を探しながらスマートフォンでカノンを始めとした友人たちにメッセージを送り、広い園内のどこに学年主任の先生がいるのかを聞いていた。そのため鈴のスマートフォンにはメッセージを受信した友人たちからの情報ですぐにいっぱいになる。鈴はそんな情報を頼りに園内をあちこち回り、ついに学年主任の先生を見付けたのだった。
そして驚いたことに、その学年主任の先生の傍には、デート中のはずのカノンと大和の姿があったのだった。
「あれ? カノンじゃん。どうしたの?」
「先生が逃げないように、捕まえてた」
「それは、それは、ご苦労。さ、行こう、琴音」
鈴はカノンに声をかけた後、琴音へと手を伸ばして学年主任の先生の前へと立った。
この先生は昔気質な人間で、生徒たちからは頭の堅い人物として煙たがられていた。校則に厳しく、すぐに生徒指導室へと呼び出しては説教をする先生を、生徒たちは影で呼び捨てにしていた。
鈴たち『ルナティック・ガールズ』の活動についても、衣装が派手すぎるという理由で去年の文化祭出場を反対した経緯がある。その時は鈴たちの、当時の担任の先生が鈴たちの味方となってくれ、まずは『ルナティック・ガールズ』の演奏を聴いてやって欲しいと説得してくれた。学年主任の先生はそれに応じ、演奏を聴くと、何か思うところがあったのか文化祭での演奏を許可してくれたのだった。
文化祭ライブを最終的には許可してくれたとはいえ、鈴たち『ルナティック・ガールズ』の中でもこの先生の印象は最悪だ。そんな先生に話をするのだから、鈴たちの緊張はピークである。
「おう、バンドガールズ。こんなところで揃ってどうした?」
背の高い学年主任の、低く落ち着いた声は上から降ってくる分、少し威圧的に聞こえてしまう。しかしそこで怖じ気づいてしまっては先生を探し出した意味がない。鈴はフッと息を吸い込むと、学年主任の先生を見上げてこう言った。
「琴音の、清水さんのクラスについて、相談があります」
「ほう?」
先生は短く返すと、鈴に先を促すように目配せをした。その視線を受けた鈴が琴音のクラスに置かれた現状を説明した。
「もしかして先生も、琴音のことについて知っていたんじゃないんですか?」
鈴の最後の言葉には棘が含まれていた。鈴からの訴えを聞いた先生は押し黙り、何かを考えているようだ。それからしばらくして、懐から自身のスマートフォンを取り出すと、どこかへと電話をする。
「少し待っていなさい」
電話を終えた先生にそう言われた鈴、琴音、そしてカノンと大和は先生から少し離れた位置で言われたとおりに待つことにした。
「しかし、驚いたな。まさか、琴音ちゃんのクラスでいじめがあるなんて」
先程の鈴たちの訴えを傍で聞いていた大和が脳天気に言う。その大和へ、鈴は鋭く睨み付けた。
「いじめって言わないで」
「え?」
「だから、琴音のクラスのこと。いじめって言わないで」
鈴の言葉に大和は疑問符を浮かべた。どう見ても、琴音のクラスで起きている出来事は琴音へのいじめである。しかし鈴はそれを認めようとはしなかった。
「認めたら、本当になっちゃう。本当になったら私たちは、弱者になるじゃない」
鈴の考えではいじめられるのは弱い立場の人間だという。弱いことは必ずしも悪いことではない。しかし今回の場合、自分たちが弱者と認めると琴音にイヤガラセをしている相手を必然的に強者と認めることになる。
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